第7話 修理開始
アライドでの荷下ろしも終わった頃、カボを筆頭にした機関士チームが船を降りて点検整備を行いたいとリクエストしてきた。
私はそれを承諾し、テレーザと一緒に船を降りて、見える範囲で小惑星の衝突痕を確認できないか、調べる事にした。
タラップを下りて船の全部にに回ると、サメでいえば目の部分付近に大きな窪みができ、せっかく塗装したばかりなのに、広範囲に渡って真っ黒に汚れていた。
「あーあ…。まあ、これだけの衝撃を受けて、ヘコんだだけで済んでよかったよ。ロジーナの結界魔法とこの船がやたら固いお陰だね!」
私は笑った。
「うん、この程度でよかった。しかし、これでは速力計の予備系統がなくなってしまう。これは『ドッグ船出港』だな。
テレーザが苦笑した。
「だね。あーあ、またお金取られる」
私も苦笑した。
ドッグ船出港とは、港のスポットから直接ドッグ船に牽引してもらう方法だ。
港に牽引してもらわない分使用料は安くなるが、危険を伴う作業のためドッグ船の作業料が高くつく。
どちらにしても、今回は収入より支出が嵩む赤字だった。
「生きているだけいいだろう。よし、いつものオヤジを呼び出そう」
テレーザの言葉に頷き、タラップを上った。
再び操縦室に戻った私たちは、テレーザが管制と連絡を取り、ドッグ船出港の許可を取り付けた。
「よし、許可がでた。オヤジを呼べ」
「分かってる」
テレーザの言葉を待つまでもなく、私は無線の周波数を合わせ、いつものオヤジを呼び出した。
『なんだおい、またぶっ壊したのか?』
コンソール上の空間に浮かんだウィンドウに映ったオヤジが、大笑いした。
「小惑星と衝突しちゃったよ。それなりにダメージがあるから、ドッグ船出港。危なくてこのままじゃ出港できないよ」
私は苦笑した。
『そりゃ酷ぇな。分かった、どこだ?』
「アライドの七十七番スポット。管制の許可は取ってある」
私は笑みを浮かべた。
『分かった。このボロ船じゃ四時間は掛かる。また、ずいぶん田舎惑星だな』
「そういう仕事だったの。野菜運んでこれだよ!」
私は笑った。
『そいつは割に合わねぇな。よし、待ってろ』
オヤジとの交信を終え、私はシートに身を預けた。
「お前、風呂入ってこい。臭いなんてもんじゃないぞ。最後に入ったのはいつだ?」
テレーザが笑った。
「えっ…。ひ、酷いよ。あんまりだよ。これでも忙しかったんだよ!」
私は自分の体のニオイを嗅いで…堪らなかった。
「ぎゃあ、マジで臭い。いってくる!」
私は逃げ出すように操縦室から飛び出て、トラムに乗ってまずは居住区に向かった。
自室で着替えとお風呂セットを持って、再びトラムに乗ってお風呂に向かうと、途中の砲手室前で止まって砲手室三人組が乗ってきて満員になった。
「あっ、やっとお風呂に入るのですね。臭いです」
ロジーナが笑った。
「ろ、ロジーナまで…。酷いよ。あんまりだよ。暇がなかったんだよ!」
私は赤面した。
「そうですか。私たちもお風呂に行こうと思ったのですが、居住区とは逆方向ですね。面倒なので、このまま乗って折り返します」
ロジーナが笑みを浮かべた。
「そうやってすぐ横着する…。逆方向なら隣のレーンで呼べばいいじゃん。臭いんでしょ!」
私は頬を膨らませた。
「いえ、面倒です。まあ、私たちも臭いので同じようなものです。変な汗をかいたので」
ロジーナが笑った。
「まあ、いいけど…。じゃあ、行くよ」
私は浴室と書かれたボタンを押し、しばらく進んだ先にある浴室前で止まったトラムから降りた。
「シャワーじゃ満足できない。湯船だ湯船。ユイ、湯張りして!」
『はい、そういわれると思ってすでに準備出来ています。ちなみに、ローザは二十日間入浴しておらず、十日前に軽くシャワーで体を流しただけです。ゆっくりして下さい』
ユイが小さく笑った。
「笑うな!」
私は一人赤面して、簡素な脱衣所で服を脱いで洗濯袋に放り込んで、洗濯機に放り込んだ。
これがなかなか便利で、五分くらいで洗濯と乾燥まで終わってしまう…なんて事はどうでもいいとして、私は洗面器に入れたお風呂セット片手に浴室に入った。
「あっ、これ入れておこう」
私はお湯が張られた湯船に、シュワシュワする固形の入浴剤を二つ入れた。
その後、私は洗い場の椅子に座って、頭から体まで高速かつ徹底的に洗った。
「うげぇ、まだ垢が浮いてくる。この野郎!」
洗ってはシャワーで流し、また高速でボディソープを体に塗りつけ、徹底的にゴシゴシしては流し…十回目でやっと満足した。
「ふぅ、これでいいか。さて、お風呂!」
私は笑みを浮かべ、入浴剤が溶けきった湯船の中に入った。
味気ないユニットバスではあったが、大型船なりの大きさで、十人は軽く入れるだろう。
気持ちよくお湯に浸かっていると、ロジーナたち砲手室三人組が入ってきた。
「絶対ミカンです!」
「いえ、ポンカンです!」
珍しく、ロジーナとゼルマが真顔で言い合いをしていて、ヴィラが眠そうに欠伸をした。
「な、なんの争い?」
「はい、どちらが美味しいかという争いです。同じ柑橘類ですし、正直どうでもいいです」
ヴィラが苦笑した。
「あ。あっそ…。まあ、平和でいいか」
私は苦笑した。
お風呂から上がって自室にお風呂セットと洗濯済みの服を置き、再び操縦室に戻った私は、自分の操縦席に座った。
「テレーザ、変わった事は?」
私は暇そうにチョコバーを囓っている、テレーザに聞いた。
「特にないぞ。まあ、珍しい事といえば、隣のスポットに大型病院船が入ってくるくらいだ」
テレーザが欠伸をした。
「へぇ、珍しいね。故障かな」
私は笑みを浮かべた。
病院船とは、宇宙を漂う病院だ。
無線で呼べばすぐに駆けつけてくれるが、治療費が高いのが難点だ。
その病院船が港に寄るという事は、医薬品などの補給か故障だろう。
「まあ、あまりお世話にはなりたくないね。そういえば、私たちの船って船医がいないよね。メディカルマシンはあるけど…」
この船には立派な医務室があるが、大抵の事は大丈夫な治療機器を数台設置してある事もあって、専任の医師は乗せていない。
賃金はともかく、そもそも求人を出してもまず応募がない。
大きな会社ならともかく、わざわざ個人経営の小規模な会社を選ぶ理由がなかった。
「メディカルマシンで思い出した。そういえば、最近肩こりが酷くてな。ちょっと解してくる」
テレーザが席を立ち、操縦室から出ていった。
まあ、病気といってもこの程度だ。
あとは、機関室チームの誰かが軽い火傷をしたとか、これなら医師がいなくともなんとかなる。
「あっ、機関室で思い出した。どうなってるかな」
私はコミュニケーターを機関室に繋いだ。
『はい、どうしました?』
コンソール上の虚空に浮かんだウィンドウに、いつも通りカボが優しい笑みを浮かべた。
「どうだった?」
『はい、ドッグ船出港の事は聞いているので、現在は作業をしていません。全員機関室にいます。船体の逆噴射防熱板が溶解していて、もう使い物になりません。エンジン自体は全機正常です』
カボが頷いた。
「ミスリル板がもうダメか…。まあ、ずっと逆噴射だったしね」
私は苦笑した。
修理費は、恐らくカボチャなどを数百回往復して運ばないとペイ出来ないだろう。
それくらいは覚悟の上だったが、痛い出費だった。
「ユイ、まだ船外で活動している乗員はいる?」
『いえ、全員船内にいます。問題ありません』
私の問いに、ユイが即答した。
「それならいいや。ちょっと寝ようかな」
湯上がりは眠くなる。自然の道理だった。
シートの背もたれを一杯まで倒して、簡易ベッドのようにすると、私はそっと目を閉じた。
「おい、起きろ。お客さんだ」
テレーザに体を揺すられ、私は仮眠から目を覚ました。
「あー、眠い…。お客さん?」
わたしは背もたれを元に戻し、ユイが気を利かせて正面スクリーンの画像を動かし、スポット内に白衣の集団十名ほどがいる事を確認した。
「ん?」
私が席を立ち上がると、テレーザも立ち上がってついてきた。
閉じておいたエアロックの扉を開け、下ろしたままだったステップを下りた。
床について集団に近づいていくと、最前列の真ん中にいた白衣姿の女性が頭を下げた。
「初めまして、私はティアナと申します。隣のスポットに停泊中の病院船から参りました」
ティアナと名乗った女性は、私に運転免許証のような医師免許をみせた。
「えっと、お医者さん?」
私は呟くように問いかけた。
「はい、病院船で医師として働いていたのですが、いつまでも新人扱いで嫌気が差してしまい、船を降りる事にしたのです。この者たちは看護師などで構成された、私のチーム全員です。不躾なお願いなのですが、船医にお困りのようでしたら、ぜひ乗船させて頂きたいのです。無給でも構いませんので、どうか…」
ティアナさんの目には、うっすら涙が浮いていた。
よほど悔しい思いをしていたのだろう。
「ま、まあ、船医がいないからありがたいんだけど、医務室を見る?」
私の提案に、ティアナさんが小さく頷いた。
「じゃあ、ついてきて。メディカルマシンしかないけど…」
「はい、ありがとうございます」
ティアナさんは笑みを浮かべた。
「分かった。それじゃ足下に気をつけて。私は船長兼社長のローザでこっちが副社長のテレーザ。よろしく」
私はティアナさんと握手した。
正確な人数は十二人だったため、トラムを三回往復させて医務室前に送り、私とテレーザは二人でトラムに乗って医務室に移動した。
「ティアナさん、ここが医務室だよ。見ての通り、メディカルマシンが置いてあるだけで、医薬品の一つもないし、ベッドも未使用で一つしかない。これを職場にしても、暇なだけだと思うけど…」
私は苦笑した。
「いえ、この方がやり甲斐があります。医薬品などは、病院船から勝手に持ち出しました。薬剤師や魔法薬師もチームにいますので、病気の際などはお役に立てると思います。置いて頂けるなら、これ以上の幸せはありません」
ティアナさんは私の手を強く握った。
「分かった、よろしくね。先にいっておくけど、本当に薄給だと思って。個人経営だから収入が不安定なんだよ」
私は苦笑した。
「はい、先程もお話ししましたが、無給でも構わないのです。ここに自分の城が築けるなら」
ティアナさんは笑った。
「それじゃ、採用ね。好き使っていいよ。マシンが邪魔なら片付けるから」
「いえ、これはこれで便利なので、活用させて頂きます。では、さっそく準備します」
ティアナは手を叩き、チームメンバーが一斉に動き出した。
空っぽだった棚には、空間ポケットから取りだした薬品や器具が素早く並べられ、こんな物まで持ってきたのか、手術のセット一式やレントゲンなどの設備などもバリバリセッティングがはじまった。
「これが、私が生きる意味です。より多くの患者さんを救いたい。それだけなんです。病院船では、患者さんとお話しすらさせてもらえなかったですからね」
ティアナが笑った。
「それは酷いね。ここではうるさい事はいわないから、好きにやっていいよ。今は船がダメージを受けちゃって、ドッグ船出港の準備中だから、出港まではちょっと待ってね」
私は笑みを浮かべた。
ひょんな事から医療チームを乗せてしまった私たちの船は、たっぷり待たされて管制からドッグ船が到着した旨を伝えられた。
「ユイ、最終チェック。スポットに残ってる人はいないね?」
『はい、全員乗船の上、全エアロックを閉鎖してロック、タラップも格納しました。いつでも出港出来ます』
私の問いにユイが答え、ティアナたちが開けっ放しにしてしまったスポットの気密耐圧扉が自動で閉まった。
『おう、迎えにきたぜ。どんなもんだか、ある意味楽しみだな!』
虚空に浮かんだ無線の画面に、オヤジの笑い顔が映った。
「楽しみにするな。マケてね!」
私は笑った。
「おい、管制から出港の許可が出たぞ。スポット減圧中だ」
テレーザが操縦桿に手を添えて、小さく呟いた。
「分かった。これがまた離れ業なんだよね」
私も操縦桿に手を添え、コンソールの赤ランプが点灯した事を確認した。
牽引だとどうしても位置がズレるので、ドッグ船側から操縦してもらうのがセオリーだった。
スポット内の減圧が終わりシャッターが開くと、目の前に構えたドッグ船の密閉式ドッグにするっと十キロメートルの船体が格納された。
「…さすが、上手いね」
私は笑みを浮かべた。
『よし、格納完了だ。与圧が完了したらすぐに出るぞ。邪魔だからな!』
無線でオヤジが笑い、正面スクリーンに映ったシャッターが閉じ、使い込まれた機械が立てる音と共に与圧が開始されたようだ。
「うん、どっちもうまい」
テレーザがチョコバーを囓りながら笑った。
「あのね…。まあ、いいや。これで、しばらく修理の旅だね」
私は笑った。
「こりゃまた、よく命拾いしたな」
オヤジが口笛を吹いた。
「この船が頑丈なお陰だよ。確認が終わったら、見積もりよろしく」
「ああ、分かってる。こりゃ面倒だな…」
オヤジが頭を掻いた。
「私たちの船の故障で、面倒じゃない修理はなかったでしょ」
私は笑った。
「そうだな。ちょっと調べる。まずは、ユイからだ。どうも、怪しい感じだな」
オヤジはメカを呼び寄せ、総出で故障箇所の洗い出しをはじめた。
「まあ、船内にいてくれ。ずいぶん、大所帯になったみたいだからな」
私がオヤジに渡した乗員名簿を見て、小さく笑った。
「まあ、それなりにね。あとは任せていい?」
「ああ、構わん。船室で寝てろ。こんな時くらいはな!」
私の問いにオヤジが笑い、私は船内に戻った。
操縦席に座ると、私は全員のコミュニケーターを呼び出した。
「あとは任せていいっぽい。みんな、邪魔にならないように船室に引っ込んで。ティアナは準備?」
『はい、邪魔でなければ』
ティアナが笑みを浮かべた。
「医務室は大丈夫だよ。重要な配管や配線はないから。まだ船室の鍵を渡してなかったね。届けるよ」
『いえ、今は大丈夫です。必要になった際に、頂きます」
ティアナが小さく笑った。
「分かった。じゃあ、よろしく!」
私は笑ったのだった。
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