第15話 休暇初日は忙しい

 前もいった気がするが、タラントはほとんど手がつけられていない、貴重な星の一つだ。

 考えてみれば、ここ数ヶ月纏まった休暇を取っていなかったので、これはいい機会だった。

「ふぅ、無事に着いたね。予定では一週間。しっかり休もう!」

 船がスポットに入り与圧が終わると、私はユイにスタンバイ状態で待機するように伝えた。

『承知しました。いってらっしゃい』

 ユイの声に送られ、私たちは操縦室からでた。


 スポットの床に降りると、中央部と後方のエアロックから降りてきたみんなを乗せた、港のカートが数台連なってやってきた。

「全員揃ったね。さて、行こうか!」

 私たちもカートの空席に座り、地上へ降りる軌道エレベータの乗降口へと向かった。

 旅客ターミナルでカートを降りると、私はカウンターでエレベータの往復利用チケットを人数分買って、それを全員に配った。

「当たり前だけど、宿は手配済みだよ。下で送迎バスが待っているはずだから、早く行こう!」

 私は笑った。

 軌道エレベータは三基あり、送迎バスが待っているのは第二エレベータだ。

 私は全員を引き連れてエレベータの行列に並んだ。

 現地現在時刻十八時半。ちょうどいい感じだろう。

 私たちは、しばらく待ってやっと順番が回ってきたエレベータに乗り込み、一路地上を目指して降下していった。

 ちなみに、私は全員に拳銃を預けてある。なにがあるか、分からないからだ。

「ああ、そうだった。今日の晩ごはんはバーベキューだよ。ちゃんと予約しておいた!」

 私は笑みを浮かべた。


 数十分かけてエレベータが地上に着くと、エレベータ前の車寄せに宿泊するホテル名が書かれたマイクロバスが止まっていた。

「あれだね。いこう!」

 私はまた全員を率いてマイクロバスに乗り込み、ゆっくりと宿に向かって移動をはじめた。

 事前に聞かされていた情報だと、軌道エレベータの乗降口から宿まで三十分くらいかかるらしい。

 私たちを乗せたバスは平原をゆっくり進み、日が暮れそうな頃になって宿に到着した。

「はぁ、着いたね」

 私たちはバスから降りて、気分がほっこりっする木造建築の建物に入り、カウンターで鍵を受け取った。

「本日はログハウスを全棟貸し切りでご用意しております。温泉を引いている大浴場は本館にありますので、お気軽にご利用下さい」

 フロントのお姉さんに笑顔で迎えられ、大人数なので私だけが宿帳にサインしてから、係の人に案内されて大きなログハウスが並ぶ一角にきた。

 テラスには柔らかな明かりが点され、バーベキュー用のコンロも五台置いてあった。

「みんな、それぞれ好きなログハウスを使って。喧嘩しないように!」

 私は笑い、一番近いログハウスから順に扉の鍵を開けていった。

 ここの季節は夏の盛り。

 事前に知っていたので、船を降りる時から夏服で行動していたのだが、森が近いせいかそれでも少し蒸し暑かった。

 私がログハウスの鍵を開けている間に、料理番のメリダが厨房要員のリアとスージーに指示を出しながら、コンロの炭に点火する作業をはじめていた。

 食材はテラスにある巨大な冷凍冷蔵庫に収めてあり、みんながそれぞれ取りだして、仲良く下ごしらえはじめた。

「ローザ、お前もやれ」

 黙々と野菜を切っていたテレーザが、私に包丁をよこした。。

 私はそれを受け取り、ひたすら椎茸の石突きを取り十字を入れる作業に入った。

「さてと、そろそろはじめるよ!」

 私は声をあげ、厨房チームが中心になって、バーベキューが始まった。

 肉や野菜が焼けるいい匂いが漂い、大いに食欲をそそられた私は、思わず満腹感を無視して食べ過ぎてしまった。

「はぁ。食べ過ぎだ…」

 私は休むために、テラスの各所にあるベンチを探した。

 すると、食べるのもそこそこに、一人でお酒を飲んでいるカボの姿があった。

「よし、いってみるか」

 私はお酒を入れたグラスを持ち、カボが座っているベンチに向かった。

「あっ、ローザ。食休みですか?」

 カボが笑い、私は隣に座った。

「そんな感じ。みんなよく食べるねぇ。どうしたの、食べた?」

 私が問いかけると、カボは笑みを浮かべた。

「はい、一年分は食べた感じです。私も食休みですよ」

 カボが笑った。

「こうやって話すのも珍しいね。いつもコミュニケーター越しだから」

 私は笑みを浮かべた。

「はい、久しぶりです。お変わりありませんか?」

 カボが冗談をいって笑った。

「そっちはどうなの。機関士チームの人数は足りてる?」

「はい、十分です。みんなよく働いてくれますし、私はみているだけ。最近の悩みは、私はここにいる意味があるのかなどと、つい考えてしまいます」

 カボが苦笑した。

「こらこら、そんな調子じゃダメでしょ。機関長!」

 私はカボの肩を叩いた。

「はい、頑張ります。それにしても、楽しい夜ですね」

 カボが笑った。


 ひとしきりバーベキューが終わり、私は部屋割りに追われた。

 一棟につき寝室は十部屋あり、医療チーム十名はすんなり決まったが、残りはあーでもないこーでもないといいあい、結局私が攻撃魔法で脅して、なんとか収まってくれた。

 ちなみに、私はリズ、テレーザ、ヴェラと同室となり、空いているログハウスは食堂や荷物置き場として使う事にした。

 ログハウスの中はエアコンが効いていて、壁につけられた魔力灯のほの明るい光が、いい雰囲気を作っていた。

「あっ、シャワールームもあるみたいだから、使いたかったら使って!」

 私は笑みを浮かべた。

「はい、わかりました」

 ヴェラが笑みを浮かべた。

「あたしはまだいいや。とりあえず、お酒でも飲もう」

 リズが笑った。

「うん、酒だな。まだ寝るには早い」

 テレーザが空間ポケットを開き、大量の酒瓶を取り出した。

「また大量に…飲めるクチだったの?」

「うん、少なくともお前よりは飲む。これは、ほぼ全てもらい物だ」

 テレーザが笑った。

「そっか、じゃあ飲もう。グラスはあったはず…」

 私は棚に置かれていたグラスを四つ持って、ログハウス中央のテーブルに乗せた。

「あっ、おつまみを持ってきます」

 ヴェラが笑みを浮かべ、ログハウスの外に出ていった。

「さて、どれを飲もうか…」

 私は酒瓶を物色しはじめた。

「よし、これにしよう。それなりに、高い値段らしいからな」

 テレーザが小さなキッチンにあった大きなボウルで氷水を作り、ボトルを冷やしはじめた。

「本当は専用の器具があるのだがな。ないからこれで代用しよう。大酒飲みのロジーナが知ったら、多分卒倒もののボトルだぞ」

 テレーザが小さく笑いヴェラが戻るまで待つ事にした。

 しばらくすると、ヴェラがトレーに山盛りの皿を乗せてやってきた。

「メリダさんがスモークチーズを作っていたので、分けていただきました。あとは、エルフ料理です。癖はないはずなので、美味しいと思います。お口に合えばいいのですが」

 ヴェラがテーブルに皿を並べている間に、私はログハウスの扉にある鍵を閉めた。

「こうしないと、お酒の匂いを嗅ぎつけたロジーナが、いきなり乱入してくるからね」

 私は笑った。

「全く、アイツの嗅覚はどうにかしてるぞ。酒の匂いだけは、敏感に反応するからな」

 テレーザが笑った。

「そんな事より、この煮物が美味い!」

 リズが煮物を小皿に取り、心から美味しいという感じで、楽しそうに食べはじめた。

「こら、あんまり食べるとお酒の前になくなっちゃうぞ」

 私は苦笑した。

 大酒飲みがロジーナなら、リズは大食いだ。

 さすがにセーブしているようだが、それでもかなりの勢いで食べていた。

「鍋ごと空間ポケットにしまって持ってきてあります。キッチンもあるので、足りなければまた作ります。メリダさんにも教えましたが、材料さえあれば少し手間をかけるだけで、同じ物を作れますから」

 ヴェラが笑った。

「そういえば、ヴェラって他のエルフと少し違う感じだけど、気のせいかな…」

 私が首を傾けると、ヴェラは笑った。

「やはり分かってしまいますか。コモンエルフは希少種なので、これでも人間の乱獲に巻き込まれたり、色々大変なんです」

 ヴェラが苦笑した。

「そっか。まあ、私の船ではそんな事関係ないけどね。砲手の一員だよ!」

 私は笑った。

「はい、私もそのつもりで頑張ります。それにしても、静かでいい夜ですね」

 ヴェラが笑みを浮かべた。


 ささやかな晩酌のつもりが、お酒が入って少し気が解れたか、テレーザがギターを持ちだして歌いはじめ、思わぬ美声に目を丸くしたり、それに合わせてヴェラが踊り始めたり、こんなの初めてみたがリズが、テレーザの歌にハモりを入れたり…まあ、扉がノックされてロジーナの声が聞こえた気がしたが、それは無視して私たちは楽しんでいた。

「へぇ、意外な一面だね。今まで見た事ないや…ん」

 コミュニケーターの着信音がなり、私は受話ボタンを押した。

 そこには、額に怒りマークをつけたロジーナの姿があった。

「こら、開けろ。ぶっ壊しますよ!」

 私はちらっとテレーザをみると、彼女は軽く首を横に振った。

 私は頷き、扉に結界を張り、そのままコミュニケーターを切った。

 その後、しばらくガンガンと扉を叩く音が聞こえたが、しばらくすると泣き声が聞こえてきた。

「あれ、泣いちゃった?」

「うん、嘘泣きだな。大の大人が泣くわけない」

 テレーザはグラスを傾け、大声で笑った。

「それもそうだね。でも、可哀想な気が…」

「知らん。どうせ、飲む相手が早々に寝てしまい、つまらないからきたのだろう。中に入れたら、徹夜で付き合われるぞ。よし、私たちも寝よう。もう夜更けだ」

 テレーザが出したボトルのうち、未開封のものは彼女の空間ポケットに片付け、みんなで開けたボトルを飲み干し、シャワーを浴びて寝る体勢を整えた。

 その間、コミュニケーターが何度も着信音を響かせ、怒りに満ちたロジーナの姿が映り、無言で切る事を繰り返していると、扉の鍵がカチャカチャと鳴りはじめた。

「おぎょっ、ピッキングまではじめた!?」

「うん、お仕置きしておこう」

 テレーザが笑みを浮かべ、初めての事だがいきなり呪文を唱えた。

 バチバチと音が聞こえ、ロジーナの悲鳴が聞こえた。

「まあ、静電気を強化した程度だ。この程度なら、私でも使えるぞ」

 テレーザが笑みを浮かべてアイコンタクトしてきたので、私は結界を解いて扉を開けた。

 すると、あられもない姿でひっくり返ったロジーナがいて、その傍らには一本のボトルとスモークチーズを乗せたふた付きのトレーが落ちていた。

「きっと…私のせいにされるんだろうな」

 私は冷や汗を浮かべた。

「それは大丈夫だ。私がフォローする。それにしても、このボトル。かなりの高級酒だぞ。どこで入手したのやら」

 テレーザが小さく笑った。

「まあ、このボトル一本くらいなら付き合ってやろう。あいにく、回復魔法は知らん。誰か頼む」

 テレーザがボトルとスモークチーズを回収して中に戻り、私はロジーナに回復魔法を使った。

「う~…。あれ、ローザが二人いる。こんにちは」

 …ロジーナが変なふうにぶっ壊れた。

「ダメダメ、このくらいじゃないと!」

 リズが呪文を唱え、ロジーナの体が跳ね上がるほどの魔力の塊が炸裂した。

「イテテ…。なんですか、なぜ入れてくれなかったのですか!」

 ロジーナが大振りで振った拳をリズが避け、それが私の顔面にめり込んだ。

「…ぶっ殺す」

 プチとキレた私は、空間ポケットから有刺鉄線を引っ張りだし、ロジーナの全身に巻き付け、思い切りキツく縛った。

「ちょ、痛いです。なにするんですか!」

 ロジーナがジタバタ暴れたが、それをやると有刺鉄線が余計に刺さって痛くなる。

 こんな事もあろうかと、私は常時有刺鉄線を準備しているのだ。

「うん、なんだ。拷問ゴッコか。遊んでやろう」

 ログハウスから出てきたテレーザが、ジタバタするのをやめて、痛みに耐えていた様子のロジーナの髪の毛を掴み、思い切り引っ張った。

「名前と所属をいえ。その程度、どうってことはないだろ?」

「…」

 いきなり真剣勝負の空気が漂ってきたテレーザとロジーナの間に、わたしは慌ててワイヤーカッターを取りだした。

「おいおい、この程度じゃまだ遊びにならんぞ。もっと楽しませろ。で、所属と名前はなんだ」

「…」

 余裕顔のテレーザに対し、ロジーナはキツい目線で睨み返した。

「ちょ、ちょっと、ダメだよ。私が悪いんだけど、ダメだよ!」

 私は慌てて止めに入り、ワイヤーカッターでロジーナの有刺鉄線を切った。

「なんだ、まだ遊びはじめたばかりなのに、つまらん」

 テレーザが笑った。

「全くです。久々に楽しもうと思ったのに」

 ロジーナが笑った。

「えっ?」

 私は手に持っていたワイヤーカッターを、テラスの床に取り落としてしまった。

「せっかく下ごしらえしたのに、ここで終わりとは気合いが足りません。反省文です」

 ロジーナが立ち上がり、そこら中血まみれになった服をみて、小さくため息を吐いた。

「これどうするんですか。高い服ではありませんが、これでどうしろと?」

 ロジーナが手をグーに握り、息を吹きかけてから巨大ゲンコツを落としてきた。

「それにしても、なんですか。鍵開けしていたらバチって…ローザでしょ?」

 ロジーナがもう一発準備した。

「ああ、違う。あれは私だ。この程度の魔法は使えるって意味でな。さすがに、本職には及ばん」

 テレーザが笑った。

「そうですか。では、この一発は…」

 ロジーナはクルッと向きを変え、テレーザ目がけて素早いパンチを繰り出した。

「おぶっ!?」

 さっと身をかわしたテレーザの背後にいたリズに、ロジーナの一撃が炸裂した。

「おいおい、そんなもんか?」

 テレーザが煙草を咥えて火を付けた。

「こんなもので、悪かったですね!」

 なにかブチッといってしまったか、ロジーナの連撃がテレーザに向かって繰り出されたが、全てリズに命中した。

「き、効いた…」

 短くいい残し、リズは床に倒れ伏した。

「なんだ、邪魔だな」

 テレーザは倒れているリズを蹴り飛ばし、私は慌てて回復魔法を使った。

「ダメだ、この程度じゃきかない。医療班!」

 私の声を聞いたか、医療チームがログハウスから飛び出してきて、リズの応急処置をはじめた。

「これなら大丈夫です。回復魔法一発で治りますよ」

 ティアナが笑みを浮かべ、チームの二人が同時に呪文を唱えはじめた。

 この大騒ぎの中、私たちのログハウスから出てきたヴェラがニッコリ微笑んだ。

「みなさん元気ですね、いい事です。お酒の準備ができましたよ」

 その澄んだ声は、夜の闇に消えていったのだった。

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