第9話 修理は続く

 宇宙標準時に合わせた腕時計が深夜二時頃を指した時、私はふと目を覚ました。

「いけね、寝過ぎた…。はぁ、暇だな。お腹空いたし、夜食でも漁ってくるか…」

 私は伸びをしてからベッドを下り、部屋を出た。

 トラムに乗って食堂にいくと、テレーザとロジーナがジャンケンをして、負けたら一発引っぱたかれるという遊びをやっていたが、それは無視して無人のキッチンに入り、食材保存庫を開けた。

 メリダだと思うが、すでに痛んだ食材は処理したようで、使える食材は限られていた。

「…鍋焼きうどんでも作ろう」

 私は材料を取りだし、小さな鉄鍋を棚から下ろした。

「こんな時に便利なのが、すき焼きの割り下なんだよね」

 私は笑みを浮かべ、包丁とまな板で食材を処理して鉄鍋に入れて割り下を注ぎ、水と半々くらいで調整してから、コンロに乗せて火を付けた。

 しばらくすると、キッチンの奥にあったらしい仮眠用のベッドからメリダが起きだし、笑みを浮かべた。

「あれ、お腹が空いてしまいましたか。声をかけてもらえれば、すぐに用意したのに…」

 メリダが調理中の鍋焼きうどんの様子をみた。

「あとは私がみます。座って待っていて下さい」

「うん、頼んだよ」

 私は笑みを浮かべ、変な遊びをしている二人からは離れて椅子に座った。

「…おい、混ざれ」

 テレーザがムスッとした顔で私の襟首を掴んで、睨んだ。

「い、嫌だよ。なにその得体の知れない遊び!?」

「負けは一人だけだからな。二人からビンタ食らう…」

 …テレーザは聞いてくれなかった。

「あっ、ローザですか。やりましょう」

「だから、嫌だって!」

 逃げようとしたら、ロジーナが私の頭に毛虫を乗せた。

「ぎゃあ!?」

「取って欲しかったら、参加して下さいね」

 ロジーナの笑顔の奥には、微妙な殺気を感じた。

「わ、分かったよ。毛虫を取って!」

「分かればいいです。では、はじめましょう」

 こうして、三人による謎の遊びがはじまった。


「…勝利とて、虚しいものだね」

 私の足元には半泣きのロジーナと、もうだいぶ前に意識がなくなって倒れたテレーザが転がっていた。

 二人の最大の誤算。それは腕力ではなく、私のジャンケンの強さだった。

「鍋焼きうどんが出来ましたよ」

「分かった、ありがとう」

 メリダの声に短く答え、私は椅子に座った。

 ホカホカの鍋焼きうどんを食べていると、コミュニケーターの着信音が鳴った。

 応答ボタンを押すと、虚空に開いたウィンドウにオヤジの姿が映った。

「こんな時間に、なにかあったの?」

『なにかあったって程じゃねぇが、さっきエンジニアがきてユイのチェックをしたんだ。まあ、致命的な異常はねぇが細かい所でエラーが発生しているらしい。今はセルフチェックしながら、自己修復をしている』

 オヤジが頭を掻いた。

「そっか、やっぱりダメージがあったんだね。またなにかあったら教えて」

 私は苦笑して、通話を切った。

「さて、食べたら操縦室でもいくかな。入れればだけど」

 私は熱々鍋焼きうどんをなるべく早く食べ椅子から立ち上がると、ヴェラがパイナップルに似た果物を持って入ってきた。

「ん、それなに?」

「はい、ラテラテという果物です。エルフの間では美味しいと評判で、私の好物なんですよ」

 ヴェラが笑った。

「へぇ、面白いね。味見していい?」

 私は笑った。

「はい、構いませんよ。厨房で切ってきます」

 ヴェラが笑みを浮かべてメリダが片付けをしている厨房に向かった。

「あれ、使いますか。変わった果物ですね」

「はい、ラテラテといいます。包丁をお貸し頂けますか?」

 ヴェラが笑みを浮かべた。

「あっ、切りますよ。指示を下さい」

 メリダが包丁を方手に、ラテラテを切ってお皿に盛った。

「あの、味見いいですか?」

 メリダが興味津々という様子で、ヴェラに問いかけた。

「はい、いいですよ。人間の舌には酸っぱいかもしれませんが…」

 ヴェラが笑みを浮かべ、メリダが一切れ食べて笑みを浮かべた。

「甘みと酸味がいいバランスです。これは、どこで?」

「はい、売っている場所は限られていると思いますが、エルフ料理の食材専門店にいけば大体おいてあります」

 ヴェラが笑みを浮かべた。

「分かりました。今度、たくさん仕入れておきます。エルフ料理の食材であれば、仕入れルートがありますので、今から手配をしますね」

 メリダが厨房に設置してある無線機のマイクを取って、どこかに発注の連絡をしている間に、ヴェラがお皿を持ってやってきた。

「これです。お口に合えばいいのですが…」

「ありがとう、いただきます」

 私はお皿の上にある黄色い果実を食べた。

「うーん、酸っぱい。でも、美味しいね!」

 私は笑みを浮かべた。

「この酸味がいいのです。目が覚めますよ」

 ヴェラが笑った。

「うん、気合い入る!」

 私は笑い、二人でラテラテを食べ終えた。

「ふぅ、ごちそうさま。これ、夜食?」

 私はヴェラに問いかけた。

「はい、寝そびれてしまって。これで、少し満足です。ローザさんは、これからお休みですか?」

 ヴェラが笑みを浮かべた。

「それが変な時間に起きちゃってね。まあ、夜食でも食べて操縦室にでも行こうかなって思ってた」

 私は笑った。

「そうですか。私はこれで部屋に戻ります。今のうちに眠らないと、また寝そびれてしまうので」

 ヴェラが笑って、お皿にメリダに渡して食堂から出ていった。

「さて、この二人はどうしようかな。まあ、私に喧嘩売ったようなものだから、放置でいいか!」

 まだ泣いているロジーナと、昏倒したまま動かないテレーザを無視して、私は食堂を出た。


 トラムで操縦室にいくと、扉が開け放たれていて、よく分からない配線が複雑に絡まって床に置かれていた。

「うわ、これは入らない方がいいな…」

 うっかり変な場所を踏んで断線でもしたら困るので、私は引き返す事にした。

 踵を返してトラムに乗ろうとすると、ちょうどオヤジがやってきた。

「おう、起きていたか。今はユイの調整中だ。中には入れないぜ」

「そうみたいだね。任せた!」

 私は笑みを浮かべた。

「修理は任せろ。なにせ、その辺の造船所に入れたら半年は掛かる大手術だ。まあ、俺たちなら最大でも一ヶ月程度だがな。年季が違うんだよ!」

 オヤジが笑って、操縦室に入っていった。

「一ヶ月ね。こりゃ重傷だ」

 私は苦笑してトラムに乗った。

 居住区に向かう途中で、コミュニケーターの着信音が鳴った。

 通話ボタンを押すと、真っ暗な中で困り顔のジルケの顔が映った。

「なに、どうしたの?」

『はい、この際だからと普段は絶対入れない船の天井裏に入ってみたのですが、どこにいるのか分からなくなりました。一緒にパウラもいるのですが、マッピングしていてもこれです。不覚…』

 ゼルマがため息を吐いた。

「なんか姿をみないなって思ってたら、冒険していたんだ。今はユイがダメで探せないから、私のコミュニケーターの信号を辿って。もうすぐ居住区に着くから。携帯端末は持ってるでしょ?」

 私の問いに、ゼルマが頷いた。

「それじゃ、待ってるよ!」

 私は笑った。

「ったく、みんなフリーダムだね。うちらしいけど」

 私は笑った。


 居住区に戻ってトラムの乗降場で待っていると、繋ぎっぱなしのコミュニケーターのウィンドウに苦労して携帯端末でこちらの電波を探しながら、下りる場所を探すジルケの様子が映っていた。

「一体どこに入り込んだんだか…」

 私は苦笑しながら様子をうかがった。

 そのうち明るい場所に出て、居住区の点検口を探し当てたらしく、天井の扉がパカッと開いたが、床までは軽く十メートルを超える。

 私は笑って、片隅に置いてある点検用の台車つき踏み台を引っ張ってきた。

『ありがとうございます。下ります』

 ジルケとパウラが踏み台を下りてきて、バツの悪そうな顔をした。

「ったく、なにやってんの。汚れてるだろうから、お風呂でも入ってきたら?」

 私は苦笑した。

「分かっています。ごめんなさい…」

 ジルケがため息を吐き、パウラが頭を掻いた。

「それじゃ、私は部屋に戻るよ。踏み台は片付けておいて!」

「はい、分かりました」

 ジルケが頷き、私は手を振ってから自分の部屋に戻った。


 部屋に入ったがやる事がない。

 ベッドにゴロゴロ転がりながら、携帯端末で何とはなしに仕事情報を漁ってみたが、どのみち動けないし、ロクな仕事もなかったのですぐに飽きた。

「まあ、待つのも仕事なんだけど、こういう意味じゃないんだよなぁ。それにしても、想像以上にユイが重傷だね。直ってくれないと困るな」

 私は小さく息を吐いた。

 そのままゴロゴロを続けていると、小さなテーブルから一冊の分厚い本が落ちた。

「あっ、魔法書。そっか、なにか研究しよう!」

 私はベッドから跳ね起き、床に落ちた魔法書を拾って、机上に置きっぱなしの研究ノートを開いた。

 珍しくはなったが、人間でも魔法が使える者が一定数いる。

 特に呼び名はないが、私はそういう人たちをまとめて魔法使いと呼んでいた。

「宇宙じゃ攻撃魔法は御法度なんだよね。でも、好きなんだこれが」

 私は笑みを浮かべ、書物を読みながらカリカリとノートにルーンカオスワーズという、魔法文字を連ねはじめた。

 これが、なかなか面白く時間つぶしにも最適で、人間では私とロジーナがこの船の魔法使いだった。

「フフフ、『光りの雪だるま』が出来たぞ。ボコボコ雪だるまが生まれて、パンチで攻撃するんだよね。笑えていいと思う!」

 …魔法研究。それは、フリーダム。

「よし、なんか出来たし試験にいってくるか!」

 私はノート片手に部屋を出て、トラムに乗り込んで『カーゴベイ』を選択した。

 広大なカーゴベイの一部を使って必要なものがあるのだが、私が向かった先は魔法研究の最終段階に使う、通称『ドーム』というカプセル型の機械だった。

 トラムでカーゴベイに到着すると、私用のものはここに固めておいてある区画にいき、どっしり鎮座しているドームに向かった。

 扉の脇にあるスリットにカードキーを通し、スルスルと横にスライドして開いた出入り口から中に入った。

「さて…」

 私は持ち込んだノート片手に、呪文を唱えた。

 突き出した片手に光りが現れたと思ったらすぐにキャンセルされ、成功を意味するカチッという音が聞こえた。

 目の前に開いたウィンドウに、実際に使用した場合のシミュレーション画像が表示され、目標に対して無数の雪だるまが襲いかかり、猛烈なパンチ攻撃を食らわせて倒すという結果が出た。

「うん、いいね。狙い通りだよ。有効射程は三百メートルか。この辺はどうしようかな…まあ、こんなもんか」

 私は笑みを浮かべた。

 結果に満足してドームから出ると、私はトラムに乗って再び居住区に戻った。


 そんなこんなで、宇宙標準時の朝六時。

 今頃になって眠くなってきたので、私はベッドに横になり、一寝を決め込もうと目を閉じた。

 まあ、船が動けない以上はなにも出来ないので、食べて寝て、時々起きる事件や事故に対応するくらいしかする事がない。

「今のところ、重大事故はカボの怪我くらいか。なにもない事に限るけどね」

 私は小さく笑った。

 眠った時間を考えれば寝過ぎというほどではないが、体が怠かった。

「あっ、カボのお見舞いをしよう。まだ寝ているかもしれなけど…」

 私は頭を掻きながら部屋を出て、トラムに乗って医務室に向かった。

 扉を開けて中に入ると、まだ早いせいか看護師さんが二人、テーブルで書き物をしていて、ベッドのカボはスヤスヤ寝息を立てていた。

「大丈夫そうだね。カボを起こしたら大変だし、看護師さんにも迷惑だろうから、無事を確認したし、引っ込むか」

 私は笑みを浮かべ、医務室をあとにした。


 再び居住区に戻り、私は朝風呂を楽しむために着替えとお風呂セットを持って、トラムで浴室に向かった。

 脱衣所で準備をして浴室に入ると、カボを除いた機関士三人組がゆったりお湯に浸かっていた。

「あっ、ローザ。起きたんだ。おはよう!」

 いつも元気なテレーゼが声をかけてきた。

「うん、おはよう。そっちの具合はどう?」

「ここのメカと共同で作業してるよ。エンジンが多いから大変で」

 テレーゼが笑った。

「まあ、バケモノだからね。よろしく頼むよ」

 私は笑みを浮かべた。

「こういうのを待っていたんです。バリバリ直しますよ!」

 テアが笑った。

 彼女は四十三才のベテラン機関士。日は浅いが頼りにしていた。

「無茶しないでね。ああ、みんな。聞いてるかもしれないけど、カボは全治一週間だって。戻っても無理させないでね」

「初めて聞きました。承知です」

 ティアナが笑みを浮かべた。

「それじゃ、機関周りはよろしくね。今はユイを稼働出来ないから、全て自分でやらないといけないけど…」

 私は苦笑した。

「そういう時ほど、機関士の腕の見せどころだよ。カボに鍛えられた腕をみせるから!」

 テレーゼが笑った。


 先に上がった機関士チームと入れ替えに、テレーザが入ってきた。

「なんだ、ここか。早いな」

 テレーザが笑みを浮かべた。

「なんか起きちゃってね。上がったら朝ごはんの予定だよ」

「そうか、私も寝られなくてな。珍しいんだが…」

 テレーザは笑みを浮かべ、体を洗って湯船に入ってきた。

「確かに珍しいね。八時前に起きる事は、滅多にないもん」

 私は笑った。

「そうだな。まあ、たまにはある。疲れてないしな」

 テレーザが息を吐いた。

「この時間に、私は魔法研究でもするよ。一個出来たし!」

 私は笑った。

「お前は本当に魔法が好きだな。私は興味ないが」

 テレーザが笑った。

「面白いのに。まあ、宇宙で使えない攻撃魔法ばかり作ってどうするんだって話しもあるけど、作る事は禁止されていないし、どこかの惑星に下りたときに役立つでしょ」

 私は笑みを浮かべた。

「そうだな…。惑星で思い出したが、レグレストからプレグラスまでレアメタルの輸送という仕事が舞い込んでいた。こんな状況だから不可能と返しておいたが、オイシイ仕事を逃したな」

 テレーザが笑った。

「ああ、時々依頼してくるあのオッチャンだね。今回はダメか」

 私は苦笑した。

 この依頼は、毎回高い料金を払ってくれるので、逃したのは痛かった。

「ああ、しかし心配されてしまったぞ。とりあえず、船が直ったらこいって返信がきた。次の行き先が決まったな」

「そうだね。よし、仕事があるのはよし!」

 私は笑った。


 お風呂から上がると、私とテレーザは食堂に向かった。

 誰もいないかと思っていたのだが、ジルケとパウラがタマゴかけご飯をガツガツ食べていた。

「あっ、いいところにいた。次の目的地が決まったよ。レグレストからプレグラスまでの仕事」

 私は笑みを浮かべた。

「はい、分かりました。ルートを考えておきます」

 ジルケが笑みを浮かべ、パウラが笑みを浮かべた。

「まあ、その前にこのポンコツを直さないといけないけどね。こればかりは、待つしかないよ」

 私は笑ってテレーザと並んで座り、メリダが運んできた朝ごはんを食べた。

 ちなみに、メニューはタマゴかけご飯、味噌汁、目玉焼きだった。

「相変わらず、タマゴ中心だねぇ」

 私は苦笑した。

「はい、ごめんなさい。食材を発注したので、昼からは少しはバリエーションが増えると思います」

 メリダが笑みを浮かべた。

「そっか、楽しみにしてる。そういえば、医務室のカボには朝ごはんを運んだの?」

「はい、カボはカボチャが好きなので、大量に発注してありますよ。食べられるようになれば、喜ぶと思います」

 メリダが笑った。

「そうだね。しっかし、親がカボチャ好きでそのまま名前にされちゃったなんて、いいのか悪いのか。エルフのしきたりは謎だよ」

 私は笑った。

「まあ、いいだろう。とっととメシを食うぞ。冷める」

 テレーザがタマゴかけご飯を掻き込みはじめた。

「そうだね。メリダ、ありがとう」

「はい、ごゆっくり」

 メリダが厨房に向かっていくと、私もご飯を食べはじめた。

「さて、今日もゆっくり魔法研究でもするかな。ってか、それしかないんだけど」

 私は笑ったのだった。

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