第16話 複雑な心境
翌朝早く、私はなんとなく起きてしまい、まだ静まった室内でお湯を沸かし、青汁のパックを開いた。
「ここ変わってるよね。ウエルカムドリンクがこれだけなんて」
私は独り笑った。
まあ、よくある話ではあるが、この宿泊施設は大きいだけに破壊された自然も多く、特にここをテリトリーにしていたエルフたちの反感は強いということは、かなり有名な話であった。
しかし、ここ以外に大きな宿泊施設がなく、エルフは怖いけど選択肢がないのでここにしたというわけだ。
「はぁ、暇だねぇ。まあ、暇じゃなきゃ困るんだけど」
私は笑みを浮かべ、青汁の粉をマグカップに入れ、ポットのお湯を注いで飲んだ。
「おぇ…マズい」
※個人差があります。
特にやる事もないので、マグカップをテーブルに置き、空間ポケットから粘着テープを取りだした。
「…うん」
私はリズが使っている寝室の扉の前で身をかがめて構え、ポケットから閃光手榴弾を取りだし…いや、やたらうるさいのでやめ、そっと扉を開けた。
テレーザがくれたC-4を千切ってノブに張り付け、さらに粘着テープで押さえ込むようにグルグル巻きにして、目覚まし時計を無意味に置き、タイマーを二分に設定してから触れるとイエッサーとしかいわない虹色ボールで床を埋め尽くして外に出て、そっと鍵をかけた。
「我ながらなにやってるだか。ダメだ、眠い。もう一度寝よう」
私は欠伸をして、ホット青汁を一気に飲み干して、きたるべき時に備えた。
しばらく経ってやる気のない目覚ましのアラームが聞こえ、なにかが倒れる音が聞こえ、イエッサーの大合唱が聞こえた。
「…ミションオーバー。帰投する」
私は一つ頷き、自室に戻った。
「ちょっと、どういうつもり!?」
イエッサーの大合唱から飛び出てきた様子のリズが、扉を開けっ放しにして、部屋で椅子に座って、ボンヤリしていた私の頭にゲンコツを落としてきた。
「うん、嫌がらせ!」
私は笑った。
「あ、あのね…。まあ、いっか。ちょっと、外の風を浴びてくる」
「あっ、私も!」
リズと私は連れだって、ログハウスからテラスへと出た。
外はややひんやりした空気で、天候はイマイチではあったが、明け方の空気は心地よかった。
「ん、早いな。もう起きたのか?」
物陰に隠れるようにしていたテレーザが、欠伸混じりに声をかけてきた。
「うん、だから朝ごはんまで暇なんだよ。あっ、これあげる!」
私はイエッサーボールを一個作り、テレーザに手渡した。
「なんだこれは?」
「暇つぶしに作ったんだよ。触っている間、ずっといい続けるよ!」
私は笑った。
「そうか、まあ暇つぶしにはいいな。ところで、今日はどうするんだ?」
テレーザが笑みを浮かべた。
「うん、この近くに巨大なアスレチックがあるんだけど、そこにいこうと思ってるよ」
私は小さく笑った。
「アスレチックか、運動不足解消にはちょうどいいな。みんなの意見も聞いて、さっそく計画を立てよう」
テレーザが笑みを浮かべた。
メリダ特製の朝ごはんを食べながら打ち合わせを済ませ、今日の目的地は件のアスレチックになった。
宿から送迎バスが出ているので、移動に困る事はなかった。
その送迎のマイクロバスに乗ってしばし、私たちはアスレチックの出入り口ゲートに到着した。
「よし、いくよ!」
私は率先してバスから降りた。
まずは団体用窓口で人数分のチケットを購入し、みんなに手渡すと、ここから見えるだけでもスリリングなエリアが無数にある事が分かった。
「さてと、みんなでぞろぞろ行くと大変でしょ。班分けしよう」
この私の提案に、誰も異存はなかった。
「よしよし、じゃあ適当に班を作っていこう」
私が笑み浮かべると、リズが近寄ってきた。
「親友のよしみで!」
「はいはい、くると思ってたよ」
私は苦笑した。
このあとはテレーザかロジーナがくると思っていたのだが、それぞれ別のグループを作ったようで、最終的には私とリズというペアになった。
「さて、久々に暴れますか!」
リズが笑った。
「暴れるのはいいけど、ぶっ壊したらダメだよ」
私は苦笑した。
こうして、私たちは入り口ゲートを潜った。
これはもう自慢だが、私には運動能力がほとんどない。
楽しそうに遊ぶリズを目の端に置き、私はただ大自然を満喫していた。
「こら、ボサッとするな!」
リズが私では到達出来ないであろう、木組みの山に登ったリズが笑った。
「はいはい、いいから下りておいで」
私は苦笑して、右手を振った。
「なんだ、つまらん!」
山から下りてきたリズが、私に軽くデコピンしてきた。
「無理して怪我する方がつまらないよ。先にいこう」
私は笑みを浮かべた。
今日は現地時間では平日。そのせいもあってか、アスレチックはあまり人がいなかった。
「さて、次は…」
パンフレットを見ながら進んでいくと、なにやら妙な気配を感じて私は足を止めた。
リズも感じ取ったらしく、厳しい表情でそっと拳銃を抜いた。
「さて、なにが出るか…」
私も拳銃を抜き、待つ事しばし。
アスレチックの外から十名ほどのエルフが飛びでてきて、私たちを取り囲んだ。
「逆らわないなら、なにもしない。同行してもらおう」
エルフの一人が感情を押し殺したような声で、私たちに要求してきた。
「…リズ、手出し無用ね」
「…分かってる」
私たちはため息を吐いて、拳銃を捨てた。
同時に私はコミュニケーターの非常通報ボタンを送信専用にして、さりげなく銃のそばにおいた。
正直にいって、この程度の戦力差なら攻撃魔法一発でケリが着く。
しかし、ここが森の妖精ことエルフの怖いところで、部族ごとに集落を作って生活しているのだが、例え一人でも攻撃されると、全ての集落を攻撃したとみなされ、猛反撃を食らう事になる。
まして、私たちは人間だ。容赦はしないだろうし、里の規模が分からない以上、軽はずみな行動は御法度だった。
「それで、どうすればいいの?」
リズが不敵な笑みを浮かべた。
「うむ、そうだな。まずは我々が運ぼう。動くなよ」
エルフの何人かが出てきて、私とリズを後ろ手で縛った。
そのまま問答無用で担ぎ上げられ、私たちを連れたエルフたちは、そのまま森へと入っていった。
体感ではあるが、約一時間程度だろうか。
私たちを連れ去ったたエルフ御一行様は、休憩なのか深い森の中で一時足を止めた。
まあ、悲しい事に私たちには食事はもちろん、水すらも与えてくれなかったが、そんなものかと、胸中で苦笑した。
その休憩も終わったようで、どう見てもパワーがありそうな二人が私とリズを抱え上げ、肩に背負って再び森の中を進みはじめた。
しばらく進むと、いきなり開けた場所に出た。
「…うん、着いたね」
そこがこのエルフたちの里である事は、誰にでも分かる事だった。
素朴な空気はよかったが、楽しんでいる場合ではなかった。
私とリズはとりあえずという感じで、手の拘束を解かれ、里の広場とでもいうべき場所に設けられた小さな檻に放り込まれた。
「ふぅ、さてどうしたもんだか」
私はリズをみた。
「どうもこうもないでしょ。まずは…」
リズが腕のコミュニケータのボタンを押し、それを檻の床に置いた。
「これで、ローザがアスレチックに置いてきたコミュニケーターと合わせれば、どこにいるか分かるでしょ」
リズが笑った。
「見てたか。あれは、非常事態発生の意味で置いてきたんだよ。音声通話なんかしたらバレちゃうから、一方向通話でね。リズのそれもそうでしょ?」
「もちろん。さて、どうなるかねぇ。私たちを誘拐して、いったいどうするつもりなのか…。まあ、金品目当てじゃない事は確かだけどね」
リズが小さく笑った。
「そっか、それじゃ見せしめ兼嫌がらせだね。あのホテルもアスレチックもホホバ族の森をぶんどって作ったらしいし」
私は小さくため息を吐いた。
「そういう事か。ならば、少しは痛い目をみるかな…」
リズが不敵な笑みを浮かべ、私も小さく笑みを浮かべた。
「よりによって、私にちょっかい出すとは。後悔しても遅いよ」
私は小さく呪文を唱え、不可視の炎の矢を一発放った。
それは狙い違わず、見える限り一番大きな建物を爆発炎上させた。
「里長の家が!?」
「急げ、消火しろ!」
案の定、そこは里を取り仕切っている長の家だったらしく、エルフの里は大騒ぎになった。
そこにきて、いきなり大型の攻撃ヘリが一機と四機ほどの汎用ヘリが飛んできて、一斉に対地攻撃をはじめ、さらに混乱したエルフが何人か檻に近寄ってきて、なにやら呪文を唱えはじめた。
私とリズの体をが一瞬光り、体がやけに重くなった。
「呪縛だね、これは魔封じだよ」
私が苦笑するとリナが笑った。
魔封じとは、その名が示す通り、魔法を封じる呪術だった。
魔法と違うのは、術者が生きている限り、その効果が延々と続く事だ。
もっとも、この魔封じの呪縛はエルフが乱用するため、すでに解呪の方法は分かっていた。
四人が檻から離れて激戦に飛び込んでいくと、リズが笑った。
「私たちに魔封じをかけるなら、タイミングが悪かったね。解呪やっちゃう?」
「いや、やめておこう。一応、心臓を縛っている呪術だから、あとで医療チームに任せよう」
私は笑みを浮かべた。
攻撃ヘリ…アパッチが睨みを利かせる中、汎用ヘリ…ブラックホークが次々と広場に着陸し、中から銃で武装した兵士たちが飛び出ていった。
「こりゃ戦争だね」
リズが苦笑した。
「まあ、最初に手を上げたのは向こうだし、こっちから応じるのは当たり前なんだけど…。この理屈が通用しないのがエルフなんだよね。経緯はいい。攻撃されたらやり返すだもん。扱いにくくて困るよ。私が乗っていたナンナケット号じゃ、エルフ出禁だったしね」
リズが苦笑した。
「まぁね。潰すなら容赦なく里を攻撃するしかないから」
私が苦笑した時、上空のアパッチから外部スピーカを通じて声が聞こえた。
『おい、テレーザだ。いつまでそこにいる。早く逃げろ』
「そういわれてもね」
私は苦笑した。
やってやれない事はないが、魔法が使えないので鍵を破壊しないといけない。
それには少し手間が掛かるので、状況が落ち着くまで待つ事にしたのだ。
「リズ、ちょっとコミュニケータ貸して、私のはアスレチックだから」
「うん、いいよ」
リズが檻の床からコミュニケーターを拾い上げ、私に手渡した。
「ありがとう、さてと…」
私は音声通話のみで、テレーザに繋いだ。
『なんだ、繋がるのか。早く逃げてヘリに乗れ!』
コミュニケーター越しのテレーザが怒鳴った。
「そういわれてもね、魔封じ食らって魔法が使えないんだよ。チマチマ鍵開けするしかない」
思わず苦笑したとき、なんとなく重かった体が軽くなった。
「どうやら、私たちに呪縛をかけた術者が死んだみたいだね。四人で私たちに二重がけしたのに、その苦労は水に流れたか」
私は小さく息を吐き、軽く明かりの魔法を使って大丈夫であることを確認してから、鍵に手を当て呪文を唱えた。
小爆発と共に檻の扉が吹き飛び、私たちは外に飛び出した。
地上に降りている四機のうち、一機にヴェラが乗っているのを確認した私は、リズを伴ってそのヘリに向かい、後部座席に転がり込んだ。
「大丈夫ですか。エルフの悪癖で、やたらと呪縛をかけたがるので。調べてみましょう」
ヴェラが呪文を唱え、私とリズの体が緑色に光った。
「問題ありません。ご無事でなによりです。さて、私は事態の収拾に行ってきます。いきなりコモンエルフが現れたら、さすがにエルフたちは戦いどころではないでしょう」
ヴェラが笑って、護衛として待機していた様子の兵士二人ともに、里の奥に進んでいった。
「先にお二人を宿まで送ります。ベルトを締めて下さい」
パイロットに言われるままにベルトを締めると、エンジン音が甲高い声を上げ、ヘリは上空へと舞い上がった。
眼下を見れば鬱蒼と茂った森が広がっていて、これではエルフですら道に迷うのではないかと思うほどだった。
「ヴィラがいるなら、最初から出ていたらって思うけど、あの状態じゃ結局戦闘になっちゃうか」
リズが笑った。
今まで気が付かなかったが、宿には裏庭があり、そこがヘリポートになっていた。
ヘリから降りて再び離陸していく姿を見送ってから、私とリズは十機ほど離着陸出来る広いスペースを歩き、宿に入った。
従業員さんに心配されながら、私たちはログハウスに向かった。
「あっ、無事に帰ってきてくれましたね。さっそく簡単な食事を準備をします」
メリダが笑みを浮かべ、屋外用のコンロで調理をはじめた。
「では、その間にちゃんと診ましょう。こちらへ」
医療チーム代表のティアナが笑みを浮かべ、自分たちで使っているログハウスに私とリズを案内した。
中に入ると、私たちは勧められるままに、簡易ベッドに横になった。
「急患に備えて、この簡易ベッドを設置しました。寝たままで構いません。失礼します」
ティアナは私の服を胸の辺りまで捲り上げた。
「…呪痕は消えていますね。問題ありません。違和感は?」
呪痕とは、呪術を受けた時に出来る痕である。
程度にもよるが、簡単な術の場合は解呪すればすぐに消えてしまう。
今回はその簡単に当たる程度だったようで、ホッと安心した。
「違和感はないよ。ありがとう」
私は簡易ベッドから下りた。
「時間と共に痛む場合があります。痛み止めを処方しておきますね」
ティアナの声で魔法薬師が動き出し、程なく薬が出来上がった。
「では、またなにかあったら気軽にどうぞ」
「うん、よろしく!」
私は笑みを浮かべ、ログハウスを出た。
私はみんなの無事を祈りながら、ログハウスのテラスで少しお酒を飲みながら暮れゆく景色をな眺めていた。
テラスにはリナとララが警戒態勢で立っていて、否応なく堅苦しい雰囲気に包まれていたが、私はこれも当然と思っていた。
もうすぐ夕暮れだなと思った時、見覚えのあるアパッチが接近してきて、宿の裏庭に向かったのだろう。しばらく、エンジンの重低音が聞こえていた。
「まあ、なんだかんだで無事に済んだか…」
私は苦笑した。
聞けばヴェラがやってきたタイミングは、まさにエルフたちと救出チームが激突している最中だったらしい。
そこに航空支援で、テレーザが操るアパッチのガンナーであるロジーナが、ひとしきり機首の三十ミリチェーンガンで攻撃し、エルフ側が固まった時にヴィラが双方の間に入って里の解体を命じたらしい。
しかし、相手がコモンエルフとはいえ、新たな場に里を作る事など突っぱねたらしい。
ただ、ヴィラを銃の狙撃によって排除しようという断り方が悪かった。
当たり前だが、これがヴィラの神経に触ったようで、エルフ魔法で一気に全員消滅させてしまったらしい。
今はあの里はなく、森に還っているとのことだった。
「やれやれ、怖いねぇ」
私は苦笑して、グラスを傾けた。
しばらく一人で飲んでいると、カボがなにやら料理を盛ったお皿を持ってきた。
「メリダからです。おつまみが欲しいだろうと」
「あれ、気を遣わせちゃったか」
私は近くのテーブルに移動し、カボチャのあんかけ煮込みを食べ、未使用のグラスにボトルからお酒を注ぎ、カボの前に置いた。
「ありがとうございます。今回はここの見張りを担当していたので、皆さんに比べれば楽をしてしまいました」
カボが笑った。
「そりゃダメでしょ。エルフなのに参戦しちゃったら」
私は笑った。
「はい、下手すると味方に撃たれかねません。無事でなによりです」
カボが笑みを浮かべた。
「さてと、今夜はみんなで飲もうかな。お酒は揃ってるし、勝手にロジーナが振る舞ってくれるしね」
私は暮れゆく景色を長めながら、カボと一緒にお酒を飲みはじめたのだった。
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