第21話 宇宙のドラゴン

 クルーにアデリアを加え、配置換えを行った私の船は、街道航路には必ずある休憩エリアでの休息を終え、アランジに向かって航行を再開した。

 今まで空席だった通信手席にはロジーナとリズが並んで座り、コンソールパネルのキーを叩いていた。

「ユイ、通信システムチェック」

 ロジーナが声を飛ばした。

『はい、すでにセルフチェックは完了しています。異常はありません』

 ユイの声が聞こえ、ロジーナが小さく息を吐いた。

「分かりました。では、通信システムオンライン。全機能をユイから通信手に移行」

『承知しました。通信システム設定完了。私はバックアップにまわります』

 ユイの声を聞いて、ロジーナが小さく笑った。

「これで、通信は私とリズが担う事になりました。よろしくお願いします」

 ロジーナが笑み浮かべた。

「二人ともよろしく。さっそくだけど、アランジにコンタクトして、仕事があるか確認して。一応、こっちでも携帯端末で調べてるけど、聞いちゃった方が早いから」

「はい、分かりました」

 ロジーナがカタカタとコンソールパネルのキーを叩き、アランジと交信をはじめた。

 私は私で携帯端末を弄ってみたが、どういうわけか正規の回線も裏回線も繋がらなかった。

「これはおかしいな…」

 私は呟いた。

「ローザ、アランジからの救難信号を受信しました。急ぎましょう」

 ロジーナが緊迫した様子で声を上げた。

「ステーションが救難信号?」

「はい、なにが起きているのか何度も無線で呼び出しているのですが、応答がありません。これは、アランジステーションでなにかが起きているはずです」

 ロジーナの声は固く鋭かった。

「分かった。第一がダメなら第二を呼び出してみて。なにか拾えるかもしれない」

「分かりました。第二にコンタクトを取ってみて!」

 私はロジーナに指示を出し、携帯端末で今度はアランジ第二貨物ターミナルのサーバに接続した。

「…こりゃまた。シャレになってないな」

 私は思わず呟いた。

 アランジ第一貨物ターミナルは、ブラックバーン発の貨物の中で爆発のようなものが発生し、根こそぎ吹き飛んだらしい。

 その爆発の原因は…。ターミナル内のヤードで荷積みを待っていた木箱のようで、爆発の原因は、なんとグリーンドラゴンの卵が孵化してしまったようだった。

「おいおい、ドラゴンとはまた厄介な…」

 同じく携帯端末で情報を集めていたらしいテレーザが、小さく息を吐いた。

 ドラゴンとは、知っている人は知っていると思うが、巨大で頑丈な体を持ちブレスとよばれる様々な形態の息を吐く巨大生物だ。

 通常はどこかの星で生活していて、グリーンドラゴンは比較的広範囲に生息しているが、宇宙の過酷な環境に耐えられるのは…。

「恐らく、デクレル産だね。あれは、長時間呼吸しなくても平気。しかも、星全体が氷に包まれているような星だから…」

 デクレルは別名「氷塊」と呼ばれる星だ。

 大気は薄く、生息している生物も数種類確認されているだけに過ぎない。

 何度となく調査隊が編制されて、この星の調査が行われてるが、極点附近はマイナス二百度近い極寒中の極寒なので、宇宙服を転用した特製スーツを着ていないと、とても生きていけない環境だ。

 このグリーンドラゴンは、十中八九そのデクレル産だろう。

 そんなものが出てきたら、頑丈にできているセントラルでも、さすがにひとたまりもない。

「ユイ、最高速で向かってる?」

『はい、これ以上の速力を出してしまうと、行き過ぎてしまいます』

 ユイの家が聞こえた。

「そっか、あと十五分くらいか…」

 私は小さく息を吐いた。

「ローザ、やっと繋がりました。第一ターミナルからの避難者を救助して欲しいそうです。ドラゴンはパトロール隊がなんとか抑えているようなので、今しかないと…」

 ロジーナが鋭く声をかけてきた。

 アランジは旅客船の乗り継ぎなどの中継地点にもなっていて、貨物ターミナルから離れた場所に旅客ターミナルがある。

 被害が貨物ターミナルなら、まだ救いはあった。

「ロジーナ、要救助者の人数を聞いて。ユイ、カーゴベイを旅客モードに!」

 私は大声で指示を出した。

 この船のカーゴベイには、普段は天井裏に引っ込んでいる座席パレットを下ろし、簡易的な旅客船としても使えるようになっている。

 滅多に使わないが、何度かステーションや船同士の衝突事故などで、使った事がある。

 まあ、座席といっても、あくまで簡易的な簡単なもので乗り心地は保証しないが、この際文句はいわない方向でいてくれると助かる。

「ローザ、約二万人です」

 ロジーナが声を上げた。

「二万か。余裕だね」

 私は笑みを浮かべた。

 今回のようにカーゴベイを旅客仕様にした場合の定員は十五万五千人なので、二万人程度であれば、半分も埋まらない。

「ロジーナ、救援に向かうって連絡して。使用スポットの確認もよろしく。ジルケ、救助した人を降ろす場所を選定しておいて!」

 私が矢継ぎ早に指示をだし、最後にコミュニケーターで医務室を呼び出して、万一の怪我人対応を指示した。

 そうこうしているうちに、正面スクリーンの照度が下がり、激しい閃光の嵐が吹き荒れているのが見えた。

「なにせ、パトロールの本部がある場所だからね。簡単にはやられないでしょ」

 私は一人呟いた。

 そう、ここにはパトロールの本部がある。

 セントラルは、まさしく既知宇宙の中心なのだ。

「まあ、ブレスが使えないだけで、まだ叩くのは楽だろう。あれは、大気圏外だと火炎にならないからな」

 テレーザが笑みを浮かべた。

「まあ、そうなんだけど、頑丈だからね。さて、あっちは任せておくとして、こっちはこちの仕事をしよう。ロジーナ、通信は任せたよ。ジルケ、避難先を逐次報告して!」

 私は気合いを入れ直し、両頬を手で叩いた。


 パトロール艦隊総攻撃の様相を見せている対ドラゴン戦を脇目に、私たちは第二ターミナルに向かった。

「接岸許可が出ました。全員旅客ターミナルに集まっているようで、今回はスポット十四を使うように指示がありました」

 ロジーナが淡々と告げてきた。

「了解。スポット十四って、長距離大型旅客船が発着するところだね。普段は貨物ターミナルだから、どれだけ違うか見てやる」

 私は笑った。

 そのうちコンソール上の黄色ランプが点灯し、牽引中であることを示した。

「おっ、これは無事だったか。牽引してもらわないと、ユイの操船でもヒヤヒヤするもんね」

 私は苦笑した。

「そうだな、正直私も嫌だ」

 テレーザが苦笑した。

 程なく船は素直にスポットに入り、内装が貨物用スポットとまるきり事なり、さすが大型旅客船が停泊するだけあって、壁がモノトーンの色に統一され、かなりいい雰囲気を醸し出していた。

『ユイです。乗降所があるので横付けします。スポットの与圧が完了次第、カーゴベイを開放して、そのまま座席に座ってもらいます』

 ユイの声が聞こえてきた。

「…急速与圧してる、このスポットはもう使えないな」

 異常な速度で外気圧が上昇していた。

 これは、事実上そのスポットを廃棄するという事に等しい、荒っぽい最終手段だった。

 このスポットは二度と与圧できず、全く使い物にならなくなった。それだけ緊急ということだ。のんびりはできない。

『発着場に到着しました、座席パレット底部を下ろします。カーゴベイオープン』

ユノ声が消えてきた。

 要するに、座席があるカーゴベイ天井に用意してある底部を適切な高さまで下げて、乗客を一斉に乗せようというシステムだ。

 エアロックなんかでチマチマやっていたら、とても全員を収容できない。

 与圧されて開けられるようになり、耐圧扉が開かれて港の職員と思しき制服のお姉さんが先導してカーゴベイにならんだ無数の席に座りはじめた。

「船長よりみなさまへ。この度は災難でした、心中お察しします。この船には十分な座席があります。乗り心地は客船には及びませんが、どうかご辛抱を」

 私は船内放送を切った。

「なんだ、まともな事をいえるじゃないか

 テレーザが笑った。

「あのね…」

 私は苦笑した。


 避難者を全員乗せ、変な振動をおこしはじめたスポットに、これ以上留まる理由はない。

 カーゴベイを閉めて与圧状態を確認してから管制に呼びかけると、スポットにもの凄すい音が響き、急速減圧が行われている事が分かった。

「徹底的にこのスポットを破壊するつもりだね。まあ、ぶっ壊れたら直せばいいか。どのみちこれじゃ、アランジが機能しないでしょ」

 私は苦笑した。

「ジルケです。いくつか目的地のステーションピックアップして、ロジーナに連絡をとってもらったのですが、この人数をとても捌けないと拒否されてしまいました。どうしましょうか?」

 ジルケが小さく息を吐いた。

「そうだねぇ…。それじゃ、目的地別に振り分けて。最寄りのステーションに届けよう。まずは、どこだがいいかな…」

 不謹慎で悪いが、私は思わず笑い声が出てしまった。

 こういう経験は滅多にない。

 これは、生半可な仕事ではなかった。

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