第10話 修理完了!

 修理開始から一週間が過ぎ、カボが順調に回復して戦列復帰を果たした頃になって、修理作業が滞ってしまった。

「なんとかならない?」

 私は困り顔のオヤジに私は小さく息を吐いた。

「そうだな…。やればできるが保証はできねぇ。バックアップは常時取ってるんだろ?」

 オヤジが首を横に振った。

「うん、それはリアルタイムで五重に取ってる。それでも、確証はないけどレストアは可能だよ。いずれにしても、ハードがやられてたらやるしかないね」

 私は息を吐いた。

 小惑星とした衝撃で、ユイを構成している一部のハードウェアが破損してしまったのだ。

 当初の作業では基幹となるハードウエアを交換して直ったと思ったが、それでは不十分で、新たにハードウェアを全て取り替える必要が出てきてしまったのだ。

 データはバックアップしているが、ソフトウェア的な作業に完璧はあり得ない。

 可能性が低いとはいえ、ユイが戻らない事があり得るため、作業を一時中断してオヤジと相談していたが、こうなったらやるしかない。

「分かった、やろう。ハードウェアは全て取り寄せてある。作業に当たるエンジニアも揃っているし、これから作業に掛かる。ユイのメインスイッチは切ってあるな?」

「うん、ちゃんとシャットダウンして鍵をかけてある。どのくらいかかる?」

「そうだな…。交換だけなら六時間もあれば終わるだろ。レストアはお前がやれ」

 オヤジが笑みを浮かべた。

「当たり前だよ。それが、船長の責任だもん」

 私は笑った。


 たっぷり時間をかけてユイのハードウェア交換が終わり、配線などが片付けられた操縦室に私はテレーザと一緒に入った。

「よし、はじめようか」

 私は操縦席に座り、テレーザが隣に座った。

 私はコンソールパネルに鍵を差し込み、船のメイン動力をオンにした。

 正面スクリーンには、ハードウェアを開発した企業のロゴが表示され、そのまま待機状態になった。

「ここまではいいね。いくよ!」

「うん、分かった。しくじるなよ」

 テレーザが笑みを浮かべた。

 私はコンソールパネルのキーを叩き、ユイのレストアを開始した。

 レストアとはというのは、バックアップデータからシステムを復元する作業だ。

 幸い、船内五カ所に分散配置してデータを同期して保存してあるバックアップ装置には異常はなく、滞りなくデータの復元がはじまった。

「さてと、あとは待つだけだね。トラブルがなければ三十分くらいか…」

 私はシートの背もたれに身を預けた。

「そうだな。ここまでの大手術は久々だな」

 テレーザがチョコバーを囓って笑った。

「全く、ツイていないのか運がよかったのか…。まあ、ラッキーとしておこうか」

 私は笑った。

 レストア作業の進捗は正面スクリーンのプログレスバーで表示され、一応文字データでも表示されるのだが、エラーで止まってしまわない限り特に確認する必要はなく、淡々と処理が進んでいった。

「うん、なにもないと暇だな…」

 テレーザが笑った。

「暇が一番だよ。おっ、50%まできた。って事は…」

 私が呟くと同時に、まだ機械合成音丸出しだったがユイが喋った。

『メインシステムレストア中。各所システム正常稼働を確認』

 私はコンソールパネルのキーを叩き、各システムの状況確認をした。

 しばらくすると、正面スクリーンの画像がドッグ内に変わり、再びメーカーロゴとプログレスバー表示に戻った。

 それからは早かった。

 あっという間にプログレスバーが100%表示になり、正面スクリーンの画像が再びドッグ内に戻った。

「おはよう、ユイ」

 私は笑った。

『はい、おはようございます。レストア作業は正常に完了しました。データ欠損は無視できるレベルです』

「よし、無事に終わったね。これで、あとは船体の修理だけだ!」

 私は笑った。


 その後、ユイの試験を何度か行って異常がないと判断した私は、コンソールパネルのキーを回してアクティブに切り替え、鍵穴から鍵を抜いた。

「ユイ、ここがどこか分かる?」

『はい、位置情報を確認しました。アルスです』

 ユイの答えに、私は頷いた。

 アルハラ星系のアルスは、造船の星として有名だった。

「どおりで部品の供給が早いわけだ。今はドッグ船内だよね?」

『はい、ここで全ての作業が可能だそうです。今は船首の損傷部分を修理しています。内容は破損した外装パネルの交換と速力センサの交換です』

 ユイが即座に答えてきた。

「そっか、他になにかない?」

『はい、医務室から足りない医薬品のリクエストがきています。発注しますか?』

 ユイに問いかけられて、私は頷いた。

「必要なら遠慮なく発注していいよ。領収書を忘れないでね」

 私は笑った。

『はい、伝えておきます。とりあえず、今回の分は発注しておきます』

 ユイが笑った時、コミュニケーターの呼びだし音が鳴った。

「ん?」

 応答ボタンを押すと、オヤジの顔が写し出された。

『おい、なに買ったんだ。バカでかい荷物が届いたぞ!』

「…あっ、『はやぶさ』!」

 私はシートから立ち上がった。

『なんだおい、もうすぐ未知宇宙に向かって発射される探査機じゃねぇか。まさか、かっぱらってきたんじゃねぇよな!』

 オヤジが笑った。

「フルサイズの模型だよ。今は下手に動かせないから、ハッチを開けるようならカーゴベイの私物置き場に入れておいて!」

『もうやってある。しっかし、物好きだな。人の趣味にケチはつけねぇけどよ!』

「いいじゃん!」

 私が笑った時、オヤジの方から通話を切った。

「おい、ポケットマネーだろうな。経費にしたら…私もなんか買うぞ」

 テレーザが笑った。

「なんでも買えばいいよ。そういや、ノーパソをぶっ壊したんでしょ?」

「うむ、あまりも処理が重かったからな。うっかり、ぶん殴ってぶっ壊してしまった。それでも買おう。ユイ、お勧めのヤツを頼む」

 テレーザが笑った。

『はい、テレーザの癖を鑑みてお勧めの一台がありましたので、さっそく発注しました』

 ユイが笑った。

「おい、勝手に注文するな。まあ、使えればなんでもいいがな」

 テレーザが笑った。

「まあ、そうだね。私はスペックには拘るけど、携帯端末さえあれば大抵の事が出来るから、航海日誌とか会社の書類作成にしか使ってないよ。無駄にハイスペック!」

 私は笑みを浮かべた。

「あのな…。まあ、いい。無駄金使うな…って、無理か」

 テレーザが鼻で笑った。

「無理! さて、機関室は…」

 私はコミュニケーターでカボを呼び出した。

 すると、そこは医務室でメディカルマシンに座っていた。

「あれ、また怪我したの?」

『いえ、まだ違和感が残っているので、念のためメディカルマシンで治療しているだけです。機関室であれば、テレーゼに任せてあるので、そちらへ』

 カボが笑って通信を切った。

「テレーゼか。えっと…」

 私が呼び出す前に、テレーザが船のコミュニケーターで機関室を呼びだしていた。

「うん、テレーゼ。なにもないか?」

 コミュニケーターに応答したテレーゼが、笑顔で異常なしと伝えてきた。

「ならいい。問題が起きたら、私でもローザでもいいから伝えてくれ」

『はい、分かりました!』

 テレーザがコミュニケーターのスイッチを切ると、私は笑みを浮かべた。

「さて、直るのが楽しみだねぇ。私は魔法研究でもやるよ」

「お前は魔法好きだからな。私も多少使うが、さすがに勝てん」

 テレーザが笑った。


 自室に戻ろうと操縦席から居住区に移動すると、廊下でジルケとパウラに出会った。

「おっ、いいところに。ここがアルスだって知ってる?」

 私は笑みを浮かべた。

「はい、聞いています。どうしました?」

 ジルケが笑みを浮かべた。

「修理が終わったら、さっそくレグレストにいくよ。待ってるお客がいるから」

「分かりました。最短の航路を計算します」

 ジルケが小さく笑い、パウラと一緒にどこかに向かっていった。

「よし、働かないとね!」

 私は笑った。

「そうだな。私は部屋に戻る、お前もだろ?」

「うん、そうする」

 チョコバーを囓りながら、モソモソいったテレーザに笑みを浮かべ、私は自室に向かった。

 部屋に入ると、溜まっていた仕事関連の書類を片付け、魔法の研究ノートを取り出した。

「いつまでもロジーナに負けているのは癪だから、結界魔法の研究をしようかな…」

 私は普段読まない魔法書を棚から取り出し、チマチマ読みながら机の上に置いてある葡萄酒の栓を開け、グラスに注いでチビチビやりながら考え込んだ。

「うーん、さっぱり呪文が思いつかないな。ロジーナは凄いね」

 私は笑った。


「…光りの結界!」

 私は机の上の置いたプリンに、開発したばかりの結界を張った。

「よし…」

 私はスプーンを手に取り、それを突いてみた。

「うん、成功だね」

 私は笑みを浮かべた。

 スプーンは結界に弾かれ、中のプリンには届かなかった。

「さて…」

 私はスプーンをハンマーに持ち替え、思い切りプリンに向けて振り下ろした。

 すると、当たったハンマーに押されて結界がフニャっとへこみ、プリンの手前で止まった。

「…なんだこれ。成功?」

 私がハンマーを退けると、結界壁が元に戻った。

「分からん、ロジーナに聞こう」

 私はコミュニケーターで、ロジーナを呼び出した。

『はい、どうしました?』

 どうやら自室にいたようで、部屋着姿のロジーナが映し出された。

「うん、結界魔法の研究をして、一個出来たんだけど変なんだよ。見てくれる?」

『はい、分かりました。すぐ行きます』

 ロジーナが笑みを浮かべ、コミュニケーターのスイッチが切れた。

 しばらくすると部屋の扉がノックされたので、私は立ち上がって『開』ボタンを押した。

 扉が横にスライドして開くと、同時にロジーナが入ってきた。

「ああ、この結界ですね。光り輝いて素敵です」

 ロジーナが笑み浮かべ、さっそく机上の結界を調べはじめた。

「これは…」

 ロジーナが急に真顔になり、立ったまま結界をハンマーで思い切り叩いた。

 私より威力があったはずだが、やはり結界壁はクニャっとへこんでハンマーを受け止め、勢いよくそれを弾き飛ばした。

「やはり、軟性結界ですね。かなり高度なものです。どこでこれを…」

 ロジーナが笑みを浮かべた。

「その辺の魔法書を読んで考えたんだけど…」

 聞いた事はあったが、軟性結界とは数ある結界の中でもかなり高度なもので、よく使われている硬性結界と比較して、砕けたり穴を空けられたりもせず、中身には一切届かせないという、お餅のようなものだった。

「その辺って…天才ですか」

 ロジーナが笑った。

「天才ではないと思うけど、魔法が好きなのは事実だね。あっ…」

 パリッと音がして結界が解け、冷えたプリンが顔を覗かせた。

「軟性結界の弱点は、持続時間です。私もいくつか使える軟性結界がありますが、せいぜい三十分程度ですよ。最初でいきなりこれとは…」

 ロジーナが笑みを浮かべた。

「凄い事みたいだね。びっくりした」

 私は苦笑した。

「よかったら、私の部屋にきませんか。色々教えますよ」

「うん、よろしく!」

 ロジーナの誘いに乗って、私は笑みを浮かべた。


 ロジーナの部屋はちゃんと整理整頓され、足が短いくすんだ赤色の絨毯まで敷かれていて、狭いながらも落ち着いた雰囲気になっていた。

「さて、まずはどこからいきましょうか…。これなど」

 ロジーナが小さな本棚に収められた魔法書を取りだし、私に手渡してくれた。

「私としては、結界魔法が使える人が増えるのは嬉しいのです。奥が深いのに軽視されがちで…」

 ロジーナが苦笑した。

「そっか…。そういえば、この船はロジーナの結界魔法で守られてるいるんだよね。大型船をよく一人で出来るね」

 私は笑みを浮かべた。

「はい、色々と研究した成果です。これに加えて、ローザが結界を展開出来るようになれば、私も楽出来るのですが」

 ロジーナが笑った。

「そ…それは難しい。ま、まあ、過剰な期待はしないでね」

 私は苦笑した。

「いえ、期待します。はい、お勉強タイムです」

 ロジーナは机の上に魔法書を置き、椅子を引いて私を誘った。

「分かった。さて、どんなものか…。単に興味本位で作った結界だったからね」

 私は笑った。

「それでいいのです。魔法なんて、最初はそのようなものです」

 ロジーナが笑った。

「まあ、確かに。さて、はじめるか!」

 私は腕まくりをして、魔法書と研究ノートを開いた。

 こうして、暇つぶしとはいわないが、私は有意義な時間を過ごした。


 結局、新たな魔法は生まれなかったが、大いに参考になった。

 魔法好きとしては嬉しい限りだが、やはり結界は難しい。

 私が好むのは、護身用も兼ねた攻撃魔法だった。

 …コホン。決して、派手好きの破壊野郎ではない。念のため。

「よしよし、研究のネタが増えたぞ。いいことだ!」

 私は自室に戻り、義務づけられている航海日誌をノートパソコンで打ち込む作業に入った。

 ふと時計をみるとちょうど晩ごはんの時間だった。

 修理中ということもあって、航海日誌に書く内容はほとんどなく、手早く作業を済ませて食堂に向かった。

 トラム乗り場にいくとジルケとパウラが立っていて、私に気が付くと笑みを浮かべた。

「なに、ご飯?」

 私が問いかけると、二人は頷いた。

「ローザ、操縦室で航路入力を済ませましたよ。あとで確認して下さい」

 ジルケが笑みを浮かべた。

「分かった。ありがとう」

 私は笑みを浮かべた。

「はい、大体二日くらいでしょう。いきなりのエンジン全開は避けて、ゆっくりいきましょう」

「分かった、船体やエンジンの慣らしも必要だしね!」

 私は笑った・

 程なくトラムがやってくると、私たちはそれに乗り込んで食堂にいった。

 トラムを降りるといい匂いがして、空腹感を覚えた。

「よし、いこう!」

 私たちが食堂に入ると、カボを含めた機関室四人組が仲良く食事をしていた。

「あっ、お疲れさまです!」

 テアが手を挙げて挨拶してきた。

「お疲れ、今日はカボチャの煮付けか」

 私は笑みを浮かべ、カウンターでご飯が乗ったトレーを受け取ると、適当な席に座った。

 そのうちみんながパラパラと集まってきて、食堂は賑やかになった。

「みんな変わりなさそうだね。賑やかになったもんだ」

 私は笑った。

「まぁな、その方がいいだろ」

 遅れてやってきたテレーザが、トレーを持って私の隣に座った。

「そうだね。大型貨物船だから、人がいないとスカスカで落ち着かないよ」

 私は笑った。

 テレーザは手早くご飯を食べ、小さく息を吐いた。

「これからどうするんだ?」

 テレーザが問いかけてきた。

「そうだねぇ、ジルケがレグレストまでの航路を設定してくれたみたいだから、確認に操縦室にいこうかな」

「そうか。私も付き合おう」

 テレーザがご飯を食べ終えた私のトレーも持って、カウンターに食器を返しにいった。

「よし、いくか」

 テレーザに肩を叩かれ、私は席を立った。


 操縦室に入ると、私たちはそれぞれの席に座り、コンソールパネルのキーを叩いた。

『航路チェックは万全です。問題ありません。ご確認を』

 ユイが小さく笑った。

「えっと、ここを発って…」

 正面スクリーンにはマップが表示され、色分けされた線が三本引かれていた。

 この線は、ジルケとパウラが打ち込んだ航行ルートだ。

 レグレストはさほど離れた星ではないが、大事を取っても二日の予定。

 無理に加速する必要もなく、転送航路もあるにはあるが使わなくても大丈夫だった。

「よし、この青線がいいだろう。無理がない」

 テレーザがポソッと漏らした。

「異議なし。これにしよう」

 私は笑みを浮かべ、航法システムに情報を入力した。

 まあ、通常航行といっても、その辺の高速船でもついてこられないほどなの速力なので、病み上がりで無理こともなかった

「よし、準備は出来たな。あとは、修理の完了待ちだな」

 テレーザが笑みを浮かべた。

「まあ、すぐじゃない。一ヶ月っていってたから、順調なら半月もあれば終わるでしょ!」

 私は笑った。

「そうだな。まあ、骨休めだな。飽きてきてはいるが」

 テレーザが笑った。

「ジムでもいけば?」

 私は笑みを浮かべた。

 この船には、乗員のストレス発散や体力維持のために、簡単ではあるがトレーニング用のマシンが置いてある部屋がある。

 私もたまに使うが、基本的に全身筋肉のようなテレーザとロジーナしか使っていない。

「それも手なんだが、実は右手が痺れていてな。動かせないわけではないが、気持ち悪くてどうにもならん」

 テレーザが苦笑した。

「じゃあ、医務室だ。付き合うからいこう」

 私は笑った。

「医者嫌いなんだがな。こうしていても改善しない。いくか」

 テレーザが苦笑した。

 こうして、私たちは操縦室を出てトラムに乗り、医務室に向かった。


 医務室に到着して扉を開けると、医師のティアナが出迎えてくれた。

「こんにちは、どうしました?」

「ああ、右腕に痺れがな…」

 テレーザがティアナに症状の説明をはじめた。

「分かりました。検査してみましょう」

 ティアナは、人がすっぽり横になれるカプセル型の機械にテレーザを案内した。

「ここに横になればいいのか?」

 テレーザがカプセルの中に横になると、ティアナが蓋を閉めて机の上にあるキーボードを叩いた。

「そうですね…。神経に異常はありません。有り体にいって、重度の肩こりという感じでしょう」

 ティアナが笑みを浮かべてカプセルの蓋を開け、立ち上がったテレーザに説明をはじめた。

「…なんだ、肩こりか。なら、そこのメディカルマシンでいいか」

 テレーザが呟き、メディカルマシンに座った。

「こういう時に、マシンが便利なんです。これから処方を書いて、魔法薬師に薬を作らせます」

 ティアナが机の上にあるパソコンのキーボードを叩き、奥にいた白衣姿が薬の調合をはじめた。

「肩こりの薬です。マシンで筋肉を解してこれを飲めば治るでしょう」

 ティアナが笑みを浮かべた。

「そっか、大事なくて良かった」

 私は笑みを浮かべた。

 しばらくすると、テレーザがマシンから出てきた。

「うん、よくなった。世話になったな」

 テレーザが笑みを浮かべた。

「念のため、この薬を飲んで下さい。肩こりの薬です」

 ティアナが調合したての薬をテレーザに渡した。

「分かった。飲んでおこう」

 テレーザがその薬を飲み、小さく息を吐いた。

「これなら効きそうだ。なにしろ、苦い」

 テレーザが笑った。

「はい、味がどうしても…。またなにかあればきて下さい」

 笑顔のティアナに送られ、私たちは医務室から出てトラムに乗り込み、テレーザのリクエストで機関室に向かった。


 機関室前に到着すると、私は扉の脇にあるテンキーでパスコードを入力した。

 ピッという音と共に扉がスライドして開き、ムワっとする熱気が吹きだしてきた。

「あっ、どうしました?」

 ツナギ姿のカボが、いつもの笑みを浮かべて出迎えてくれた。

「うん、たまにはエンジンでも見ておこうとな」

 テレーザが笑みを浮かべた。

「それにしても、凄いね…」

 私は天井まで埋まった、巨大なエンジンを見上げて思わず声を上げてしまった。

 まあ、凄くしてしまったのは私だが、それにしても壮観の一言だった。

「全てのエンジンは正常です。今はエンジンマウントの点検と修理を行っています。数日で終わる見込みです」

 カボが笑みを浮かべた。

「そっか、ならいいね。無茶させたから、心配していたんだけど」

 私は笑みを浮かべた。

「はい、頑丈な子たちなので平気ですよ。お茶でも飲みますか?」

 カボがヤカンを手にした。

「冷たい麦茶です」

 カボが笑った。

「いや、ちょっと覗きにきただけだ。邪魔だろうから、ここらで退散しよう」

 テレーザが笑みを浮かべ、カボに見送られて私たちは機関室をあとにした。

「エンジンは大丈夫そうだね。しっかし、暑かった」

 私は苦笑した。

「まあ、システムが稼働している間はエネルギーが回ってるからな。もう少し性能がいいエアコンに取り替えるか?」

 テレーザが笑みを浮かべた。

「すでに最強レベルの空調だよ。これ以上冷やすのは、難しいよ」

 私は苦笑した。

 こうして、テレーザの気まぐれ機関室訪問は終わり、私たちは居住区に向かった。

 自室に戻ると、私はベッドに転がり、携帯端末で今日のニュースをチェックした。

「うーん、特に面白いのはないな。まあ、平和が一番!」

 私は携帯端末をベッドの脇に放りだし、ボケ~としてみた。

「…ダメだ。腐る!」

 私は飛び起きて机の上に置きっぱなしの魔法の研究ノートを開き、ロジーナから教わった知識を頼りに、新たな魔法を考えはじめた。

「まあ、結界は難しいね。ドカンとぶちかます方がいいな」

 私は苦笑した。

 それでも、教わった知識は生かす。

 私は結界魔法の研究に没頭した。


 さらに一週間が過ぎ、塗装まで含めた修理作業は完了した。

「よし、いってこい!」

 声を張り上げたオヤジに手を挙げて答え、私はタラップを上って船内に入った。

 すでにみんなは配置についていて、私は自分のシートに腰を下ろした。

「ユイ、気密チェック」

『全エアロック閉鎖を確認タラップ格納。異常ありません』

 コンソール上の虚空に浮かんだウィンドウに、船内の状況を知らせる表示が現れた。

「よし、いこう!」

 私はオヤジに無線で出港準備完了を告げた。

 しばらくして、ドッグ内の空気が抜かれる轟音が響き、コンソールパネルの上にある赤ランプが点灯した。

 ドッグ船は港に停泊しているわけではない。

 港近くの指定された宙域で作業を行うのが常だ。

「さてと…」

 私はサブエンジンを待機モードにして、メインエンジンにセーフティがかかっている事を確認した。

 程なくシャッターが開きはじめ、久々に宇宙の光景が正面スクリーンに映った。

「やっと出られるね。飽きちゃったよ」

 私は笑った。

「うん、私も飽きた。やっとだ」

 テレーザがチョコバーを囓りながら、ポソッと漏らした。

 シャッターが全開になると、船がゆっくり前進を開始した。

 船体が完全に外に出ると、ドッグ船からの指令で少しだけ出力が上がっていたサブエンジンが停止した。

『じゃあな、またぶっ壊れたら呼んでくれ!』

 コンソールパネル上の虚空に浮かんだウィンドウのオヤジが笑い、精密航法レーダーでドッグ船が急速に離れていく様子を確認した。

「サブエンジン全開。加速」

『承知しました』

 私が声を出すとユイがサブエンジンの出力を最大まで上げ、テレーザがコンソールパネルのキーを叩いた。

「異常なし。メインエンジンのステータスを、アクティブに変更」

 テレーザが淡々と声を出し、船は一気に加速した。

「よし、やっと落ち着いた」

 私は笑ったのだった。

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