第32話 副業?

 セントラルの状況確認も済んだところで、私たちの船は特に行き先もなく、街道航路をダラダラ進んでいた。

 すっかり忘れていたが、船籍コードを打ち変えた時点で船名も変更しておかないと、どこかで感づかれる可能性があった。

 そこで、船内投票の結果、新たな船名は『マゼンダ』となったが、これの変更は簡単なので、わざわざドッグ船を呼ぶ必用はなかった。

「さて、行くところはないかな。テレーザ、なんかある?」

 私はぼんやりと、隣席でボリボリとチョコバーを囓っているテレーザに声をかけた。

「そうだな…。これといって仕事の依頼はないな。デカい仕事はブラックバーンのものだし、小さな仕事もない。流しているしかないな」

 テレーザが携帯端末を弄り、ぼんやりと答えてきた。

「そっか。まあ、強烈な資金も手に入れたし、急いで仕事ををする必用はないし、これはこれでいいか」

 私は笑った。

「ああ、当分は遊んで暮らせるな。まあ、そういう時に限って、臨時出費がある可能性があるかもしれん。遊んでいると鈍るし、適当な仕事が欲しいものだ」

 テレーザが私にチョコバーを放ってきた。

「そうだね。ロジーナ、変な通信はない?」

 私は通信席に声をかけたが休憩中のようで、リズがコンソールパネルに付いていた。

「なんもないよ。変な通信ってなによ!」

 リズが笑った。

「変な通信は変な通信だよ。まあ、平和が一番か」

 私は背もたれに身を預けた。

 そのまま街道航路を進んで行くと、コンソールパネルの画面にピッと赤ランプが点滅した。

「ローザ、緊急信号。二イリ先で旅客船がエンジン不調でコントロール出来ないって。行かないと!」

 リズが声を上げた。

「よし、分かった。今から向かうって返信して。ジルケは座標確認して設定よろしく」

 私は倒していた背もたれの位置を直し、そっと操縦桿に手をやった。

「はい、広域レーダーで捉えています。航路設定完了です」

 ジルケが素早く対応してくれて、私はフルオートモードに設定していた航海モードをセミオートに変更した。

「さて、気合いを入れるよ。救助も重要な仕事だからね」

 私は操縦桿をジルケが設定くれたルートに沿って、船を進めた。


 時間にして数分で救難を発している船に接近した私たちは、相対速度を合わせて横並びになった。

「ローザ、状況確認したよ。いきなりエンジンが暴走して、制御出来なくなったみたい!」

 リズが声を上げた。

「分かった。メイン動力を全てカットするように伝えて」

 私はリズに声をかけながら、船内コミュニケーターで機関長のカボを呼びだした。

『はい、どうしました?』

 顔を油まみれにしたカボが、コミュニケーターのウインドウに表示された。

「あれ、作業中?」

 私が問いかけると、カボは笑みを浮かべた。

『はい、少しエンジンの調子がおかしくて作業していました。今は完了して休憩しています』

 カボが笑みを浮かべた。

「そっか、お疲れさま。休んでいるところ悪いけど、ちょっと出張してくれるかな。救難信号を出している船があってね。エンジン不調で身動きが取れなくなったらしいから、ちょっと見にいって欲しいんだけど…」

 私が声をかけると、カボが笑顔を浮かべた。

『分かりました。どのような船ですか?』

 カボに問いかけられ、私は事前に聞かされていた情報を、念のため携帯端末でもう一度確認した。

「携帯端末で詳細データは送ったけど、トライデント級大形旅客船だよ。今は、メイン動力を切ってもらって、最低限の非常用モードに切り替えてもらっているよ」

 私は頷いた。

『それなら問題ありません。船内に立ち入ると目立つので、機関室に一番近いエアロックを利用した方がいいでしょう。連絡をお願いします』

 言うが早く、機関士チームが手早く宇宙服を着込む姿が見えた。

 まあ、ドッグ船を呼ぶ方が正しいのだが、こちらで対応出来るならやる。

 先ほど正面スクリーンに映し出された船の形からしてかなり大形で、船上パーティを行っているという情報は送られてきていた。

 そんなときに、無粋なドッグ船で修理すると雰囲気が台なしだ。

「分かった。ロジーナ、よろしく」

 私は交代したばかりのロジーナに声をかけ、さっそく相手と打ち合わせをはじめた。

「しっかし、こんな場所でお金持ちさんが乗っている大型客船が故障で動けないとは。海賊のいい的だよ」

 私は苦笑した。

「まあ、発見が早くてよかったな。この辺りは海賊の縄張りだ。確か…ミネケ団だったかな」

 あまり面白くないとばかりに、テレーザがポロッとこぼした。

「油断したら負けだよ。念のため、砲手席にも連絡しておくよ」

 私は船内コミュニケーターで、砲手席の長を務めるシノを呼びだした。

『はい、どうしました?』

 シノが笑みを浮かべた。

「うん、今はなにもないけど、もし海賊船みたいな怪しい船が近づいてきたら、必要な攻撃をしちゃっていいからね」

 私は笑った。

『分かりました。なにもなければ退屈ですが、それはいいことです』

 シノが笑みを浮かべた。


 この船…マゼンダから、機関士チームが相手の船に乗り移って修理をする間、念のためのモニタリングを続けながら、私はそれなりの緊張感をもって正面スクリーンに表示させた数々の情報を続けていた。

「なにもないならそれでいいけどね。うちのカボを貸してるんだから、それは平気か」

 私は独り言ち、小さく笑った。

「まぁな。さてと、私は休む。少ししたら起こしてくれ」

 テレーザがあくびを一つして、椅子の背もたれを倒すと、もう寝息が聞こえてきた。

「相変わらず、神経が太いこと」

 私は苦笑した。

 今のところ、カボからの交信はなし。

 なにかあったら、即座に連絡が入るはずだ。

「ジルケ、念のため聞くけど、こちらに接近してくる船はある?」

 私が問いかけると、常にレーダで周辺を監視しているジルケが頷いた。

「ありません。緊急信号の発信を止めてもらっているので、目立ってしまう事はないでしょう」

 航法席でジルケが笑みを浮かべた。

「ならよし。ン、向こうのメインエンジンが起動したみたいだね。カボたちが撤収をはじめた」

 私は寝こけているテレーザの肩を揺さぶって起こした。

「なんだ、大丈夫か?」

 テレーザが背もたれを起こし、目をコシコシ擦った。

「うん、大丈夫みたいだよ。今、機関士チームがこっちに戻ってくるみたい」

 私は笑った。

「カボから通信です。作業が終わったので、戻ってくるそうです」

 ロジーナが笑みを浮かべた。

「標準時四時間で作業終了か。なにが原因か分からないけど、カボたちの手なら時間が掛かった方かもね」

 私は笑った。


 それなりの時間が過ぎた頃、カボから船内コミュニケーターで連絡が入った。

『お待たせしました。無事に全員戻りました』

 虚空に浮いたウインドウに、顔をが油に塗れたカボの顔が表示された。

「お疲れ。どうだった」

 私は笑みを浮かべた。

『はい、数名が軽い火傷を追いましたが題ありません。少し休憩します』

 コミュニケーターのウインドウが閉じ、しばらくして私の携帯端末にメッセージが送られてきた。

「えっと、カボからの詳細な報告書か。いつもながら、真面目だね」

 私は小さく笑った。

「さてと、客船から少し離れよう。先に出さないと衝突の可能性もあるし、空荷だけどそれなりに質量があるからね」

 特に指示したわけではないが、リズが声を上げた。

「分かったって。もう動きだしたよ!」

 リズが元気よく声を上げ、正面スクリーンに緩やかな速力でこちらとの距離を取ると、前方に向かって進みはじめ、やがて消えていった。

「うん、上手くいってなによりだ。これをやる」

 テレーザが笑い、チョコバーを放ってきた。

 それを片手で受けとり、包装を破って囓っていると、リズが声を上げた。

「ローザ、緊急信号。一イリ先なんだけど、アランド行きの客船で伝染病が蔓延しちゃって、一等等室から三等室までかなりの被害が出てるって。これは、放ってはいけないね」

 リズが通信しながら声を上げた。

「分かった。どうしょうかな…」

 私は唸った。

 こちらにも感染症が可能性があるので、相手の船にドッキングして医療チームを派遣するわけにはいかない。

 船内コミュニケーターを使い、私は医務室に繋いだ。

『はい、ティアナです。どうしましたか?』

 コミュニケーターのウィンドウに現れたティアナは、心持ち緊張が走っていた。

「うん、この先の船で伝染病が蔓延しているみたいでさ。どう対応していいか分からなくて…」

 私は小さくため息を吐いた。

『分かりました。カーゴベイは与圧してありますか?』

 ティアナが小さく頷いた。

「うん、今は積み荷がないから空いているし、与圧していないよ。なにをするの?」

 答えながら、私はカーゴベイの扉を開けた。

『はい、簡易的な病院を作りたいと思いました。船の気密が確保されているなら、感染が船内に及ぶ可能性はありません。規模が分からないのでしばらく通路士席と連絡を取ります』

 私のコミュニケーターからティアナが消え、今度は通信士席にコミュニケータのウィンドウが開いた。

「さて、始まったね。伝染病か…。一応船内みんなに、防具を装着するようにしておこうか」

 私は船内コミュニケーターで、万一に備えて感染予防セットを積んである。

 とはいえ、乗員が増えた事もあって、全員には行き渡っていないが、これは早急に用意しなければならない。

「なんだ、防具か。動きにくいのが欠点だが、致し方ないな」

 テレーザが苦笑して、操縦室の奥にあるろロッカーから、宇宙服に似たようなものを取り出した。

 もっと身軽なものにしたかったのだが、テレーザが宇宙の海を旅するならこのくらいにしろと熱く語ったので、結局こうなってしまった。

「よし、いいな。あとは、任せよう」

 テレーザが笑みを浮かべ、ヘルメットのバイザーを下ろした。

「やれやれ…。さて、私も準備しますか」

 呟きながら、私もヘルメットのバイザーを下げ、カーゴベイのカメラ画像を確認した。

「うん、扉開放で問題ないね。リン、状況は?」

 私は全てをコントロールしている搭載AIに声をかけた。

 すると、正面スクリーンの前に女の子のような姿をした、立体映像のリンが表示された。

『はい、まずは医療チームの半数が相手に移動して、状況を確認してから重症者をこちらのカーゴベイに移送して治療に当たるそうです。客船なら当然装備されている、宇宙でも使用可能な耐寒耐圧トレッチャーがあるそうで』

 リンが小さく笑った。

「そういや、そんなのあったね。この船にもあるけど、点検整備してないから忘れてたよ」

 私は苦笑した。

 これはカプセル状で、中に患者を乗せると自動的に与圧と気温調整が行われるというもので、貨物船はともかく客船には一定数の搭載が義務づけられている。

 これで重症患者をこちらの船に移動させて、集中的に治療しようということだろう。

「そっか。えっと、それなら…なんかあったな。リン、カーゴベイのオプションに、こういうのなかったっけ?」

 思い当たる事があったがまず使わないので、私は素直にリンに問いかけた。

『はい、医療パレットがあります。使いますか?』

 リンが笑みを浮かべた。

「そうだ、あったね。あれはこういう時に備えてだから、もちろん使うよ。変更して」

 私は笑みを浮かべた。

 荷運び状態が通常で、座席パレット自体珍しいのに、こんな隠し機能に近いものがあるなど、簡単には思い浮かべられない。

『承知しました。医療チームと相談します』

 リンが笑みを浮かべ、姿を消した。

「さて、どうなるか。あとは任せよう」

 私はカーゴベイのカメラ画像を確認しながら、船の操縦をフルオートに切り替えた。


 リンと医療チームの打ち合わせで、まずはこちらのカーゴベイに備わっているアーム形の通路と、客船の非常用エアロックとドッキングして、そこから通常のストレッチャーで運びこむ事になった。

 強力な空気清浄機があるので平気だと思ったのだが、医療チームが納得しなかったので、カーゴベイの中央部だけ使い、あとの区画は与圧していない状態にした。

 これでも千五百床のベッドの余裕があり、手術室も完備しているので、ちょっとやそっとで困る事はないだろう。

「さて、あとは無事に終わらせる事に集中しよう。次々に搬入されていくね」

 私はカメラ画像を見ながら、小さく行きを吐いた。

「ああ、ここまで酷くなると、助けた甲斐があったな。客船の全滅も有り得た」

 テレーザがチョコバーを囓った。

「そうだね。それにしても、本業の荷運びをやりたいよ」

 私は笑った。

「まあ、ない時はない。そんなもんだろ」

 テレーザが笑った。

「まぁ、慣れてはいるけどね。今はこっちだ」

 私は苦笑した。

 こうやってお助けすると、それなりの見返りはあるし、そこそこ儲けにはなるのだが、こういうのはない方がいい。

「おい、呼んでるぞ」

 テレーザの言葉に我に返った私は、コンソールパネルに呼びだしを告げるランプが点灯している事を確認した。

「おっと…」

 私が応答ボタンを押すと、防護服に着替えていたティアナが、まさに医師の顔といった顔つきで、モニター画面に表示された。

「おっと、トラブル?」

 私はティアナに問いかけた。

『はい。治療自体は問題ないのですが、中には入院が必要な患者がいます。治療自体は問題ないのですが、時間が掛かります。完治まで数日かかると考えられますが、この場に滞在は出来ますか?』

 ティアナが小さく頷いた。

「うん。今のところは仕事はないし、全員治るまでここでいいよ」

 私は笑みをうかべた。

「ありがとうございます。では、治療を続けます」

 ティアナが小さく笑みを浮かべ、コミュニケーターの画面が消えた。

「ふぅ、こりゃなんでも屋にしようかな」

 私は笑ったのだった。

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