第25話 船遊び開始

 翌朝、私はすこぶる機嫌が悪かった。

 ホテルからチャーターしたプレジャーボートがある港まで、約十五分ほど。

 送迎バスから降りた時は、まだ機嫌が良かった。そのあと待ち構えたものは…。

「どうやら、ここでは海を進む船はライセンスがないとダメなようだ。ローザは当然として、私も取得していない。ここは諦めて、キャンセルするしかないな。ちゃんとチェックしているから、船舶免許を持っていないとお桟橋にもいけないぞ」

 テレーザが苦笑した。

「だったら、予約した時に教えてくれればいいじゃん。なんで、もう…」

「お前、その予約表みてみろ。多分、情報が書かれているぞ。

 テレーザが笑った。

「ったく、なんなよもう…」

 私は携帯を開き起動させた。

「…うげ」

 『この度はご予約ありがとうございます。お客様に注意事項があります。現地でご案内があります。要船舶免許ですので、お忘れなくお願いいたします』

 …なんか、そんなメッセージが携帯端末のスクリーンに、デカデカと赤文字で書かれてれていた。

「酷いよ。早くいってよ。あんまりだよ」

 私はテレーザが抱えていたチョコバーをひったくって囓り、大きくため息を吐いた。

「これは、キャンセルだな。桟橋にも行けないようでは、話しにならん」

 テレーザが苦笑した。

「そうだね。はぁ、がっかり」

 私が一息吐いた時、一人の戦闘服姿のお姉さんが近寄ってきた。

「初めまして。困っているようなので、声をかけてみました。どうしましたか?」

 お姉さんが笑みを浮かべた。

「ああ、簡単な話しだ。ここで船を借りたのだが、普段の住処が宇宙でな。まさかここの船舶免許が必要だと思わなかったので、無駄になってしまったのだ」

 テレーザが笑った。

「そうですか。私はこの辺りをガイドしている者です。もちろん、免許を取得しているので船も大丈夫です。よろしければ、案内役として雇って頂けませんか?」

 お姉さんが小さく笑った。

「えっ、いいの?」

 爛れた私の心に、一条の光が差した。

「はい、それが私の仕事なので。どのくらい日数になりますか?」

 お姉さんが笑みを浮かべた。

「そうだな…。今のところ、船で遊ぶのは二日程度を考えている」

 私が考えていると、テレーザが答えてくれた。

「はい、分かりました。料金ですがこの程度でよろしいですか?」

 お姉さんが、手に持っていたプランが書かれた紙を差し出し、それをアリスが受け取った。

「ローザ、この価格なら雇ってもいいと思うぞ。せっかく借りた船がもったいない」

「どれ…」

 私はテレーザから受け取った料金表は、普通かやや安いのではないかと思う金額だったので、私は二つ返事で了承して空間ポケットに手を突っ込んで財布を取り出しだ。

「私はローザ。ちっちゃいけど、運送会社をやってるよ。ここに集まったのは、その社員全員。よろしくね!」

 私は右手を差し出した。

「ローザさんですね。私は犬と呼ばれていますので、そう呼んでください。それ以外で呼ばれると、咄嗟に反応出来ないので」

 自分を犬と紹介したお姉さんが笑った。

「い、犬!?」

 私は思わず声を上げてしまった。

「はい。この界隈では、あだ名で呼び合う習慣があるのです。それなので、本名を呼んでも反応してもらえない事があります。

ちなみに、私のあだ名の由来ですが、犬のように忠実だからです。自分では、そう思ってはいないのですが」

 犬のお姉さんが笑った。

「そ、そうなんだ…」

 私は苦笑した。

「はい。では行きましょう、この人数が乗るということは、それなりに大きな船ですね。あれかな…」

 桟橋に泊められていた船の中で、中型船がのんびり休んでいた。

「そうだと思うよ。想像より大きかったな」

 私は笑った。

「はい、では行きましょう。私が船舶免許を持っているので手続きします。その間、みなさんは船の方に向かって下さい。船の予約コードは分かりますか?」

 犬のお姉さんが笑みを浮かべた。

「それなら、私の携帯端末のデータを転送するよ。えっと…」

 私は携帯端末を弄って、犬のお姉さんの携帯端末にデータを送った。

「はい、ありがとうございます。では、いきましょう」

 犬のお姉さんが笑みを浮かべた。


 桟橋をみんなでゆっくり歩き、炎天下の中ダラダラしていると、犬のお姉さんが背後からすっ飛んできた。

「はい、手続きが終わりました。こちらの船です」

 犬のお姉さんが笑った。

「ありがとう。早かったね」

 私は笑った。

「はい、犬ですから素早いですよ。この中型船です。乗りましょう」

 犬のお姉さんが先行して船に乗り私たちが中に入ると、船内はまだエアコンが効いていないようで、なかなか蒸し暑かった。

「後部のオープンデッキで、出航までお待ち下さい。エアコンのスイッチを入れましたが、快適な室温になるまで時間がかかります」

 犬のお姉さんが笑みを浮かべ、近くにある細い階段を上っていった。

「さて、後部ね。みんないこう!」

 私は笑みを浮かべ、みんなでゾロゾロとオープンデッキに移動した。

 日差しは相変わらずだったが、開放感があるぶん快適に感じた。

 しばらく待っていると、船のエンジンがかかり船体が小刻みに震えた。

『出港準備が整いました。まずは、私がオススメするルートでいきます』

 犬のお姉さんの声が船外スピーカから響き、しばらく経ってから長い警笛を一発鳴らし、船がゆっくり桟橋から離れた。

「さて、せっかくだし水着に着替えて、日光浴をしよう!」

 私は笑ってあらかじめ着ておいた、ピンクと白玉が描かれたツーピースの水着姿になった。

「おっ、なんかやる気満々だな。私もそうしよう」

 テレーザが笑って上着を脱ぐと、黒を基調としたやはりセパレートの水着姿になった。

「な、なんか、大人…」

 私は苦笑した。

「一応な。もう、派手な格好が似合う年齢ではない」

 テレーザが笑った。

「そうでもないと思うけどな。まあ、いいや。それにしても筋肉質で体中傷跡だらけだね」

「うん、まあ裏ではそういう仕事しているからな。ワンピースも考えたのだが、身内だけならいいかとこうした」

 私の言葉にテレーザが笑った。

「そっか…。ロジーナもそうなんだけど、私が変な事をはじめた時に、資金不足でこんな事になっちゃって。もう抜けられないんでしょ。ごめんなさい」

 私は小さく息をはいた。

「いや、それは私の責任だ。止めようとすればできたが、お前が楽しいならいいと幼なじみだしな」

 テレーザが笑った。

「そっか、気にしていないならいいけど…」

「はい、その通りです。珍しくしおらしいですね」

 オレンジ色のセパレートに着替え、同じく傷跡だらけのロジーナが笑った。

 そう、これは私が船を買ったから、これで仕事しようというのがそのはじまりだが、当然会社を興す事など初めてで、最初にぶち合った壁が資金不足だった。

 なにせ、テレーザの口利きで、今でも付き合いのあるドッグ屋でも船体を宇宙に運ぶのは大仕事で、見積もりの金額は卒倒するほどだった。

「はぁ、ダメだこれ。若気の至りってこれ?」

 私は苦笑したことを覚えている。

 まあ、船を買ってしまったからには、どこかにもっていかないといけない。

 宇宙では大形か中型船の境にいるジュノーだが、地上で約十キロメートルある場所など、大型船のドッグくらいだった。

 お値段手頃なドッグを借りるくらいの資金はあったため、置き場所は確保出来たがどうにかして、宇宙に持っていかないと話しにならない。

 結局、またゴミに戻すしかないかと思ったが、そこに幼なじみのテレーザとロジーナがいきなり大金を持ってきたので、さすがに愕いたのは今でも忘れない。

 結局、その資金で船を宇宙に上げる事ができて…まあ、ここに至る。

 もちろんというか、テレーザにしてもロジーナも平気的な収入しかないはずで、変だなと思ったのだが、ある日二人が重傷で街に帰ってきて、直感的にどうやって稼いでくれたか察した。

 私はいいから危険な事はしないでといっても、一切聞き入れてくれず、これまた現在に至る。

「そりゃ気になるよ。まあ、不満がないみたいだからいいけど」

 私はため息を吐いた。

「不満は厨房のメニューにたこ焼きがないくらいだな」

 テレーザが笑った。

「そういうのは、メリダにいってよ!」

 私は笑った。


 港を発ってから船に揺られる中、私はデッキチェアに座って、ジリジリ日焼けしていた。

「はぁ、普段こういうのないからね。ゆったりするか」

 私はテーブルに置いていたグラスから、オレンジジュースを一口飲んだ。

「おい、メリダがメシを作りはじめた。昼はささやかな船上パーティになるだろうな」

 近寄ってきたテレーザが、小さく笑みを浮かべた。

「そっか。あっ、犬のお姉さんはどうするのかな。一緒に加わって欲しいんだけど」

「うん、ちゃんと確認をしている。手が離せないから弁当持参のようだ。料理が出来たら、取り分けて持っていけばいいだろう」

 テレーザが笑った。

「そっか、できれば一緒にやりたかったけど、こればかりはどうにもならないね」

 私は苦笑した。

「まあ、そういう事だ。最新型だけあって、操船は一人でこなせられるようだが、大変だろうな。といっても、誰も免許を持っていないとあれば、手助けはできないからな」

 テレーザが笑った。

「そうだね。あとでチップというか、ボーナスを包まないとね。はぁ、それにしてもいい天気だね!」

 私は笑った。


 お昼ごろになって、船の調理場でメリダが作った料理がオープンデッキのテーブルに並び、ロジーナが器に取って操舵室に運んでいった。

「操舵室に入れるんだ。あとで見学にいこうかな」

 私は笑みを浮かべた。

「まあ、邪魔しない程度ならいいだろう。よし、メシにするぞ」

 テレーザが笑った。

「そうだね。こういうの初めてだけど、これはこれで悪くないね」

 私は笑みを浮かべた。

 船は穏やかな海を進み、パーティは楽しい時間を提供してくれていた。

『お楽しみのところ申し訳ありません。気象レーダが発達した積乱雲を捉えました。回避は難しいです。海が荒れることが予想されます。キャビンに入って下さい』

 船外スピーカーから、犬のお姉さんの声が聞こえてきた。

「積乱雲か、厄介だな。おい、オープンデッキを片付けろ。全部海に持っていかる可能性がある」

 自らも動きながら、テレーザが声を飛ばした。

「分かった。これも、海だね」

 私は小さく笑い、片付け作業をはじめた。

 まだ海が静かなうちに片付けが終わり、私たちは船室…キャビンに入った。

 そこそこ大きな船だけあって、全員で入ってもまだ余裕があった。

「さて、どうなるかな。あまり荒れなきゃいいけど」

 私は笑みを浮かべたのだった。

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