第5話 邂逅②

 まいったな。礼を言われるようなことはしてないのに。

 思わず、微笑を浮かべた。


 そして俺は手に持ったゲームソフトを脇に抱えて、レジに――。


「おい、ちょっと待て」


 ぐいっと、後ろに引かれる。

 なんだ、服が木にでも引っかかったような感触だ。

 振り返ると、少女が俺の服を引っ張っていた。


「アタシのために取ってくれたんですよね。それ」


 困惑した表情の少女は、俺が抱えているゲームを指さして、そう指摘した。

 しまったな。誤解させてしまったらしい。


「勘違いするな。お前に買われる前に俺が先にとっただけだ」


 危ない危ない。この女にれおちゃんへの贈り物を奪われるところだった。

 うっかりしていた、れおちゃんに渡すかどうか迷う以前に、まずはゲームを確保しとかないと。


「それはアタシが先に見つけたんだけど?」

「でも取ったのは俺が先だ」


 ぐぬぬと恨むような顔を見せ付けられるが、俺としてはまったく退くつもりはない。


「……アタシ、先月からずっ~とそれを探してて……だから譲ってくれない?」

「断る」


 手を振り払って、中年のおっさんが待つレジに歩みを進める。

 ――ガシッ!


「行かせるか!」


 獣のように睨みをつけた少女が俺のゲームを掴み、あろうことか奪い取ろうとした。

 すっぽりと脇から抜け落ち、ゲームが少女の手に渡る――。


「――ッッ!」


 寸前でパッケージを両手で掴み直した。つるつるとしたシュリンクフィルムで包まれたそれを、滑らないように、しっかり指で握り込む。

 少女の方も同じく両腕でパッケージを握りしめる。

 折りたたみの会議テーブルを運ぶような体勢で、お互い向かい合った。


「何しやがる! これは俺が先に取ったんだ!」

「うるさい! 横取りすんな!」


 ぐぐぐ……。

 お互い無言で見つめ合う。時々、牽制するように軽く引く。

 そして――。


「ぐおおおおおおおおお!」

「ぬううううううううう!」


 パッケージを強奪するため、本腰を入れて綱引きのように全力で引き合う。

 鬼気迫る形相で少女が叫ぶ。


「渡さない! 『ラブカツ』メロンボックス予約特典CD『柚葉とず~と一緒イチャラブ同居生活♡ ~先輩、柚葉と一日中あまあまえっちしちゃいましょう♡~』はアタシのものだあああああああああああああああぁぁ!! 今夜柚葉と寝るのはアタシだああああああああああ!!」

「ざけんなッ! 俺がれおちゃんのためにこれを買って帰る! 約束したんだ、絶対買って帰るって! だから、お前みたいな変な女には絶対渡さない!」


 ギシシと歯ぎしりしながら、睨みつける。

 中身はまったくわからないが、れおちゃんが欲しがってるなら俺はどんなことをしてでも必ず買う。それが兄としての意地だ。


「き、きみたちなにやってるの!?」


 そこに、エプロンをかけたちょっと頼りなさげなおじさん店員が横槍を入れる。


「あの、その……よくわからないけど、お、落ち着いて! 商品が壊れちゃうよ!?」


 実際、ゲームは互いの握りしめた部分がへこんでいて、横に引き裂かれそうにもなっている。

 だが、俺たちはそっちのけで、奪い合いを続ける。


「だいじょぶで~す! 壊れたらが責任もって買い取るので」

「誰がテメェに渡すか! 買い取るのは俺だ」


 もはや原型を留めているかすら蚊帳の外。中身さえ無事手に入れば良い精神で奪い合いは続く。


「あわわわわわ、はわわわわわ」


 おじさん店員は困り果ててあわあわし始めた。


「だいたいアンタ学生服でエロゲ買おうとしてんじゃないわよ! 100%、年齢確認するまでもなく買えないって気づけ! アホ!」

「お前だってその身長じゃ無理があるだろ! どうみても成人してねぇんだよ!」

「問題ないです~! アタシ、おっぱいはR18サイズなんで~!」

「乳のでかさは関係ねーだろ!」


 お互い、どうにか諦めさせようと悪口を言い合う。

 というか、なんかこの女若干頭おかしくね?

 ぐいぐいと押し引きをする最中、


「……えっ、その制服」


 何かを気にした様子で、目を丸くして少女が呟いた、その直後――

 ――ビリッ。


 両端からかかる張力に耐えかねたシュリンクが中央から破れた。


「ぬわッ!」

「ぎゃふん!」


 その反動で、背中から棚にぶつかる。少女の方は、思い切り尻餅をついた。

 コントロールを失ったゲームが弾き飛んで中空を舞う。


 渡すまいと、少女がすぐに体勢を直そうとするが、遅い。

 立ったままの俺の方がずっと早くゲームに手が届く。


 「貰った!」


 念願叶ったり。

 指先が剥き出しの紙箱に触れる手前で。

 

 ――黒い、烈風のような影が視界を遮る。影が過ぎ去った後には、何も残されていない。

 見返ると、俺のゲームは横から割り入った黒い影――その男の手の内にすげ替えられていた。

 

「おや、誰かと思えば、風紀委員ではありませんか」


 聞き覚えのある、紳士的な挑発。

 最悪だ。どうしてこいつがここで、こんなマネしてやがる。

 目の前に立つ執事服の男こそ、かつてP4と呼ばれていた集団の――最後の一人。

 怪人Phantom六瀬羅雨流ろくせラウル

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