第30話 逃げた!

 仕事を一件終わらせた私たちは、ついでに小遣い稼ぎをしようと簡単な仕事を引き受けた。

 その内容は農業用トラクターを三百台積んで、隣の星系のカラカラという星に運ぶ事。

 仕事は急ぎでもなく、私はジルケのオススメルートをそのまま採用して、田舎道である幹線358をゆったり進んでいた。

「おーい、このまま進むとヂンウラって星があるんだけど、そこの管制から今さっき救難依頼が飛びこんできた。どうせ無視しないだろうから、今から向かうって返信しておいたよ」

 ロジーナと交代で通信士席に座ったリズが、通信士席座って声を上げた。

「了解。リズ、こっちから緊急信号を出てるよね?」

 私は操縦桿を握り、リズに声をかけた。

 ちなみに、救難信号には二種類あり、自分が緊急事態なのか他の救助要請なのかが分かるようになっている。

 このように、ステーションでの事故であれば、すぐさま近くにいる船やパトロール艦隊が押し寄せてきくるはずだが、そこは田舎の悲しさでどれだけ集まってくるだろうか。

「よし、仮に私だけが応援に駆けつけたとしよう。リズ、緊急要請の内容は?」

「うん、それを問い合わせしているんだけど、どうにも応答がないんだよね。もしかしたら、誤発信なのかも」

 リズが不思議そうに答えてくれた。

「…これ、マズいかも。テレーザ、前にもあったよね」

 私がテレーザに問いかけると、彼女は無言で頷いた。

 そう、前にもこのパターンがあった。

 救難信号を受信して急いで駆けつけると、何らかの事情でステーションそのまま大気圏に向かって落下して燃え尽きたり、疫病が流行ってステーションが、まるで戦場のようになってしまっていたり…。

 理由は様々だったが、こういう応答がない緊急要請の場合は、用心に越した事はなかった。

「さてと、いきますか。リン、細かい情報をピックアップして、リズは今度は音声じゃなくて電信で試してみて!」

 私は指示を出して、正面スクリーンをみた。


 救難信号を出しているジンウラステーションに近づいていくと、リズが声を上げた。

「管制から電信で応答がきたよ。どうも、無線の調子が悪いみたいで、慌てて復旧しているらしい。脅かしやがって!」

 リズが笑った。

「いや、笑い事じゃないって。ステーションにとっても、この辺りを航行する船にとっても」

 私は苦笑した。

 ステーションからは、周囲の船に位置情報が送られているが、それでも管制との交信で最終チェックして、通過なり接岸なりの許可を得ている。

 これが使えないと、お互いに危険度が増すので、早く処置しないと危険な状況だった。

「さて、これじゃ管制が機能しないでしょ。リズ、こっちから修理するって伝えて。リン、相手のネットワークに強制侵入して、無理矢理損傷しているプロセスを黙らせて。ただのシステムエラーだと思うけどね」

 私は苦笑した。

『承知しました。ステーションのメインシステムに強制接続しました』

 リンが小さく笑った・

「向こうから、また頼むっていわれちゃったよ。まともなエンジニアの一人も置いておけっての!」

 リズが笑った。


 一時間程度の作業が終わり、ジンウラの無線障害が解消すると、私たちは再び航海を再開した。

 ジンウラからはお礼したいと申し入れがあったが、荷運びの最中という事もあって、丁寧に断った。

 そんなこんなで、船は一つ目の転送ゲートに向けて、フルオートで航海していた。

「しっかし、なんで農業用トラクターなんて、こんなに苦労して運ぶんだろうね。地元にも工場の一つくらいはあると思うし、船賃を乗せたらかなりの高級車だよ」

 私はカーゴベイの監視カメラで状況で確認しながら、誰とも付かない言葉を口にした。

「そうだな。私も不審に思って確認したが、特に問題はなかった」

 テレーザチョコバーを囓って、小さく鼻を鳴らした。

「うーん、ちょっと念入りに確認してみるか」

 私はリンではチェックが難しい、携帯端末で発送元を検索した。

 これは当たり前といえば当たり前の事だが、荷物を運んで行く遠方に運ぶ場合、セントラルのように荷物集積所があり、そこからまた別の場所の集積所にいき、さらに…というパターンで、私たちのような小規模な船会社は、その末端を担う。

 つまり、その経緯を丁寧に辿って行けば、最初の荷主が分かるはずだ。

「えっと、カルディア発か。あそこ、周辺の王国同士で戦闘やっているんだよね。こういう場所から発送されたものは…」

 私は苦笑した。

「ここだ。まだ事故前のセントラルからハランド・ロジスティクスにバトンされ…。ここまでノーチェックに近い田舎を狙ったみたいだね。一応、貨物番号が変更されているけど、これブラックバーンの荷物だ」

 私は小さく息を吐いた。

「どうした、大当たりか?」

 エレーナが苦笑した。

「大当たりだよ。上手く貨物番号を改ざんして、途中でまた改ざんして…。気が付いたららここ。本来はパトロールに通報すべきなんだけど、どうしたものか」

 私は呟いた。

 ここで取るべく行動は三つ。

まずは港に引き返して、事情を説明して引き取ってもらう。

 これが一般的な方法だが、荷物の番号は簡単にこちらの現在地をチェック出来るので、ブラックバーンの目を考えると得策ではない。

 そうなると、故障を理由にして宇宙に放り出すだすだが、これは論外。

 今までコツコツ積み上げた信用度が下がってしまうし、なにより私のプライドが許さない。

 あとはもう、黙ってこのままカラカラに向かうかしかないだろう。

「よし、このままカラカラにいくよ。速度は一般的な貨物船で。ぶっ飛ばすと、絶対変な船とブラックバーンに目をつけられるから。リン、頼んだ」

 人間では出来ない程の細かい出力調整を搭載AIに任せ、操船モードをフルオート切り替えた私は、背もたれの角度を少し倒した。

「なんだか、どうも戦いのニオイを感じるが、コイツはあくまでも貨物船だ。そこを忘れるなよ」

 テレーザが苦笑した。

「それは砲手席のメンツに伝えた方がいいよ。ロックはしてあるけどね」

 私は小さく笑った。

「よし、テレーザと会議しよう。これは、社長と副社長の出番だから」

 私は小さく笑みを浮かべ、携帯端末を手にした。


 それは、テレーザと真剣に意見をぶつけ合っていたところだった。

「二人ともちょと待ってください。この界隈にいるパトロール船に、こちらに対して臨検の命令が下ったようです。積み荷を考えると、早急にこの航路を変えた方がいいです」

 リズと交代してロジーナがコントロールのキーを叩きながら、難しい顔をした。

「航路外に逸れます。これで、問題ありません」

 ジルケが淡々と告げ、パウラが頷いて確認したので、私は船が旋回している事を確認した。

 同時に念のため、一時的な処置して仮の船体コードを変更し、もし見つかっても知らぬ存ぜぬを通すことに決めた。

「テレーザ、これで私の勝ちだね。パトロール隊まで手を回していることは、ブラックバーンの荷物を好き放題はこれだって分かっていたから」

 私は笑った。

「うん、むかついた。パトロール隊もチョロいもんだ」

 テレーザが苦笑した。

 私が先ほどの選択肢にパトロール隊に報告という、一番模範的な行動を挙げなかった理由がこれだ。

 今や警備隊の殆どがブラックバーンと通じているのは、もはや明白だった。

「全く、だからクソボロいパトロール船しか手に入らないんだよ」

 私は笑った。

 パトロール隊は各船会社が支払う税金で運用されているが、常に資金難でパトロール船も何世代も前のおんぼろしか配備出来ない。

 そんな状況に、ブラックバーンがそっと手を回せば…あとは、いうまでもない。

「まあ、それはいいが、このままよそにいって大丈夫か?」

 ロジーナがチョコバーを囓りながら、小さく息を吐いた。

「うん、大丈夫。とりあえず、このまま秘匿回線でオヤジを呼ぼう。そんなに難しくないよ」

 私は笑みを浮かべた。

「はい、すでに呼んであります。大体、十五分くらいだそうです」

 ロジーナが笑った。


 適当な速力で航路外を進んでいくと、リズが声を上げた。

「おーい、ドッグ船きたよ!」

「分かった。準備が出来たら、収容してって伝えておいて!」

 コンソール高精度レーダーに、はっきりそれと分かる光点があり、徐々に接近してくる様子が分かった。

「リン、細かい操作は任せた。なにかあれば、すぐに連絡して」

『かしこまりました。ちょうど、ドッグ船からの牽引がはじまったところです』

 リンの声と共に、コンソールの黄色ランプが点灯した。

「オヤジさんからだよ。スピーカに出す」

 リズが笑って、コンソールのキーを叩いた。

『おい、ローザ。ついにやっちまったか?』

 オヤジが笑った。

「なにもやってないよ。諸事情でね」

 私は苦笑した。

『嘘こけ。まあ、細かい事はあとだ。レーダーで確認したが、遠くにいたパトロール船が接近を開始した。そっちの動力を落として、アイドリング状態にしろ。もう少しでそっちを操船出来る。いいな?』

 オヤジが笑った。

「分かった。リン、よろしく」

 私は軽く頭を振って、また苦笑した。

『はい、各システム、アイドリング状態に移行します』

 リンの声が聞こえ、操縦室が一瞬暗くなり再び明るくなると、正面スクリーンに徐々に接近してくる、ドッグ船に無事収容された。

『おい、いいぞ。危ねぇから場所を移動する。まあ、ゆっくりしていけ。作業時間は二時間程度だ』

 無線越しにオヤジが笑った。


 オヤジからドッグ内の与圧が完了したという連絡があり、私は操縦室メンバーを全員連れて、すでに下ろしてある内蔵式ステップからドッグの床に下り、待っていたオヤジと握手した。

「全く、また限りなく違法に違い作業をやらせやがって。どうせ、ブラックバーン絡みだろ。同じような仕事が増えているからな!」

 オヤジが笑った。

「なに、増えてるの。大丈夫かな」

 私は笑った。

「おい、大体分かってきたが、この船の船籍コードを書き替える気だろう。限りなく違法だが、そんな事が出来るのか?」

 テレーザが苦笑した。

「まあ、今の船は難しいけど、この年代の船は不測の事態に備えて、打ち替えられるようになっているんだ。そうしないと、臨検を無視して逃げたから船が手配されているだろうし、どこにも行けなくなっちゃうんだよ。オヤジ、なるべく新しい船にしてね」

 私は笑った。

「ああ、分かってる。今のところ、『XJJKN-563』にする予定だ。こういう仕事だ。出所は聞くなよ」

 オヤジが笑った。

「分かった。みんないいね。通信コンソールには、今から変わる正式な船籍コードを入力して自動修正するようにして。作業するのはオヤジだけど、完全ではないから。レーダーにも気を付けてね。発信源が旧コードじゃ意味がないから。一応、確認してね」

 私は笑みを浮かべた。

「はい、分かりました。久しぶりの大仕事ですね」

 ロジーナが笑った。

「全く…。うっかり仕事も出来ないよ。ところで、見た目は普通の農耕用トラクタだけど、多分きな臭い乗り物だと思うよ。一応、確認してね」

 私は苦笑した。

「分かった。全く、また面倒ごとに巻き込まれやがったな。心配になるぜ」

 オヤジが笑った。


 みんなで休憩室でぼんやりして時間が過ぎていくと、オヤジが室内に入ってきた。

「おう、終わったぜ。この年代の船は簡単でいいな。ついでに、積み荷のチェックをしたが、あれはトラクターはトラクターだが、野戦砲を引くガンキャリアだ。大方、ぶっ壊れて使えないモノを廃棄するか、修理するためにカラカラに送ったか…。まあ、その辺りは分からねぇが、こっちで処理しておく。公的にはもう前の船籍コードの船がないからよ。どの船が持ち出したか分からねぇし、うちで使う。まあ、なにか引っ張る時に便利だ」

 オヤジが笑った。

「そっか、ありがとう。全然分からなかったよ」

 私は苦笑した。

 貨物船には積載していいものが決まっている。

 この船は一般貨物と人員の許可を取ってあるが、軍事物資や兵器などの許可は受けていない。

 つまり、あのまま臨検を受けていれば、面倒な事になっただろう。

「まあ、知らねぇと分からないな。よし、終わったぜ。これで、晴れて別の船に乗り換えだな」

 オヤジが笑った。

「ありがとう。料金はこんなもんで…」

 私は携帯端末を弄って、金額を表示させてオヤジに提示した。

「おいおい、貰いすぎだ。作業の手間賃だけで十分だ」

 オヤジが笑った。

「えっ、いいの?」

「ああ、構わん。上得意様だからな!」

 私の問いに、オヤジが笑った。

「分かった。振り込むよ」

 私は携帯端末を弄って、料金を振り込んだ。

「よし、みんな行くよ!」

 私は声を上げた。

「おっと、ちょっと待て。相談があるんだが…」

 オヤジがニカッと笑みを浮かべた。

「ン、なに?」

 私の問いに、オヤジがコミュニケーターで、どこかと話しはじめた。

「ああ、今くる。どうしてもっていって、聞かねぇんだ。まあ、本人がきたら話しを聞いてやってくれ」

オヤジが笑った。

「なに、もったいぶって。お金の話し?」

 私は笑った。

「バカ野郎、無駄に金をむしり取る趣味はねぇよ。もう着くぜ」

 オヤジが笑うと、ドッグ船の中を縦横無尽に走るトラムが近くで止まり、まだ若く赤いツナギを着た女の子が下りてきた。

「おう、コイツだ。パトラ、挨拶しろ」

 オヤジが笑い、パトラと紹介された女の子が、お辞儀した。

「お待たせしました。パトラ・ストラトスと申します。オヤジさんからなにかお話がありましたか?」

 パトラが軽く頭を下げた。

「代表して私のローザだよ。堅苦しいのは苦手だから、よろしく」

 私は笑った。

「あの、オヤジさん。話しはどうなっていますか?」

 パトラが隣のオヤジに聞いた。

「まだなにも話してねぇよ。ローザ、コイツはここでメカをやっているんだが、十分人手は足りているんだ。それで、他の船で経験を積みたいっていいだしてな。みれば分かるとと思うがエルフだ。それも、最上級のコモンエルフだ。それはいいとして、どうせそっちは人手不足だろ。そのまま、機関室に入れて欲しい。こんなイカレた船は、どこを探してもねぇからな。いい勉強になるだろう。給料はこっち持ちで定期的に振り込む。どうだ?」

 オヤジが笑みを浮かべた。

「へぇ、給料を支払った上でのオファーか。よほど推しているんだね。分かった、機関長のカボに連絡するよ。機関士チームはいつも人手不足だから、きっと喜ぶと思うよ」

 私は笑った。


 新たにパトラを連れて全員で船に入り、私はコミュニケーターを起動させた。

「えっと…。いるかな」

 私がコミュニケーターを弄ってカボを呼びだすと、すぐに応答があった。

『はい、どうされました?』

 コミュニケーターの小さなウィンドウに、カボが映し出された。

「うん、オヤジが研修だかなんだかで、機関士チームに一人加えたいけど大丈夫?」

 私の問いにカボが笑みを浮かべた。

『分かりました。お迎えに行きます』

 カボが小さく笑った。

「パトラ、カボは優秀な機関長だよ。色々教わってね。なにせ、化け物エンジンを二十基積んだ、他にこんな船なんぞいないって感じだから、細々と面倒な整備が多いって聞いてるよ。やり甲斐はあると思う」

 私は笑った。

「そうですか。それこそ、私の望んだ環境ですよ。楽しみです」

 パトラが笑った。

 そのまま第三エアロック前で雑談を交わしていると、高速トラムに乗ったカボがやってきた。

「遅くなりました。あなたが、お話にあったパトラさんですね」

 カボは笑顔で右手を差し出し、パトラと握手した。

「はい、よろしくお願いします」

 パトラが笑顔でカボに挨拶した。

「はい、こちらこそ。今、ちょうど第三エンジンの整備点検をしています。こうやって落ち着いた環境でないと、出来ない作業も多いので。さっそくやってみますか?」

 カボが笑みを浮かべた。

「はい、ぜひ。一度、このエンジンを弄りたかったので、渡りに船です」

 パトラが笑った。

「では、行きましょう」

 こうして、私たちは新たな乗員を乗せ、エンジンの整備点検の終了を待ったのだった。

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