第28話 ボロ船

 少々物足りない感はあったが、遊んでばかりはいられないので、私たちは予定通り昼前にホテルをチェックアウトして、送迎バスで軌道エレベータで港に戻った。

 私たちはそのままスポットに移動して、それぞれの配置についた。

「よし、次はどこだろうね」

 休眠状態だった全システムをたたき起こすと、アラームが聞こえた。

「ローザ、航海用レーダーが立ち上がりません。再起動を試行中です」

 自分のコンソールパネルを弄りながら、ジルケが淡々と報告してきた。

「また故障か…。いい加減ボロ船だよ」

 私は苦笑した。

「まあ、動くならいいさ。チョコバーでも食ってろ」

 テレーザが私にチョコバーを私に放ってきた。

「ありがと…。全く、またドッグ船出港かな」

 私はチョコバーを囓り、小さく息を吐いた。

 航海用レーダーがないまま出港するのは、目を閉じて亜光速航行するに等しい愚かな事である。

 私たちの前にあるのは精密誘導用の小形レーダ-のウィンドウで、広範囲を監視する航行用レーダーの変わりにはならない。

 しばらく必要なチェック項目をテレーザとやっていると、いきなり操縦室の証明が非常灯だけになった。

「申し訳ありません。メインの電源ラインがいうことを聞かないので、サブラインに切り替えたのですが、どこかショートしているようですね。ブレーカーが落ちてしまいました」

 背後でジルケがため息を吐いた。

「あーあ…こうなったら、ドッグ船出港だね。私たちじゃ、配線の点検が出来ないから。どこか分からない故障箇所を探すなんて、現実的じゃないから」

 私は矩象した。

「ロジーナ、管制に連絡して。無線は非常用動力でも動くはずだよ」

 私は後方の通信席をみた。

「あっ、それあたしがやる。サビ落とししないと、いざって時に役立てないから!」

 ロジーナの隣席でインカムを装着していたリズが声を上げ、管制と交信をはじめた。

「ついでにドッグ船も手配して。ロジーナに聞けば、プリセットしてあるチャンネルになるから」

 私は笑みを浮かべ、念のため船の各所をセルフチェックした。

「さて…」

 私は虚空に表示された、テスト結果のデータを確認した。

「やっぱり、動力系だね。六基あるルーンジェネレータが、今は半分しか稼働していない。今度は、どこがご機嫌斜めなのやら」

 動力系がおかしいなら、自力出港は難しい。

 端からドッグ船出港のつもりだったが、これで確定した。

 自力では動けない状況に、私は思わず苦笑してしまった。

「ローザ、管制からドック船出港の許可が下たよ。いつものドッグ屋って決めてあるんだね。二十分程度で到着予定だよ!」

 リズが元気よく知らせてくれた。

「ありがと。チマチマと入出港を繰り返していたから、負荷がかかったかな」

 私は小さく息を吐いた。

 ルーンジェネレータはあまり目立たないが、この船の心臓部といえる

 乗員や宇宙を漂っている極小の魔力をかき集めて、数百万倍に増幅させ、莫大なエネルギーを発生するもので、通常の貨物船ならせいぜいそれなりの出力をもったルーンジェネレータを多くて二基程度。

 しかし、何かと常識外れなこの船は、やたらエネルギーを消費する。

 そこで、小形ではあるが大形機種並みの出力を発生する、最新鋭のハイスペックモデルを六基搭載している。

「うーん、使えるのは三基か。まあ、こうやってじっとしているなら問題ないか。船内の環境維持には問題ないから」

 私は笑った。

「まぁな。暇は暇だな。忙しいのは、通信手くらいだろうな」

 テレーザが笑った。

「笑い事じゃないよ。ドッグ船が近くにきているらしいんだけど、よりによってドッグ船のエンジンが二基故障しちゃって、なるべく邪魔にならない場所に退避して修理中だって!」

 リズが苦笑した。

「あーあ、馬鹿野郎っていっておいて!」

 まさに、医者の不養生。これは、さすがにツッコミを入れるべきだ。

「やれやれ、これはいつになるかな」

 私は背もたれに体を預け、小さく笑みを浮かべた。


 結局、なんだかんだでドッグ船がやってきて、私たちの船を船内に収容するまで、約五時間かかった。

「これ、クレームものだよね」

 私は笑った。

「全くだ。来てもらった以上、いえないがな」

 テレーザが笑った。

 危険なので、私たちは全員船ドッグに降り、各所に無線でした。

 しばらくすると、慌てた様子で私に向かってきたオヤジが、頭を掻いて苦笑した。

「悪いな。まさか、自分の船がぶっ壊れるなんてよ」

「まあ、そういう事もあるか。船っていったらドッグ船も同じだからね」

 私は笑った。

「そういってもらうと助かる。港の使用料については、すでに精算済みだ。迷惑かけたからな。さて、問題のルーンジェネレータだが、まずは状況確認をしたい。予備も含めて全システムのシャットダウンは済んでいるか?」

 オヤジの言葉に、私は頷いた。

「確認をすると思うけど、正副全て切ってあるよ。照明も非常灯だけだから、危なくて歩けない」

 私は笑った。

 ちなみに、非常灯は船のシステムとは別に、小形バッテリを使っているので、特に問題なかった。

「さすがに分かってるな。よし、後は任せてくれ」

 オヤジが二マっと笑った。

「全く、変にぶっ壊さないでよ!」

 私は笑った。


 ドッグ船にいる間は、基本的に暇である。

 機関士チームは作業のサポートであれこれ働いているし、ドッグ船の医務室は遠いうえに狭くて使いにくいので、ティアナ率いる医療チームが、ドッグ内に救護テントを張って頑張っているが、あとは特に仕事があるわけではない。

「さて、どうしたものか…」

 私はお客様用の待機ルームの部屋に入り、ベッドに座って携帯端末で航海日記をつけながら一言呟いた。

「うーん、『故障。ドッグインして修理中』までは書けるけど、どこでどんな作業したかなんて、書きようがないよね。他の船でもそうらしいし、なにかあったらオヤジに聞くか機関士チームにでも聞こう」

 私は用事が済んでディスプレイを消した携帯端末をポケットに放り込んだ。

 仮にルーンジェネレータの修理だけであればいいが、ダメなら交換となるだろう。

 そうなると取り寄せる事になるが、それには時間がかかるうえに、それなりに作業時間がかかるので…まあ、大変だ。

「よし、状況確認をしよう。オヤジが貸してくれたコミュニケーターで…」

 私はドッグ船内だけ通信が可能な腕時計形コミュニケーターを弄った。

『うん、どうした?』

 応答してくれたオヤジが、普段は分厚いミスリル製のカバーで覆ってあるルーンジェネレータの様子を見ながら、なにやら指示を出していた。

「まあ、状況確認だよ。メンテが面倒なモデルだからね」

『今のところはなんともいい難いな。まあ、俺が勧めて搭載したジェネレータだからな。やるだけやってみるさ。もう、新品は発注してある。このくらいは出費にならん。上得意様だからな!』

 オヤジが笑った。

「なに、もう新品を発注しちゃったの。だったら、もう交換しちゃえば」

 私は苦笑した。

『おいおい、作業工賃が半端なく跳ね上がるぞ。こっちも商売だからな。ものがものだけに、なるべくクセがついた今のままがいい。お前だって分かるだろ』

 オヤジが笑った。

 もし、新品に交換となったら、リスクが大きく上がる。

 ルーンジェネレータは常に稼働している機械だけに、直せるなら直した方がいい。

 新品に換えてしまうと最悪の場合、動作に不具合が起きてしまう事があるのだ。

「分かってるよ。それじゃ、あとはよろしく」

『おう、任せろ。暇なら携帯端末でテトリスでもやってろ』

 オヤジが笑い、私はコミュニケーターのスイッチを切った。

「…オヤジの携帯端末、本当にテトリスが出来るよ。なにやってるんだか」

 私は苦笑した。

「さて、お腹空いてきたな。食堂にでも行こう」

 ベッドから立ち上がって軽く伸びをしてから部屋を出で、もう勝手知ったる船の中、私は勝手に食堂に向かった。


 こういう時に、メリダの料理がある事がありがたく思える。

 今回はドッグ船の中の食堂だが、ここには調理員どころかキッチンもない。

 代わりに、あるのは多数の自販機だった。

「全く、美味しくない上に高いんだよね」

 私は文句をタレながら、ガラスで小屋状になった食堂内に入り、食べ物を扱っている自販機に効果を投入し、ここに来たときはとりあえず買うたこ焼きのボタンを押した。

「後は焼きそばとハンバーガーとおでん缶かな」

 我ながら変な取り合わせだが、もともと味がイマイチなので、その辺りは気にしていない。

 程なく、自販機でレンジアップされた注文の品を回収して、申し訳ない程度に置かれた小さなテーブルにそれを乗せ、誰もいないので黙々と食べ、おでん缶の汁を一気飲みして食事を終えた。

「ふぅ。味気ないけど、これがドッグ船なんだよね」

 私は苦笑した。

 中にはボロいながらも小さな食堂があったりするらしいが、ここしか知らないので分からない。

 こんな時にメリダのご飯があれば文句はないのだが、今は厨房が使えないので、望むべくない。

「はあ、食った食った。船は立ち入り禁止状態だし、また部屋に戻るだけだね」

 私は苦笑した。

「おっ、もうメシ食ったか」

 やや遅れてテレーザがやってきて、私と同じように自販機で購入してテーブルについた。

「聞いた話だが、ここのエンジニアとうちの機関士チームたちが、徹夜で作業をやってるらしいぞ。邪魔になるから声かけも出来ないな」

テレーザが苦笑した。

「そうだね。コミュニケーターすら使えないな。下手すると爆発してぶっ飛びかねないからね」

 私は苦笑した。

「まあ、交代でやっているし、疲れた者のケアは医療チームがやっている。よほどの事故が起きない限り、大丈夫だろう」

 テレーザが笑った。


 味も祖毛もない食事を終えると、私は自室に戻ってベッドに仰向けに寝転がって、携帯端末で軽く情報収集をやっていた。

「うーん、本当にブラックバーンが荷主の仕事が増えたな。どんな会社かも分からないけど、扱っているものを考えると、まさにブラックか…」

 私は小さく呟き、情報収集を続けた。

「違法なものを運ぶなら、なにかに偽装するものだし、一応はやっているみたいだけど、その気になれば簡単に分かるんだよね。杜撰なのかわざとなのか…」

 私は小さく息を吐き、ベッドの上に身を起こした。

「細々働いて小さく稼いでも、やっぱり限界があるんだよね。ブラックバーンの荷物に手出しする気はないけど、いずれはくるかもね」 

 私は苦笑した。

「よし、ロジーナかリズに声をかけて、修理が終わったらなにか仕事がないか通信網で確認してもらうか」

 私はベッドから立ちがり、特にやる事がないので、様子見がてらドッグに行く事にした。


 通路を歩いてドッグに向かうと、眠りについているジュノーの船体各所にメカニックらしき人たちが、ゴンドラに乗ってなにやら作業をしている様子がみえた。

「単純にルーンジェネレータの故障だけで済めばいいけど、配線の方にも問題があったら年単位の作業になっちゃうね。困ったな」

 私は小さく息を吐いた。

 その時、ここ専用の腕時計型コミュニケーターが着信音をたて、私は素直に応答ボタンを押した。

「おっ、どうした?」

 ディスプレイに表示されたオヤジに、私は声をかけた。

『おう、なんか心配していなか。勘で分かる!』

 オヤジが笑った。

「お見通しだね。ジェネレータだけならいいけど、配線の方までダメならどうしようかと」

 私は苦笑した。

『やっぱりな。安心しろ、ジェネレータの高感度緊急ブレーカが全部落ちている。過剰エネルギーが流れたって事はないだろ。実際、ここから伸びているメイン動力ケーブルに異常はない。末端まで影響していないはずだ。問題は、そのブレーカが固着してどうやって取れねぇ事だな。こうなると、オススメしていない新品交換するしかねぇぞ。どうする?』

 オヤジが笑みを浮かべた。

「そうか…。まあ、直せないなら新品に換えるしかないね。そこは、オヤジに任せるよ。また大仕事だね」

 私は苦笑した。

『ああ、そうだな。まあ、工賃はマケておく。お友達割引でな!』

 オヤジが笑った。


 オヤジとの会話を終えると、私はドッグに下りて移動用カートに乗って、船尾方面に向かった。

 特に意味はなかったが、この際自分の船を見て回る事にしたのだ。

「はぁ、宇宙だとあまり感じないけど、改めて見るとデカいなぁ」

 ところどころに、船体を点検中と思しきツナギを着たメカニックの様子を見ながら、私はジンワリと船の後方に到達した。

「改めて見ると、正気を疑うような光景だね。なんだ、このエンジンと数は」

 私は笑った。

 メインエンジン二十発。それも、既知宇宙では最強クラス。やり過ぎたかもしれないけど、そこがいい!」

 私は笑った。

「あっ、ローザさん。見回りですか?」

 機関士チーム全員が総出でエンジンのノズルをクリーニングしている様子で、代表してカボが手を振ってきた。

「見回りじゃないよ。ただの暇つぶしって感じだね。動力を完全に落としているから、出来る事もあまりないよね」

 私は苦笑した。

「はい。ですが、そうでないと出来ない作業もあるので、片っ端から片付けています」

 カボが笑った。

「うん、まだルーンジェネレータの修理は時間がかかるから、じっくり作業でいいよ。救護テントもあるけど、お世話にはならないようにね」

 私は笑って、もう一度カートのアクセルを踏んで、ゆっくりスタートさせた。

 船体をクルッと回って反対側に回ると、ちょうど巨大なルーンジェネレータをクレーンで下ろす作業をしていた。

「普段はあまり気にしないけど、こうやってみると目眩しそうにデカいね。結局新品交換か。しばらくは無茶出来ないね」

 私は苦笑した。


 カートでの一周が終わり自室に戻ると、私は携帯端末を取りだして航海日誌にルーンジェネレータの交換を実施したと入力した。

「今日の仕事はこんなもんか。平和だねぇ」

 私はベッドに携帯端末を放り置き、小さく笑った。

 いかなここのエンジニアが優れているとはいえ、ルーンジェネレータの交換作業は時間がかかるはずだ。

 なにせ、高エネルギー発生装置が六基もあるのだ。総出で掛かっても、数ヶ月はかかるだろう。

「しっかし、ついにジェネレータまでぶっ壊れたか。ついでに、搭載兵器の整備もお願いしよう」

 私はコミュニケーターでオヤジを呼びだした。

『なんだ、どうした?』

 エネルギー回路の暴発防止シールドが背景に写ったオヤジが、油まみれてニカッと笑みを浮かべた。

「うん、せっかくだから。攻撃兵器のメンテもお願いしようかと。エネルギー全カットなんて、なかなか出来ないから」

 私は小さく息を吐いた。

『ああ、問題ねぇ。そっちもやってる。俺だって、この程度の忖度は出来るさ。待ってろ、こっちは三日もあればすぐ終わる。それより、どうもおかしい事が起きているんだが…』

 オヤジが頭をガリガリ掻いた。

「分かってる。いきなり『ユイ』が喋らなくなったんだよ。それ以外は搭載AIは正常に動作しているから放っておいたんだけど、オーディオプロセッサの故障は瞬時に指示が出せないから、速攻で直した方がいいのは分かっていたよ。ついでにやろう」

 私は笑みを浮かべた。

『分かった。ちょうど、ストックに個体名『リン』がある。オーディオ回りのパーツを換えるだけだから、この前にみてぇに神経質なレストア作業はいらねぇし、簡単だからな』

 オヤジが笑った。

「じゃあ、よろしく」

 私は笑みを浮かべた。

『じゃあ、またな。ルーンジェネレータの修理が終われば、動力を使えるから少しは遊べるだろう』

 オヤジが笑って、通信が切れた。

「遊びって…。まあ、似たようなものか。さて、あとは無事に終わる事を祈ろう」

 私は苦笑したのだった。

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