第17話 暇な時間を楽しもう
ロジーナがなかなか許してくれず、昨夜は珍しく深酒になってしまい、私は二日酔いでぼんやりする頭と格闘していた。
「…やってくれた。あの角張ったの」
…この私の呟きは気にしない方向で。
時刻は早朝と呼べる時刻。まだ誰も起きておらず、いつもは見張りをしているロジーナやテレーザも休んでるようだった。
「二人とも働き過ぎだよ。いくら見張りをやってくれても、危険手当も残業代も出せないんだけどね」
私は笑った。
「さて、暇だし頭が痛い。もう一度寝るかな」
私がもう一度寝ようと、ログハウスの扉のノブに手を掛けた瞬間、すぐ近くで発砲音が聞こえ、扉にブスブスと弾痕が刻まれた。
条件反射のレベルでテラスの床に伏せ、ほぼ同時に拳銃を抜いて構えた。
すぐさま自分のログハウスから飛びでてきたのは、ロジーナとテレーザだった。
手にはすでに狙撃銃があり、容赦なく反撃を開始した。
「おい、どっかに引っ込んでろ!」
テレーザの声で、私は自分のログハウスに飛び込んだ。
「どうしたの、騒がしいけど…」
リズが起きだし、ヴェラも寝室から出てきた。
「狙撃されたよ。相手が分からないけど!」
私は小さくため息を吐いた。
「えっ、相手はだれ!?」
リズがひっくり返った声を上げた。
「嘆かわしい事ですが、昨日潰した里の報復でしょう。森に散っているのが普通なので、里が消滅したとなっては一大事です。彼らに捕まってしまったローザとリズには、なにか発信器のような呪術を使っているはずです。数日で消えてしまうような、極簡単なものですが、あまりに呪力が低いため、どんなに丁寧に診察しても発見は困難でしょう」
ヴェラが小さく息を吐いた。
「さて、まずは片をつけてきます。森の中にいるこの里のエルフだけ消滅させるしかありません。そうしないと、キリがないので」
ヴェラは一つため息を吐いた。
「どうしょうもないなら反対も賛成もないけど、消滅ってまさか皆殺し?」
あたしは頭を軽く振った。
「いえ、そんな野暮な事はしません。肉体から強制的に魂を抜いてしまうのです。抜いた魂は二十四時間後に肉体から離れて、完全に消滅して空っぽの肉体だけが残る…。これが、本来のやり方です」
ヴェラが苦笑した。
「しかし、コモンエルフ族の場合は、あるいは最悪かもしれません。簡単にいうと、最初から生まれてなかった事にしてまうのです。これは、どうしても制御できないエルフに対する処置です。無論、生まれる予定だった魂は、誰かが出産して全く別人として生きる事になります。恨みを抱えたまま生きるよりは…と、なんとも微妙なところですが。時間がありません。今やってしまいます」
ヴェラの体が薄く緑に光り、すぐに消えた。
「はい、これで大丈夫です。なんとも後味が悪いですが、これは必要悪と思っています。相手が戦う意図をみせた以上、こちらも全力で戦わないとなりません」
ヴェラが苦笑した。
「戦うか…。攻撃魔法には自信があるけど、森のエルフは最強だって聞くし、これでいいとしよう」
私は苦笑した。
「朝から災難だったみたいだねぇ。よし、まずは朝メシ朝メシ!」
リズが笑った。
私の頭には、一つ考えがあった。
これだけ色々起きたとなれば、休暇どころではないと。
しかし、これはみんなの反応を見てからにして、誰かが提言してくればその都度考えようと思っていた。
「やれやれ、朝から撃たれるし、それ以前に二日酔いで気持ち悪いし、医療チームが作ってくれた薬を飲んで、二日酔いをなんとか撃退できたから、マシになったよ」
ログハウスの寝室にあるベッドに転がった私は、やれやれと小さく笑みを浮かべた。
朝のうちかも知れないが、現在の天候は霧雨だった。
「よし、やっておくか」
私はベッドに寝たまま、まだ発展途上の炎の結界を張った。
これで、ログハウスエリアは雨から守られるはずだ。
「どういうわけか、ここだけ雨が止んだようなので、外で朝食にしましょう。起きて下さい!」
ログハウスの外から、メリダの声が聞こえてきた。
「雨が止んだわけじゃないんだけどね。もって一時間か。もう少し研究しないとダメだね」
私は苦笑して、ベッドから立ち上がった。
ログハウスから出ると、まだ警戒態勢らしく、テレーザとロジーナが銃を持ったまま、厳しい表情でテラスをうろうろしていた。
「もう大丈夫だと思うよ。ヴェラが必殺の一撃を加えたから」
私は笑みを浮かべた。
「そういえば、森で変な光が多数散ったな。なにをやったんだ?」
ライフルを肩に提げ、テレーザが不思議そうに聞いてきた。
「それはヴィラから聞いて。桁違いの魔法とだけいっておく」
私は苦笑した。
「それはどんな魔法ですか。気になります」
ロジーナが笑み浮かべた。
「はい、エルフの世界では切り札なのです。少しでも攻撃をされたら、諸々どうでもいい。とにかく反撃して潰せという、面倒くさい里があるのです。一ついえる事は、もうこの世にはいません。お話しできるのはここまでです」
ヴェラが笑みを浮かべた。
「そうですか、分かりました。詳細が気になるのは、魔法使いとしてどうにもならないもので…」
ヴェラの答えに、これ以上はいかんという魔法使い特有の安全装置が働いたようで、ロジーナはここで退いた。
「…知らなくて良かったよ。いくらエルフたちから私たちを守るためといっても、こればかりはさすがにクレームだけじゃ済まないからね」
私はひっそり呟いた。
やった事がやった事なので、知らないならその方がいい。
「みなさん、食事ができましたよ~」
メリダのノンビリした声が聞こえ、私は小さく笑った。
朝食が終わり、リズがアスレチックの続きをやりたいといいだしたが、天気が悪くて滑るからと私が止め、みんなで使っていないログハウスに集まって、なにをするかと考えあぐねていたところ、テレーザが一丁の拳銃を手渡してきた。
「ペイント弾だ。みんなで、その辺の森を使って遊ぼう。当たれば痛みはあるが、アザができる程度だから問題ない。たまには運動した方がいいぞ」
テレーザが笑った。
「また始まった…。みんな、無視していいよ」
私は苦笑した。
とかいいながら、素早く銃口をロジーナに向けると、構える間もなくナイフが飛んできて銃を弾き飛ばした。
「遅い!」
ロジーナが笑った。
「はいはい…」
私は笑みを浮かべたまま、虹色のボールを作り、ロジーナに投げ返した。
「なんですか…ってヤバい!」
ロジーナが慌てて床に伏せ、フヨフヨ飛んでいったボールは、ロジーナの背中に下りて、そのまま鎮座した。
「…動いたら、死ぬ」
ロジーナは冷や汗を流しながら、蚊の鳴くような声で「参った」と呟いた。
「はい!」
私は笑いながら、虹色ボールを破裂させた。
中から飛び出てきたのは、ロジーナが喜びそうな高級酒のボトルだった。
「…あれ?」
ロジーナがポカンとして、その瓶をそっと床に置いた。
「あのね、私をなんだと思ってるの。基本的に従業員にわざと怪我をさせる事はしないって。そのボトルは見張りのボーナス。テレーザと仲良く飲んでね!」
私は笑った。
そうこうしているうちに雨が本降りになってしまい、結局のところ休みらしく宿の中をうろうろして、時々温泉に浸かり、またログハウスに戻るという緩い時間を過ごしていた。
「暇もまたよし。ずいぶん荒れてきたよ」
窓のガラスを叩く風雨に、あたしは小さくため息を吐いた。
「うん、そうだな。こんな日は寝るに限るぞ」
テレーザが笑みを浮かべた。
「そうですね。さすがのエルフでも、この天候で森歩きはしたくありません。里の家で寝ているところです」
ヴェラが笑った。
「そうだね。さて、私は魔法書でも読んで過ごそうかな」
私は笑みを浮かべ、テーブルの上に置いてある読みかけの魔法書を開いた。
「私はお茶を淹れてきます。材料があるので、エルフ自慢のハーブティです」
ヴェラが椅子から立ち上がり、小さなキッチンでお湯を沸かしはじめた。
「私は銃器のメンテでもするか。最近、ちゃんとやってないからな」
テレーザが笑みを浮かべ、空間ポケットを開いて次々と数多の銃を取り出した。
「…どこで買ったの」
私は苦笑した。
「ん、ほとんどアメゾンだぞ。クレジットカード情報入れてプライム会員になると、銃器系の商品も買えるようになる。なにか買うか?」
テレーザが携帯端末を取りだし笑った。
「私はいいよ。それより、ずいぶん集めたね」
私は笑みを浮かべた。
「まあ、このくらいはな。時々やってるだろ、なにもいわずに航路設定をして、どこかの惑星にいく。それで、ロジーナと一緒に勝手に船を下りて数時間後に帰ってくる。なにをやってるかは、この銃の数をみれば分かるか」
テレーザが笑った。
「まあ、『アルバイト』でしょ。日当いくらだか知らないけど!」
私は苦笑した。
実は、まだ会社として成立していない個人営業をやっていた頃、資金繰りに困っていた。
当時はテレーザとロジーナしかいなかった事もあり、二人が裏家業をやるハメになってしまった。
今では平気だが、テレーザにせよロジーナにせよ、その名は裏社会ではすっかり知れ渡っていて、足抜けしたくてもできない状況になっていた。
これについては、心から申し訳と思っているのだが、それを口にすると地の底から湧き上がってきたような怒りをぶつけられるため、とりあえず考えないようにしている。
「まあ、苦労を考えるとワリに合わない事もあるな。まあ、いいだろう」
テレーザが笑い、銃の手入れをはじめた。
しばらくすると、キッチンからスパイシーな匂いが漂ってきて、ヴェラが透明なポットにお茶を淹れて持ってきた。
「お待たせしました。ちょっとクセがあるので、最初は飲みにくいかもしれません」
ヴェラがポットをテーブルの上に置いて、揃いの透明カップを並べた。
「うん、なにか懐かしい匂いだな。ブッシュ戦だったか…」
テレーザが笑った。
「あのね…。まあ、いいや。さっそく頂いちゃおう!」
私が笑みを浮かべると、ヴェラが笑顔でカップにお茶を注いでくれた。
どことなく木の香りがする不思議なお茶を一口飲むと、私は深く息を吐いた。
「確かにクセがあるね。でも、美味しいよ!」
私は笑った。
「気に入って頂いて良かったです。おかわりを入れますね」
ヴェラが笑った。
「うん、確かに美味いな。よし、無線で連絡してやろう。興味がわいたヤツが飲みにくるだろう」
テレーザが笑った。
テレーザが無線でみんなに連絡を取ると、次々とやってきてお茶を飲みにやってきた。
いかな少し大きなログハウスとはいえ、さすがに全員は入れないので、ロジーナと私でテラスを覆う結界を張り、風雨をシャットアウトした状態でささやかなお茶会となった。
「まあ、こんなのものいいか。ハードに遊ぶだけが休暇じゃない」
私は笑った。
「はい、私からのお返しです。いい感じのボトルがありますよ!」
ここぞとばかりに、ロジーナが笑いながらグラスを配りはじめた。
「やっぱり、お酒がでてきたか」
私は笑った。
「うん、私もそうくると思っていた。真っ昼間から飲んだら、なにもできなくなるぞ」
そばにいたテレーザが苦笑した。
「私は地獄の二日酔いから醒めたばかりだよ。さすがに、遠慮しないと」
私は笑った。
「はい、お二人さん!」
近くにきたロジーナが、笑ってグラスを差し出した。
「私は辞退するよ。二日酔いでクラクラしていたばかりだから」
私は笑った。
「うん、私もいい。それより、あの話しを進めないか?」
テレーザが頷いた。
「そうですね。ローザも一緒に、ログハウスに入りましょう」
ロジーナが笑みを浮かべた。
「そうだね。それじゃヴェラとシノを呼んで、軽く会議しようか」
私は無線機を手に取った。
私たちが使っているログハウスに面々が集まり、とりあえずダイニングのテーブルについた。
「それじゃ、さっそくはじめるけど、ロジーナから要望が出ている配置換えなんだけど、特に砲手席メンバーはどう考えている?」
私は集まった全員の顔を見回した。
そう、ここ最近になって、ロジーナからテレーザと配置換えして、副操縦士に転向したいという要望が上がっていたのだ。
船長兼社長の私としては、まずは当事者同士で話し合うべきだと判断して、こうして何度か意見交換の機会を持っていた。
「さて、まずはじめるが、私は反対だ。砲手席はチームだ。下手に崩すと機能しなくなる。それに、私は銃器は得意だが艦砲射撃用の装置など触った事がない。コンマ何秒で勝敗が決まる戦いで、これでは役立たずだ」
テレーザがお茶を飲んだ。
「はい、そう思います。失礼ながら、テレーザではロジーナの代わりは出来ません。これは、確実でしょう。ロジーナは砲手が嫌になってしまったのですか?」
シノが一つ頷いた。
「私はまだ新参者なので、発言は控えます。しかし、一言いうなら。ここまで信用されているのに、それを押し切ってまでやる価値があるかは、考えた方がいいですよ」
ヴェラが笑みを浮かべ、今度はキッチンでなにか料理をはじめた。
「はい、ここまでいわれて、ロジーナはどうなの?」
私は笑みを浮かべた。
「はい、意思は変わらないのですが、ここまでいわれてしまうと『色々な立場を経験したい』などという、簡単な理由では折れるしかないかもしれませんね。分かりました、要望は取り消します。まだテレーザとローザだけで動かしていた頃はなんでもやっていたので、ついその頃の感覚が残ってしまって。まあ、私は砲手。問題ありません」
ロジーナが笑みを浮かべ、この話しは簡単に終わった。
「私としては、配置換えはNGだったんだけど、すんなり終わってよかったよ。ケリがついたところで、お茶会に戻ろうか」
私は笑った。
お茶会の最中に昼ご飯の時間になったため、メリダがご飯の支度をはじめた。
よくよく考えてみれば、私は早朝に起き出してから、なにも食べていなかった。
どうりでお腹が空くはずだった。
「さて、天候がどんどん悪くなってきたね。私はともかく、ロジーナの結果がそう簡単に破れるとは思えないけど、急いだ方がいいかもね」
私は調理中のメリダに近づいた。
「はい、どうしました?」
ひとしきり調理が終わったようで、二名の厨房要員…リアとスージーが素早く盛り付けをしていた。
「うん、どうにも天気が悪いから、なるべく速く撤収した方がいいと思ってね」
私は笑った。
「はい、分かっています。この食事を終えたら、急ぎ撤収しましょう」
メリダが笑みを浮かべた。
「よし、あとは食べるだけだね。お腹空いたよ!」
私は笑った。
「はい、できる限り急ぎます。どこかの椅子に座ってお待ちください」
メリダも盛り付けに加わり、スージーが次々に配膳をはじめた。
しかし、人の数が多いので、私もお手伝いして回り、全員に行き渡った頃になって、ログハウスからヴェラがカゴのようなものを持って、笑みを浮かべながら出てきた。
「クッキーを焼きました。もちろん、エルフ式ですよ。これなら、ほとんどクセがないでしょう」
ヴェラが笑みを浮かべると、みんなが歓声を上げた。
「ありがとう。デザートが欲しかったところだよ」
私は笑みを浮かべた。
「それはなによりです。私もご飯にします。どこか空いている席に座りましょう」
ヴェラはご飯が盛られたお皿を受け取ると、近くにあった屋外用の椅子に座った。
「よし、私も食べよう、しっかし、荒れた天候だね」
私は苦笑した。
天候が天候なので、今日は特になにもやらない事にして、どこかに出かける時は無線で連絡をもらうようにした。
私は手持ち無沙汰に魔法書を手に取ると、パラパラとページを繰っていった。
ちなみに、万一飛ばされた場合に備えて、テラス上にあった動かせるものは全て空間ポケットに戻すか、私たちの持ち物ではない植木鉢などは空いているログハウスに収容して、一通りの備えが完了したところで、自分のログハウスにいるロジーナから無線が入った。
『魔力を使いすぎたため、結界を解除します。準備を』
「分かった。みんな、戸締まりをしっかり確認して!」
私はログハウスの扉を施錠して、大荒れの天候に備えた。
「私の方は大丈夫!」
私は無線でロジーナに連絡した。
『全てOKです。では、結界を解除します』
無線機から聞こえたロジーナの声と共に、ドン! と派手な音が聞こえて、暴風雨に晒されたログハウスが揺れた。
「こりゃ凄い。どこかにいくどころか、ログハウスから出ることすらできないね」
私は苦笑した。
「そうだな、こういう日は酒でも飲んで、ゆっくり休むべきだ。安酒だがあるぞ」
テレーザが空間ポケットを開き、酒瓶をテーブルに置いた。
「それもそうだね。あまり無茶しない程度に少し飲むか」
私は椅子に座り、結局三人揃ってささやかな酒宴となった。
ヴェラが作る肴が美味く、落ち着いた空気でお酒を飲んでいると、風と雨の音で聞こえにくかったが、扉がノックされた。
「ん、こんな状況なのにに誰だろ?」
実は結界魔法はあまり得意ではないのだが、私はログハウスの扉の前に結界を張った。
同時にヴェラが扉の鍵を開けると、素朴な衣装を着たエルフが一人飛び込んできた。
「あれ、どうした?」
私は再び扉を閉めて鍵をかけ、結界を解いた。
「はい、私の里で嵐の被害が出ていまして、救援要請にきたのです。大したお礼もできませんが、お願いします」
びしょびしょですがるような目で見つめるそのエルフに、ヴェラが近寄っていった。
「それは災難でしたね。ちょっと、私の目をみてもらえませんか?」
ヴェラが笑みを浮かべ、そのエルフがいわれた通りにした。
「…なるほど、朝のエルフとは違う部族ですね。敵ではありません。名前はティアラさんですね」
ヴェラが笑みを浮かべた。
「こ、これで分かるということは…こ、コモンエルフの…」
「ヴェラです。お見知りおきを」
ぶったまげて倒れそうになったティアラという名らしいエルフに、ヴェラが小さく笑った。
「確かに私はコモンエルフですが、里にこもって偉そうな事をいいながら、屁こいて寝ているような連中と一緒にしないでくださいね。現場主義なもので」
「は、はい…」
ティアラがオドオドしながら頷いた。
「さて、どうしたものでしょうか。ティアラさんの里の様子も見て取りました。かなり酷い状態です。私たちでできる事があるかどうか…」
ヴェラが小さく息を吐いた。
「そうなんだ。急ぐのは分かっているんだけど、この天候じゃなにもできないよ。あっ、そうだ。テレーザ、軍のヘリを派遣してもらえばいいんじゃない?」
「それもいい考えだが…。具体的にどうしたいのだ?」
テレーザがグラスのお酒を一口飲んだ。
「はい、人命救助です。可能な限り高台に避難していますが、いつまでもつか…。里長の指示で、私の他に三人ほど手近な場所に救援を求めに出ています」
ティアラが頷いた。
「よし、分かった。軍に当たりをつけよう。この天候だと、あるいは地上からかもしれんが、不慣れな私たちが動くより安全だろう。場所はどこだ?」
テレーザが携帯端末を手に取った。
私も携帯端末を手にして、この辺りの地図を虚空に表示させた。
「はい、この界隈の人には『エレンゲ』と伝えれば、里の場所が分かるはずです」
ティアラがようやく笑みを浮かべた。
「エレンゲだな。よし、ちょっと待ってろ」
テレーザは携帯端末を操作して、軍に人命救助要請を出しはじめた。
「これで大丈夫だと思うよ。私たちじゃ手に負えない話しだからね」
私は笑みを浮かべた。
「はい、ありがとうございます。では、私はこれで…」
「ちょっと待って下さい。この天候で出たら、それこそ遭難しかねません。例え森の中とはいえ、エルフも方向感覚を失う場合がありますからね」
ヴェラがティアラを引き留めた。
「まずは、服をどうにかしましょう。ずぶ濡れでは風邪を引いてしまいます。着替えは…」
ヴェラが自分の鞄を開けた時、私の虹色ボールが完成した。
「これもって、そこのポッチを押して!」
私は虹色ボールをティアラに渡し、小さく笑った。
「は、はい…うわ!?」
ティアラが驚きの声をあげ、虹色ボールから放たれた光りに包まれた。
数秒後、光りが消えると、ティアラの体は乾いていて、服もしっかり乾燥済みだった。
「乾燥の魔法だよ。即興にしては上出来だね!」
私は笑った。
派手な嵐も夕方には収まり、小雨は残ったが天候は安定した。
「ありがとうございました。軍の方々が復旧作業まで手伝って下さるそうで、大助かりです」
宿の玄関口まで見送った私とテレーザに、ティアラが笑顔で頭を下げた。
「まあ、私たちはなにもしてないけどね。それじゃ、気をつけて!」
私が笑うと、危ないからと迎えにきていた軍の小型四駆に乗り込み、ティアラは去っていった。
「よしよし、あとは軍と里の問題だね。うまく復旧できればいいけど」
「そうだな。よし、戻ろう」
私とテレーザは言葉を交わし、ログハウスエリアに戻った。
こっちはこっちで、宿の人たちと共同でゴミで荒れたテラスを掃除する作業を行っていて、使えるようになるまでしばらく時間が掛かりそうだった。
「よし、私たちもやろう!」
「そうだな」
私はテレーザと一緒にゴミ拾いをはじめ、数時間経過した頃になって、ようやく片付けが終わった。
小雨とはいえ雨は雨なわけで、濡れるのを嫌ったロジーナが弱い結界を張って雨を防ぎ、時間的に晩ご飯の時間になっていたので、メリダが再び野外コンロを取りだして調理をはじめ、テーブルや椅子などを広げてお酒を飲みはじめた。
「やれやれ、暇なんだか忙しいだか、よく分からない日だったね」
私はウィスキーのポケットボトルを取りだして中身を口に含んで飲み、またロジーナの延々と続く酒席に巻き込まれないように、こっそり『禁酒』の魔法をかけておいた。
「あれ、今日はお酒があまり美味しくないですね。お気に入りの、普段飲みしているものなのですが…」
ロジーナが不思議そうに呟いた。
「飲み過ぎで舌が焼けたんじゃない。今日は、程々にしておくように。これ、業務命令だから!」
私は笑って、ウィスキーをチビチビ飲んでいったのだった。
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