第4話 邂逅
迎えた放課後。帰路を行き交うのはサラリーマンに学生。
結局今日もクラスの様態が回復することはなく、放課後もどんちゃん騒ぎが起こりそうだったので足早に教室を出た。
「さてと……スーパーで買い物をして、さっさと家に帰ろう」
歩きながら今日の献立を考えている最中、ウーウーとポケットが震えた。
スマホを確認すると、電話がかかっている。
発信元の名前が目に入った瞬間、急いで電話に出た。
「どうしたの? れおちゃん」
「おにーちゃん……」
機械越しで耳に届く、カナリアのような透明感のある声色。
電話の相手は、俺の家に住み着いている天使。もとい我が愛する妹からだった。
そして、妹の電話にはワンコール以内に出るのが兄の義務だ。
「あの、実はね……」
なにやら悩ましげな様子、これは兄として相談に乗ってあげないといけない。
迷いがあるのか、すぐには続きが出てこなかったが、少々経つと、細々とした声が返ってきた。
「あの、ゲームを買ってきて欲しいんだけど……」
なるほど、ゲームか。
れおちゃんがゲームを欲しがるのはいつものことだ。好きだからなぁ、ゲーム。
「わかった。どんなタイトルのゲーム? 何個買えば良い?」
「おにーちゃん、一個買えば十分だよ」
「お兄ちゃんと一緒に遊ぶ分はいらないの……?」
「欲しいのはそういうゲームじゃないから」
……少しショックを受けた。
ともあれ、れおちゃんのためにゲームを買わねば。
タイトルを聞き出して、
「了解、YODABASHIに寄って買って帰るから」
「待って、あのね。YODABASHIじゃダメなの。横須賀まで行かないと……」
「横須賀!? どうして?」
「さっき話したやつ、とってもレアなゲームなの。偶然、twittorを巡回してたら、横須賀のリサイクルショップにあったって画像付きで呟かれてたの。だからそこまで行って買ってきて欲しいんだけど……ダメ、かな?」
「いや、ダメじゃないんだけど……」
ここから横須賀までは電車で一時間半かかる。往復すると三時間、兄としては即答できる距離じゃない。
だって、三時間もかかるのだ。それに駅から店まで移動してゲームを買う時間もある。
「れおちゃん、あのさ……ちょっと考えてみて欲しいんだけど……」
「う、うん……」
「お兄ちゃんが横須賀まで行くと三時間もかかるんだよ? そうしたらさ――れおちゃんの夕飯に間に合わない!!」
れおちゃんのお昼は少なめだから、18時にはいつもお腹ペコペコだ。俺が横須賀までゲーム買いに行ったら、帰りは20時を超えてしまうかも。
それだけがとても気がかりだった。
「一回、家に帰って夕飯の支度をしてから買いに行っても良い?」
それなら、れおちゃんのお腹が空いてしまう問題が解決される。
生活バランスを維持するためにも、決まった時間に夕食を取った方がいいよね!
「レアものだから、無くなっちゃわないか心配だよ……。おにーちゃん、夜ご飯は遅くなっても良いから、買ってきてくれると嬉しいな」
「っ……。れおちゃんがそういうなら……わかった! お兄ちゃん絶対買って帰るから! 夕食も出来るだけ早く作れるようにするから!」
妹の健康のため、間違ってもコンビニやレトルトで済ませようとはしない。
そこは、兄としての意地だ。
「ありがと、おにーちゃん」
へへっ……。
妹に頼られて、往来であるにも関わらず、ちょっとニヤけてしまう。
「じゃ、お兄ちゃん急ぐから電話切るよ。何かあったら連絡して!」
「はーい」
抑揚のない返事を受けて通話を切る。
一秒でも無駄にしまいと、最寄り駅まで向かっていた足を、駆け足に切り替えた。
――クラスの大半がメンタルブレイクしている中、どうして俺は冷静でいられるのか。その答えはもうわかっただろう。
清滝が学校を休もうが、白雪が盆田に惚れようが、関係ない。俺にはもう精神的支柱たりうる大事な人がいるからな。
◇ ◇
長旅の折り返し地点まできた。
駅を出て、れおちゃんが言っていたリサイクルショップに移動。
入口を進むと、まずクレーンゲームが出迎え、更に進むと、漫画、フィギュア、カードのゲームが所狭しと並んでいる。
そこかしこに手書きのポップ広告が添えられていて、さながら祭りの出し物のようだ。
どうやら、サブカルチャー的な商品が並ぶ店みたいだな。
ほんの少し漫画本コーナーに気を引かれるが……まずはれおちゃんのお使いが優先だ。
れおちゃんが送ってくれた件の画像を元に目当ての品を探す。
この画像と一致する場所は……。
店内を徘徊して、それっぽい棚を探すが……まったく見当たらない。
雑多な雰囲気的に店は確かにここっぽいんだが。
手詰まりに思えたその終点。
他から隔絶されたゾーンの手前に到着する。
「……いや、ここにはない……よな?」
『R18』と書かれた謎ののれんの目の前で呟く。
「ないはずだ……が……」
もしものことを考え、一応中を確認してみるか……。
誓って言うが、そういうのに興味津々なわけじゃないぞ。
中は外部より、ピンクと肌色が目につきやすくなっていて、あれなビデオや道具が連なる。
明らかに目的外とわかるビデオコーナーを抜けると、
「へぇ……こういうゲームもあるのか」
普通の家庭用ゲームみたく、パッケージに入ったゲームの棚をみつけた。
そっち系のゲームは、盆田に勧められてインストールした『セクバ』みたいに、スマートフォンで遊ぶものだと思っていたが、こういうタイプもあるらしい。
表に出ているパッケージはあまりよい子には見せられない内容だが……。
「……って!! ちょっと待てよ!」
あることに気がついた。
にわかには信じられず、スマホの画面を2度見、3度見する。だが何度確認しても、結論は変わらない。
ま、間違いない。れおちゃんが送ってきた画像と一致する棚がここにある。
どういうことだ……まさか、れおちゃんもついにそう言うモノに興味が!?
いや、冷静に考えろ。れおちゃんもお年頃だし、そういうのに興味があっても全然おかしなことではない。むしろ健全なのかもしれない……。
でも――さすがにお兄ちゃんに買ってきて貰うのはどうかと思うが!?
…………まあいいか。逆に、信頼されていると捉えよう。
今は頭を空っぽにして、妹の小さな成長を喜ぼう。
だが、別の問題がある。ゲームを買うべきかどうか。
あれはR18のブツだ。『セクバ』を普通にやっている俺の言うことじゃないかもしれんが、れおちゃんに与えて良いモノか……。
そこでふと、棚の前に人影があることに気がついた。
上段に手が届かないのか、ぴょんぴょんと跳ねながら、手を賢明に伸ばす小柄なシルエット。ストリート系のファッションで、深くかぶった帽子から黒髪が垣間見える。
「んっ~、ん~」
その人物が伸ばす手の先には、例の目当てのゲームがあった。
やれやれ……こうなってしまっては仕方がないな。
隣に立ち、そのゲームに手をかけて抜き取る。
「あっ……」
そいつは、ハッとした顔で振り向いた。
正面から見つめ合い――ようやくその正体に気がつく。
その小さな人物は、あどけなさの残る顔つきの……少女。
改めて見やると、ふくよかな胸をはじめとして、なだらかな肩や華奢な腕など、女性らしい体つきをしていた。
……驚いた。だってこんな場所に女がいるとは、思わんだろう。
しかも俺よりも年下っぽいし……。
俺がゲームを手元に下ろすと、
「ありがとう……ございます」
その小柄な少女は、照れるように小さくお辞儀をした。
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