ギャラクシー・エクスプレス ~宇宙急送便~
NEO
第1話 仕事の合間
アルゴまで荷を運び終え、カーゴベイが空の私たちの船は闇の中をゆったり航行していた。
私の名はローザ。この大型貨物船『ジュノー』の操縦士兼船長兼オーナーだ。
このアルカマニ重工製造トリトン級は、当初一般的な大型貨物船として設計されたが、なんの気まぐれかデッドスペースが多いサメのようなデザインにして改設計してしまい、商業的に大失敗に終わって、全既知宇宙でも数隻しかない。
私が生まれ育った星には中古船を扱う巨大なマーケットがあり、十八才の私でもお小遣いで買えてしまう値段で、半ばゴミのように売られていた。
それから三年あまり。貨物船なので荷運びの仕事をしようと方々に声をかけ、集まってくれた人たちで商売をしていた。
「はぁ、フルオート航行は暇だねぇ」
私は背もたれに身を預け、正面スクリーンに映し出されている星々を見つめた。
特に危険な航路でもなく、私は搭載AIの『ユイ』に船を任せていた。
「そうだな。まあ、暇が一番だ」
小さなコンソールパネルを挟んで隣にいるテレーザが、いつも通り表情少なく返してきた。
「コホン。油断はしないでくださいね」
私たちの背後で、高性能警戒レーダーウィンドウをいくつもコンソールの上に浮かべ、船の航行状況を確認しているジルケが咳払いして警戒を促してきた。
そう狭くも広くもない操縦室には、この三名がいるのみ。
他にも乗員はいるが、全長約十キロメートルあるこの船では、部署ごとに直接顔を合わせる事すら珍しい。
それでも、大型貨物船のカデゴリーでは小型にあたるのだ。
「分かってるよ。でも、このD-177航路は暇でさ。さて、定期点呼。まずは砲手席からいこうか」
私はコンソールを弄り、コミュニケーターでサメでいう背びれの中程にある、この船の武装をコントロールしている部屋を呼び出した。
戦闘艦でなくとも、『自衛用』に武装する事は許可されていて、この船には三連装荷電粒子砲を載せた超高速旋回小型砲台が前方と後方に向けて二門、近距離防御用に高出力レーザー砲を百門。その他、なにかあった時に備えて、胸びれの部分に艦対艦ミサイルを千七十八発ほどそっと隠してる。
…もはや、貨物船ではないが、だから、なに?
さて、コミュニケーターのウィンドウが開き、ヘルメットをかぶった女性が映し出された。
『どうしました?』
「いつもの点呼。異常はない?」
声の主はロジーナで、背中合わせのシートに腰を下ろしているのは、後方の武装を操作するゼルマ。
共に優秀な砲手で、危険な航路を行くときは頼りになる存在だった。
『分かりました。問題はありませんよ。準戦闘態勢で待機しています』
ロジーナが笑みを浮かべた。
「ならいいや。そのままよろしく。あんまり気合い入れないでよ」
私は笑った。
次いで最後尾の機関室を呼び出すと、機関士でエルフのカボが応答してきた。
『はい、なにもありません。全エンジン快調に作動しています』
カボが笑みを浮かべた。
この船のエンジンもチマチマ弄っているうちにとんでもないものになってしまい、最新の大出力エンジンEB-567を十八発も搭載する、バケモノのような船に仕上がってしまった。
これは自信を持っているが、武装で重くなっていても間違いなく既知宇宙最速だろう。
機関士は他に二名いるが、点検作業を行っている音が聞こえるため忙しいのだろう。
その姿をみる事は出来なかったが、ここには全員で三名配置している。
これで、バカみたいに巨大で大出力のエンジンを十八発もみているのは無理しているようだが、高性能なユイのお陰でたった三人で対応可能となっていた。
「そっか、またなにかあったらよろしく!」
私は次にキッチンを呼び出した。
ここには料理が得意なメリダがいて、航海には必須の食事を提供してくれているが、ずっと呼びだしているが、応答がなかった。
「あれ…。ユイ、どうなってる?」
私はユイに声をかけた。
『はい、キッチンで仕込み中です。呼び出しに気が付いていないようですが、注意を促しましょうか?』
ユイの声は十代くらいの女の子に設定してある。
その方が、なんとなく話しやすいからだ。
「いいよ、何事もなく生きてるなら。邪魔したら悪いから、このまま切るよ」
私はコミュニケーターのスイッチを切り、背もたれに身を預けて反り返るように伸びをした。
これが全乗員である。
本来はもっと人員が必要なのだが、そこはユイの力でカバーすればいい。
こうして、私たちはゆっくり航海を続けた。
さて、次はどこにいこうか…などという会話をテレーザとジルケで話していると、いきなりシステムダウンして、操縦室は非常灯が照らす薄暗い明かりだけになった。
「危険回避シグナル発信、システムチェック中。非常用操縦システム起動」
ユイの声が聞こえ、消えていた正面スクリーンに再び星々が映し出された。
エンジンが停止しても、宇宙ではそのまま惰性で進み続ける。
こんな幹線航路で停止などしようものなら追突事故どころではないが、この速度なら問題ない。
しかし、ユイは念のため故障中を示すシグナルを発信したようだ。
「一度、航路から外れましょう。私の指示に従って下さい」
ジルケがコンソールのキーを叩き、正面スクリーンにピンクの十字線表示された。
この縦線と横線が中央で交わる方に進路を取れという事だ。
私は操縦桿をそちらに向けたが、船は応答しなかった。
代わりに、スラスタが作動しないというエラーメッセージが表示され、私は苦笑した。
ちなみに、スラスタとは船のあちこちにある小さなエンジンで、これを噴かして進路の調整をおこなう。
それが出来ないとなると、なかなか面倒な話しだった。
『システムの基幹に異常はありません。航法システムの自己診断を起動しました』
「分かった。急がないから、慎重にね」
ユイの声に答え、私は背もたれに寄りかかった。
「あと百八十秒で航路を逸脱します」
ジルケの感情を消した声が聞こえた。
「了解。さて、間に合うか…」
私は操縦桿を握った。
そして、約二分後。非常灯が消えて、全ての明かりが点いた。
『システムの再起動により復旧しました。全システム異常なし』
コンソール上に開いたウィンドウに文字データが流れるように表示され、これがユイがやった作業内容だったが、流れるのが速すぎて目で追う事は不可能だった。
最後に『ログに記録』と表示され、ウィンドウが消えた。
その間、船はオートで航路の真ん中に戻り、またゆったり旅を再開した。
既知宇宙標準時でお昼ごろ。
食堂からメリダが連絡を入れてきた。
『食事が出来ました。送ります』
メリダの笑顔と共に、コンソールの大きなスリットから食事が出てきた。
「ありがとう。相変わらず、美味しそうだね」
私は笑みを浮かべた。
このジュノーには一応食堂があるが、たまに会議室代わりに使う程度で普段は誰も使わない。
船体の中央付近にあるキッチンからどの部署にいくにしても、船内移動用高速トラムでも十分くらいはかかってしまう。
味気なくはあるが、こうしてキッチンから一括転移してもらった方が早い。
これには、よくある転移の魔法が使われていた。
『食材の在庫が心許ないです。どこかのマーケットでショッピングを』
メリダが笑みを浮かべた。
「了解。ジルケに案内してもらうよ」
それでコミュニケーターのウィンドウが消え、私は背後のジルケをみた。
「分かった?」
「はい、この速度なら近くのマーケットまで十五分くらいです。334航路に入ってください」
ジルケが笑みを浮かべた。
「334ね。ユイ、分かった?」
『承知しました。航路334に進路を取ります』
船の進路が大きく変わり、常時表示してあるコンソール上のスクリーンに、航路334まで、かなりのショートカットをしているのが分かった。
「そんなに急がなくていいのに。食事時間がなくなるよ」
私は笑った。
「こちら、BBJX-488ヘビィ。接近の許可を求める」
航路334に入ってしばらくすると、巨大なステーションが見えてきた。
これが、既知宇宙中に幅を利かせる巨大小売り店チェーン『コスモコ』の店舗だった。
『BBJX-448ヘビィ。接近と入店を許可します。こちらで誘導するので、エンジンを停止してお待ちください。ようこそ』
無線から声が聞こえ、私はコンソールの『牽引中』を示す黄色いランプが点灯するのを待って、メインエンジンとサブエンジンをシャットダウンした。
「さて、お買いものっと」
私は笑った。
「そうだな、私にはペロペロキャンディかチョコバーでも買ってくれ」
隣のテレーザが笑った。
「ホントに買うぞ。ったく」
私は笑った。
正面スクリーンには徐々にステーションが大きく映し出され、三十八と書かれたドッグに向かって誘導と牽引されていった。
ちなみに、こうして内部に収容するドッグを密閉式、外部に連結するタイプは開放型という。
密閉式の方がコストは掛かるが、買い物という目的にはこちらの方が正解だろう。
狭い通路を大荷物を抱えて歩くのは、ちょっと現実的ではない。
船がドッグに入ると、後部モニターにシャッターが閉じる様子が見られ、正面スクリーンに本日のお買い得品などのデータが表示されはじめた。
「おっ、牛肉が安い…って、全部メリダがチェックしてるだろうな」
私は笑った。
「ペロキャンは冗談だが、チョコバーは欲しいぞ。よし、久々に船から降りるか」
テレーザがベルトを外し、シートから立ち上がった。
「私も行くよ。ユイ、留守番よろしく」
『はい、分かりました。システムをアイドルに切り替えます』
ユイの声に続けて船が微かに揺れて、聞こえる音は空調機から吹き出る風くらいになった。
「ジルケはどうするの?」
「はい、私も降ります。たまには外の空気を吸わないと」
ジルケが笑みを浮かべた。
ちなみに、シャワーどころかお風呂まであるので、ちゃんと身だしなみは整えているが、今まで半年間は船に乗りっぱなしだった。
こうして、珍しく操縦室三人組が室外に出て、ちょうど止まっていた移動用高速トラムで、一番近いエアロックに向かった。
数秒で目的地に到着すると、私は腕時計内蔵のコミュニケーターを起動した。
『はい、どうしました?』
最後尾にいるカボが返事してきた。
「うん、買い物いく?」
『いえ、特に欲しいものはありません。今のうちに、こういう環境でないと出来ない整備をします』
カボの返事は明確だった。
「分かった、よろしく」
エアロックの表示が外部気圧と同じになった事を確認して、私はエアロックの内扉開放ボタンを押した。
スルスルと横にスライドして扉が開き、背後で高速トラムが止まった音が聞こえ、砲手席のロジーナとゼルマがやってきた。
「板チョコの在庫を切らしてしまって買いに行こうとしたら、ゼルマも買い物があるそうで」
ロジーナが笑みを浮かべた。
「はい、ロジーナと似たようなものですが、エナジードリンクがなくなってしまって」
ゼルマが笑った。
「そっか、あとはメリダがくれば…」
再び高速トラムが到着しメリダが降りてきた。
「あれ、みなさんお揃いで。準備が出来ていればいきましょう」
メリダの声に私は頷き、エアロックの外扉が開放可能になっているという表示をみて、エアロックのスイッチを押した。
外扉が開くと無人のタラップ車が接近してきて、下りるための階段が作られた。
「よし、いこう!」
私たちはタラップを下り、ドッグの床に両足をつけた。
ドッグから店内出入り口を通り、大型カートを押して連なっていくと、メリダは食材を大量に集めはじめ、あとはお菓子や飲み物ばかりだった。
「こんなもんか。あとは、機関室への差し入れっと」
私は適当にお菓子を集めた。
「さて、これでいいか」
カートの精算と書かれたボタンを押すと、金額が宙に浮いたウィンドウに表示された。
問題なかったので承認と書かれたウィンドウ上のボタンをタッチすると、支払い方法を選択する画面が表示されたので、現金取引が信条の私は現金を押した。
すると。カートにパカッと紙幣とコインを入れるスリットが開いたので、私はそこに現金を入れた。
出てきたお釣りを財布にいれると、小さなコンテナを載せた車がやってきたので、私はカート上の品物をコンテナに詰め込んだ。
これは、このまま船の搬入口に運ばれていき、コンテナごと運び込まれるようになっている。
今頃はユイが搬入口の扉を開いているはずだ。
「さて、他のみんなはまだか。船で待とう」
私は笑みを浮かべカートを置き場に戻し、三十八番ドッグに向かった。
船は私の趣味でピンクに白玉模様で塗ってあるが、そこここに黒い線が走ったりへこみがあったり…長い間使っている証が刻まれていた。
「うん、次のオーバーホールの時に塗り直すか。そろそろやってもいいね」
私は笑みを浮かべ、細長い十キロ先の船尾を眺めた。
船体前部にある搬入口の扉が開き、先程私が買ったお菓子類が運ばれてきて、ベルトコンベアで船内に運び入れられるのを見守ってから、私はタラップを上って船内に入った。
暇なので久々に顔を出しておこうと、トラムに乗って後部の機関室を目指した。
トラムというと路面電車だが、ここでは四人乗りの小型カートのようなものだった
約十キロ先まで一分半。風防ガラス越しにみえる船内は、特に異常はなかった。
機関室前で止まったトラムを降りて、カードキーで解錠して機関室の扉を開けると、ちょうど整備が終わったようで、三人の機関士が笑いながらお茶をしていた。
カボはもう紹介が終わっているが、あとは好みで赤い色いツナギを著ているテレーゼと青いツナギのティアナ。カボが黄色いツナギを着ているので、『信号機トリオ』というあだ名がついている。
「おう、元気してるか!」
私は機関室にいるメンバー三人に声をかけた。
「はい、元気にしています。機関は問題ありません」
カボが笑みを浮かべた。
「ならいいや。あとで差し入れが届くと思うから、みんなで食べてね」
私は笑みを浮かべた。
「はい、ありがとうございます。まだ、時間がありますか?」
カボが笑みを浮かべた。
「だろうね。まだ、コンテナの積み込みも終わってない。散歩?」
「はい、想定してたより早く整備が終わったのでお店の内を歩いてみようかと」
カボが笑みを浮かべた。
「うん、いいね。ついでに買い物でもしてくればいいよ」
私は笑った。
「それもいいですね。では、頃合いを見て行ってきます」
カボが笑った。
機関士の中でカボは中心となる存在だった。
まさに、頼りになるお姉さんだった。
機関士チームに満足して、私は手を挙げてから止めたままだったトラムを発進させた。
私たちは再びトラムで船内を移動し、途中の第三エアロック前でトラムを降りて操縦席に入った。。
操縦席に座ると、私はコンソールのキーを叩き、システムチェックをはじめた。
コンソール上に開いた船の略図をみたが、どこにも異常は見当たらなかった。
「これならいつでも出港できるね。さて、みんなの帰り待ちか」
私はシートの背もたれをリクライニングさせて、静かに目を閉じた。
みんなしこたま買い込んだようで、船への搬入に時間がかかった。
それでもなんとか全てのコンテナを収め、買い物は終わった。
ちなみに、このコンテナはサービスで無料だ。
「よし、いくよ!」
私が声を上げると、隣のテレーザが店との交信をはじめた。
ここまで聞こえるほど大きな音が聞こえ、ドッグ内の空気が抜かれているのが分かった。
程なく外部気圧ゼロの表示が出て、牽引中の黄色いランプが点灯した。
少しだけ癪に障るが、全長十キロメートルの大型貨物船をバックでドッグから出すのは、自力では非常にシビアなコントロールになる。
ここは、黙って牽引してもらった方がいい。
しばらく牽引されて店舗から離れると、牽引中のランプが消えた。
「ユイ、サブエンジン始動。航路に戻して」
『承知しました。サブエンジン出力100%。加速開始』
マーケットから離れた船は、サブエンジンだけでも十分な加速をして、航路334を進みはじめた。
『コスモコから離れました。メインエンジン始動可能圏内まで、あと十秒』
ユイが報告してくれた。
なにしろ、とんでもないエンジン推力を発生させるこの船だ。
万一、コスモコのようなステーションや港によって、私たちはメインエンジン始動可能領域を設定している。これは、施設の破壊予防だ。
これはどの船もやっている事で、特段珍しくない事だった。
「よし、いきますか。ジルケ、障害物は?」
「周辺五リグに障害物はありません。問題なく加速できます。
ジルケの声を聞いて私は操縦桿を握り、普段はオートのスラストレバーに手を乗せた。
『警告:セミオートモード。よろしいですか?』
「いいよ、たまには操縦しないとね!」
セミオートモードはユリの介入は最低限で、実質マニュアル操縦モードだった。
「全員ベルト装着。チェック…」
私はコンソール上に表示された、各シートのベルト着用状況を確認し、ついでに命綱のGキャンセラーの動作状態を確認した。
この装置は加速や減速時の重力負荷を低減してくれるもので、高速航行には必須のものだった。
「Gキャンセラー八機とも正常。いくよ!」
私はスロットルレバーをゆっくり引いた。
瞬間、船は爆発的な加速をはじめ、Gキャンセラーがあっても体が背もたれにめり込んだ。
「これだよこれ。遅い船に興味はないもん!」
私は笑った。
「なんでもいいが、変な所に突っ込むなよ」
隣でチョコバーを囓りながら、テレーザが笑みを浮かべた。
「変な場所ってどこ。宇宙はみんなのものだよ!」
私は笑ったのだった。
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