第8話 修理準備中

 ドッグ船に船を回収してもらって二日。ようやく、修理の見積もりがでた。

「これでも、最大限に値引きしたんだ…」

 オヤジにコミュニケーターで呼び出され、自分の船室から船を降りると、オヤジが難しい顔で見積もりデータを私の小型端末に送ってきた。

「わお…こりゃまた凄いね」

 その金額をみて、私は苦笑した。

 高くつく船の塗装を削ったのだが、それでも中古のそこそこ程度がいい船を購入できる金額だった。

「まあ、保険に入ってるし、今回はそれを使うよ。これなら、塗装もできるしね」

 私は笑みを浮かべた。

「そうか、保険に入ってるならいいな。無保険かと思っていたぜ」

 オヤジが笑った。

「あのね…。まあ、いいや。保険会社には連絡済みだから、そのうち様子をみにくるよ」

 私は小さく笑った。

「よし、さっそく作業に入るぞ。ユイの修理と再プログラムは終わっている。異常はない」

 オヤジはニカッと笑うと、ドッグの奥に向かっていった。

「よし、やっと動き出したか」

 私は笑って船に戻り、自室に帰った。

 ちなみに、待ち時間の間に医療チーム全員に部屋のカードキーを手渡してあるので、部屋からあぶれた乗員はいなかった。

 私はコンパクトに纏められた船室のベッドに転がり、天井を眺めて苦笑した。

「よし、早く旅がしたいぞ!」

 私は声を上げ、そっと目を閉じた。


 お腹が空いたので食堂に行くと、珍しくメリダが厳しい声を上げていた。

「なぜ気が付かなかったのですか。責任は私にありますが、気をつけて下さい!」

 穏やかなメリダもこんな顔をするんだという感じで、完全に萎縮してしまった先日乗船したばかりのリアとスージーが完全にしょぼんとしてしまっていた。

「あっ、ローザ。ごめんなさい、ちょっとトラブルがありまして…」

 リタがいつもの笑みを浮かべた。

「な、なに、どうしたの。こんなメリダは見たことないよ」

「はい、食材保存庫に収納していた食材が、一部ダメになってしまって。原因は、電源ケーブルが抜けていたのが原因です。もちろん、責任は私にあるのですが二人にも気をつけるように諭していたのです。さて、どうしました?」

「う、うん、お腹が空いたから、なにか作ってもらおうかと…」

 私は遠慮しながらメリダに用件を伝えた。

「はい、そういう事でしたら。二人とも、気を取り直して下さい。料理の注文です」

 メリダが笑みを浮かべると、怒られていた二人が飛び跳ねるようにして、調理をはじめた。

「食材が限られているので、大したものはできません。そこは、ご容赦下さい」

「うん、なんでもいいよ。我が儘はいわないよ」

 メリダの苦笑に、私は笑った。

 しばらく経っていい匂いが漂ってくると、私はポツンと一人で広い食堂の椅子に座った。

「…寂しい」

 私は苦笑した。

 修理が終わるまで、作業の邪魔にならない程度に自由行動にしてあるので、ご飯の時間もまちまちだった。

「そういえば、先程は医療チーム全員で食事をしていかれましたよ。美味しいという評価をして頂いたので嬉しいです」

 メリダがフライパンを振りながら、楽しそうに声をかけてきた。

「そうなんだ。もうちょっと、早くくればよかったな」

 私は笑みを浮かべた。

 それからさらにしばらく経つと料理が完成したようで、メリダがトレーを持ってきた。「タマゴだけは豊富にあるので、ちょっとアレですが…」

 リタが笑った。

 メニューは、タマゴかけご飯に目玉焼き、かき玉汁だった。

「み、見事にタマゴづくしだね。ありがとう」

 私は苦笑した。

「どこかでマーケットに寄って下さいね。そうでないと、タマゴ地獄になってしまいます」

 リタが笑った。

「そうだね、動けるようになったらね。コスモコでいいいか」

 私は笑みを浮かべた。


 ご飯を終えて、また臭いといわれるのは嫌だと、自室からお風呂セットと着替えを持ちだし、私はお風呂に向かった。

 脱衣所に入ると、カゴが結構埋まっていたので、大勢入っているようだった。

「やっと誰かの顔を見られるね。テレーザすらいないんだもん」

 私は笑みを浮かべ、服を洗濯袋に入れて洗濯機に放り込み、着替えをカゴに入れて浴室に入った。

 すると、医療チームが仲良く入浴していて、私の顔を見ると全員が会釈した。

「あっ、お揃いで!」

「はい、いいお湯です。ありがたい」

 ティアナが笑った。

「そっか、今のところ病人も怪我人もいないけど、念のため準備だけはしておいてね。危険な作業もやっているだろうし」

 私は笑みを浮かべた。

「はい、お風呂から上がったら総員戦闘配置につきます。今はしばしの休憩です」

 ティアナが笑った。

「まあ、このドッグ船にも医務室はあるから、問題ないとは思うけどね。やっぱり、お医者さんがいると違うね!」

 私は笑みを浮かべた。

「そういって頂けると助かります。あっ、誰か背中を流して差し上げなさい」

 ティアナが声をかけると、湯船から二人出てきて、私を洗い場のお風呂椅子に座らせた。

「い、いいよ。自分でやるから!」

 私は慌てて断ったが、容赦なく二人による体洗いがはじまってしまった。

「その二人は、介護の資格を持っています。安心して下さい」

 ティアナが笑った。

「こ、こら、まだ介護はいらん!」

 しかし、私の言葉は通じず、なにを考えたかデリケートゾーンの毛まで全部剃られ、私は赤面した。

「そ、そこは…」

「はい、きれいになりましたよ」

 二人が笑みを浮かべ、私を湯船に案内した。

「あ、あのね…」

 文句をつけようにも、下手になにかいえば今度はなにをされるか分からないので、私は黙ってお湯に浸かって、ふくれっ面で事故を装ってティアナを蹴飛ばした。

「こら、また変な事して。だから、誰も仕事させてくれなかったのですよ」

 ティアナが二人を叱り飛ばし、私は顔を半分お湯につけてブクブク息を吐いた。

「ごめんなさい。いい子なんですよ。変な趣味があるだけで」

 ティアナが苦笑した。

「…安心して下さいっていったじゃん。ダメだよ。あんまりだよ。これどうするの」

 私はさらにブクブクした。

「いい忘れていました。『アレはやめてね』というと、なにもしなかったのです。まあ、今さらですが」

 ティアナが苦笑した。


 まあ、なにはともあれお風呂から上がると、私は洗濯が終わった服を抱えて自室に戻り、再びベッドに転がった。

 貨物船にしては珍しく、ある程度の快適性も考慮されて設計されているので、部屋に籠もってしまえば、外の音はあまり聞こえなかった。

 旅客船とは違うので、小さな窓があるだけだが、ベッドサイドのスイッチを押せば、部屋が暗くなってプラネタリウムになるという、謎の機能があった。

「そういえば、あの探査機どうなったかな…」

 私は小型端末を取りだして、この船のカーゴベイから送り出した未知宇宙の探査機の情報を検索した。

 まあ、希にだがそういう仕事もあるのだ。

「うーん、期待していた場所には、なにもなかったか。なかなか難しいね」

 私は苦笑した。

 これだけ宇宙文明が開花していても、知られていない宙域は多い。

 さらに広い宇宙があると信じて、研究者が無人探査機を飛ばし続けているが、今のところ当たりはなかった。

「星系の一つでもあれば、仕事抜きで突撃するんだけどね。これぞ、ロマン!」

 私は笑った。


 部屋でゴロゴロしていると、コミュニケーターが着信音を立てたので、応答ボタンを押した。

『大変です。カボさんが、アボカド…じゃない、カボさんが!?』

 コミュニケーターの虚空に生まれた小さなウィンドウには、慌てた様子のテアが映った。

「いいから、落ち着いて。どうしたの?」

「はい、修理の手伝いをしていたのですが、倒れた部材の下敷きになってしまって。救助はしたのですが、意識がありません!」

 テアがワタワタした。

「分かった、医務室に連絡するから、カボの様子をみてて!」

 私はコミュニケーターを切り、医務室のティアナに繋いだ。

『どうしました?』

「手短にいうと、機関室で事故発生。意識不明!」

『分かりました、急行します』

 コミュニケーターのウィンドウが閉じ、私は部屋から跳びだした。

 トラムの呼びだしボタンを押し、しばらくしてやってきたそれに飛び乗ると、私は機関室のボタンを押した。

 途中の医務室前でトラムが止まり、ティアナと看護師二人が飛び乗り、一直線に走り出した。

 私がいても邪魔かもしれないが、船長と社長の責任だけではなく純粋に心配なので、行かないという選択肢はなかった。

「どなたが事故を?」

「機関室のカボらしい。エルフだけど大丈夫?」

 私は小さく息を吐いた。

「はい、問題ありません。どういった?」

 ティアナが医師の顔で問いかけてきた。

「修理用部材の下敷きになったらしいけど、連絡をくれた子がテンパっちゃって状況が分からないんだよ。意識不明なのは確実っぽいけど…」

「分かりました。私が診ますのでご安心を」

 ティアナが頷いた。


 機関室前に到着すると、大勢のメカニックたちが騒ぎながら人垣を作っていた。

「退いて!」

 私はティアナたちを先導して人垣を蹴り飛ばして掻き分けながら、倒れているカボに向かった。

「ありがとうございます。あなたたち、さっそく掛かりますよ」

 看護師たちが空間ポケットから様々な機械を取り出し、ティアナがカボの服をハサミで切って処置が出来るようにした。

 そこに、看護師たちが機械から伸びる電極をカボにペタペタ貼り付け、威勢のいい声で連携を取りながら、私には分からない用語でティアナとやり取りしながら、カボの処置を続けた。

 しばらくすると、ティアナが額の汗を拭いて、小さく笑みを浮かべた。

「応急処置が完了しました。問題ないでしょう。検査をしたいので医務室まで運びます。その担架付きトラムは使えますか?」

 ティアナが隣に駐まっていた、座席を潰してベッドが置かれたトラムを手で示した。

「整備はしてるから動くと思うけど、使ってないからなぁ」

「分かりました。試しにこれでいきましょう」

 ティアナと看護師二人が器用にそのベッドに乗せ、一名だけ座れる座席には当然のように医師である彼女が座って、先に出発していった。

「さて、私たちもいきましょうか」

 看護師の一人に声をかけられ、私たちはトラムに乗って医務室に向かった。


 医務室前に到着すると、先発していたティアナが待機していた看護師と一緒にストレチャーにカボを寝かせているところだった。

「どうかしましたか?」

 呼び出されたのか騒ぎを聞きつけたのか、回復魔法が使えるロジーナが不思議そうに問いかけてきた。

「カボが事故に巻き込まれたんだよ。応急処置が終わって、今は医務室で本格的な治療をするところだと思うよ」

 私は苦笑した。

「えっ、それなら私を呼んでくれれば…」

 ロジーナが寂しそうな顔をした。

「それも考えたんだけど、状況がよく分からなかったから、とりあえず医者を呼べって感じでさ」

 私は笑みを浮かべた。

「…これでも私は魔法医の資格を持っているのですよ。ただ主砲をぶっ放すだけではありません。忘れないようにビシバシします!」

 ロジーナが私の胸ぐらを掴んで往復ビンタの嵐を見舞ってきた。

「だって、骨折は治せないじゃん。その程度だよ」

「ぶっ殺します!」

 ロジーナは私をボコボコにぶん殴り、私の髪の毛を掴んで持ち上げた。

「ごめんなさいは?」

「…ごめんなさい」

 ロジーナは笑みを浮かべた。

「ったく、私を治してよ。好き放題ボコボコ殴って…」

「嫌です!」

 ロジーナは呪文を唱えながら笑った。


 バタバタしている医務室に入るのは憚られたので、私とロジーナはトラムに乗って居住区に向かった。

「私は部屋に行きます。なにかったら、呼んで下さい」

 ロジーナは笑みを浮かべ、自分の部屋に向かっていった。

「…ロジーナの回復魔法って、切り傷を治す程度なんだよね。あんまり魔法を作ってないし、結界の方に力を入れているから」

 私はポソッと呟き、自室に戻った。

 まあ、修理中なので基本的に暇ではあったが、カボの一件があったので手放しで休むわけにはいかない。

 私はまた部屋をプラネタリウムにして、ボンヤリそれを眺めていた。

 なかなか芸が細かく、どこかの惑星上から夜空を見上げた光景も写り、きっちり流星群まで表示された。

「流星群って、うっかり突っ込むと死ぬ思いするんだよね。地上から見ているときれいだけど」

 私は小さく笑った。

「さて、お風呂も入ったしご飯も食べたし…テレーザにチョコバーでももらいに行こうかな」

 私は笑ってコミュニケーターでテレーザを呼び出した。

『ん、なんだ?』

 食堂にいる様子のテレーザが、タマゴかけご飯をモグモグしながら応答してきた。

 どうでもいいが、頬にお米粒がついているのが、妙に可愛かった。

「まず報告、カボが事故った。医務室で治療中だよ」

『なに、大丈夫なのか!?』

 テレーザが持っていた茶碗を落としそうになった。

「命に別条はないし、あとは医療チームに任せた。結果、ロジーナにボコボコにされた」

『そうか、ならいい。そりゃ、ロジーナは寂しいだろうな』

 テレーザが笑った。

「まあ、いいけどね。それで、修理代は保険を使うよ。とても、手持ちじゃ払えないから」

『だろうな。それはいいと思うぞ。ところで、なんでタマゴ料理ばかりなんだ。知ってるか?』

 テレーザがモソモソタマゴかけご飯を食べながら、不思議そうに聞いてきた。

「うん、食材庫の電源ケーブルがコンセントから抜けていたらしくて、食材不足になっちゃったみたい」

『そうか、それは難儀だな。オヤジにマーケットに向かうようにいうか?』

 テレーザがスープを飲んで、笑みを浮かべた。

「近くにあればね。ここがどこだか分からないし、修理の邪魔になっちゃまずいから、無理に頼むことはないよ」

『分かった。それじゃ、メシを食う』

 コミュニケーターの通話が向こうから切られ、私は笑った。

「ドッグ船でマーケットなんて目立ってしょうがないよ。さて、落ち着いたら医務室にいこう」

 私は笑みを浮かべた。


『カボさんの容態が安定しました。意識も戻ったので、お話しできますよ』

 どれくらい経った頃か、コミュニケーターでティアナが呼びかけてきた。

「分かった、ありがとう。今から医務室に行くよ」

 私は笑みを浮かべ、部屋の扉を開けて廊下にでた。

 トラムの呼びだしボタンを押して待っていると、ロジーナがムスッとして隣に並んだ。

「な、なに、ポンポンでも痛いの?」

「どこの子供ですか。私もいきます。魔法医として、あら探しです!」

 ロジーナがさらにムスッとした。

 …ガキか。

 正直、そう思った。

 しばらくしてトラムがくると、私たちはそれに乗って医務室に向かった。

 すぐに到着すると、私たちは医務室に入った。

「おう、カボ。生きてる?」

 私は清潔な環境の医務室のベッドに寝かされ、苦笑しているカボに近寄った。

「ご迷惑をおかけしました。ちょっと油断してしまいました」

「打撲と数カ所の骨折です。検査しましたが、脳に異常はありません」

 カボに続いて、ティアナが説明してくれた。

 その間、ロジーナが掛け布団を全部剥いで、カボの病衣をを無理やり脱がせて傷口のチェックをはじめた。

「…この縫合。いい腕してやがる」

 ロジーナの目に闘志の炎が宿った。

「やめなさい、バカ」

 私はロジーナの頭を引っぱたいた。

「あっ、どうしました?」

 ティアナが不思議そうに聞いた。

「いや、コイツって実は魔法医の資格を持っていて、ヘボいんだけど変なプライドだけは…ぎゃあああ!?」

 ロジーナが私の事を蹴り飛ばし、さらにマウントして顔面をボコボコに殴った。

「ダメです。医師なら自ら患者を作ってはいけません」

 ティアナにビシッといわれて、ロジーナはため息を吐いて殴打をやめた。

「さっそくです。自分で作ってしまった患者さんを治療して下さい。私の査定は厳しいかもしれないですよ」

 ティアナが笑って、看護師チームを呼んで私をベッドに運んだ。

「あ、あの、いつものことだから、ここまでしなくてもいいよ」

「ダメです。医師と聞いたからには、容赦しませんよ」

 ティアナが笑った。

「さて、ロジーナさん。ローザさんの怪我をどう診ますか?」

「え、えっと…ボコボコ?」

 ロジーナが困惑しながら答えると、どこから取りだしたかティアナがハリセンで頭を叩いた。

「どんな診断ですか。どう考えてもボコボコですが、そんなの誰でも分かります。ほら、ちゃんと診て下さい」

「こ、こんなつもりでは…」

 ロジーナがぼやいた時、またティアナのハリセンが飛んできた。

「ほら、早く」

「え、えっと、なんか打撲っぽい?」

 凄まじい勢いでティアナがハリセンを叩き付けた。

「だから!」

「や、やめて!」

 ロジーナが泣きそうになった。

「泣いている暇はありません。この無能!」

 ティアナがロジーナを蹴り飛ばし、看護師チームが移動式のレントゲンを引っ張ってきて、私の頭部を撮影した。

「…そうですね。特に問題はありませんか。ほら、そこの無能。早く回復魔法で治しなさい。そのくらいは出来るでしょう?」

「ううう…」

 泣きながらロジーナが回復魔法を使い、顔の痛みが引いた。

「はい、お疲れさまです…。あれ、またやっちゃいましたか。治療となるとつい熱が入ってしまって」

 ティアナが苦笑し、ロジーナが私の胸に顔を埋めて泣きはじめてしまった。

「悪気はないのです。お許しを」

 ティアナがロジーナの背中をさすり、私から引き離した。

「はぁ、ビックリした。それより、カボだ」

 私はベッドから下りて、苦笑しているカボの側にいった。

「初めてでしたが、魔法薬というものは凄いですね。一週間くらいで骨折が治るので、それで治療は終わりだそうです」

 カボが笑って、空間ポケットから『カボチャジュース』と書かれたボトルを取りだし、一口飲んだ。

「あっ、美味しいですよ。飲みます?」

「…お構いなく」

 私は苦笑した。

 まあ、カボが無事だった事を確認した私は、ロジーナを置き去りにして、先に居住区に戻った。


 部屋でゴロゴロしているのも飽きたので、私は操縦室にいこうと思ったのだが、今は作業中ということで入れなかった。

「さて、どうしようかねぇ」

 今は船外に出てもやる事がないので、私はおやつを食べに食堂に向かった。

 トラムに乗って食堂に移動すると、テレーザがプリンをゆったり食べていた。

「ウフフ、美味しい」

 このテレーザの微かな呟きに、私は背筋に怖気が走った。

「うわっ、いつきやがった!?」

 テレーザが、慌ててプリンを掻き込んだ。

「い、今きたけどなんか妙に乙女な…」

「う、うるさい。私だって女だ!」

 椅子から立ち上がったテレーザの蹴りが、私の足に命中した。

「い、いや、悪いとはいわないよ。いわないけど、ビックリしただけ」

「へ、変なところ見やがったな。始末してやる!」

 テレーザがプリンを掬っていたスプーンを、思い切り私の口に突っ込んだ。

「ほら、綺麗にしろ。それまで許さん!」

「もがもが…」

 …まあ、それだけだった。

「よし綺麗になったな。もう一個食う…」

「私にもちょうだい!」

 テレーザと私が注文すると、カウンターの向こうでメリダが笑みを浮かべ、プリンの器を持ってきた。

「どうぞ。自信作ですよ」

 リタが笑って、カウンターの向こうにいった。

「これが美味いんだ」

 テレーザが笑みを浮かべ、プリンを食べはじめた。

「そっか、楽しみだね」

 私は笑みを浮かべ、さっそくプリンを食べはじめた。

「…おいちい」

 思わず呟いてしまうと、テレーザが優しい笑みを浮かべた私の頭を撫で撫でした。

「このプリンは不思議だろ。なぜか、こうなってしまう…」

 テレーザが私の頭にゲンコツを落とし、苦笑した。

「スィーツは宇宙を救うよ。これはいい!」

 私は笑った。


 結局、プリンを二十個以上食べてしまい、さすがにお腹がいっぱいになったので、私は再び部屋に戻って、通販のカタログを開いてパラパラ捲っていた。

「へぇ、『はやぶさ』のフルサイズ模型か。この船で発射した探査機の一つだね。買ってもいいかな…」

 ブツブツ呟きながら、ファッションなんぞ興味がないので飛ばし、拘りがある下着だけゆっくり吟味しはじめた。

「うーん、いいのがないなぁ。なんか、同じようなものばかり。興味ないな」

 私はさっさとページを繰って、最後の方にある人身売買のページをみた。

「ったく、こういうの通販でやるあたりが終わってるね。根こそぎ潰してやりたいよ」

 私はため息を吐いてカタログを閉じた。

「よし、『はやぶさ』を買おう。どこにおこうかな。この前乗っけたトラックの荷台にでも置いておくか…」

 私は探査機が好きだ。これぞ、冒険とロマンだ。

 私は携帯端末で注文すると、にんまりした。

「よしよし、これは経費で落とそう。さて、やる事は終わった。昼寝でもしよう」

 そういえば、修理が終わるまでの時間確認をしていなかったが、オヤジがいわないところをみると、まだ分からないのだろう。

 私はベッドに横になると、そっと目を閉じたのだった。

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