第26話 無人島にきました

 私たちがキャビンに入りしばらく経つと、徐々に海が荒れてきて遠雷の音が聞こえてきた。

 キャビンの船内放送で、犬のお姉さんから念のため救命胴衣を着るように指示があったので、私たちは真っ赤に塗られたそれを身につけた。

「これは本格的に嵐がくるぞ。どこかに掴まった方がいい」

 そういいながら、余裕でチョコバーを囓っていたテレーザが適当な手すりに掴まった。

「そうなんだ。私も…」

 私は手近なところにあった手すりのようなものに掴まった。

 それから間もなく、船が大きく揺れはじめ、扉を閉めていてもキャビン内に強風が入り込むようになった。

『犬です。嵐の中心は回避しましたが、大時化で危険な状況なので、近隣の無人島に避難します。以前は海産物の加工場があったのですが、廃業して今は誰もいません』

 犬のお姉さんの声がスピーカーから聞こえ、船が大きく転進したことが傾きで分かった。

 キャビンには全周に窓があり、巨大な波やうねりに対して力強く突き進んでいく船の様子が見てとれた。

「あちこちの船から警報が出ている。この船からもビーコンが出ているな」

 テレーザが無線機を持って、周囲の電波を傍受していた。

「なに、ヤバい?」

 私がテレーザに問いかけると、彼女は笑った。

「この海域は危険だという、まあ連絡みたいなものだ。これが救難信号だと可能なら救助活動になる」

 テレーザが笑った。

「そっか、急じゃなければいいや。おっ、島が見えてきたね」

 キャビンの前方ガラス越しに、嵐の暗闇の中黒い島影が見えてきた。

『間もなく到着します。今は使われていませんが、しっかりした桟橋もあるので上陸も可能です。嵐が収まったら、少し歩きましょう。キャビンの荷物置き場に花火を載せてあるので』

 犬のお姉さんが笑った。


 嵐の中、大揺れする船が消波ブロックで保護された小さな港に入ると、そのまま使い込んだ感のある桟橋に横付けすると、犬のお姉さんが桟橋にジャンプして、白く太いロープを変な形のオブジェに掛けて、どうやら船を固定したようだった。

「ん、無線だ。ちょっと待て」

 テレーザが無線で犬のお姉さんと会話をはじめた。

「…分かった。そうしよう。聞け、嵐が抜けるまでこのまま船内待機だそうだ。せっかくだから、ここで一泊しようという提案だったが、断る理由もないので承諾した。いいだろう?」

 テレーザが笑みを浮かべた。

「うん、いいね。そういうの好き!」

 私は笑った。

「野外料理ですか、腕がなります。みなさん、いいですね?」

 メリダが笑うと、厨房要員のスージーとテアが笑った。

「医務担当として、テントを張って万一に備えます。いつも、三十人収容の大形テントを空間ポケットに用意してありますので」

 船医のティアナが率いる船医部隊が一様に頷いた。

「分かった、それは心強いよ。あとは嵐が収まるまで休憩だね。こら、ロジーナさっそくお酒を飲みはじめないように!」

 私は笑った


 数時間待って、嵐はどこかへと通り過ぎ、犬のお姉さんが船から降りるように誘ってくれたので、私たちは救命胴衣を脱いで船から島へ上陸した。

 暑い上に湿度が高いので、お世辞にもいい環境とはいえなかったが、恐らく貸し切りの島は楽しそうだった。

「さて、まずは直射日光を避けるためにも、まずはテントを設営しましょう。私は個人的に持ち合わせがありますが、皆さんは大丈夫ですか?」

 犬のお姉さんが問いかけてきた。

「うん、あるよ。さっそく組み立てようか」

 私は笑みを浮かべ、桟橋から通じているビーチをみた。

「さて、あそこにしようかな…」

 私が歩きだそうとすると、犬のお姉さんに肩を掴まれた。

「砂の上にテントを張るのは難しいです。ここから先の森林に近い、しっかりした地面にしましょう」

「分かった、そうする」

 そのアドバイスはもっともで、砂地ではテントを支えるペグという杭のようなものが打ち込めない。

 犬のお姉さんに続いて歩き、地面に立つと、私たちはみんなとテントを張った。

 結果、ありったけ持っている私たちの八人用テントが二つと、設営に一番苦労した医療チームの巨大テントを立て、私はホッとした。

「さて、どうしようかな…」

 私はテント群を眺めながら呟いた。

「ローザ、この島のマッピングに行きたいのですが大丈夫ですか。パウラも一緒ですし、護衛でテレーザさんとロジーナさんが同道してくれるようです」

 こちらに近寄ってきたジルケが、小さく笑みを浮かべた。

「うん、いいよ。なるべく早く戻ってきてね。無線機は持った?」

 私の問いに笑顔で答え、ジルケはテント前でくつろいでいた様子のマッピングメンバーと共に、島の探索に出ていった。

「この暑いのに熱心だね。メリダがさっそく料理をはじめたみたいだし。さて、私はなにをしようかな」

 私は小さく笑い、まだ水着姿だった事をいいことに、ビーチに降りて砂の上に横になった。

「おっ、焼いてるねぇ」

 いつ着替えたのか、ブルーのセパレートをきたリズが笑った、

「笑ってないで横になったら。気持ちいいよ」

 私は笑った。

「いわれなくてもそうする。いや~、いいねぇ」

 リズが笑った。

 お互いに会話はなく、しばらく経った頃、不意にリズが口を開けた。

「ローザ、誰が悪いなんていえないんだけど、ナンナケット号が事故を起こした時に、結婚を前提とした彼氏と付き合っていたんだ。機関室は壊滅だったでしょ。そいつは、機関士だったんだよね。爆発で死んだか、いきなり極寒の真空に放り出されたか…それは分からないけど、失った事は確かだよ。それ以来、心にぽっかり穴が空いちゃって。我ながら情けないけど、泣く…」

 リズは私の手を握り、静かに泣きはじめました。

 宇宙にはそういう危険がある。

 分かっているが、こんなリズを見るのは、実に数年ぶりだった。


 しばらく経って、延々と泣いてすっきりしたか、リズは決まり悪そうに立ち上がり、ビーチから出ていった。

「なんだ自分だけか。私だって好きな人はいたよ。いきなりそいつの家族全員で夜逃げしちゃって、この気持ちどうすればいいか」

 私は笑った。

「まあ、いいや。焼きすぎたな。テントに戻ろう」

 私は苦笑し、砂の上に立ち上がって、テント前に向かった。

 ちょうどメリダが夕食の準備をしていて、美味しそうな匂いが漂っていた。

 もうすぐ夜になるようで、夕焼け空になるころ島をマッピングしていたジルケたちが帰ってきた。

「まだ少しだけですが、夜になると大変なので戻りました」

 ジルケが笑みを浮かべた。

「お疲れさま。どうだった?」

 私が聞くと、ジルケが苦笑した。

「はい、小規模な海賊のアジトがいくつかあったので、そこは避けて通りました。あとで、戦力を整えて撃滅しましょう」

 ジルケが笑みを浮かべた。

「分かった。夜明けにでも決行しよう。たき火でも焚いたら、連中に対する牽制になるかな」

 私は笑った。

「あっ、それいいな。さっそく準備をしよう」

 テレーザが笑みを浮かべ、ビーチに打ち上げられた流木などを集めはじめた。

「狭い島のはずです。海賊たちにはここに私たちがきたと、もう分かっているでしょう。たき火をして明かりを作って浮かべておけば、逆に怖がって襲ってこないはずです」

 犬のお姉さんが笑った。

「分かった、明かりだね」

 リズが呪文を唱え、多数の光球を空に浮かべた。

「これでいいでいいでしょ。もうすぐ夜になるし、こっちも明るいといいでしょ!」

 リズが笑った。


 すっかり夜になり、リズが生み出した光球が上空でユラユラと揺れる中、私たちはメリダたち厨房要員が作ってくれた料理を食べていた。

 食べながら周囲の気配を探ると、やはり人の気配があり私は苦笑した。

「…ねぇ、気づいてる?」

 私は隣のテレーザにそっとささやいた。

「…ああ、十人ほどだな。恐らく、攻撃ではなく偵察だ。放っておくのも癪だな」

 テレーザが笑みを浮かべた。

「それじゃ、ド派手なやついくかな。リズ、気が付いているでしょ。カーテンみたいに結界を張って」

「分かってる。いくよ」

 リズが小さく笑い、薄い結界を張った。

「ついでに、オメガ・ブラスト!」

 リズが人のお株を取って、いきなりド派手な攻撃魔法を放った。

 それはまばゆい光を放って森林に突き刺さり、大爆発を引き起こした。

「うーん、すっきり。久々だからね!」

 リズが笑った。

「酷いよ。あんまりだよ。せっかく準備していたのに…」

 私は小さくため息を吐いた。

「アハハ、気にしない気にしない!」

 リズが上機嫌で笑った。

「…いいもん。リズのステーキもらうから」

 私は素早くフォークをリズのお皿に突き出し、その上にあった分厚い肉を奪おうとしたが、すんでのところでリズに腕を弾かれた。

「甘い!」

 リズが笑った。

「…いいもん。あとで泣くから」

 私は頬を膨らせた。

「吹き飛ばしたのは偵察の者だけです。海賊のアジト攻めの時は、きっとローザ自慢の攻撃魔法を撃つ機会があるでしょう」

 ロジーナが笑みを浮かべた。

「そうだといいけど。ストレスが…。えい、光の矢!」

 無意味と知りつつ、私は空に向かって自身最強の攻撃魔法を放った。

 真っ直ぐ夜空に駆け上がった矢の形をした図太い光は、はるか高高度で爆裂した。

「よし、これで平気!」

 私は笑った。

「こら、なにをしている」

 隣のテレーザが、私の頭に拳骨を落とした。

「イテテ…。いいじゃん、なにもぶっ壊していないし」

 私は笑みを浮かべた。

「まあ、宇宙ではないから、存分に攻撃魔法をぶっ放してもいいが、少し自重しろよ」

 テレーザが笑った。


 晩ご飯も終わり、メリダたち厨房要員が片付けている様子を目の端で見ながら、私はテント群の周辺を囲むように、アラームの罠を仕掛けはじめた。

 これは、文字通り警報を鳴らすもので、その高価範囲は船を係留した桟橋もぐるっと囲み、誰でも船のキャビンに行けるようにして、トイレなどを使えるようにした。

「おっ、やってるね。あたしは結界を張るよ」

 私に気が付いたらしく、リズは小さく笑った。

「うん、お願いするよ。しかし、いい夜だね」

 私は笑った。

「まあ、そうだね。これで、海賊が攻めてきたら面倒だけど!」

 リズが笑った。

「それがあるから、ちゃんと見張りを立てなきゃダメだね。テレーザとロジーナに相談してみよう」

 私はアラームの警報ラインを、空間でも書ける特殊なチョークで描いて、今はまだ作動しないスタンバイ状態にした。

 まだみんな動いているので、うっかり踏まれると大音量の警報が鳴って、たまったものではなくなってしまうからだ。

「さて、見張り打ち合わせにいこう」

 私はアラームの作動範囲を描き終えると、ちょうど折りたたみ式のテーブルでお酒を飲んでいるテレーザとロジーナに近寄った。

「二人とも、見張りが必要だと思うんだけど、どうしようか」

 私の言葉にロジーナとテレーザが笑った。

「うん、それは私たちで交代しながらやる。これだけ派手に暴れたんだ。並みの根性ではないと、襲ってこないだろう」

 テレーザが笑みを浮かべた。

「はい、そうですね。しかし、これだけテントが並ぶと、見張りが一人というのも問題がありそうですね。みんなで分担しますか。ツーマンセルで交代しましょう。割り振りを考えますので、少し待って下さい」

 ロジーナが笑みを浮かべた。

 ちなみに、ツーマンセルとは二人で行動するという意味だ。


 見張りの順番が決まり、私は普段は砲手席に座っているシノと組を作る事になった。

「シノ、よろしくね。同じ船であまり関わりがないってもの、問題だな」

 私は笑った。

「いえ、私は砲手席にいるので気にしません」

 シノが笑った。

「おーい、そろそろ寝てくれ。最初はロジーナとメリダが見張りだ。あとは、テントに入ってくれ」

 テレーザの声に私たちはテントに入って、あらかじめ敷いておいた寝袋に体を入れた。

 次の交代は私とシノ。

 寝られるかどうか分からないが、横になって体を休めるだけでも全然違う。

 私は寝袋の中をゴソゴソしたが結局眠れず、交代の時間を迎えた。

「おい、疲れているところ悪いが、交代だ」

 他を起こさないという配慮か、エレーザがテントに入ってきて私とシノを起こした。

「分かった、行ってくる」

 私は笑みを浮かべ、そっとテントを出てシノと一緒にウロウロしはじめた。

 アラームの設定は、もちろんアクティブ。すなわち、オンの状態だ。

「シノ、間違ってもそのラインを踏まないでね」

 私は地面に描かれた、微かに薄緑に光るラインを指さした。

「分かりました。私はテントのそばにいた方がいいですね」

 シノが笑った。

「その方がいいね。まあ、誰も近寄らないだろうけど」

 私は笑った。

 その後、しばらくなにもなく時間は過ぎ、そろそろ交代といったところで、やっておいて自分が愕く程の大音量でアラームが鳴り響いた。

「ちょっと待ってろ!」

 テントから素早く飛びだしたテレーザとロジーナがテント群の背後に向かった。

「敵襲。数は二十くらいだ!」

 テレーザが叫び、銃の発砲音が響いた。

「ローザとシノは動かないで下さい。別働隊がくる可能性があります!」

 続けてロジーナの声が聞こえ、私たちは指示通りテント前で戦闘の準備をした。

 私とシノはサブマシンガンを構え、くるかもしれない敵に警戒しながら待つ事にした。

 やはりきたというか、十人ほどの集団が剣を構えて突っ込んできたが、リズの結界に阻まれて動けなくなり、シノが主だってサブマシンガンを構えて威嚇した。

「シノ、リズの結界で相手は入れないよ。安心して!」

 そこでヤケになったか、敵陣がアサルトライフルを連射で撃ってきたが、全て結界に阻まれて、こちらに向かって弾が届く事はなかった。

 結局、襲撃者は攻撃は無駄と悟ったようで、素晴らしい速度で撤退していった。

「おい、無事か?」

 こちらにやってきたテレーザが問いかけてきた。

「大丈夫。リズの結界があるから、絶対にこの中には入れないよ。まあ、反対に攻撃しようとしても、結界に弾かれちゃうんだけどね」

 私は笑った。

「馬鹿者、そういう事は教えろ。なぜか敵も攻撃してこないし、こちらの攻撃も効かないと思ったのだが…。理由を知って安心したが、銃がぶっ壊れたかと思ったぞ」

 テレーザが笑った。

 この騒ぎで起きてしまったようで、テントの中からゾロゾロとみんなが出てきてしまった。

「大丈夫だよ。もう撃退したから安心して。ついでだから、次の交代をお願いするよ」

 私は笑ったのだった。

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