第20話 もう一人

 探査機の仕事が片付き、無事に既知宇宙に戻った私たちは、アランジから運ぶ荷物と反対にアランジへ送る荷物の輸送で、急に忙しくなった。

 今もまた、アランジ発の荷物を積んで、アルセトという星に向かっていた。

「はぁ、ここまで働かなくてもいいんだけどね。結構、報酬もいいし」

 私は苦笑した。

「うん、稼げる時に稼いでおけだな。ブラックバーンと関係していない船会社は、私たちを含めて、小さな会社か個人営業の業務規模が小さなものばかりだ。今はまだいいが、そのうちパンクするな」

 テレーザが苦笑した。

「それはあり得るね。そのうち、ブラックバーンとぶつかるかなって思っているよ」

 私は笑った。

 まあ、大型貨物船を何隻も運用しているような大会社はそれ相応の役割があり、末端は小さな船会社と相場が決まっているので、今のところは安心していい。

「まぁな。さて、もうすぐランセット星域に入るぞ。携帯端末をみる限り、向こうではアランジまで運ぶ荷物を用意して待っているらしい。これは稼げるな」

 テレーザが笑った。


 ランセット星域は、この船ならメインエンジンを使うまでもなく、アランジから一時間で到着する。

 主星ランセットまではさらに追加で十五分。

 正面スクリーンには、もう遠目に青いランセットが映し出されていた。

「BBJX-488ヘヴィよりランセット管制。寄港の許可を求める。積み荷は野菜」

『BBJX-488ヘヴィ、接岸を許可します。すでにレーダーで確認してます。大型船用スポット、三十二番を使用して下さい。間もなく牽引ポイントに達します』

 管制からの返答で、私は笑みを浮かべた。

「よし、チェックリストやるぞ。私が読み上げる」

 テレーザがコンソールパネルの画面に、チェックリストを表示させた。

「…あれ、エンジンがセーフティにならない。機関室に連絡しよう」

 私はコミュニケーターで機関室のカボを呼びだした。

 宙に浮かんだディスプレイに、カボの顔が表示された。

「チェックリストをやっていたんだけど、ここからだとエンジンがセーフティにならないんだよ。ちょっと確認してみて」

『分かりました。ちょっと待って下さい』

 カボが自分のコンソールのキーを叩く音が聞こえた。

『そうですね。メインとサブエンジンは共に停止していますが、ロックがかかっていません。マニュアル操作でやってみましょう。十五分下さい』

「よろしく」

 私の声に呼応するかのように、向こうからコミュニケーターを切った。

「管制には私から着岸作業中断の連絡をしておいた。忙しいんだがな」

 テレーザが小さく笑った。

「事故を起こすわけにはいかないでしょ」

 私は笑みを浮かべた。

 しばらく待っていると、ディスプレイの画面に全エンジンロックのメッセージがでた。

「よし、もう大丈夫だよ」

「そうだな、続きのチェックリストを済ませよう」

 テレーザが小さく笑った。


 中断していた着岸作業は無事に終わりスポットの与圧が完了すると、私はコンソールパネルのスイッチを操作して、カーゴベイのハッチを開けた。

 どこの港でも同じように、荷下ろしはスポットで待機していた、無人フォークリフトが多数近寄ってきて、コンテナを運びはじめた。

 ちなみに、積み荷が野菜なのは嘘ではない。

 よく分からないが、どこだったかの星でしか採れない貴重なものらしい。

「よし、これが終わったら今度は荷積みか。なんだっけ?」

 私はテレーザに声をかけた。

「ああ、アランジ行きでフランクフルト用ウィンナーを満載した標準超大型冷蔵コンテナを二十個だ。これでカーゴベイがいっぱいになる計算だな」

 テレーザが笑みを浮かべた。

「分かった…。あっ、今日って給料日じゃん。誰か教えてよ!」

 私は笑い、席を立った。

「ちょっと居住区画で準備してくる。給料は手渡しだから」

 私はテレーザに声をかけ、操縦室を出た。


 私はトラムに乗って居住区画に移動した。

「おっ、仕事してるねぇ」

 私は各部屋を掃除している三角巾にジャージでエプロン姿のリズを見つけ、笑って声をかけた。

「一応、居候しているからね。やるからにはやるよ。なに、どうしたの?」

 リズが問いかけてきた」

「今日は給料日なんだよ。もちろん、リズにも出すよ。居候じゃなくて、正式な社員だから」

 私は笑ってリズと分かれ、赤いカードキーでしか開かない扉の前に立ち、カードリーダにそれを通した。

 ピッと音が鳴って扉が開くと、私は中に入って棚に積んである給料袋に明細とお札を入れる作業をはじめた。

「全く、いきなり人が増えたから…」

 ブツブツ呟きながら、私は全員分の給料を用意した。

「よし、出来た。操縦室に戻ろう」

 私は給料袋を詰め込んだ鞄を持って、部屋を出た。

 そのままトラムに乗って操縦室前に戻ると、私はコミュニケーターを総員同時呼びだしモードにした。

「はい、今日は給料日ですよ~。欲しい人は操縦室前まできて下さい。但し全員入るスペースがないので、各部署の代表者がきて下さい」

 私は通話を切って笑みを浮かべた。

 しばらくすると、リズがトラムに乗ってやってきた。

「これ、真っ先に手渡してくれれば早いだろうが」

 リズが笑った。

「これはこの船のルールだからね。変わりない?」

「ないよ。毎日シーツ換えているんだけど、誰も使ってくれないんだよね」

 リズが笑いながらトラムに乗って去っていった。

 その後、医療チームのティアラがきて、簡単に様子を聞いて問題ない事を確認し、機関室のカボ、厨房のメリダ、砲手のロジーナと続き、各部署に問題がないことを確認した。

「よしよし。あとは、操縦室だね」

 私は操縦室に入り、全員に給料を配って回った。

「うん、なんかいつもより少し厚いな」

「まあ、全員ちょっと昇給。新人のみなさんも、それなりに上げてあるよ」

 私は笑った。

「そうか、これで狙っていた壺が買えるな」

 テレーザが笑った。

「つ、壺!?」

 私が変な声をだしてしまうと、テレーザが笑った。

「いいだろ、別に変な壺じゃない」

 テレーザが大笑いした。

「ま、まあ、使い道は自由だけどね」

 私は苦笑した。


 今度はランセットで積んだ荷物をアランジに向かう仕事で、十五分程度でアランジ戻ってくると、今度は別の星への輸送と折り返しの輸送…ここ数日は、どこにも寄らずにひたすらピストン輸送を繰り返していたが、ただ流しているだけならともかく、荷物を運んでいるとなるとやはり気を遣う。

 それが続くと、集中力が途切れてくるのは道理だった。

「そろそろ、少し休むか。今の航路564に無料の休憩エリアがあったはずだから」

 私は額の汗を拭った。

 フルオート航行で目立った事をしていたわけではないが、特に寄港時は出発まで神経を張る監視作業があるので、そうお気軽にしていたわけではない。

「分かりました。寄りましょう」

 ジルケが笑みを浮かべ、仮眠中だったパウラをそっと起こして、二人で航路の設定確認をしている様子だった。

 いつもは一人でやっているのだが、いつになく慎重になっている様子が分かった。

『警告。現在はその航路ではありません。航路662ではなく564です。今は休んでいて下さい』

 ユイの声が聞こえ、レンジが狭い航行精密レーダでも、休憩エリアに泊まっている船の反応がある距離にいる事が分かった。

「私とした事が…。航法士として致命的ですね」

 ジルケが苦笑して、そのままコンソールパネルから手を話した。

「私も同様です。疲れていたということは、理由になりませんからね」

 パウラが小さく息を吐いて、また背もたれを水平まで倒した簡易ベッド状態で、ポスッと横になった。

「まあ、これは無茶な仕事をしている船長の責任だから。ユイ、頼んだよ!」

 私は笑った。


 航路を逸れて休憩エリアに入ると、ユイのコントロールで開いているスペースに船を停泊させた。

 私はコミュニケーターで総員呼び出しをした。

「みんな、疲れてるでしょ。ここで、大休止するよ。標準時間で丸一日休憩するから、寝るなり食べるなりジムで運動するなり、それぞれ息抜きしてね!」

 私は笑みを浮かべてから通話を切ると、シートの背もたれを一杯まで倒して、簡易ベッド状態にした。

「はぁ、疲れてるなぁ」

 私はホケ~ッと天井を眺めた。

「アランジ発のショボい仕事が、どんどん溜まっているな。まあ、ウチがやらなくても他の業者がやるだろうけどな」

 チョコバーを囓りながら、テレーザが携帯端末を弄りながら呟いた。

「ショボい仕事でも仕事は仕事だよ。とはいっても、この短距離輸送連チャンは、変に疲れが溜まるよね」

 私は苦笑した。

 誰かがどこかにいくかと思っていたが、操縦室は全員仮眠を取る体勢に入った。

「うん、そうだな。よし、寝るか」

 テレーザもシートの背もたれを一杯に倒し、チョコバーを一気に囓って飲み込んでから、そこに横になった。

「…テレーザ、臭うよ。おならでもした?」

 私は笑った。

「馬鹿野郎!」

 テレーザが真っ赤になってシートから飛び下り、操縦室後部のロッカーの中からお風呂セットを取り出し、慌てた様子で出ていった。

「まあ、休む暇がなかったからね。ジルケとパウラもシャワーしてきなよ。私は最後にいくから」

 私は二人に声をかけ、私はそっと目を閉じた。


『起きて下さい。テレーザ宛てのメッセージがあります』

 私と交代で仮眠に入ったばかりだったが、ユイがテレーザに伝えた。

「メッセージだと、誰からだ?」

『はい、接近中のチャーター船からです。テキストデータなので、コンソールパネルの画面に出しますね』

 ユイの声が聞こえ、テレーザが身を起こして読んでいる様子が分かった。

「あの野郎、生きていやがったな!」

 テレーザが珍しく感情をあらわにして、思い切り笑った。

「あれ、どうしたの?」

「ああ、私の友人でな。色々と事情があって、完全に船から干されていたんだ。しばらく音信不通だったんだが、ようやく生存確認できたんだよ。安心した」

 テレーザが笑みを浮かべた。

「そうなんだ。色々事情ってなに。干されるって、なんかオイタしたの?」

 私は笑った。

「ああ、これはやむを得ない事といっておこう。当時、操縦手として勤務しいていた船が、『魔物』に襲われてな。ろくな防御システムもない貨客船で、対抗手段なんてなかったから、禁忌の攻撃魔法を使って追い払ったんだよ。宇宙で攻撃魔法を使えばどうなるか、当然分かってるよな」

 テレーザが苦笑した。

 この宇宙には、まだ生態が分からない生物が数多く住んでいて、それらを総称して『魔物』と呼んでいる。

 なぜなら、基本的に攻撃しかしてこないからで、全ての船で最低限の武装が許されているのは、このためでもあった。

「そ、それって大変だよ。船が見つからない理由が分かった。通常なら緊急時になるんだけど、過剰防衛扱いになっちゃったの?」

「そういう事だ。基本的に攻撃魔法を使うのは御法度だからな。会社もフォローしてくれなかったみたいだ。腕が立つ操縦手だったんだが、ライセンスは取り消しの上に再取得不可にされて、路頭に迷っていたんだよ。チャーター船で向かっているという事は、この船に乗せてくれないかっていう交渉目的だろうな」

 テレーザが苦笑した。

「それは、本人と会ってからだね。テレーザの友人なら、副社長としてビシッと決めて。判断は任せるよ」

 私は笑みを浮かべた。


『BBJX-488、こちらFSBA-466、キャット号。応答願う』

 しばらくして、休憩エリアに入ってきた船から、無線で連絡がきた。

「うん、船籍コードと船名が一致している。問題ない」

 テレーザが仮眠状態でシートに寝転がりながら、携帯端末を弄って呟いた。

「こら、しっかりやってよ!」

 私は背もたれを起こして、コンソールパネルのディスプレイで、精密航法レーダーに反応があり、徐々に接近してくる船の反応を確かめた。

「これか…FSBA-466。こちら、BBJX-488、ジュノー号。どうしたの?」『こちら、キャット号。すっと探していたんだ。アランタスからの乗客を乗せている。そちらに乗船したいそうだが、許可を求める』

 相手からの言葉にテレーザをチラッと見ると、彼女は小さく頷いた。

「私が代わろう。キャット号、客の名を教えてくれ」

 こうして、テレーザとキャット号との交信が続き、さほど待たずにそれが終わった。

「偽名を使っているが、送ってもらった画像を見たら、間違いなくアイツだ。アデリアというんだが、許可しておいた。実際に会ってから、残すか返すかを考えても遅くはない」

 テレーザが笑みを浮かべた。

「珍しく嬉しそうだね。仲良しなんだ」

「ああ、私の友人だからな。何人もいない」

 テレーザが笑った。

「そういえば、テレーザって友人少ないもんね。人の事はいえないけど」

 私は笑った。

 故郷を離れて船で生活するようになってから、私の友人もほぼいなくなってしまった。

 腹を割って話せる相手といえば、テレーザにロジーナ、あとはリズくらいだろう。

「まぁな。こんな生活をしていると、友人は作りにくいからな。よし、受け入れ準備をしよう。第三エアロックを使うか」

 テレーザが笑みを浮かべた。


 この船に横付けする形で、テレーザの友人が乗っている小型旅客船が泊まった。

 お互いに人が行き来する方法はいくつかあるが、今回は相手の船がチューブ状の通路をこちらのエアロックに接続するという、比較的安全な方法が取られた。

「よし、出迎えに行ってくる」

 接続作業をディスプレイでモニターしていたテレーザが、シートから立ち上がって操縦室を出ていった。

 ちなみに、通路の接続はオートである。

 マニュアルでは、ミリ単位の接続は困難を極めるからだ。

「さて、どんな人かな」

 私は笑みを浮かべた。

 本来は私もいくべきなのだが、テレーザの喜ぶ様子をみて、邪魔しない事にしたのだ。

『第三エアロックに船外から一人入りました、外扉を閉めて与圧します』

 ユイの声とともに、床下から重たい機械音が聞こえ、コンソールパネルのディスプレイに第三エアロック閉鎖のメッセージが表示された。

「よし、食堂でいいか」

 私はコミュニケーターでテレーザを呼び出した。

「どう、久々なんでしょ。でも、あまりチャーター船を持たせるわけにはいかないから、さっそく食堂に案内して。私もいくから」

 私はそれだけ伝えて、シートを立った。


 トラムで食堂にいくと、テレーザと黒い髪の毛をポニーテールにした女性が、テーブルを挟んで向かい側に座っていた。

「おっ、きたな。さっそく面接だ」

 テレーザが隣の椅子を引いてくれた。

「初めまして、私はこの船の船長であり社長のローザです。よろしく」

 私が右手を差し出すと、二十代半ばという感じの女性が笑顔で握手に応じてくれた。

「初めまして、私はアデリア。アデリア・ホーデンです。よろしくお願いします」

 私は笑みを浮かべ、椅子に腰掛けた。

「テレーザから少しだけ事情は聞いてるよ。宇宙で攻撃魔法を使うなんて、いい意味で度胸が据わってるね」

 私は小さく笑った。

「はい、もう耳に入っているようですね。お陰でどの船からも総スカンをされて、ここにきました。テレーザがいれば、あるいはと考えたのです」

 アデリアは苦笑した。

「分かった。それで、なにが得意なの。操縦士免許を取り消されたって聞いたから、操縦?」

 私は持ってきていたクリップボードに挟んだ紙に、メモをを取り始めた。

「いえ、操縦はさほど得意ではありません。副操縦士でしたが主に任されていたのは、自衛用の操作でした。そうでなければ、魔法を船外に放つ魔力放射システムが使えません」

 アデリアは苦笑した。

「それもそうだね。射撃が得意なの?」

「はい、それは自信があります」

 アデリアがキッパリいい切った。

「おっ、自信ありか。それじゃ、今までの船はなかったと思うけど、この船には砲手席があるから、そこに行く? あとは、テレーザに任せた」

 私は笑みを浮かべた。

「ほ、砲手席?」

「ああ、この船はちょっと変わっていてな。社長の趣味で、戦闘艦並の武装をしているんだ。乗るならここだな」

 テレーザが笑った。

「ど、どんな船ですか。怒られる程度では済みませんよ」

 アデリアの声がひっくり返った。

「だから、普段はエネルギーを切って、パトロール船からサーチされても分からないようにしているんだ。まあ、それはいいとして乗るか?」

 テレーザが笑みを浮かべた。

「い、いいのかな…。お尋ね者扱いだよ?」

「社長が嫌っていってないから、そこは問題ない。対外的には偽名で通せばいい。どうだ。こんな待遇してくれる船は、他にないと思うぞ」

 困った様子のアデリアに、テレーザが笑った。

「分かった、お世話になるよ。船長、よろしくお願いします」

 アデリアが立ち上がって、ペコリとお辞儀した。

「うん、仲間が増えたね。薄給は覚悟してね!」

 私は笑った。


 ここで、ちょっとした人事異動があった。

 砲手席のロジーナと打ち合わせをした結果、取りまとめ役でもある砲手席の前方を、ずっと後方担当だったシノに譲り、サポート要員だったヴェラを後方担当、アデリアを慣れてもらうための研修を兼ねてサポート要員として配置した。

 そして、ロジーナは最新鋭船にはまずないが、この船では通信手席に座ってもらい、中途半端な配置で浮いていたリズをコンビにして、交代で仕事をしてもらう事にした。

「通信手などという廃れた役職があるなんて、いかにもこの船らしくていいです。古い型ですからね」

 操縦室に入ったロジーナが笑った。

 ちなみに、ロジーナはなんでもこなせる助かる人なので、こういう配置換えが出来る。

 通信手とは無線通信を専門とする職種で、今まではユイにやってもらっていた細かい無線通信も、これで容易に出来るようになった。

「やれやれ、まさかカビが生えていた通信士免許をまた使う事になるはね。まあ、シーツ交換しているよりいいや」

 リズが笑って、さっそく通信手席でコンソールパネルのキーを叩きはじめた、ロジーナの隣に座った。

「初期設定をしています。終わり次第、休憩に入りますね。貴重な大休止ですから」

 ロジーナが笑った。

「よし、これでまた一人仲間が増えたね。慣れてくれればいいけど…」

 私は笑ったのだった。

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