第33話 仕事
患者の治療に当たり、今のところ問題なし。
こういう時は病院船を呼ぶのが筋だが、数隻すらないのでなかなかこない上に、常に満床状態で当てにはならない。
それもあってこの船で治療しているのだが、優れた医療チームが乗船していて助かった。
「ロジーナ、今のうちに相手の船に消毒を徹底してって伝えて」
私は通信士席にいるロジーナに声をかけた。
「はい、すでに連絡済みです。ゴミ箱の隙間まできっちり消毒薬を噴霧しているそうで」
ロジーナが笑った。
「ならいいや。軽症者には帰ってもらおうと思っていたけど、もう少し待ちだね」
私は小さく笑った。
ここに停泊して、標準時で五日ほど経っている。
入院が必要だった重症者も徐々に回復して、待機組に混ざるようになってきた。
「ローザ、これからどうするんだ?」
隣席のテレーザが、あくびをしながら聞いてきた。
「そうだねぇ…。この近くならアライバか。工業が発達しているから、なにか仕事があるかもしれないね。ロジーナ、一応アライバの状況を確認して」
私は携帯端末を操作しながら、ロジーナに声をかけた。
「はい、分かりました」
ロジーナが答えて、交信する声が聞こえた。
「これでよし。さて、あと何日かかるかな…」
私は苦笑した。
「まあ、仕事があれば目付け物だな。さて、私は寝る」
テレーザが椅子の背もたれを倒し、そっと目を閉じた。
「寝るって…。まあ、暇だしね」
私は苦笑した。
「ローザ、前方から高速輸送船が接近中です。接近禁止信号を出しておきます」
延々とレーダーウィンドウを見つめていたジルケが、コンソールのスイッチを弾く音が聞こえた。
「こんな田舎航路を通る高速輸送船なんて珍しいね。一応、船籍コードを確認しておくか」
私がポツリと呟くと、ジルケがさっそくコンソールパネルのキーを叩く音が聞こえた。
「でました。HBM-765…えっ?」
ジルケの声が途中で止まった。
「どうしたの?」
私が問いかけると、ジルケが咳払いをした。
「ブラックバーンです。所有者はブラックバーンです」
ジルケの声には緊張がにじんでいた。
「あれ、いきなり出たね。自社で船を持っていたか」
私は笑みを浮かべた。
「うん、お初だな。別に違法な事をやっているわけではないし、なにもする事はないだろう」
いつの間にか起きたテレーザが、チョコバーを囓りながら呟くように眠そうな目を擦った。
「はい、大丈夫でした。十分な距離を取ってすれ違い、そのままどこかに向かっていきました」
ジルケのホッとする声が聞こえた。
「まあ、なにを積んでいたかは分からないけど、気にしない方がいいね」
私は笑みを浮かべた。
「ああ、そうだな。調べたが『大型重機』となっている。素性を隠さずそのまま航行するとは、大した自信だ。ブラックバーンはパトロール隊も目をつけているのにな」
テレーザが笑みを浮かべた。
「そういえばそうだね。恐らく、パトロール隊に金銭でも与えて黙らせているんでしょ。嫌だねぇ」
私は笑った。
標準時間でさらに一日。
船の消毒が終わった旨の連絡があり、元患者の移動がはじまった。
数が多いので大変だったが、全ての人が元いた船に乗り移ると、今度は医療チームが片付けをはじめ、二時間ほどかけて全ての作業が終わった。
「よし、終わったね。ジルケ、アライバまでの航路を出して。ロジーナはどうだった?」 私が問いかけると、ロジーナが笑みを浮かべた。
「はい、さほど大きな仕事ではないのですが、建設用重機を運ぶというものがありました。予約しておきますか?」
ロジーナが笑った。
「もちろんやっておいて。やっと、仕事だよ」
私は笑い、ずっと繋留状態だった客船が出発してから、そっと船を出した。
「アライバまでの航路がでました。自動航行システムに入力済みです」
ジルケが久々に笑顔になった。
まあ、船が動かなければ仕事は周辺警戒だけなので、退屈していたのだろう。
「よし、いこうか」
船を街道に向け、私たちは順調な航海を続けていた。
アライバまではメインエンジンを使うまでもなく、サブエンジンだけでも一日で到着出来る。
このまま順調かと思いきや、機関室のカボから連絡が入った。
『機関室です。サブエンジンの二基の出力が安定しません。こちらでカットオフして点検を始めますが、修理となれば速力が低下します』
「うん、よろしく。報告ありがとう」
私は最後に笑みを浮かべ、私は船内コミュニケーターの通話を切った。
「やれやれ、あちこちガタがきてるね。今度の仕事が終わったら、ドッグ船でも呼ぶかな」
私は苦笑した。
「おいおい、最近呼んだばかりだろう。この程度は大丈夫だ」
テレーザが笑みを浮かべた。
「そうだね。それにしても、サブエンジンの二基がダメでも大丈夫だね。メインエンジンを使いたいけど、それじゃ行き過ぎちゃうから」
私は笑った。
結局、調子が悪かったサブエンジンも簡単な修理で復調し、正面スクリーンにアライバが見えてくると、私は一気に船の速力を下げた。
「これでステーションとの相対速度はゼロだね。ロジーナ、管制はなんていってる?」
私はロジーナと代わったリズに声をかけた。
「うん、接岸許可は出ているよ。七十六番スポットを使ってくれだって」
リズが明るく返事をしてきた。
「分かった。七十六だね。そろそろ、港の誘導装置が牽引してくるはず」
私の声を待っていたかのように、牽引されていることを示すコンソールパネルの黄色いランプが光り、オートモードした船は順調に誘導され、綺麗に七十六番スポットに収まった。
スポットのシャッターが閉まる音がここまで聞こえ、与圧するための空気が流れ込んでいる音も聞こえた。
しばらく待つと、リンの画像が姿を表した。
『与圧完了です。もう大丈夫ですよ』
このリンの声にロジーナを見ると、笑顔と共にビシッと親指を立てた。
「よし、着いたね。テレーザ、船から下りよう」
私は椅子から立ち上がり、テレーザをお供に第三エアロックからスポットに出た。
格納式のステップを下りていくと、スーツ姿のオッチャンが立っていた。
「初めまして。私が荷主のアルフです。よろしくお願いします」
丁寧に頭を下げたアルフさんに、私は笑みを返した。
「ギャラクシーエクスプレス社長のローザです。こっちは副社長のテレーザ。建設用重機の輸送と聞いていますが、間違いないでしょうか?」
私が問いかけると、アルフさんが頷いた。
「はい、間違いありません。積み込み準備は完了しています」
アルスさんの言葉を聞いて、私はコミュニケーターでリンを呼びだした。
「リン、カーゴベイ開放。荷積みだよ」
『かしこまりました。カーゴベイ開放』
リンの声に合わせて、巨大なカーゴベイの扉が開いた。
『カーゴベイオープン完了。クレーンで荷積みを開始しました』
リンの声が心持ち楽しそうだった。
「そういえば、行き先を入力していませんでしたね。この重機をアライドまで運んで欲しいのです。新規開拓で需要が高まっているのです」
アルスさんが優しい笑みを浮かべた。
「分かりました。荷積みが完了し次第、早速運びます。よろしくお願いします」
私は会釈した。
「こちらこそよろしくお願いします。では、私は他の仕事がありますので、あとはお任せします」
アルスさんが会釈して、スポットから出ていった。
「よし、あとは積み込み作業だね。久々に荷物だよ」
私は笑った。
「そうだな。まあ、細かい調整はリンに任せて、私たちは操縦室に戻ろう」
テレーザが笑みを浮かべ、私たちは船内に戻った。
私のポジションである操縦士席に座ると、さっそくカーゴベイの様子を画像で確認した。
そこには、木製の囲いに固定された建設用重機が、こちらの船に備えてあるクレーンでカーゴベイに積み込まれていく様子が映っていた。
『全てで百台です。その他の資材もあるので、恐らくカーゴベイがフルになるでしょう。重たいので気を付けましょう』
リンの声を聞いて、私はコンソールパネルの加重計を確認した。
「これは大重量だね。ここまで積むのは久々だよ」
私は笑った。
実は、私たちの会社は特定重量以上の輸送は段階的に運賃を上げているが、これは文句なしの最高料金だ。
しかし、それでも大手より安く、これがウリだった。
「これは、あと三時間はかかるな。まあ、気楽に待とう」
テレーザが笑い、椅子の背もたれを最大にリクライニングさせて、また速くも居眠りをはじめた。
「やれやれ、なにか起きると困るから、私は起きていないといけないのに」
私は苦笑した。
結局、五時間かけて全ての荷物を積み込み、あとは出航するだけになった。
目的地のアラバドだが、ここからは遠く、近くに転送航路もないので、久々にメインエンジンの出番になった。
「さて、いくよ」
どこでも同じように、スポットの減圧処理と誘導システムの働きで港を発つと、安全圏外に出てすぐにメインエンジンを作動させた。
「これならすぐだね。下手な転送航路より速いよ」
分かってはいたが、この船に関してはなにかに衝突するリスクを考えなければ、メインエンジンだけでどこでも高速で行ける。
しかし、私たちが基本に忠実な幹線航路を選ぶのは、きちんと整備されていて危険が少ないからだ。
この船が何かに衝突したら、ひとたまりもない。
「それにしても、ずいぶんな質量だね。過積載ギリギリだから、あまり無茶は出来ないか」
セミオートモードで船を操りながら、私はポツリと漏らした。
「まぁ、久々に満載だ。振り回されるなよ」
テレーザが小さく笑った。
「任せなさいって。しかし、本当にシケた航路だね。ジルケ、支障があるものは?」
「はい、なにもありません。ただ、最高速近くで航行しているので速力を落として下さい。この先は通航量が多い主要幹線航路です」
ジルケの声を聞いて、私はメインエンジンを逆噴射させて、一気に速力を削った。
「まだ速度調整して下さい。それにしても、逆噴射の反応がいいですね」
ジルケが笑った。
「うん、カボに頼んで改造してもらったんだ。これで、少しは気楽にメインエンジンを使えるでしょ」
私は笑みを浮かべた。
こうして、私たちは久々にまともな収入となる仕事を始めたのだった。
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