第3話 修理完了。やっと仕事ができる

 私たちの船は航路を無視して、目的地であるアランデに向かっていた。

 航路から外れて航行するのは、十分な武装を施した軍用艦程度のもので、よほど急ぎでなければ、民間船がこれをやるのは珍しい事だった。

 まあ、過信しているわけではないが、私たちの船は並ならぬ速力があるし、武装もちょっとした戦艦並、防御もロジーナの強力な結界魔法があるので、そこら辺の輩に狙われても問題はなかった。

「ユイ、状況は?」

 特にやる事もなく、通常時全速力を維持して航行を続けていたので、特に問題はないだろうと思ったが、私はユイに問いかけた。

『はい、特に問題はありません。新らしく搭載したGキャンセラー四基も調整が完了したので、出力制限モードから通常モードに切り替えました』

「なに、オヤジはいってなかったな。忘れたか」

 私は笑った。

 ちなみに、この船は当たり前のように重力制御装置が搭載されている。

 これがなかったら、船中の物が浮いてしまって危ないし、こうして普通にシートに座っていられないだろう。

『これで、最大出力で加速してもベルト着用の必要はなくなりました。でも、お勧めはベルト着用ですね』

 ユイがクスリと笑った。

「また強力なの積んだな。まあ、いいや。それなら快適だね」

 私は笑った。


 順調にアランデを目指して航路外を航行していると、ジルケがレーダーにこちらに向かってくる反応があると告げてきた。

「こっちの近距離精密レーダーには反応はなし、砲手席の索敵レーダーなら詳細が分かってるでしょ」

 私はコミュニケーターで、砲手室を呼び出した。

『はい、海賊です。数は約百二十。進路を塞ぐ形で展開しています』

 ロジーナが笑みを浮かべ、ヘルメットの黒い遮光バイザーを下げた。

 宇宙は海に例えられるので、海賊は海賊だった。

「この速度についてはこれないね。ロジーナ、正面だけこじ開けて通過するよ。速くしないと突っ込んじゃう!」

『はい、分かっています。主砲展開』

 微かに機械音が聞こえ、ここからでは見えないが、格納式にしてある主砲がスタンバイされたようだ。

 同時に一瞬だけピカッと何回も光り、対閃光モードで薄暗くなった正面スクリーンで、派手な爆発が起こった事を確認した。

 ほぼ同タイミングで海賊船の群れを突き抜け、完全に置き去りにして私たちの船はなにもなかったように進んだ。

『片付けました。大した事はないです。主砲を格納します』

 ヘルメットの黒い遮光バイザーを上げ、ロジーナが笑った。

 いかな武装が許可されているとはいえ、さすがに戦艦の主砲クラスの武装はマズい。

 それを隠すためと整備しやすいようにと、普段は船内に収めているのだ。

「ならいいけど。こっちも問題ないよ!」

 私は笑った。

「ユイ、ダメージはないよね?」

『はい、ありません。海賊船団など、影も形もありません』

 ユイの声を聞いてジルケを見ると、小さく笑みを浮かべて頷いた。

「よし、引き続き行こう。もうすぐ着くんじゃない?」

「はい、あと三十分くらいですね。異常な速さです」

 ジルケが笑った。


 船は順調に進み、アランデ星系に入ったところで、ユイがエンジンを逆噴射モードで減速させた。

 まだ距離はあるが、このくらいからブレーキをかけないと間に合わないのだ。

 Gキャンセラーの作動音が聞こえたが、確かに効果は抜群でシートに座ってベルトを装着していたが、以前のように前につんのめるような衝撃はなかった。

「これいいね。キツくない」

「ああ、そうだな。ちょっと物足りないが」

 私テレーザがお馴染みチョコバー囓りながら、小さく笑った。

「いいんだよ、これで。さて、仕事あるかな…」

 私が呟いた時、折良く無線連絡が入った。

『ローザ、ハンスだ。待っていた。荷が捌き切れんのだ』

 スピーカーからゴツいオッサンの声が聞こえた。

 相手の名はハンス。アランデの大抵の鉱山はこの人が所有しているという大物だった。

「おっ、ちょうどいいね。今は空荷だよ。なにを運ぶの?」

『うむ、最近は鉄鉱石だけじゃなく、金の採掘も初めてな。精錬した金のインゴットを腹一杯に積んで、市場があるラグアナまで運んで欲しいんだ。その船なら、片道一時間くらいだろう』

 ハンスのオッサンは、そこで大笑いした。

「相変わらず荒稼ぎするねぇ。いいよ、港に着いたら連絡するよ」

 私は苦笑した。

 船は急減速しながらアランデに接近しいていき、正面スクリーンにはどことなく灰色掛かった星が見えてきた。

「アランデを目視で確認。テレーザ、港に接岸する許可をとって!」

「分かった…」

 短くなったチョコバーを一気に口に収め、テレーザは港の管制と交信をはじめた。

「ローザ、百三十七スポットを指示された。あとは、自動誘導に任せよう」

「了解。ここの港って入り組んでいて面倒なんだよね」

 私は笑った。

 十分に速度を落としきったところで、目前には巨大なステーションが見えてきた。

 なお、この船は大気圏内航行能力はない。

 つまり、星には降りられないので、必要な物資は小型艇が運んでくるか、地上からエレベータで運ぶしかないのだ。

 程なく牽引中の黄色いランプが点り、私は船のエンジンを停止した。

 貨物船が行き交う中、私たちの船は無事に港の密閉式スポットに収まった。

「さて、ハンスのオッサンに連絡するか」

 私は無線でハンスのオッサンに声をかけ、停泊した港のスポット番号を教えた。

『よし、百三十七スポットだな。さっそく荷物の運び出しにかかる』

 ハンスのオッサンとの交信を終え、私はサメのお腹に当たるカーゴベイの扉を開放した。

 地鳴りのような音と共に微かな揺れがあり、私はテレーザに操縦や無線交信を任せ、一人で武骨なスポットの床に降りた。

 すると、恰幅のいいハンスがスーツ姿でやってきて、手を挙げて近寄ってきた。

「おう、生きてたか!」

「お互いにね!」

 ハンスと私は笑った。

「今は軌道エレベータで荷を運んでいる。かなり時間が掛かるから、船の中で待ってろ」

 ハンスが笑みを浮かべた。

「そうするよ。一時間どころじゃないでしょ?」

「そうだな、四、五時間はかかるかもしれない。軌道エレベータでは、一度に運べる重量が限られているからね。金のインゴットしか積まないからゆっくり休んでいてくれ」

 ハンスが笑った。

「そこは信用してる。じゃあ、船でゆっくりさせてもらうよ」

「おっと、船賃を忘れていたな。これでどうだ?」

 ハンスが札束がギッシリ詰まったアタッシュケースを、二つ用意ししてみせた。

「こりゃ羽振りがいいね。確かに受け取ったよ。運ぶのは任せて!」

 私は重たいアタッシュケースを二つ持って、タラップを上っていった。

 停まっていたトラムに乗って居住区にいくと、みんなには教えていない部屋にアタッシュケースを二つ持ち込み、改めて中身を確認した。

「二百万ディナールか。そこそこ稼げたね」

 私は札束を丁寧にクローゼットにしまい、小さく笑みを浮かべた。

 なにも独り占めしようとしているわけではない。

 これで、小さいながらも個人経営の会社なのだ。

 みんなに給料を払ったり、船のメンテ代や港の使用料を払ったり…まあ、入ってくるお金と出ていくお金を比べれば、ギリギリプラス収支といったところだ。

 この部屋は金庫で、私しかカードキーをもっていない秘密の場所だった。

「よし、一稼ぎしますか」

 私は笑みを浮かべ、居住区から操縦席へと移動した。


 たっぷり時間をかけて荷積みが終わり、操縦室で仮眠を取っているみんなを起こさないように、私は再びスポットの床に降りた。

 開けっ放しのカーゴベイにギッシリ積まれたコンテナをみて笑みを浮かべ、私はコミュニケーターでユイに扉を閉めるように伝えた。

 轟音を立ててカーゴベイの扉が閉まり、閉鎖を確認すると中で与圧する音が聞こえた。

「おう、待たせたな。これだけ運べば当分は大丈夫だ。また暇があったらこい。仕事には困らないぜ」

 ハンスが笑った。

「そうする。じゃあ、またね!」

 私は笑みを浮かべた。

「一応、終わったら連絡をくれ。向こうでは三十七ポートを確保している」

「分かった。それじゃ、出港するからスポットから出て!」

 ハンスは笑って階段を上り、スポットの分厚い扉を開けて出ていった。

「さて…」

 私はタラップを上って船内に戻り、仮眠から醒めた様子のテレーザとジルケの肩を叩き、コミュニケーターで砲手室を呼び出した。

『出港ですか。待ちくたびれました』

 ロジーナが笑みを浮かべた。

「そういう事。準備しておいて!」

 私は今度は機関室を呼び出した。

『はい、出港ですね。全員で点検しましたが、全エンジン正常です』

 カボが笑みを浮かべた。

「了解。よろしく頼むよ!」

 私は笑い、テレーザに声をかけた。

「管制はなんていってる?」

「ああ、今は混雑しているから、少し待って欲しいとの事だ。大型船がくるらしくてな、小型船や中型船を退けるのに手間取っているようだ」

 テレーザが苦笑した。

「そっか、なら当分ダメだね。全く、この港は」

 私は小さく息を吐いた。

「いつでも出られるように、スポットの減圧はしておくそうだ。各所気密チェック、ステップ格納」

「了解」

 テレーザの声に、私は船の気密チェックを行い、問題ない事を確認するとステップを格納した。

「気密チェック完了。各所異常なし。ステップ格納」

 私は船内モニターをチェックしながら、声に出して確認した。

「出港準備完了。あとは、待つだけだね」

 私は笑みを浮かべた。

「まあ、気長に待とう。ラグアナまでのオートクルーズデータ入力」

「分かりました。二秒下さい」

 ジルケが素早く自分のコンソールのキーを叩いた。

「完了です。エンジン出力はクルーズモードです。通常だと近すぎて通過してしまうので」

 ジルケが笑った。

「なんだ、ぶっ飛ばそうと思っていたのに。まあ、分かっていたけど!」

 私は笑った。

「管制からだ、全長百キロメートル級の大型船を誘導中らしい」

 テレーザがコンソールのキーを叩き、私の方に文字情報を送ってきた。

「またバカでかい船がきたね。それはともかく、そろそろシャッターが開くよ」

 私はコンソールの画面に、『牽引準備中』と表示されているのを確認し、正面スクリーンで後方をみると、すでにスポットのシャッターが開けられている事を確認した。

「浮上。降着脚アップ」

「了解。重力制御装置作動。降着脚アップ」

 私の声にテレーザが答え、船が自力で浮いて短い脚が船内に格納された。

 空荷では降着脚は下ろさない事が多いが、今回は重量物を搭載すので、安全のために下ろしていたのだ。

 コンソールの画面をみると、最大搭載量スレスレの貨物が積み込まれている事が分かった。

『トリム調整は完了しています。問題ありません』

 ユイの声が聞こえた。

 これだけの荷物を積むと、ちゃんとバランスを調整しないと、安定した航行ができなくなる。

 トリム調整とは、そのバランスを調整する作業だった。

「分かった、ありがとう。あとは、牽引されて出るのを待つだけだね」

 私は笑った。

「そうだな。しかし、いつになるか分からんぞ。大型船の牽引で大忙しだろうからな」

 テレーザがチョコバーを囓りながらぼやいた。

「まあ、待つしかないよ。日付指定がある貨物じゃないし」

 私は笑った。


 結局、二時間ほど待ったところで、大型船がスポットの入り口に詰まってしまい、港が閉鎖されてしまった。

「なにやってるんだ、全く…」

 テレーザが小さくため息を吐き、チョコバーを囓った。

「あーあ、これはどうにもならないね。港の使用料はハンスが払ってるし、何時間掛かったって痛くも痒くもないよ!」

 私は笑った。

「そういう問題じゃない。ここから出れば、ラグアナなんて四十五分くらいだ。二つ先の惑星だからな。それがこの始末だ。下らん」

 どうも、テレテーザは珍しく不機嫌なようだった。

「なに、らしくないね。ご機嫌斜め?」

 私は笑った。

「それは機嫌も悪くなる。オンラインゲームでボコボコにされたからな。あの野郎…」

 なんだかどうしょうもない気もするが、私はなにもいわないでおいた。

「それじゃダメだね。私が操縦する」

「ああ、そうしてくれ。なんかぶっ壊しそうだ」

 テレーザが鼻を鳴らした。

「はいはい。さてと、復旧見込みは…」

 無線は悲鳴を上げていると思ったので、私は文字情報で管制に問い合わせた。

 しばらく待って返ってきた答えは、『不明』だった。

 状況を確認すると、これほど大きな船はスポット一番か二番しか使えないのだが、二番スポットに牽引中に、船体がスポットの入り口に衝突してしまい、身動きが取れなくなってしまったようだった。

「あーあ、やっちゃったね。ユイ、手伝ってやって!」

 私は笑った。

『承知しました。まずは、一回船を引き抜きましょう』

 ユイが小さく笑った。

 コンソールのモニターに情報が流れ、ユイはスポットの入り口に詰まっている大型船を勝手に操船しはじめた。

 ここからでは直接見えないが、正面スクリーンに管制塔から見た光景が映し出され、それをチェックすると、スポットの入り口に見事に突き刺さった、小山のような巨大船が後退して港から離れ、今度は見事にスポットに収まった。

「ったく、世話が焼ける」

 私は苦笑した。


 誰にも知られないこの動きで一時間後には港が再開され、程なく私たちの船に出港許可が出た。

 しかし、管制からの誘導が信用できないため、牽引されたフリをしてユイが調整しながらスポットから出し、牽引が切れた頃合いで船首をグルッと回転させ、待機していた船の間を抜け、アランデの港をあとにした。

「本来なら、ここまで牽引してくれるんだけどねぇ。管制がメチャメチャなんでしょ!」

 私は笑った。

「全く、なんだこの港は。いつも酷い混雑でイライラさせられるのに、これでは危なくてどうにもならん」

 やっぱり不機嫌なテレーザの声に小さく笑い、私は操縦桿を握って船を操ったのだった。

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