第29話 田舎の一時

 オヤジのドッグ船で私の船を修理をする事、おおよそ一ヶ月。

 六基あるルーンジェネレータの交換作業も終わり、作業は最後の確認だけとなった。

『あとは配線のチェックだ。ローザ、システムを起動してくれ』

 操縦室の船長席に座った私は、コミュニケーター越しに聞こえてきたオヤジの言葉に軽く頷き、マスターコントロールのパネルにある、大きな鍵穴に鍵を差し込んで回し、テレーザにすら教えていない十六桁の暗証番号を入力した。

 どこからか音が聞こえ、非常灯の明かりだけが頼りという感じだった操縦室が明るくなり、正面スクリーンに様々な文字列が高速に流れていった。

「大丈夫そう?」

 私はコミュニケーターで、船体後方で作業中のオヤジに声をかけ、コンソールパネルの赤いボタンに手をかけた。

『ああ、問題ねぇ。一基ずつやるから、ちと時間が掛かる。そこで、修理が完了した搭載AIのオーディオプロセッサの状態でもみてろ。まだルーンジェネレータが一基しか稼働していねぇが、今のままでも出来るはずだ』

 コミュニケーターのウィンドウの中でオヤジが笑い、私はコミュニケーターを切ってコンソールパネルのキーを叩いた。

「えっと、リンだっけ。出てきていいよ」

 私が声をかけると、すぐ横に長い黒髪が素敵な女性が投影され、小さく笑った。

『初めまして、ローザさん。私はリンです。既にイニシャラズは完了していますので、このままで問題ありません』

 リンが笑みを浮かべた。

「分かった、よろしく。今はまだ修理作業中だから、ゆっくりしていてね」

 私は笑った。

『いえ、一番大変です。色々と作業のログが上がってきていますので。推定ですが、作業完了まで二週間以上掛かると思います』

 リンが笑った。

「そっか、分かった。細かい事は任せるよ。私はここでテレーザと交代で様子見るから、暇な時は相手してね」

 私は笑みを浮かべた。


 さらに一週間経過した。

 作業は順調に進み、船内各ポジションのメンバーが集まり、それぞれがそれぞれの点検作業をはじめていた。

『ローザ、現在のところ異常はありません。ルーンジェネレータ全て異常なし。各所で作業が行われていますが、特に問題はないようです』

 リンが報告をしてきた。

「分かった、ありがとう」

 私もコンソールのキーを叩きながら、テレーザと作業を進めていた。

「うん、問題はないな。操縦系統に異常なし」

 テレーザが椅子の背もたれに身を預けた。

「そうだね、問題ない。リン、念のため、もう一回セルフチェックやって」

 私はコンソールのキーから手を離した。

『はい、百秒下さい』

 リンの姿がスッと消えた。

「ローザ、ドッグ船の中なのでまだ強力な電波は出せませんが、航法関係に異常ありません」

ジルケが笑顔を浮かべて報告してくれた。

「分かった、ありがとう。さて、もうそろそろ終わるかな」

 私は笑みを浮かべた。

『リンです。セルフチェック異常なし。いつでもいけます。ドッグ船のシステムに接続して現在地を確認したところ、コルバトにいるようです』

 リンが報告してくれた。

「分かった。コルバトとは、また辺鄙な…」

 私は苦笑した。

 コルバトは未知宇宙に近い、最果ての星ともいわれている田舎だ。

「オヤジ、なんでコルバトなの?」

 私はコミュニケーターでオヤジに問いかけた。

『ああ、それか。田舎じゃねぇと作業許可が出なかったんだ。全く、不便なもんだ。直ったら、ついでに仕事でも受けていけ。特定航路は近くにねぇし、なんかあるだろ』

 オヤジは笑って、コミュニケーターを切った。

「やれやれ、仕事ね。ここは、量は少ないけどレアメタルの採掘をやっていたっけ。リン、調べてみて」

 私はカップホルダーに置いていた、缶コーヒーを一口飲んだ。

『はい、確認します。お待ち下さい』

 リンの姿が半透明になり、すぐに元に戻った。

『レアメタルの発掘は、採算が合わないのでやめてしまったそうです。荷物はないですね』

 私の側に現れたリンの姿が笑みを浮かべた。

「ローザ、管制と話しをした結果、運ぶに荷物はないようですが、他の星に移住希望の人たちが百名ほどいるそうです。正式に依頼が出ていますが、こんな場所では誰も受けないそうで、貨物船でいいから運んでくれという仕事です」

 ロジーナが声を上げた。

「分かった。試運転代わりに受けておいて。修理が終わり次第行くって」

 私は笑みを浮かべた。


 さらに一週間。

 作業の全てが完了し、船の全システムに問題がないことを確認した。

「よし、いくよ!」

 支払いやその他色々片付けて、いざドッグ船から発進となった。

 いつも通りドッグ船からの操縦に従い安全圏に達すると、まずはサブエンジンを作動させた。

「さてと、待たせちゃったけど、コルバドにいこうか。まだ待ってる?」

 私が声をかけると、ロジーナが管制と連絡を取りだした。

「リン、カーゴベイを旅客モードにしておいて」

『分かりました。座席パレットを下ろします』

 私の声にリンが反応し、床の下から機械音が聞こえた。

「ローザ、まだ待っているそうです。急ぎましょう」

 ロジーナが急かすように返してきた。

「分かった。ジルケ、コルドバまでの進路を出して」

 私は復調した航海用レーダーの大画面をみていたジルケに声をかけた。

「はい、すでに完了しています。このまま三十分です」

 ジルケが笑みを浮かべた。

「分かった。さて、あとはオートにするかな。リン、よろしく」

『かしこまりました。ごゆっくり』

 立体画像のリンが笑みを浮かべた。

「うん、自動制御の反応が速くなったな。これはいい」

 ロジーナが笑った。


 コルドバの白い姿が見える前に、私たちは接岸準備に取りかかった。

「本当に近かったんだね。リン、念のため再確認。カーゴベイは?」

 私は監視カメラの画像を確認しながら、リンに問いかけた。

『はい、旅客モードに切り替え済みです。問題ありません』

 リンからの返答に満足し、私とテレーザで接岸最終チェックリストを確認していった。

「よし、終わったぞ。管制に連絡。いつでも接岸出来ると」

 テレーザが背もたれに寄りかかった。

「分かりました。連絡します」

 ロジーナが管制と交信をはじめた。

『皆さん、緊急事態です。前方に高エネルギー反応。コルドバ港方面です』

 リンが声を上げると同時に、ロジーナが声を上げた。

「コルドバから緊急連絡。結界装置のトラブルで今は接岸出来ないそうです」

 私は咄嗟に速力計をみて、ほぼ停止常置になっている事を確認した。

「よし、現状待機。復旧するまで待つよ」

 私は苦笑した。


 どんな港でも、デブリ…浮遊物対策のため、結界を張っているものだ。

 ここが、いくら定期的に船が立ち寄らない最果ての星とはいえ、そこはちゃんとしているようだ。

 しかし、恐らく頻繁に結界装置を操作していなかったのが原因だろうが、それがオフに出来ないことで、向こうは大慌てだろう。

 対して私たちは、特にやることもなく、コーヒーなどをしばきながら、延々と暇な時間を過ごしていた。

「ローザ、あと数時間で復旧の見込みだそうです」

 ロジーナがあくびをしながら、怠そうに報告してきた。

「こら、真面目にやれ!」

 私は笑った。

 実際、貨物船に待ちは多い。

 場合によっては数日ということもあり、待つのは慣れていた。

「はぁ、暇だね。こういう時は、いつも通り通販あさりだね」

 私は笑って、携帯端末を操作していつもの通販サイトにアクセスした。

「そうだねぇ…。そういえばシャンプーなかったな」

 私は適当に商品をカートに入れ、適当なところで打ち切って買いものを終えた。

「ローザ、やっと結界装置が直ったようです。急ぎましょう」

 眠そうだったロジーナがシャンとして、報告してくれた。

「よし、いこうか。リン、よろしく」

『分かりました。発進します』

 リンが笑みを浮かべ、船が港方面に向かって進み始めた。

『操縦は私が受け持ちます。あと、十分程度です』

 リンの声からしばらくして、小柄な港が見えた。

「一番スポットの指示が出ています。今はここしか使っていないようです」

 ロジーナの声と共に、正面スクリーンに小さなステーションが見えてきた。

『港からの誘導波を検知しました。このまま、牽引で進みます。全エンジン停止しました』

 リンの声が聞こえてきた。

「ありがとう。やっと到着だね」

 私は笑みを浮かべた。


 管制からの指示通り一番スポットに進入すると、私は動力をきった。

 こちらはまともに動くようで、背後でシャッターが閉じられる音が聞こえ、船外気圧計でゆっくり与圧されている事を確認した。

「さて、着いたよ。どこに行くのやら」

 私は笑った。

「依頼票では目的地はアルンデになっている。あそこも田舎だが定期路線があるな。そこまで運べば、あとは自分たちでやるだろう」

 テレーザがチョコバーを囓りながら、小さく笑みを浮かべた。

「そうだね。あそこなら、なんとかなるか」

 私は笑みを浮かべた。

 程なくスポットの与圧が終わり、私はカーゴベイの扉をオープンにしてから、操縦室を出た。

「さて…」

 いつもの第三エアロックからステップを使ってスポットの床に降りると、巨大なカーゴベイの扉が開き、椅子が並んだ旅客用パレットになっている事を確認した。

 しばらくすると、スポット内にバスが三台入ってきて、次々に私の前に止まった。

「ようこそ」

 バスから降りてきた客に声をかけると、みんな笑顔で手を振ってくれた。

 いわなくても分かるはずで、全員がパレットに装備された椅子に腰を下ろし、バスの乗客が全員乗り込むと、私はコミュニケーターでリンを呼びだした。

『あっ、どうされました?』

「乗客が全員乗ったから、カーゴベイの扉を閉めて」

 私はリンに指示を出した。

『かしこまりました。カーゴベイ、クローズ』

 リンの声と共に、スポットの床まで下ろしていたパレットが上昇して、カーゴベイが閉鎖した事を確認し、私は操縦室のに戻った。

「うん、大丈夫だ。カーゴベイを閉鎖してロックした事を確認した」

 副操縦士席のテレーザが報告してくれた。

「よし、いつでもいけるね。早い方がいい。ロジーナ、管制に出航の連絡をして。ジルケは航路設定よろしく」

 私は舌なめずりして、操縦桿を握った。


 船は無事にコルドバを出航し、目的地のアランデに向かって航海をはじめた。

「メリダ、お客さんになにか作ってあげて」

 私はコミュニケーターで、厨房のメリダに声をかけた。

『はい、分かっています。修理で料理が出来なかったストレスが溜まっているので』

 メリダが笑った。

「まあ、程ほどにね。アランデか。なにか仕事はあるかな」

 私は笑った。

「まあ、コルドバよりはマシだろうな。あそこも田舎らしく暇な港だが、しょぼい荷物運びくらいは依頼はあるだろう」

 テレーザが笑った。

「ならいいけど。さて、アランデは次の銀河にあるよ。リン、操縦を任せた」

 私は背もたれに身を預けた。

『承知しました。フルオートモード。現在の速力では二週間かかります。よろしいですか?』

 立体画像のリンが笑みを浮かべた。

「もうちょっと速力を上げていいよ。そこそこ広い座席だけど、早く開放しないとお客さんが可哀想だからね」

 私は笑った。

『承知しました。メインエンジンを使います。これなら、三日で到着出来るでしょう』

 リンが笑みを浮かべた。


 船は順調に進み、転送航法を合わせて二日をかけて、アランデがある銀河を進んでいた。

「674航路か。空いてていいね」

 私は笑った。

「はい、一応街道ですが、この辺りを航行する船は滅多にありません」

 ジルケが笑った。

「そっか。これだから、田舎はいいよね」

 私は笑った。

「まあ、そうだな。ここは暇らしく、ポツポツとパトロール隊のフリゲート艦がガードしている程度で海賊すらいない。こういうのもいいだろう」

 テレーザがチョコバーを囓りながら、のんびり呟くように返してきた。

 特になにもないまま船は進み、もうそろそろアランデの黄色い星が見えてくると、リンがメインエンジンを数秒間逆噴射させ、ロジーナが管制に着岸許可を求める交信をはじめた。

 さすがに港回りには船がいるようで、それなりに混雑しているとジルケが告げてきた。

「ローザ、今スポットから出る船がいて、待つように指示がありました」

 ロジーナが伝えてきた。

「分かった。タイミングが悪かったね」

 私はやれやれと息を吐いた。

 客船や貨物船の定期便が設定されているとはいえ、その頻度は少ない。

 スポットも一つしかなく、こうして待たされる事もあった。

「リン、お客さんに到着のアナウンスをしてくれる?」

 私はリンにお願いした。

『はい、分かりました。これでも、こういう作業は得意なんです』

 リンが笑い、さっそく仕事を始めたようだった。

「早く空かないかな。メリダたちが作った料理は保証するけど、窓もない貨物船のカーゴベイになんか長くはいたくないよね」

 私は苦笑した。

 しばらく待って、アランデ管制から着岸許可が下りたと、ロジーナが報告してきた。

「よし、行こう。リン、誘導は受信してる?」

『はい、報告はしていませんが、すでに牽引状態です。任せましょう』

 リンが笑った。

 よく見れば、コンソールパネル上の黄色ランプが点灯していた。

「分かった。もうちょっとだけど、油断しないように」

 私は笑みを浮かべた。


 船が無事アランデ港のスポットに収まり与圧が完了すると、カーゴベイのパレットを下ろした。

 ここは貨物用と旅客用の併用らしく、自動的に誘導されたのはスポット内に設けられた旅客の乗降所だった。

 乗せていたお客さんが全員降り、オートクリーニング装置がパレットの清掃を開始すると、私はリンにパレットを上げてカーゴベイのハッチを上げてもらった。

「さて、クレームがなくて良かったな。メシも美味いし揺れずに快適だったって。これでも、本業は荷運びなんだけどね」

 私は苦笑した。

「さて、戻るか」

 カーゴベイの扉が閉じる様子を見てから、私はステップを上って船内に戻った。

 操縦室に戻ると、私は操縦席に座って、小さく息を吐いた。

「さて、リン。なにか、オススメの仕事あった?」

 私は船の発進準備をしながら、リンに問いかけた。

『港のシステムにアクセスして検索します。結果は正面のウインドウに表示しますので、少々お待ち下さい』

 リンが笑みを浮かべ、コンソールパネル上の虚空に表示された情報を見た。

「うーん、やっぱり大したものはないか。それにしても、こんなところまで、ブラックバーンの荷があるね」

 私は苦笑した。

 数こそ少ないが、こんな田舎までブラックバーンが発送元の荷があった。

「リン、試しにブラックバーン発の荷物を調べて。簡単に偽装しているはずだから、その荷物の正体が知りたいんだ」

 私はリンに指示した。

『かしこまりました。少々お待ち下さい。ちなみに、表向きの内容物は『小麦粉』です』

 リンが笑った。

「小麦粉ねぇ。他の荷物より一桁多い料金で…。ずいぶん、豪勢だこと」

 私は笑った。

『ローザ、ブラックバーンの荷は全て禁止薬物です。宛先はコメート。オススメしません』

 リンが小さく笑った。

「やっぱりね。まともな仕事を受けよう。ブラックバーンを除いて、他の仕事を探すか…」

 私はコンソールパネルのキーを叩き、リンが集めてくれた仕事のリストからブラックバーン発の仕事を除外して、改めて確認した。

「おっ、ちょっと船賃が高いのがあった。農業用トラクター三百台か。この辺が妥当だね」

 私は笑みを浮かべた。

「うん、お前にしてはまともな仕事だな。私は反対しないぞ」

 テレーザがチョコバーを囓りながら、珍しく文句をいわずに私の意見に同意した。

「よし、そうと決まれば話しは早い。仕事しよう」

 私は声を上げ、小さく笑ったのだった。

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