第6話 穏やかな航海?
アラベトで積み込こんだ荷物は、カボチャとジャガイモ、それにタマネギの山だった。
船賃はそこそこだったが、私は仕事を引き受けた。
「さてと、目的地はアランドか。銀河を二つ越えた先だね。久々に長距離だ」
私は笑みを浮かべた。
船はすでに出港していて、幹線航路をひたすら進んでいた。
なぜ、農作物をそんなに遠くに運ぶのかというと、アラベトの農家は顧客からの直接契約を売りにしているらしく、市場には出していない。
今までは提携している船会社の船で、なんの問題もなく定期輸送できていたのだが、船が故障でドッグ入りしてしまったため、輸送手段のやりくりがつかなくなってしまったらしい。
そこで、これも人助けと、私たちが代役を務める事にしたわけだ。
問題の船も間もなく修理が終わるらしく、恐らく今回が最初で最後あろう。
「ユイ、カーゴベイの室温設定に気をつけて。この船でも二時間はかかると思うから」
『はい、問題ありません。チルド設定です』
ユイからすぐに返事が返ってきた。
この船のカーゴベイは荷物によって気温を設定出来る。
今は、大体十八度くらいに設定してあった。
「ありがとう。さて、今回はいくつか転送航路を使うから、今のうちにシステムチェックしておこう」
私はコンソールパネルのキーを叩き、どこにも異常がないことを確認した。
「私の方でも異常がない事を確認している。問題ない」
チョコバーを囓りながら、テレーザが呟いた。
「ならいいね。さて、あとはフルオートで進むだけか」
私は背もたれに身を預けた。
「そうだな。暇なら風呂でも入ってこい。目覚ましにはいいぞ」
テレーザが笑った。
「それをやらないのが私でしょ。どっかの港に停泊した時に入ればよし!」
私は笑った。
一つ目の転送航路で今までいたフレスト銀河から離脱し、通過点のハラス銀河に向かって、私たちの船は幹線航路を順調に進んでいた。
正面スクリーンには、ハラス銀河の端にあるアルデ星系が微かに見え、見慣れているとはいえ綺麗だった。
「航路の最新データを入力しました。確認をお願いします」
自分の席で仮眠を取っているジルケに代わり、パウラがコンソールパネルのキーを叩きながら声を駆けてきた。
「ありがとう。えっと…」
私は自分のコンソールパネルのキーを叩き、情報を確認した。
隣のテレーザも同じ事をして、頷いてチョコバーを囓った。
「二人でチェックしたけど問題なし。このままでいいよ!」
「ありがとうございます。またなにかあれば、お知らせします」
パウラが指定したのは、奇をてらったショートカットコースではなく、大人しく幹線航路を通るコースだった。
同じ航路を進む他船の間をすり抜けるようにして、通常時最大速度でつき進む私たちの船は、当然といえば当然だが、とても人の反射神経では操船出来ないので、ユイが頑張ってくれている。
なにせ、目の前の精密レーダーで他船を捕らえた瞬間には、もう衝突してしまっている速度だ。
これを自分で操船出来たら格好いいが、それほど命知らずではなかった。
『前方二イリにパトロール艦隊がいます。追い越しますか?』
「当たり前。あんな鈍くさい戦艦や駆逐艦の後ろにいたくないよ。船籍コードを隠して!」
私は笑った。
数秒後、レーザで捕らえた五隻のパトロール艦隊の上を跳び越え、メインエンジンを全開まで引き上げてさらに加速した。
『先程、我が方を追い抜いた船籍不明の船に次ぐ。直ちに船籍をあかせ。応答なき場合は、撃沈もやむなし』
無線でパトロール艦隊から怒りの連絡が入った。
「さて、くるよ!」
私が笑った時、派手なレーザー攻撃が船を揺さぶった。
「ふん、ロジーナの結界が、そんなショボい攻撃で破れるはずがない!」
コミュニケーターで砲手室を呼び出そうとした時、コンソールの画面に『主砲起動』のメッセージが表示された。
「おっと、さすがに早いね」
私は笑った。
宇宙の基本原則、『撃たれたら撃ち返す』。
まあ、海賊でもなし、パトロール艦隊相手にこんな事をするのは、私たちだけだろうが威嚇射撃くらいはしておくのが常だった。
そのうち正面スクリーンが薄暗くなり、コンソールの画面に『後部主砲発射』のメッセージが表示された。
「よし、ちっとはビビったか」
私は笑った。
次の瞬間、コミュニケーターのウィンドウが開き、ロジーナが笑った。
「ヴェラのテストでしょ。大体分かっていた」
『はい、その通りです。レーザは擦ってもいないのに、パトロール艦隊は大混乱ですね。レーダー上で右往左往しているのが分かります。こんなものでしょう』
私の言葉に、ロジーナが笑いながら返してきた。
「さて、気にせず進むよ。普段偉そうに航路を塞いでるから、こういう目に遭うんだよ!」
私は笑った。
船は進み、順調にハラス銀河に進入した。
航路はここで大きく曲がり、星系間戦争をしている戦闘宙域を迂回するコースを取っていた。
「ユイ、間違って突っ込まないでよ。戦艦並みの武装と防御力があっても、民間船が出る幕じゃないから」
『承知しています。現状を航法士席に送ります』
ユイの声が聞こえ、交代した様子のゼルマが航法士席でコンソールパネルのキーを叩いた。
ちなみに、なぜ航路が分かるかというと、一定間隔で無数のビーコンを放つブイが浮いていて、この情報を拾って航法データとして受け取れるからだ。
これはまあ、いわば宇宙に敷かれた見えない道である。
「…まずいです。戦闘宙域が拡大しています。この街道は危険ですね。枝道にそれてかわしましょう。航路データを入力します」
ゼルマの声と共に私とテレーザのコンソール上にスクリーンが開いた。
「これ、かなりの急旋回だよ。まあ、不可能じゃないか」
私は苦笑した。
ほぼ九十度回頭してもギリギリという感じで、各所を補強してあるこの船でなければ、船体が真っ二つに折れるような芸当だった。
「うむ、これが安全ならやるしかないな」
テレーザがチョコバーを囓った。
「よし、ユイ。やっちゃって!」
いかなフルオート航行とはいえ、ユイはこういう重要な事は、私たちに確認してから実行する。
あくまでも、操縦士の責任だった。
『新しい航路を確認しました。かなり荒っぽい操船になりますので、覚悟して下さいね』
ユイが笑い、いきなりスラスタが全開で作動する音が聞こえた。
Gキャンセラーの効果でさほどの旋回に感じなかったが、もし普通ならベルトをしていても耐えられないだろう。
スラスタだけでは足りず、メインエンジンの可変ノズルまで使って、横滑りしながら船は回頭しピタリと枝道に入った。
「ふぅ、なんとかなったね」
私は額の汗を拭った。
予想通りコンソールの画面にメインエンジンが過熱して、自動制御で出力制限が掛かっている事が示された。
私はコミュニケーターで機関室を呼びだし、カボが笑みを浮かべてウィンドウに表示された。
「どう?」
『派手にやりましたね。今は点検と整備をしています。テアが感動して泣いてしまいました。ここまで派手なんてと』
カボが笑った。
「感動されても困るけどね。まあ、急がないから丁寧にやって。リミッタの解除は任せたから」
『はい、分かりました。お任せ下さい』
いつも冷静なカボに、私は笑みを浮かべてからコミュニケーターを切った。
「さて、簡単にはいかせてくれないか。枝道にそれたから、プラス二時間程度かな」
私は呟いた。
「はい、そのくらいですね。まあ、戦闘に巻き込まれるよりはマシでしょう」
ジルケが笑った。
幹線航路と違って、枝道は警備が手薄である。
そういう意味でも、ここは速度で突き抜けるのみ。
一応、ロジーナに警戒を促し、主砲は前後とも出しっ放しにしてあるが、まず使う機会はないだろう。
「…やはり、戦闘に巻き込まれたようだな。幹線航路226からエマージェンシーコードが発信されている。アバンナ級中型貨物船、レイホックス運輸所属だ」
テレーザがチョコバーを囓りながら呟いた。
「そっか、救援に行きたいけど、この速度じゃ減速が間に合わない。パトロールを待ってもらうしかないないね…」
私は小さく息を吐いた。
「その点は大丈夫だろう、よく無線を聞いてみろ、さっき煙に巻いたパトロール艦隊が最高速度で向かっている。貨物船もエンジンがやられただけで、特に問題はなさそうだ」
テレーザが笑った。
「そっか、ならいいけど。アバンナ級っていったら、操縦士だけで運用出来る最新鋭船だし、仮にエンジンが爆発したって、厳重な防爆処置が施されているから、船が吹っ飛ぶ心配もないか」
私は笑みを浮かべた。
「そういうことだ。エンジンが暴発して航行不能になったようだが、あとはパトロール艦隊に任せよう。私たちは、このまま進むだけだ」
テレーザが笑みを浮かべた。
「そうだね。生鮮食品を運んでいるし、なるべく早く進もう」
私はオートプログラムを修正した。
「おいおい、これは無茶だぞ。もし、なにかあたったら…」
私が入力したデータをみて、テレーザがポロッと口からチョコバーを落とした。
「出来なくはないでしょ?」
私は笑った。
それは、枝道をそれて巨大ショッピングモールの上を飛び越え、再び幹線航路に戻るショートカットコースだった。
これだけで、一時間は稼げる計算だ。
「航法士の権限でデータを修正しました。こんな無茶な事しないで下さい。メインエンジン全開でそんな事をしたら、ショッピングモールがぶっ壊れます。このバカ」
ジルケがため息を吐いた。
「なんだ、冒険をしないんだ」
「冒険と無謀は違います。ビシバシ引っぱたきますよ」
ジルケが笑った。
「はいはい、面白いと思ったんだけどな。どうせ、総叩きで拒否されると思ったけど、このまま地道にいくか!」
私は笑った。
船は枝道を進み、戦闘区域からかなりの距離が空いた頃を見計らって、再び幹線航路に戻るルートを取った。
このままなにもなければ、フルオートで進む予定だったが、精密航法レーダーになにか表示されたと思ったら、ゴン! と重たい音がして派手な衝撃が走り、操縦室はエラーのアラームが一斉に鳴りはじめた。
「ユイ、なに?」
『はい、小惑星と接触しました。船体の気圧に異常なし。小さすぎて、私も気が付きませんでした。航法システム、姿勢制御システムに重大な障害発生。オートでは操船不能です。マニュアルを試行しますか?』
ユイが緊迫した声を上げた。
「試行もなにもやるしかないでしょ。マニュアルモード!」
私は操縦桿を握り、テレーザがサポートに回った。
船は大きく回転しながら、エンジン全開のままどこかに向かってすっ飛んでいた。
「間もなく幹線航路に入ります。エマージェンシーを発信しておきます」
ジルケが淡々とコンソールパネルのキーを叩きながら、短く報告してくれた。
「よし、いくぞ!」
「無茶するなよ」
私はペロッと唇を舐め、テレーザがチョコバーを口に咥えた。
「まずは、エンジンを止めないと…」
私はスラストレバーを操作したが、船はいうことを聞かなかった。
「ユイ、機関室に連絡。マニュアルでエンジンを止めて!」
『承知しました』
その間、私は操縦桿を傾けた。
こちらはいうことを聞いてくれたので、スラスタ全開で船体の方向を安定させる事にしした。
エンジン出力に比例して強化してあるスラスタは正常に作動し、船の姿勢が安定してきた。
「よし、幹線航路を突っ切って、なにもないところをいくよ!」
私は操縦桿を強く握った。
「ダメです。このコースでは、ガニメデ星系の太陽に突っ込んでしまいます。数秒もかかりません。このまま幹線航路に入って下さい。航行中の船とは話しを通してあります」
ジルケとパウラが二人並んで航路を確認しながら、端的に報告してくれた。
「じゃあ、いくか!」
私は重たい船の動きに合わせて、早めに舵を切って幹線航路に船尾を横滑りさせながら進入した。
『機関室からです。マニュアルでもエンジン停止が出来ないそうです。中途半端に生きている制御システムが、がっちり掴んでコントロールを渡さないそうで』
「全く…。だったら、ぶっ飛ばすだけだね。ジルケ、進路よろしく!」
「はい、分かっています」
私の声にジルケが答え、正面スクリーンにピンクの十字線が現れた。
「おい、外すなよ」
「分かってるよ。この反応の重さじゃ、外したら戻せない」
コンソールパネルのキーを叩きながら、テレーザが難しい顔をしながら呟き、私はそれに小さく息を吐きいてから答えた。
正面スクリーンに表示されたピンクの十字線は時折上下左右に揺れ、それに合わせて私は操縦桿を動かした。
しかし、どうしても船の動きが鈍く、これは冷や汗ものだった。
こういう場合、エマージェンシーを発している船を避けるために、他船は航路を示すブイの外に退避するのが暗黙の了解だったが、身動きが遅い大型貨物船などは間に合わない事がある。
広範囲高性能レーダーで見ているジルケやパウラは、そういった船を加味して航路をくれているので、ここから外れる事は死を意味していた。
「こりゃ痺れるね!」
「バカ者、喜ぶな」
私の声にテレーザがポソッと呟いた。
『ユイ、いざとなったらジェネレータのブレーカーを落として。ぶっ壊してもいいから!』
私は叫んだ。
ジェネレータとは、この船の動力を生み出す装置の事だ。
大きなエネルギーを必要とするこの船には、合計六個装備しているが、これだけ負荷がかかっている状態でブレーカーを落とせば、最悪爆発するかもしれない。
しかし、他船に激突するよりマシだった。
『拒否。それは私のロジック上不可能です。この船とみなさんの安全が最優先にされています。現在、システムを再起動しています。あと一分半で立ち上がります』
ユイの答えに、私は苦笑した。
「このままかっ飛んでいくと、一分半も掛かるなら次の転送航路に間に合わないよ。入れてくれなくても飛び込まなくちゃいけないけど…」
「大丈夫だ。それはもうデータを送ってある。最優先だ」
テレーザが頷いた。
「分かった。よし、直るまでせいぜい冷や汗をかかせてもらうか!」
私は苦笑した。
テレーザが管理所との交信をやってくれたが、普段ではあり得ない超高速で転送航路に飛び込み、ズボッと抜け出た先はもう次の銀河が見えるポイントだった。
「ユイ、まだ?」
『はい、航法システムと制御システムの再起動を試みましたが応答がありません。私にできる事は、この繰り返しだけです』
ユイが申し訳なさそうに返してきた。
「こりゃ、いよいよヤバいな。やるか…」
私はコンソールパネルにあるカバーを開け、そこに鍵を差しこんだ。
「…これで、ユイまで再起動不能になったら終わりだけど、どのみちこのままじゃ終わりだね」
私は思いきって鍵を捻った。
瞬間、全システムが停止し、私は急いでキーを戻した。
数秒でユイが起動した旨のメッセージが表示され、全システムが異常なしとコンソールパネルのディスプレイに表示された。
「ユイ、お目覚めところ悪いけど、システムコントロールして!」
『はい、フルオートに切り替えてあります。私自身が壊れていたようで、申し訳ありません』
ユイが申し訳なさそうに答えてきた。
「気にしないでいいよ。やっと休める」
私は操縦桿を握ったまま、様子を覗った。
メインエンジンのフル逆噴射でノリにノリまくった航行速度を落とし、船は平常航行に戻った。
「はぁ、ビックリした。あとでドッグ屋を呼ぼう。今は野菜を届ける方が先だね」
私は額の汗を拭い、苦笑した。
平穏を取り戻した船内は、目の前に見えてきたアトラス銀河進入に備えて、メインエンジンをカットした。
あとは慣性の法則に従って進み、時々メインエンジンを吹かしてやればいい。
「新しく幹線航路が設定されています。アトラス銀河の外縁部を抜ける形です。こちらにしましょう」
ジルケが笑みを浮かべた。
「そうして。この銀河に用事はないから」
私は笑みを浮かべた。
「では、そうします。転送航路も完備していますよ」
ジルケが笑った。
「しかし、このルートに入るには、間もなく分岐点です。この速力だとギリギリです」
パウラがそっと捕捉した。
「ユイ、どう?」
『はい、入力されたオートプログラムによると、今から大旋回をかけても通過してしまう
可能性が高いです。アレをやりますか?』
ユイが笑った。
「やるしかないでしょ。メインエンジンフル。偏向ノズルの制御は任せた!」
偏向ノズルとは、エンジンの最後尾にある吹き出し口にあるノズルを動かすという仕組みで、通常よりも遙かに小回りが利くようにしたものだ。
これにより、スラスタだけでは足りない推力を賄う事ができる。
『ついでです。マニュアルモードの練習もしますか?』
ユイが笑った。
「おっ、いいね!」
私は操縦桿を握った。
「やめろ、バカ」
食べかけのチョコバーを私に放って、がムスッとした顔をした。
「いいじゃん!」
私はそのチョコバーを咥え、操縦桿についているモード切り替えボタンをバレないようにそっと押した。
瞬間、暴れ馬のようにガタガタ揺れはじめた船の中で、私は笑った。
「バカ、本当にやるな!」
テレーザが慌てて操縦桿を握った。
『手遅れです。旋回ポイント』
ユイの答えに満足して、私はハンドル型の操縦桿を九十度一杯まで回した。
その操作に敏感に反応した船は、進行方向に対して横に向いて滑るように進み、程なく航路の分岐点を曲がり、一気に直進をはじめた。
『フルオートに切り替えます。まだまだですね。三十点』
ユイが笑った。
「こりゃ厳しいね」
私は苦笑した。
「おい、次にやったら生爪剥がすぞ。とりあえず、今はこれで勘弁してやる」
テレーザが私の顔に思い切りパンチを入れてきた。
「でた、テレーザパンチ。痛いんだよね」
私は笑った。
ちなみに、この中で私を遠慮なく殴るのはエテレーザとロジーナだけである。どうでもいいけど…。
再び慣性航行に切り替わった船は、航路を順調に進んでいた。
「この調子なら、一時間も掛からないか」
私はシートの背もたれに身を預けていた。
「…違うな」
テレーザがまたパンチを入れてきた。
「ごめんなさいは?」
「…ごめんなさい」
テレーザはチョコバーを私の口にねじ込んだ。
「分かればいい。こんなバケモノを、マニュアルで操船するものではない。全く…」
テレーザは、まだムスッとしてチョコバーを囓った。
「…なに、ブチ切れちゃったの?」
「うん、しばらく触るな」
テレーザの答えに、私は頭を掻いた。
転送航路を抜け、目的地のアランドがあるアルス銀河に入ると、ユイが船を大きく減速させた。
各星系間を結ぶ幹線航路はグネグネと曲がり、下手なところに外れるとどっかの惑星に激突しかねない。
慣れないマニュアルモードで大立ち回りをやって、実は疲れていたのだがそれを見抜いてくれたようで、操縦桿を握っているのはテレーザだった。
「ローザ、故障だ。私のコンソールに航行情報が出ない。なにかないか?」
テレーザが声をかけてきた。
「また故障か…。特にないよ。メインエンジン最大出力稼働で逆噴射で減速中」
大気圏内を飛ぶ飛行機でいえば、私の船はいわば最終着陸態勢に入っていた。
「レーダーレンジにアランド星系が入りました。最終着岸軌道まで五分」
お休み中のジルケに代わって、パウラが報告してくれた。
「了解。そろそろだね」
私はインカムの通話ボタンを押した。
「アランド管制。こちら、BBJX-488ヘヴィ。着岸許可を求める」
『BBJX-488ヘヴィ、こちらアランド管制。航行速度が速すぎます。減速して下さい』
アランドからの返答に、私は困ってしまった。
すでに最大級のブレーキをかけたまま、ずっとここまできた。
これ以上となると…。
「テレーザ、やるよ!」
「はいはい、やむを得んな」
テレーザが苦笑した。
私はコンソールパネルのキーを叩いた。
すると、普段は閉じているサメの口に当たる部分が全開に開き、同時に船に装備されている全ての強力な錨が下りた。
「いくよ!」
私はコンソールのキーを操作して、使い捨ての緊急停船装置を作動させた。
開いたサメの口から八機ある固体燃料ロケットの炎が吹き出し、私は勝手にサメブレスと呼んでいた。
「BBJX-488ヘヴィよりアライド管制。最大減速中」
『レーダーで確認しています。問題ありません、着岸を許可します。精密誘導を行いますので、それに従って接近して下さい』
管制からの答えに、私は一息吐いた。
「さて、錨を上げよう。固体燃料ロケットは五分は燃えるから、サブエンジンで調整しよう」
私は笑みを浮かべた。
アライド港の七十七番スポットに牽引された私たちの船は、降着脚を下ろしてスポットの床に着地した。
いつも通りスポットのシャッターが下りて与圧が開始され、私は大きく息を吐いた。
「みんなお疲れ。なかなかスパイシーな航海だったね!」
コミュニケーターで各所を同時に表示して、私は笑った。
『機関室です。熱くてたまりません。久々ですね』
汗だくのカボが笑った。
「ホント、ここまでメインエンジンを使ったのは久々だよ。どっかぶっ壊れてない?」
『偏向ノズルの動きが悪くなっていますが、あとは問題ありません』
カボが笑みを浮かべた。
「まあ、どのみちここを出港したら、すぐにドッグ屋を呼ぶよ。こりゃ、赤字だね」
私は苦笑した。
『ロジーナです。操縦室と違って、こちらは分厚い耐熱耐圧ガラスですし、高い位置から見ているので、死ぬかと思いましたよ』
ロジーナが笑った。
「実は、私も死ぬかと思った…。そういえば、テレーザはなにしてたの。普通なら操縦しそうなものだけど…」
「これを試していたんだ。緊急停船装置をな。しかし、何度試しても応答がなかったし、お前が操縦しているのを邪魔出来る状況でもなかった。まあ、三十点だな」
テレーザが笑った。
「ユイといいテレーザといい…。なんで三十点なんだか。せめて五十点はちょうだいよ!」
私は笑った。
「ヌルいな。さて、与圧も終わった事だし、あとは勝手に荷下ろししてくれるだろ。疲れたな」
テレーザが笑みを浮かべたのだった。
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