第12話 荷積み完了。出港へ

 スポットから港のターミナルに移動した時、ちょうど手配しておいたランチが乗り場に到着したと、管制から連絡がきた。

 今回は私、ジルケ、カボ、メリダ、ロジーナの編成で下りる事になり、私たちはランチ乗り場に移動した。

 ランチ専用のエアロック前に到着すると、私はクレジットカードを取りだして、入り口あるスリットに通した。

 すると、エアロックの扉が開き、短い通路を通って十人乗りの小型艇に乗り込んだ。

 扉が閉じると、ランチは港を離れレグレストの大気圏に突入した。

「さて、なにをやろうかね…。治安はあまりよくないから、みんなで固まって移動しよう」

 私はそっと、腰の後ろに挿してある拳銃に触れた。

 火薬を使って弾丸を発射するオーソドックスな武器で、こんなものを無重力環境で撃てば大変な事になるし、船内で撃ったら穴が開きかけない。

 宇宙ではどんな小さな穴でも許してくれないので、これを持っているのは船長の私だけだった…のだが、最近になってテレーザが買ってしまったようで、堂々と経費請求までしてきた。

 取り上げると拗ねて口も聞いてくれなくなるので、みんなには内緒でという条件で許可した次第である。

「どこか行きたい時は、私に言ってくださいね。みなさんすぐどこかに行ってしまうので」

 ジルケが空港付近のマップをバサバサやりながら、慌てた様子で声を上げた。

「いかないよ。ちゃんと案内してね」

 私は笑った。

「本当ですよ。本当ですからね」

 ジルケがジーっと私を見つめた。

「な、なに?」

「ローザが一番、いうことを聞いてくれないんです!」

 ジルケが私の頭を叩いた。

「そ、そうだっけ…?」

「はい、オマケにどこかにさらわれたり。なんで、ほぼ毎回トラブルに遭うんですか!」

 ジルケが頬を膨らませた。

「それは知らないよ!?」

 …不可抗力。声を大にしていいたかった。

「まあ、いいです。今度離れたらケツを蹴り上げます!」

 ジルケがブツブツ呟きはじめた。

 まあ、こうして私たちを乗せたランチは、港の麓にある空港に下り立った。


 空港を出ると、そこは鉱石を積んだ大型ダンプが走るメインストリートと、その脇におびただしい数の屋台が並ぶ、埃っぽい空気が漂う場所だった。

「まあ、空気はイマイチだけど、地上を楽しもう!」

 私は笑った。

「街から出るのは危険です。鉱山しかないので、事故を起こす可能性があります」

 ジルケがマップを見ながら、呟くように伝えてくれた。

「そうだね。街中でも屋台があるから楽しめるでしょ」

 私は笑った。

「あっ、野菜が不足していました。ここで、調達しておきましょう」

 メリダが笑みを浮かべた。

「それでは、こちらです。野菜中心の屋台が多いエリアです」

 ジルケが先頭をゆっくり歩き、私たちはそのあとをついていった。

「あっ、チョコバー…」

 最後尾を歩くロジーナがお菓子の屋台でチョコバーを箱で買い占めた。

「ああ、のり塩!」

 私も負けじと、ポテトチップのり塩を箱で買って肩に担いだ。

 ちなみに、私の好物である。

「ああ、ジルケ。待って!」

 少し先に進んでいたジルケとカボ、メリダに声をかけた。

「あれ、いきなり大人買いですね」

 ジルケが笑った。

 私はのり塩味を空間ポケットに収めて、笑みを浮かべてから歩みを進めた。

 しばらくすると、野菜や果物を扱う屋台が集中している場所に出た。

 ここはメリダの領分だ。

 品定めしながらメリダは次々と空間ポケットに放り込んでいた。

「あっ、カボチャ…」

 カボが立派なサイズのカボチャを買いはじめた。

「ん、カボチャばっかり買ってどうしたの?」

「はい、あとで料理しようかと。メリダには遠く及びませんが、私も少し料理には自信があるんです。両親の影響で、カボチャばかりですが」

 カボは笑みを浮かべた。

「だって、メリダ」

「はい、他の人から学ぶのは大事です。船に戻ったら、さっそくお願いします」

 メリダが笑った。

「ありがとうございます。明日の夕食で出しますね」

 カボが笑った。

「分かりました。楽しみにしています」

 メリダが笑った。


 それぞれの買い物を済ませ、路地は避けてメインストリートを歩いていると、車道を走ってきた黒いバンがいきなり歩道に乗り上げて、私たちの進路を塞いだ。

「光りの結界!」

 相手の目的はすぐに分かったので、私は間髪入れず結界魔法を使った。

 バンから飛び出してきた男が数名、網状の光り輝く結界に阻まれてジタバタしていると、ロジーナが珍しく攻撃魔法を放ち、飛んでいった火球が当たると、バンが爆発炎上した。

「えっと…」

 私はさらに呪文を唱え、板状だった結界をボール状にして男たちを閉じ込め、浮遊の魔法でたまたま路肩に止まっていた、空荷の大型ダンプの荷台に放り込んだ。

「これでいいか。先を急ごう。狙われたよ」

 私は苦笑した。

 ここからランチ乗り場は、そう遠くはない。

 タクシーなんかに乗ったら、どこに連れていかれるか分からないので、早足で歩いてランチに乗った。

「こりゃ出歩かない方がいいね。みんなに伝えよう」

 ランチのシートに座り、私は苦笑した。

 乗り込んだランチの無線で管制に操船を依頼すると、音もなく上昇を開始した。

「はい、あのバン以外にも、妙な気配を放つ人が見つめていました。船内で大人しくしていた方がいいでしょう」

 カボが頷いた。

「さすがにエルフだけあって、勘が鋭いね。私も変な気配はいくつか感じたけど」

 私は笑った。

 ランチは速度を上げながら大気圏の外に出て、私たちの船が停泊しているスポットにドッキングした。

「よし、エアロックの与圧調整が終わったら出よう。人さらいが多いから、船に移動した方がいいね。前はもう少し治安が良かったんだけどな」

 私は笑みを浮かべた。

 程なく港に到着して。ランチの扉が開いた。

 ランチから降りて、荷積み作業を行っている様子を横目に見ながら、船内に入るとカボとロジーナ、メリダはトラムでみんなそれぞれの配置場所に向かい、私とジルケは操縦室に入った。

「ん、早かったな」

 シートをリクライニングさせ、ゆったりくつろいでいたテレーザが、不思議そうに声をかけてきた。

「外はダメだよ。目立っちゃって歩けない。怪我もなにもないけど、一応襲われたし」

 私は苦笑した。

「そうか、ならやめておこう。管制に連絡して、ここにはランチを近づけないように手配する」

 テレーザは無線で管制とコンタクトを取って、笑みを浮かべた。

「手配した。この船に『用事』があるなら、軌道エレベータを使うしかない。無線で確認したが、厳戒態勢でオリハルコンを運んでいるらしい。輸送で時間がかかるぞ。それにしてもお前、なんか埃っぽいな。この星じゃ無理もないが、ジルケと一緒に風呂にでも入ってこい」

 テレーザが笑った。

「そうするよ。ジルケ、いくよ」

「分かりました、いきましょう」

 私はジルケと一緒に操縦室を出て居住区に寄り、着替えやお風呂セットを持って再びトラムに乗って浴室に移動した。

 脱衣所に入ると、私は服を脱いで洗濯袋に入れて洗濯機に放り込んだ。

 ジルケも同じようにしてから、私たちは浴室に入った。

「うわ、頭がジャリジャリするよ。何回か洗わないと…」

 髪の毛は痛むが致し方ない。

 なんとか洗髪を終えると、体を洗って泡を流し、湯張りされていた湯船に浸かった。

 ジルケが隣に座り、なんとなくほんわかした時間が流れた。

「ねぇ、ジルケ。カランザの港で最初に会った時、宇宙を冒険したいから乗りたいっていってたよね。満足してる?」

 私は笑った。

「はい、とても満足です。バカみたいな速力を誇る貨物船で、なぜか軍並の強力な武装を施してあり、それで旅をする。これぞ、ロマンです!」

 ジルケが笑った。

「ならいいや。地味な仕事が多いから気にしていたんだよ」

 私は笑みを浮かべた。

「そう地味でもないですよ。航海レーダーで辺りを探って、安全なルートを決める。私には十分です。ゾクゾクしますよ」

 ジルケが笑った。

 しばし雑談をしたあと、お風呂から上がると服の洗濯が終わったようで、洗濯機から洗濯袋が吐き出されて床に転がっていた。

「この洗濯機、なんか雑なんだよね。まあ、これでいいんだけど」

 私は苦笑した。

「はい、こんなものにお金をかけてはいけません。洗えればいいんです」

 ジルケが笑った。

「よし、帰るか!」

「はい、そうしましょう」

 私とジルケは服を着ると、トラムに乗って居住区を経由して操縦室に戻った。


 操縦室に戻ると、パウラが変わった果実を手に取り、美味しそうに囓っていた。

「あっ、おかえりなさい」

 パウラが笑みを浮かべた。

「これ、よろしければどうぞ。カロカロの実といいまして、見た目通りリンゴのような味です」

 パウラが空間ポケットから、赤くて丸い果物を二つ取りだした。

「なかなか美味いぞ。食ってみるといい」

 すでに食べたようで、テレーザが笑みを浮かべた。

「分かった。頂くよ」

 私は果実を受け取って自分のシートに座り、一口囓ってみた。

 確かにリンゴのような味ではあったが、甘みが強くなかなか美味しかった。

「ありがとう、美味しかったよ!」

 私はパウラに声をかけ、芯をゴミ箱に捨てた。

「いえいえ…。早く出たいですね」

 パウラが笑みを浮かべた。

「まあ、積み込みがね…。やれやれ」

 私は苦笑した。

「モノがモノだけに慎重だからな。ゆっくり待つとしよう。

 テレーザがチョコバーを囓りながら呟いた。

 かつては伝説扱いだったオリハルコンも、製錬技術が発達した今、普通にレアメタル…希少金属扱いだ。

「そうだね、ゆっくりしますか…」

 私は笑みを浮かべ、シートをリクライニングさせた。

『荷物の第一弾が到着しました。荷積み開始です。監視を続けます』

 ユイの声に私は笑みを浮かべた。

「よろしく。なにかあったら教えて」

 私は欠伸をして、天井を見上げた。

 貨物の重量バランスを計算して、コンテナを搭載していくのはユイの仕事だった。

 結局、初日に予定していたコンテナを積む込みを終えたのは、全体の半分だったらしい事を無線で聞いた。

「ユイ、お疲れさま」

『いえいえ、かなりの質量です。航行の際は注意して下さい』

 ユイが注意を促してきた。

「分かってるつもり。恐らく、最大積載量スレスレになるだろうから」

 私は笑みを浮かべた。

「そうだろうな。オリハルコン鉱石は重い」

 テレーザがチョコバーを囓った。

「そうだよね。あんまり無理して積まれても困るよ」

 私は苦笑した。

『それについては問題ありません。しっかり監視しています』

 ユイの笑い声が聞こえた。

「頼んだよ。さてと、私は魔法書でも読むか」

 私は自室から持ちだして、常に足下に置いてある分厚い魔法書を持ってパラパラとページを繰っていった。

「お前は本当に魔法が好きだな。私にはその資質がないらしいが、そんなに楽しいのか?」

 テレーザが笑った。

「楽しいよ。じゃなきゃやらないって!」

 私は笑みを浮かべた。

「それはそうだな。私は寝る」

 テレーザはシートの背もたれを最大まで倒し、簡易ベッド状態にしてそのまま寝転がった。

『警告:何者かがスポット出入り口より侵入を試みています』

 ユイの声に私は正面スクリーンをみた。

 ここからでは分からないが、スポット出入り口の扉は固く閉ざされていて、耐圧構造にするため、分厚い鋼板を何枚も積層したものだ。

 私はランチで帰ってきたとにきっちり扉のロックをかけたので、それこそ港を破壊するくらいの爆薬でも仕掛けないと、まず突破できないだろう。

「一応、ステップを格納して、カーゴベイを閉じておいて。荷積みも中断で」

 私はユイに指示を出した。

『承知しました。ステップ格納。カーゴベイ閉鎖』

 重たい機械音が響き、コンソールパネルのカーゴベイハッチの閉鎖を意味する、緑ランプが点灯した。

「ありがとう。さて、どんな無茶な輩かな…」

 私はコンソールパネルのキーを叩き、港の管理システムに侵入すると、このスポットの監視をしているカメラの画像を正面スクリーンに表示させた。

 すると、いかにも海賊という感じのむさ苦しいオッサンたちが、港の警備員と派手な銃撃戦を演じていた。

「こりゃ、海賊側が全滅だね。念のためやっておくか…」

 私はこのスポットの扉を、開放厳禁に設定してロックした。

 これで、あとは軌道エレベータだけが穴だが、ここを封じるわけにはいかないので、監視場所はここだけでいい。

「ユイ、スポットの中に誰かいる?」

『はい。警備の者が四名います。今のところ、これといった怪しい行動はありません。全員、所属はここの警備部で正規に雇用されています。改ざんされた形跡はありません』

 ユイの声に頷き、小さく息を吐いた。

「分かった。なにかあったら教えて!」

『はい、承知しました』

 ユイの声を聞き、私はシートの背もたれを少し倒し、伸びをして軽く目を閉じた。


 ある程度の緊張感をたもって時間を過ごしていたが、特に異常はなかった。

 腕時計が標準時の夕方を示し、そろそろ晩ごはんだなぁなどと漠然と思いながら、今はもっとも暇であろう砲手室のロジーナを呼び出した。

『ふやぃ、なんですかぁ…』

 寝ていた様子で凄まじく寝ぼけた表情で、私の呼びかけに応じてくれた。

「いや、暇だなって思って…暇?」

『ひゃい、暇で~す。またね』

 コミュニケーターの回線を一方的に切られ、私は苦笑してロジーナのボーナス査定を少し削った。

「爆睡かい!」

 私は今度、機関室のカボを呼び出した。

 しばらく待っていると、やっと呼びだしに応じてくれたが、カボは告白でもするかのような真剣な顔で、さっき買ったと思われるカボチャを見つめていた。

「な、なにやってるの!?」

「…はい、カボチャさんと対話しているのです。エルフの耳には聞こえるのです」

 嘘かホントか、カボはいたってマジだった。

「…邪魔しちゃ悪いね。切るよ」

 私は通話ボタンを押して、コミュニケーターを切った。

「…分からん趣味だね。まあ、色々あるか」

 実害がなければ、人の趣味嗜好には拘らないので私は苦笑した。

「メリダは忙しい時間だろうし、あとで晩ごはんの時にでも様子を聞いてみよう」

 私は笑みを浮かべた。


 特になにも起こってはいないが、念のためということで、晩ごはんは役割ごとに交代とした。

 私とパウラが先に食堂に行く事となってトラムで移動すると、先にきていた様子の医務室チームが、厨房に入って騒いでいた。

「あれ、どうしたんだろ…」

 私はカウンターに近寄り、厨房の中を覗いた。

 すると、床に倒れて呻いているメリダと、処置に当たっている医療チームの姿があった。

「ちょ、ちょっと、どうしたの!?」

 私が声を上げると、ティアナが真剣な顔を向けてきた。

「はい、メリダさんが鍋をひっくり返してしまったようで、揚げ油をまともに被ってしまったのです。応急処置が終わったので、これから医務室に運びます」

 いうが早く、医務室から持ってきた様子の担架にメリダを乗せて、医療チームは足早に食堂を出ていった。

「パウラは先に食べてて、私は様子をみないと…」

「あっ、私もご一緒します。エルフの薬を使う機会もあるかもしれないので」

 私たちは、急いで食堂から飛び出た。

 トラムで急送されたようで、呼びだしボタンを押してもしばらく待ったが、スルスルとやってきたトラムに乗り込み、医務室に向かった。


 医務室につくと、中は大騒ぎでとても入れる状況ではなかった。

「あら、ローザさん」

 声をかけられ見ると、砲手のヴェラがなぜか白衣を着て、黒い鞄を持って立っていた。

「ど、どうしたの!?」

「はい、私たちコモンエルフ族は、元々医術に長けた者の集団なんです。テレーザさんから船内放送で急を知らされ、駆けつけました。エルフ族全員集合をかけましたよ。パウラさん、コミュニケーターにはちゃんと出て下さいね」

 ヴェラが苦笑した。

「…あっ」

 パウラが手首につけたコミュニケーターの画面をみて、頭を掻きながら空間ポケットから白衣を取り出して、慣れた様子でそれを羽織った。

 同時に、これまた白衣のカボがトラムでやってきた。

「なにか大変な事態が起きたようなので、出来るだけ早くきました。どうですか?」

 白衣カボがやはり黒い鞄を持って、トラムから降りてきた。

「…な、なんで、みんな白衣なんて持ってるの」

 私は苦笑した。

「エルフなら常識なのです。いつ何時、怪我人や病人が出ても大丈夫なように、最低限の準備をしています。では、いきましょうか」

 まるで医師のようにヴェラが先に進み、パウラを引き連れて医務室に入っていった。

「な、なんか妙に格好いいな。私も魔法薬研究の時は、汚染防止のために白衣を着るけど、もうボロボロだしな」

 私は空間ポケットから白衣を取りだし、それを見つめて小さく笑った。

 私の実家は、魔法薬専門の薬局だ。

 幼い頃から仕込まれ、十八才の時に魔法薬師の資格を取ったが、親に仕込まれただけの知識なので、薬の調合はあまり自信がなかった。

「…帰るか。私がいても、邪魔なだけだろうから」

 私は苦笑して、操縦室に戻った。


 操縦室に戻ると、テレーザがピザを食べていた。

「なに、デリバリーしてもらったの?」

「いや、そこのスリットから出てきた。あの二人が調理したんだろう。なかなか美味いぞ。冷める前に食え」

 テレーザが笑った。

「そっか、じゃあいただきます!」

 私は自分のシートに座ると、スリットから出ているピザを食べた。

「うん、確かに美味しい…」

 これが晩ごはん。

 ちょっと寂しかったが、十分お腹が膨れた。

「ふぅ、メリダは大丈夫かな…」

「まあ、任せるしかないな。私たちは、邪魔しない事だ」

 テレーザが小さく笑った。

「それもそうだね。医療チームがいて助かったよ」

 私は笑みを浮かべた。

「全くだ。こういう場合、さすがにメディカルマシンでは対応出来ないな。煮え油なんか被ったら、ちょっと火傷した程度ではないからな」

 テレーザがチョコバーを囓った。

「まあ、そうか…。私は魔法薬師の資格を持ってるけど、ほとんど実績がないから、いても邪魔だしね」

 私は苦笑した。

「お前、魔法薬師だったのか。ロジーナも魔法薬師だぞ。それも、かなり場数を踏んだベテランだ。教わったらどうだ?」

 テレーザが笑った。

「冗談じゃないよ。人の命を左右する怖さは、少しは分かってるから。薬液の一滴を間違えただけで、全然違う薬になっちゃう。効かないだけならいいけど、毒にもなりかねないからね」

 私は苦笑した。

 実は実家で父親と一緒に魔法薬を精製して、自分が飲んで効果を確かめたのだが、三日間寝込んだ事がある。

 これはミスではなく、父親式のしごきだった。

 わざといくつかの材料を秘密にして、それが分かるかどうかのテストだったのだ。

 そればかり延々とやっていていたので、嫌でもある程度の材料は覚えた。

 しかし、今の私に出来る事は、せいぜい肩こりや捻挫に効く程度の簡単なものだった。

「今だって同じだろ。船長として全員の命を預かっているんだ。お前はまずロジーナに習え。これは忠告だぞ。絶対、役に立つときがくる。お前が居住区の空き部屋二つを使って、密かに魔法薬研究室を作っているのは知っているぞ」

 テレーザがチョコバーを囓った。

「分かった。どこかに寄港して、暇な時にでも教えてもらう。今はメリダの事故でそれどころじゃないでしょ」

 私は苦笑した。


 一時は危険な状態になったらしいメリダだったが、医療チームとエルフ三人衆の回復術で無事に処置が終わったしたとの連絡がティアナからあり、様子を見にいこうとしたが、その前に自分で操縦室にやってきた。

「本当にご迷惑お掛けしました」

 メリダが苦笑した。

「うん、回復したならいいや。気をつけてよ!」

 私は笑った。

「はい、申し訳ありませんでした。今日は安静にという事だったので、私は自室で休みます」

「分かった、おやすみ」

 私は笑みを浮かべた。

 もう一度頭を下げてから、メリダが操縦室から出ていった。

「よし、問題は解決したね。パウラが帰ってきたら、ゆっくり休もうか」

 私はシートの背もたれをより深く倒した。

 しばらく経って、私がウトウトしはじめた頃、パウラが戻ってきた。

「あっ、みなさんまだ起きていたのですね。もう深夜ですよ」

 パウラが笑った。

「あれ、ホントだ。じゃあ、テレーザが先に仮眠ね!」

「おいおい、部屋で寝かせてくれよ。今は停泊中だぞ」

 テレーザが笑ってシートを簡易ベッド状態にして、すぐに寝付いた。

「私も部屋に行きたいけど、襲撃があったら対応出来ないからね」

 思わず呟き、私は苦笑した。


 開けて翌日、早朝からガタガタうるさいなと思っていたら、どうやら荷積みを再開したらしく、ユイが軌道エレベータで運ばれてくるコンテナを、スポットにある無人重機を使って整理していた。

『おはようございます。下からコンテナの積み上げがはじまったので、私が整理しています。最後のコンテナが届いたので、これから積み込みです』

 ユイの声に私は頷いた。

「よし、みんなを叩き起こそう。早く出港したいから」

 私は笑って、通称『目覚ましボタン』を押した。

 ジリジリと耳障りな音が鳴り、各所のコミュニケーター画面が一斉に虚空に浮いた。

「みんな、積み込んだら出港だよ。大丈夫?」

 私は笑みを浮かべた。

「おいおい、この量を積むんだぞ。今日一日は掛かる。せっかちだな」

 テレーザが笑った。

 正面スクリーンに映ったコンテナの数は、十や二十ではきかないだろう。

「…いけね、半分だったって忘れてた」

 私は頭を掻いた。

 とりあえず、コミュニケーターを切って、私は苦笑した。

『朝食の準備が出来ました。今から送ります』

 コミュニケーターのた呼びだし音が鳴ったので応答すると、ウィンドウから元気なメリダの声が聞こえ、スリットから出てきたのはバーベキューだった。

「…気合い入ってるね」

 私は苦笑した。

『昨日、準備していた食材を使いました。朝から張り切っていきましょう』

 メリダが笑い、コミュニケーターが切れた。

「まあ、いいや。食べよう」

 私は朝ごはんを食べはじめた。


 朝ご飯が終わると、私は正面スクリーンにスポット内の様子を表示させて、荷積みの様子をみた。

 大型の無人重機が走り回り、素早くコンテナをカーゴルームに積み込んでいる様子が分かった。

「確かに、これは一日掛かかるね。やれやれ」

 私は苦笑して、魔法書を読みはじめた。

「うーん…この辺りが微妙だな。えっと…」

 無意識とは怖いもので、私はここで呪文を呟きかけた。

「あ、アブね…。ドームを使いたいけど、今はいけないからなぁ」

 ちなみに、私が使おうとした魔法は、画期的な攻撃系のものだった。

 ドームは私物庫にあるが、荷積み中のカーゴベイに近づく事は危険だった。

「まあ、我慢しろ。船を吹っ飛ばしたくはないだろう」

 テレーザがチョコバーを囓った。


 特にやる事もないので、私は船内の点検も兼ねてトラムで走り回っていた。

「そういえば、砲手室ってあまり行かないんだよね。暇だしいってみるか」

 私はトラムを砲手室前に止め、エレベータのスイッチを押した。

 サメの背びれに当たる部分にある砲手室は、ここから一キロメートルちょっと上にある。

 程なくやってきたエレベータに乗り、私は一つしか行き先階がないボタンを押した。

「ダレてるだろうなぁ。まあ、いいけど」

 私は一人笑みを浮かべた。

 エレベータが止まって扉が開くと、ロジーナが休憩用のシートに座って、前部の砲塔をコントールする席にゼルマ、反対の後部を担う席にヴェラが座っていた。

「あれ、どうしました?」

 今まさに仮眠に入ろうとしていたロジーナが、笑顔で声をかけてきた。

「うん、時間があるから船内チェックをしていたんだよ。異常なさそうだね」

 私は笑みを浮かべた。

「はい、そろそろ出港と聞いているので、今のうちに交代態勢の確認をしていました」

 ロジーナは笑みを浮かべた。

「そっか、じゃあよろしく。なにかあったら連絡して!」

 邪魔してはいけないと、私は早々に砲手室を出て、エレベータで下りた。

 そのままトラムに乗って医務室に行くと、ティアナが笑顔で出迎えてくれた。

「どうされました?」

「うん、ただの巡回のようなものだよ。一応、なにか起きていないか確認しにきた」

 私は笑みを浮かべた。

「お疲れさまです。ここは、なにも異常ありません。なにかあったら連絡します」

 消毒液のニオイが漂う空気の中で、ティアナが笑顔を浮かべた。

「分かった。よろしく頼むよ」

 私は笑みを返し、医務室を出た。


 最後に機関室に向かうと特に異常はないようで、蒸し暑い空気の中カボが笑顔で迎えてくれた。

「どう?」

「はい、大丈夫です。特に問題はありません。今は細かいメンテと点検をしています。このエンジンは、素直でいい子たちですね。他の機関員もよく働いてくれるので、私がやる事はほとんどありません」

 カボは時々コンソールパネルのキーを叩きながら、頷いて再び私に笑顔をむけてきた。

「そっか、異常ないならいいね。なにかあったら教えて。暇になったら、また巡回がてらくるから」

 私は笑みを浮かべた。

「はい、お待ちしています」

 カボの笑みに笑みで応え、私はトラムに乗って操縦室に向かった。

 厨房も気になったが、メリダが本気で仕込みをしている時に邪魔をすると、別人になったかように怒るので避けたのだ。

 操縦室に無事到着すると、私は自分のシートに座り、みんなと雑談しながら時間を潰した。

 そのうちスリットからご飯が出てきて、コミュニケーターのウィンドウが開いた。

『お待たせしました。お昼です』

「あれ、もうそんな時間なんだ。異常はない?」

 私はメリダに問いかけた。

『はい、大丈夫です。どうぞ、ごゆっくり』

 コミュニケーターが切れ、私はトレーに乗った食事を食べた。

 ちなみに、メニューはハッシュドビーフだった。

「うん、相変わらず美味しいね。ごちそうさま」

 私は笑みを浮かべた。

 空の食器をスリットに差しこみ、私は大きく息を吐いた。

『ユイです。予定より早く荷積みが終わりました。あと三十分で出港可能になります』 

  ユイの声で私はシートの背もたれを元に戻した。

「よし、みんな出港だよ。チェックして!」

 私は大声を出し、笑みを浮かべたのだった。

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