第19話 都市伝説侮れるべくなく
探査機の発射を請け負った私たちは、順調にその役目を果たしていた。
「ユイ、首尾はどう?」
私はコンソールパネル上のディスプレイに表示された、詳細なデータをチェックしていた。
『問題ありません。発射まで一分を切りました。最終チェック完了』
ユイの声が聞こえ、私は一息入れた。
ここまで、二十九機の発射を完了し、残ったのがこの三十機目だった。
「よし、あとはオートだ。人の手では、必要な精度がでない」
隣のテレーザがチョコバーを囓った。
「そうだね。これが最後、楽しかったな」
私は笑みを浮かべた。
荷運びは当たり前。これは、かなり特殊な仕事ではあったが、こういう時に対応できるのが、私たちの強みだ。
『カウントダウン開始します。三十秒前』
私は再びディスプレイの表示をまたチェックした。
「…問題ないね。ユイ、カウントダウン続行。モニターしてるから」
『承知しました。十秒、9、8、7、6、5、4、3、2、1、発射』
ユイの声と共に重たい音が聞こえ、正面スクリーンにロケットエンジンが放つオレンジ色の光りがシュッと流れていった。
ロケットエンジンで加速する理由は色々あるが、まずこの船の引力に負けて、探査機が衝突しないように、出来るだけ引き離すためだった。
『探査機からのビーコン確認。正常に射出されました。これで全ての探査機を発射しました。お疲れさまでした』
ユイの笑い声が聞こえた。
「ふぅ、終わったね。またセントラルに戻るよ。まだまだチマチマした仕事があるはずだから!」
私は笑った。
「そうだと思って、すでに航路を設定してあります。確認を」
ジルケが小さく笑った。
元々航路などない未知宇宙での作業だったので、船を反転させたあとはフルオートで一番近い航路を目指した。
「ユイ、メインエンジン出力最大。ジルケがマッピングしていると思うけど、未知宇宙に長々といない方がいいからね」
私は笑った。
『承知しました。急ぎます』
ユイの声が聞こえ、久しぶりのメインエンジンフル加速を開始した。
「ジルケ、ビーコンきた?」
私はジルケに声をかけた。
ビーコンとは、航法用に既知宇宙のあちこちの港から発信されているもので、所在をチェックする重要なものだ。
これが受信出来ない場所まで未知宇宙に入りこんだので、まずはこれを拾う事が目的になった。
「いえ、まだです。まもなく、どこかのビーコンを受信できると思います」
ジルケがコンソールパネルの上に表示されたウィンドウを見ながら、さっと答えてきた。
「分かった。ユイ、変な所に突っ込まないように気をつけね」
『はい、分かっています。現在は、特に問題ありません』
ユイが小さく笑った。
「よし、この船なら既知宇宙まで大してかからないでしょ。ちょっと仮眠。珍しく、眠気を追い払えないから」
私は小さく笑い、そっと目を閉じた。
三十分程度の仮眠を終え、私は目を擦って現状を確認した。
「あれ、まだビーコンを受信出来ないの?」
私はコンソールの画面をみて、現在地が不明のままである事を確認した。
「はい、これはおかしいです。きた道を引き返しているだけで、行きと違ってフルパワーで航行しているので、もうとっくにどこかのビーコン受信圏内に入っているはずなのですが…」
ジルケがコンソールパネルのキーを叩きながら、困ったような声を出した。
「レーダーでなにか拾えない?」
「はい、不気味なくらいなにもありません」
ジルケの言葉を聞いて、私は迷わず救難信号を発報した。
どこにいるのか分からなくなったからには、他船に存在を知ってもらうしかないだろう。
変な意地を張らない事。これが、生き残るコツだった。
「ところで、なんでテレーザがコンソールパネルに覆いかぶさってへたばってるの?」
少なくとも、今まで一度も見たことのない姿に、私は不思議に思って誰ともなく聞いた。「ローザが仮眠中に色々試した結果が全てダメだったので、燃え尽きてしまったのかもしれません」
ジルケが笑みを浮かべた。
「なるほど、そういう時は起こしてよ。さて、どうするかな」
私はコンソールパネルのキーを叩き、無線のチャンネルをパトロール隊に合わせた。
すると、音声が聞こえるほど明瞭ではないが、雑音に紛れてなにか聞こえた。
「ジルケ、無線の方位を特定出来る?」
「はい、やってみます」
ジルケがコンソールパネルのキーを叩き、空中に浮かんだレーダー画面を見つめた。
「精度は低いですが、方位を090に取って下さい」
「了解、進路090。ほら、テレーザもヘタレてないで!」
私は笑った。
ジルケの指示に従って船を進めていくと、私の前に浮かんでいるディスプレイに表示させた精密航海レーダーに反応があった。
「おっ、お迎えがきたかな。テレーザ、コンタクトしてみて。ユイ、急ブレーキ!」
「うん、分かった」
『承知しました。全エンジン逆噴射します』
相対速度を合わせるために、船をその場で船首を中心に回転させて勢いを殺し、ここまで蓄えた速度を打ち消していった。
「ジルケ、相手を捕捉している?」
「いえ、広域レーダーにはなにも反応がありません。精密航法レーダーに反応があったということは、もう二イリくらいに近寄っているはずですが」
ジルケが小首を傾げた。
「…なんか嫌な予感がするな。テレーザ、応答は?」
私が確認すると、テレーザはチョコバーを囓った。
「返答はない。ひたすら、同じ調子で『こちらジルコ号。応答を願う』だけだ」
「おりょ!?」
私は思わず声を上げてしまった。
宇宙にも都市伝説があり、これもその一つだ。
今から五十年前に当時最新で最も豪華といわれたジルコ号は、満員の客を乗せてアドバ星系の主星アドバを出港し、その後原因不明のまま消息を絶った。
当時はもちろん、現在に渡るまで様々な説が流れたが、今よりはるかに航行支援ネットワークが築かれていなかった時代のこと。進路を見失ってそのままどこかに消えてしまったというのが有力な説だった。
まさか、そんなものがここに転がっているとは、いくらなんでも予想すらしていなかった。
「テレーザ、近寄ったらダメ。そんな予感がする」
「そうだな、私も同意だ。ユイ、減速をやめて全エンジン全開で離れろ」
テレーザが声を上げると、船は即座に急旋回してその場から離れた。
『精密航法レーダーによる探査の結果、なにかが急速に接近をはじめました。全エンジン非常モードで作動中。出力200%』
この船の全てのエンジンを出力200%まで作動させれば、光速の99%まで一気に加速できる。
これだけ速力を上げればを絞れば、物理到底追いつけるようなものではない。
「ったく、ろくでもない。さっき拾った無線は、きっとコイツだ」
私は苦笑した。
「ジルケ、どこでもいいから、既知宇宙に向かって。直感でいいから航行コースを入力して!」
「はい、分かりました」
ジルケの答えを聞く間に、私はコミュニケーターで砲手席のロジーナを呼び出した。
「ロジーナ、砲撃準備。なんかが接近中!」
「なんかってなんですか。もう」
ロジーナが笑った。
「笑ってる場合じゃないんだって。正体不明のなんかに追われてるんだよ。万一に備えて、戦闘モードで!」
私はコンソールパネルにある赤いボタンをドンと押した。
瞬間、激しいアラームが数秒鳴り、操縦室内が赤い照明に切り替わった。
「真面目に戦闘モードですね。分かりました」
ロジーナが真顔になり、向こうでコミュニケーターを切った。
『速力最大です。目標追尾中』
ユイが身近く報告してきた。
「ったく、とんだ都市伝説だよ。この速力でついてくるか…」
私が呟いた時、船が大きく旋回した。
「恐らく、こちらでしょう。このまま既知宇宙に飛び込んでしまうと危険です」
ジルケが冷静に報告してきた。
『シノです。左舷後方より大型船が接近中』
コミュニケーターでシノが連絡してきた。
「それが敵だよ。なんでもいいから撃っちゃって!」
『分かりました。主砲開きます』
その声とともに、コミュニケーターの画面が消えた。
正面スクリーンの輝度が落とされ、対閃光防御体勢になった。
『精密航海レーダーで目標崩壊を感知しました。ブレーキをかけます、船体がもちません』
ユイの声と共にエンジン出力が徐々に下がり、全力で急ブレーキがかけられた。
『目標破壊しました。なんですか、あれは?』
シノが聞いてきた。
「ユイに聞いた方がいいかもしれないよ。ユイ、頼んだ」
『はい、分かりました』
ユイが説明している間に、私は船の戦闘モードを解除した。
「全く、早く既知宇宙に帰ろう。未知宇宙は怖い」
私は苦笑した。
ジルケの見立てどおり、アランジ港から放たれているビーコンを感知したのは、ちょうど常識的な通常航行の範囲まで、船の速度を落とした時だった。
「さすが、やったね!」
私は思わず拍手してしまった。
「はい、なんとか捕捉しました。このままアランジに向かいましょう」
ジルケがホッとした様子で、小さく息を吐いた。
「分かった。まだ、荷物は山ほどあるだろうし」
私は笑みを浮かべた。
都市伝説の一つは都市伝説ではなかった。
どうせ、バカにされるだろうなと思いつつ、私は既知宇宙に向けて航路危険情報を流した。
もっとも、誰も好き好んで未知宇宙に行く船はいないだろうが、法に定められた義務は果たした。
私たちの船は無事に既知宇宙に入り、一番端にある航路227をアランジ方面に向かって航行していた。
『アランジ方面、この速力だと三十分程度です。船体のダメージは軽微。機関室内温度が百度を超えています。機関員全員、予備室に待避中。エアコン全開です』
ユイが淡々と報告してきた。
「分かった。最低限のダメージで済んだか。200%なんて使ったの、これで三回目だよ。使うのはいいけど、あとがね」
私は苦笑した。
「うん、久々に痺れた。やはり、エンジンは使ってなんぼだな」
テレーザがチョコバーを囓りながら、ポソッと呟いた。
「そうだね。滅多に出来ないから、いいんだか悪いんだか…」
私は笑った。
「まあ、そこらの船やステーションを蹴散らすわけにはいかんからな。そういう意味では、未知宇宙は楽しいが、安全が担保されていないからな」
テレーザが苦笑した。
「しっかし、都市伝説だと思っていたら、本当だったとはね。この船についてくるとは、なかなかやりおる」
私は笑った。
「あれ、ただの船じゃないだろ?」
テレーザが笑みを浮かべた。
「うん、ゴーストだね。船の乗客や乗員の魂が船に憑いちゃって、ああやって彷徨っていたところにこの船が近づいたから、救助を求めたのか追っかけてきただけ。まあ、シノがぶっ壊してくれたら、これでもう二度と出てこないと思うよ」
私は笑みを浮かべた。
「そういわれるとなんか嘘くさくなるが、そういう事に詳しいお前がいうからには、間違いないだろうな」
テレーザが笑った。
「まあ、実家が魔法医でもあり、教会でもあったからね。こういう事は別に珍しくない。さっき、念のためこっそりこの船に『浄化』の魔法をかけておいたから、もう問題ないよ。この魔法、安定した状況じゃないと使えないんだよね」
私は笑った。
「まあ、ならいい。私もこっそり携帯端末でアランジの様子を調べたが、ブラックバーンの息がかかっていない荷物で、第二貨物ターミナルがパンク寸前だと。全部押さえたから、急ぐぞ」
テレーザが笑った。
「こら、欲張り過ぎだぞ。まあ、結局うちくらいしか扱わないだろうけど」
私は笑ったのだった。
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