第2話 大惨事を目前に

「そうだ、ここから一番近いところで、アルハデンに行こう。あそこなら大規模貨物ターミナルがあるし、なにか仕事があるでしょ!」

 私は笑った。

「そうだな。あそこなら、なにかあるな」

 テレーザがチョコバーを囓りながら、笑みを浮かべた。

「よし、ジルケ。航路を出して!」

「はい、もうやっています。このままの進路で航路338を進み、トランスポータ航路に入れば二時間で到着します」

 ジルケが笑みを浮かべた。

 トランスポータ航路とは、いわゆるワープの事で、転送の魔法を使った特殊なものだ。

 この船なら六時間もあれば到着するが、ほぼ瞬間的に転送されるこれには勝てなかった。

「分かった。ユイ、船に異常はない?」

『はい、大丈夫です。ボルトの一本も外れていません』

 ユイが笑った。

 トランスポータ航路はなにがあるか分からないので、まず船に異常がない事を管理事務所に送信しておく必要がある。

 次いで、コールサインのBBJX-488と行き先を送信すればいい。

『通航許可が出ました』

 ユイの声と共に、コンソール上に浮かんだウィンドウに通航許可とクレジットカードから料金を落とした事を示すメッセージがでた。

 ここは、さすがに現金払いとはいかない。

 そんな事をしたら、船が大渋滞してしまうだろう。

 船はいつものフルオートモード。

 しばらく進むと、スラスタが作動した事を示すメッセージが正面パネルに情報として表示され、船の速度が徐々に落ちていった。

 トランスポータ航路には速度制限があり、大幅にオーバーしているこの船は、まだ正面スクリーンにトランスポータ航路の入り口も見えないうちから、速度を落とす必要があった。

『順調に減速中です。迷惑にならないよう、早く通り過ぎましょう』

 ユイの笑い声が聞こえた。

 一般的には鈍重な動きをする大型船が郵船で、トランスポータ航路を通る時は大型船、中型船、小型船の順に優先度が決まっている。

 当然私たちは最優先だが、その間足止めされる中型船以下の船に配慮して、出来るだけ高速で駆け抜けるのが常だった。

「さて、いくよ!」

 十分に速度が落ちたのと、正面スクリーンに一瞬だけなにかが見えたと思えば、軽く目眩のようなものを感じた。

 正面スクリーンに映し出された光景は、あっという間に惑星アルハデンが間近に迫ったトロポ星系のど真ん中だった。

「よし、急ぐ理由がないから速度はそのままで。まあ、気ままにいこう!」

 私は笑った。


 この船にとっては散歩するような速度だったが、既知宇宙標準時で二時間ほどで、緑色がきれいなアルハデンが見えてきた。

「うん、いつもきれいな星だね。さて、貨物ターミナルは…」

『様子がおかしいです。接近禁止信号と緊急警報を受信しました。停船しましょう。情報を確認します』

 ユイの声が聞こえ、私は船内警報ボタンを押した。

 これで、全員がシートに座ってベルトを装着しただろう。

 外部にあるスラスタの音がここまで聞こえ、さらに派手な重力場を展開して、船を強力に静止させる錨まで下ろした事を示すメッセージが、正面スクリーンに表示された。

「なんだろ、いきなりこれって…」

「…操縦を代わろう、これは緊急事態だ」

 テレーザがチョコバーを食べ終え、操縦桿を握った。

「私も嫌な予感がする。よろしく」

 操縦桿から手を離し、私は正面スクリーンをみた。

 船が止まると 私はどんな異変でも受け取れるように、神経を張った。。

「やけに緊急警報を放ちながら通る船が多いね。レスキュー隊っぽい」

『はい、トランスポンダは全て緊急船である事を発信しています。病院船やパトロール隊の船も多数集まっています』

 ユイが報告してくれた。

「ユイ、前方の様子を拡大表示できる?」

『はい、可能です。最大倍率に引き上げます』

 正面スクリーンの画像がズッと拡大され、粉々になった貨物ターミナルが映し出された。

「ちょ、ちょっと!?」

 嫌な予感が的中してしまい、私は声を裏返してしまった。

「よし、第二にいくぞ。ここにいたら邪魔だ」

 テレーザの操縦で船が動きはじめ、その場から離脱すると、全て合わせて三つある貨物ターミナルの第二に向かった。

 星をグルッと回って第一とは反対側の第二貨物ターミナルに移動すると、目的地を失ってこちらに向かってきた船で大混雑していたが、私たちの船は運良く空きスポットを確保できた。

「しっかし、なんだろうね…」

 私は小さく息を吐いた。

『情報が入りました。蓄積されていた貨物の中に大量の爆発物があり、なんらかの原因で一斉に爆発した結果、ステーションを崩壊させる程の大火事が発生したようです』

 ユイの声が聞こえた。

「そっか…死傷者の数は考えたくないね。でも、おかしいな。危険物は第三のはずだけど」

「みんながみんな品行方正ではない。第三は利用料も高いし、どうやってかセキュリティを抜けて第一に搬入されたんだろう。珍しい事ではない」

 テレーザが鼻をならした。

「そっか…。まあ、私たちが立ち入るトラブルでもないね。第二で仕事あるかな。こっちはショボいんだよね」

 私は苦笑した。


 アルハデン第二貨物ターミナルは、普段はさほど混雑しているわけではないが、船外に降りて中に入ると、第一ターミナルほど広くない事もあって、人でかなり混み合っていた。

 ところどころにあるモニターには、第一ターミナルの大事故について報道されていて、助かったのはたまたま救命カプセルに乗れた人たちだけ。

 スポットに入っていた貨物船も含めて大破し、未曾有の大惨事となっている事が分かった。

「まあ、運がよかったと思おう。気を取り直して、タピオカミルクティでも飲もう」

 テレーザが小さく笑った。

「そうだね。私たちはなにも関与していないもん」

 私は伸びをして、ところどころにあるスタンドでタピオカミルクティを全員に振る舞った。

「そういえば、エンジンの調子はどうかな。微振動が気になるんだけど…」

 今回一緒にきた機関士チームのカボに、私は問いかけて笑みを浮かべた。

「はい、微調整はしているのですが、全エンジンの出力が安定していません。今はリミッタをかけて90%でマックスにしています」

 カボが笑みを浮かべた。

「そっか、いよいよオーバーホールだね。仕事がなかったら、ドッグ屋を呼ぶか」

 私は笑みを浮かべた。

 ドッグ屋というのは通称だが、この既知宇宙には船の修理などを行う専門のショップがいくつもある。

 どこも専用の船で当て所なく既知宇宙中を航行しているが、私は世話になるドッグ屋を決めていた。

「さて、仕事はあるかな…」

 私は人混みが出来ている、仕事の依頼手続きをしているカウンターをみた。

「あー、これはダメだ。密かに狙っていた『猫二百匹輸送』も取られちゃったし、どうしようかな…」

 カウンターの上にある表示板をみて、私は笑った。

「そうだな。あとは紛争宙域に食料を届けるとか、きな臭い依頼ばかりだ。あきらめて他にいくか?」

 テレーザが笑みを浮かべた。

「うーん、せっかくきたし、もうしばらく粘ってみよう。予約だけは入れておく」

 私はポケットから小型端末を取りだし、仕事待ちの枠の中に記名した。

「さて、混んでるし船に戻ろうか。あの大事故だし、目的地変更以外でここを選ぶ船は少ないでしょ」

 私は笑みを浮かべた。


 完全に休暇モードで船に戻ると、正面スクリーンは表示されているが、航法レーダーなどのシステムは落とされ、普段は暗めに設定してある照明が明るくなっていた。

 操縦室内のトーンを落としたピンクに白玉模様で塗られていて、趣味嗜好は徹底していた。

「よし、ちょっとシャワーを浴びてくる。あるいは風呂か。先にいくぞ」

 航行中はなかなかゆっくりできないお風呂を満喫に、テレーザが高速トラムに乗って、 船の後方にある浴室へ向かっていった。

「そうだね。文字通り垢落とししないと暇だよね。ユイ、なんか音楽かけて!」

『分かりました。では、鎮魂の歌でも…』

 ユイの声が聞こえ、流れるような男性の歌声が響いた。

「鎮魂の歌ね。また、タイムリーな」

 私は苦笑して、第一ターミナル事故の犠牲者に黙祷を捧げた。

 その歌が終わり、私は操縦席のシートに座って、背もたれに体を預けた。

「ローザ、私もいってきます。ここ数ヶ月シャワーだけだったので」

 ジルケが笑みを浮かべ、再び操縦室から出ていった。

 この操縦室三人組の中で、一番ハードなのはジルケだ。

 航海中は気を抜けないし、本当は副航法士を乗せるべきなのだが、なにかプライドのようなものがあるようで頑なに拒否され、いつものシートの隣にある副航法士席には、ジルケの荷物が山積みになっていた。

 その時、船内放送の着信音がなり、コミュニケーターが作動して、正面の虚空にウィンドウが開いた。

『ロジーナです。ゼルマも合わせて砲手席を空けます。お風呂にメリダいるので』

 砲主室の二人が笑みを浮かべた。

「分かった。今はテレーザとジルケが入っていると思うよ。狭いかもね」

 私は笑った。

 この船の浴室はかなり広く改造してあるので、仮に全員が同時に入っても余裕はある。 まあ、軽い冗談だった。

『では、行ってきます。なにかあったら、警報を鳴らして下さい』

「分かってる。ごゆっくり」

 私はあとで入る。そう決めていた。

 船外にいるときはともかく、船内に戻れば私は船長だ。

 まあ、ちょっとした拘りだった。

「ユイ、しりとりでもしよう。私が先ね」

『はい、いいですよ。お先にどうぞ』

 ユイのクスリと笑う声が聞こえた。

「じゃあ、どでカボチャ」

『チャンプルー』

 …とまあ、暇の極みだが、最終的に追い込まれて負けたのは私だった。

「やっぱりAIには勝てないか」

 私は苦笑した。

『計算してみた結果、90%私の勝ちと出ていましたからね』

 心なしか自慢気に、ユイが答えてきた。

「なんかムカつくな…。まあ、いいや。ちょっと寝る」

 結局それしかないと、私はウトウト仮眠を決め込んだ。


 どれほど経った頃か、操縦室の扉が開く音が聞こえ、テレーザとジルケが帰ってきた。

「よし、あとは任せろ。風呂でもいってこい」

 テレーザがいつものシートに座り、読者をはじめた。

「それじゃ、よろしく!」

 私はシートから勢いよく立ち上がり、操縦室からでた。

 ちょうど待機していた高速トラムに乗って、まずは居住区に向かった。

 元々それなりの乗員が乗るようになっているので、居住区にはいくつも部屋があったが、私はカードキーで自分の部屋の扉を開け、小さなクローゼットから着替えを取り出した。

 ただ休めればいいという感じの部屋は、ベッドと小さな机、クローゼットくらいしかなかったが、半ば物置程度にしか使っていない私にはちょうどよかった。

「さてと…」

 私は部屋から出ると、停車していたトラムに乗り、浴室まで一直線に向かった。

 程なく到着すると、ちょうどロジーナとゼルマがお風呂から上がったようで、私と入れ違いにトラムに乗っていった。

「さて、お風呂!」

 お風呂には誰もいないはずなので、私は服を脱いで笑顔で浴室に入った。

 すると、私が知る限り連絡はなかったが、機関室三人組が湯船に浸かっていた。

「あっ、いたんだ」

「はい、テレーザには連絡したのですが、こんな時くらいじゃないとゆっくりできないので」

 二人を纏めるリーダーのカボが、大きく伸びをしながら笑った。

 ちなみに、エルフだけあって身長も高く、私ですら惚れそうな美女…といったら、カボはきっと湯船から逃げ出すだろう。

 要は、褒められ慣れていないのだ。

「そっか、しっかり油と埃を落としてね。はぁ、お風呂は落ち着くよ」

 私は笑った。

 私は体と頭を洗って湯船に浸かり、大きく息を吐いた。

 カボたちとしばし雑談を交わしたあと、三人は先にお風呂を上がっていった。

「はぁ、予約はしたけど、このターミナルじゃ仕事は期待出来ないな。第二でもらった事がないもん」

 私は苦笑した。


 お風呂から上がって着替えをして、洗濯物を纏めて洗濯機に放り込むと、洗浄の魔法がかけられた機械ゆえに、数分で終わった。

 同時に髪の毛を含めて乾燥も終わり、私は替えの服を着て洗ったばかりの服や下着を抱えて、居住区の自分の部屋に寄ってから操縦席に戻った。

 ちなみに、貴重な水はどんな排水でもタンクに集められ、強力な浄水器を通して再利用されるので、これだけ贅沢に使っても水の補給は数ヶ月に一回だった。

「どう、変わった事があった?」

 操縦席に座り、私は誰ともなく聞いた。

「うん、なにもない。そろそろ出港しないか。この騒ぎでは、まず期待は出来ないだろう」

 テレーザがチョコバーを囓りながら、私に提案してきた。

 こういう時は、テレーザのいう事を聞くものだ。

 私も無駄だと思っていたので、なおさらだった。

「分かった、そうしよう。ユイ、仕事の予約をキャンセルして、出港の許可を取って」

『承知しました。仕事の予約はキャンセルしました。管制と交信中です』

 私の言葉に、ユイが短く答えてきた。

 通常なら、出港の許可くらい正規の手段で取るが、今は大混乱で通常使われる無線の周波数帯はパンパンになっている事が簡単に予想できたので、面倒ごとをユイにお願いしたのだ。

 しばらくすると、牽引中の黄色いランプが点灯し、船がゆっくり後進をはじめた。

「おさらばだね。しばらく、この星は使えないか」

 私は小さくため息を吐いた。

「今は私が操縦しよう。ドッグ屋を呼ぶのだろう?」

 テレーザが笑った。

「よろしく、とにかくここから離れよう。大混乱に巻き込まれたくはないから」

 私は苦笑した。


 出港して空いてるポイントを、適当なポイントを探してからしばし。

「さてと、ここならいいね」

 私は無線の周波数を、プリセットしてあるボタンを押した。

 正面の虚空に小さくコミュニケーターのウィンドウが開き、ヒゲ面のオヤジが写しだされた。

『お前らか、またどっかぶっ壊したか?』

 オヤジがニマッと笑みを浮かべた。

「ぶっ壊れる前兆があるんだよ。オーバーホールお願い。ついでに、塗装の塗り替えも!」

『分かった。そっちの座標は検索済みだ。二十分でいく。ちょうど近くにいたんだ』

 コミュニケーターのウィンドウが消え、私は船内放送でベルト着用の指示を出し、全ての準備が整ったところで、船に急制動をかけた。

 ドッグ船は貨物船より動きが遅いので、今のうちから速度を落としておかないと、相対速度を合わせるのが難しくなる。

 目安となる速力計が限りなくゼロになったところで、ジルケが低速の大型船が接近中である事を告げてきた。

 再びコミュニケーターのウィンドウが開き、オヤジの姿が映し出された。

『レーダーで捕捉した。あとは任せろ』

 オヤジが笑みを浮かべた。

 同時に警報が短く鳴り、操縦システムに外部からのアクセスがある事をユイが告げてきた。

『コード確認。後方のドッグ船です。許可しますか?』

「許可して。さて、楽をしますか」

 私はフルオートモードである事を確認し、念のため操縦桿に手を添えた。

 コンソール上に赤ランプが点灯し、現在は他船の操縦に従っている事を示した。

 私は正面スクリーンの画像を前面から後方に変えた。

 真っ暗な中、ドッグ船の作業灯だけ光る光景が見え、徐々に距離が縮まっていった。

『順調です。あと十分程度でドッグに収容されるでしょう』

 ユイの声が聞こえてきた。

「了解。一応…」

 私は砲手席のゼルマを呼びだした。

 コミュニケーターの画面が開き、後方監視と主砲操作を担当しているゼルマが映し出された。

『はい、どうしました?』

「うん、もうやってるだろうけど、念のため後方を監視しておいて!」

『はい、やっています。異常はありません』

 ゼルマの声を聞いて、邪魔になるといけないので、私はそれ以上はいわずにコミュニケーターのスイッチを切った。

 船はジリジリとドッグ船に近寄り、密閉式のドッグに収容されると、私は正面スクリーンを前方に戻した。

 目の前でドッグのシャッターが閉じるのが見え、もの凄い音と共に与圧が開始された。

「ふぅ、これで収まったか。あとは、作業の打ち合わせだね!」

 私は笑みを浮かべたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る