第14話 リゾートエクスプレス

 航路が渋滞していれば、先にある港も大混雑だった。

 しかし、そこは手抜かりのないオッチャンの事。

 この港では自社専用のスポットを確保していて、他船と衝突しないように管制の指示に従い、船は無事にプレグラス港に停泊する事が出来た。

「ふぅ、なんとか着いたか。荷下ろしは任せよう。ユイ、カーゴベイを開放して」

『はい、スポットの与圧が完了し次第、カーゴベイのハッチを開けます。五分くらいで終わるでしょう』

 ユイの答えに満足して、私はシートの背もたれに身を預けた。

「テレーザ、チョコバーをちょうだい」

「うん、一本くらいくれてやる。荷積みの時と同じに、荷下ろしに二日は掛かるだろう。ここは精錬所しかない星だ。地上に下りても面白くないだろうな」

 テレーザが笑った。

 彼女が放ってきたチョコバーの封を開け、私は中身を囓った。

「あっ、忘れてた。リズにマスターキーを渡してない。ちょっと居住区にいってくる」

 私は席を立ち、操縦室から出てトラムで居住区に向かった。

 数秒で居住区に到着すると、乗降場に怒り顔のリズが立って待っていた。

「こら、鍵をよこせ!」

「はいはい、ごめん!」

 私はトラムから降りて、リズにマスターキーを渡した。

 むろん、貴重品が置いてあるあの部屋の鍵は含まれていない。

 これで、その部屋以外の扉が開くはずだ。

「よし、これで仕事が出来る。床とか壁の掃除とベッドメイキングくらいしかやらないよ。プライベートは覗かない」

 リズが笑みを浮かべた。

「そうしてね。他の部屋がどうなっているか、私も知らないから。それじゃ、よろしく!」

 私は手を振ってトラムに乗り、操縦室に戻った。


 操縦室に戻ると、航法士のゼルマとパウラが交代で休憩に入ったようで、今はパウラが張り番をしていた。

「パウラ、あまり気を張り詰めないでね」

 私は小さく笑った。

「はい、分かりました。次の目的地はどこですか?」

 パウラが笑った。

「そうだねぇ、まだ考えていないよ。まあ、ここから出港する頃には思いつくと思うよ」

 私は笑みを浮かべた。

「そうですか。たまには、仕事抜きで息抜きしませんか。タラントなどお勧めです。リゾート施設もありますが、ほぼ手付かずの自然が残っている貴重な星です」

 パウラが笑みを浮かべた。

「うん、いいな。ここに缶詰じゃ疲れが取れん」

 テレーザが笑った。

「一泊二日ならいいよ。大富豪みたいに何ヶ月もいたら、さすがに資金が逼迫しちゃうから」

 私は笑った。

「おいおい、リゾートだぞ。ケチケチするな。せめて、一週間くらいは休みだ」

 テレーザが笑った。

「はいはい。ユイ、ホテルの予約取れる?」

『はい、少しお待ちください』

 ここからでは聞こえないが、ユイが色々やり取りしているのが分かった。

『ダメでした。人数が多いので、ホテルの部屋が確保出来ません。その代わり、併設している大きなログハウスを全て貸切ました。幸い、このメンバーであれば自炊も出来ますし、かえっていいかもしれません。チェックインは五日後です』

 ユイが笑った。

「うん、それでいいよ。通常航法でも二日は掛かるから」

 私は笑った。

「では、航路の設定をします。急ぎではないので、一般航路で行きましょう。リゾートが主目的の航路なので、転送航路の料金が高いのです」

 パウラが笑った。


 積載していた重いコンテナの荷下ろしは、途中機械の故障もあって約三日かかった。

 作業中はテレーザと交代で綺麗に仕上がっていた自室のベッドでゆったり過ごし、魔法書を読んで研究したりしたが、肝心のドームが吹っ飛んでしまったため、テストする環境がなかった。

「まあ、タラントなら魔法ショップもあるし、そこで新品を買おう」

 そこまでいって気が付いた。

「ロジーナと機関士チームがいれば直せるかもしれない。中身は機械だし、ロジーナは再生魔法を使えるし」

 私はコミュニケーターでロジーナとカボを同時に呼び出した。

『はい、どうしました?』

 コミュニケーターの上に表示されたウィンドウの中で、ロジーナが笑みを浮かべた。

「ドームを直したいんだけど、出来る?」

『はい、もう直してあります。意外と単純な構造だったので、ロジーナが作ってくれたパーツを集めて、私が組み立てるだけでした』

 カボが笑った。

「ありがとう。さっそくテストしてみる」

 私はコミュニケーターの通信を切り、自室からトラムでカーゴベイの私物室に向かった。


 カーゴベイでトラムを降りると、私は私物室の片隅に設置されていたカプセル状のドームに向かった。

「直ってるね。感謝しきりだよ」

 私は笑みを浮かべ、ドームの中に入った。

 中は人が一人入れる程度で小さなコンソールがあり、様々な設定が出来るように改良されていた。

「なんだ、このコンソール。弄ってみよう」

 コンソールには簡単にモード設定があり『攻撃』『防御』『その他』と書かれたボタンがあり、私は攻撃ボタンを押した。

 すると、キーンという金属音と共にコンソールパネルが壁の中に引っ込み、ドーム内の明かりが薄暗くなった。

「へぇ、やる気満々じゃん。じゃあ、お構いなく…」

 私は開発したての呪文を唱え、両腕を前方に突きだした。

「…光の雨!」

 ドゴンと音がなり、発動寸前の魔法がキャンセルされた。

 ドームはこのキャンセル機能あってこそ。

 まともに発動したら、この船どころか港が灰燼に帰すところだ。

「発動したね。これでよし」

 再びコンソールパネルが現れ、虚空に開いたウィンドウに成功と表示され、私が使った魔法の詳細データが流れはじめた。

「うーん、若干『水』が弱いか。こればかりは、適性の問題でどうにもならないんだよね…」

 宇宙など想像も出来なかったその昔から続くものとして、どこでも満ちている『四大精霊力』を借りて発動させる魔法。

『火』『水』『風』『地』と分けられるこれらの力は、術者の体内の魔力特性と因果関係があり、火が苦手だの風なら得意だのと、個人によって異なるのだ。

「ロジーナは水なんだよね。私とは正反対の回復や結界魔法を使える…なんか、寂しいね」

 私は苦笑して、コンソールパネルを操作して扉を開けて外にでた。

 その時コミュニケーターに着信があり、チョコバーを囓っているロジーナが表示された。

『おーい、どこで遊んでいるか知らないが、早く戻ってこい。出港許可がでた』

「分かった、今は私物庫だよ。すぐに戻る」

 私は笑みを浮かべた。


「うん、なんか臭いぞ。トレーニングでもしていたのか?」

 私が操縦席に座るや否や、テレーザが鼻をクンクンさせた。

「ドームだよ。テストも兼ねてド派手なのかましたから、キャンセルされた分の魔力が体についてるだけ!」

 私は笑った。

「そうか、トレーニングで思い出したが、また私がコーチしてやるからやれ。運動後のプロテインは美味いぞ」

 テレーザが笑った。

「い、いいよ。謹んでお断りします」

 私は自分でも顔が引きつっていると分かる、笑みを浮かべた。

 この船にはささやかなジムがあるが、そこでテレーザに絞られた日には、三日は筋肉痛で悶え苦しむ事になる。

 私は頑丈だという自信はあったが、とてもテレーザには勝てなかった。

「そうか、残念だな。まあ、いい。すでに出港許可が出ている。チェックリストを確認するぞ」

 私はテレーザが読み上げる項目を、コンソールパネルの画面に表示されたリストをタップして消していった。

「よし、終わりだ。牽引機で引っ張ってもらおう」

 テレーザが管制と連絡を取ると、空荷になった船は心持ち身軽になったように、スムーズにスポットから引き出され、いつも通り船首を前方に向けるように回転させ、サブエンジンを最小出力で稼働させて宇宙へと飛び出した。

「航路情報を入力しました。混雑する転送航路を避けて、下道で行くコースです。タラントまでは二日の予定です」

 いつも通り、テキパキとしたジルケの声に、私は笑みを浮かべた。

「さて、休暇だね。たっぷり楽しもう!」

 私は笑みを浮かべた。


 これまた予想通りだったが、幹線航路は再び荷積みに向かう船や製品を運ぶで渋滞していた。

「ジルケ、回避ルートは?」

 私はダメ元で聞いてみた。

「はい、あるにはあるのですが、この新幹線航路ができて以来、ほとんど船の往来がないと聞きます。荒れ放題だと思いますので、お勧めはしません。ミカジタ分岐点から先は整備されていて、安全に通れると思いますが…」

 ジルケがため息を吐いた。

「おい、急がば回れだぞ。渋滞なんて、そのうち解消されるさ」

 テレーザが笑った。

「はいはい、急ぐ旅でもないか。ユイ、なにかあったら教えて」

『承知しました。今のところ、特に問題はありません』

 ユイの声に頷き、私は操縦桿を握ったまま、軽く目を閉じた。


 どれくらい経ったか。渋滞の列は解消し、ようやく速度が出せる状態になった。

 私はここぞとばかりにセミオートモードに切り替え、メインエンジンを数秒間噴射して止めた。

「うん、悪くない。これなら、二日で到着だな」

 テレーザが笑みを浮かべた。

「よし、楽しくなってきた。リゾートなんて久々だよ」

 私は笑った。


 特にトラブルもなく、正面スクリーンにはタラントが映るようになってきた。

「よし、接岸許可が出たぞ。三一番スポットだ」

「了解、オートモード確認。もう少し近づけば、港からの牽引がくるでしょ」

 私は笑みを浮かべた。

 船は順調に進み、正面スクリーンにタラントが大きく迫る頃になって、港からの牽引ビームを受信した。

「さて、ここは何をしてもいいけど、節度ある行動を…か。攻撃魔法射場があったはずだから、リズと一緒に暴れるかな」

 私は笑った。

「なんでもいいが、護身用の拳銃は忘れるなよ。なにもないとは思うが…」

 テレーザが笑った。

「分かってるよ。あまり使った事がないけど、威嚇にはなるからね」

 私は常に持ち歩いている鞄の中にしまってある拳銃を取りだして、簡単な点検を始めた。

 これは、この船の乗員全員分以上用意してあり、操縦室のロッカーで保管してある。

 私は船長特権で常時携行しているが、必要に応じてみんなに貸し出しをしている。

 これも理由があり、ないとは思うが暴動防止や誤射で船体に穴を開けられないようにするための措置である。

「まあ、船に乗っている間は使わないからな。射撃場もあるはずだから、ちょっとは練習しておけ。せっかくの機会だし、楽しむか」

 テレーザが笑みを浮かべ、手に持っていたチョコバーを囓ったのだった。

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