はとこの鳩子さんが可愛過ぎて結婚したい

久野真一

はとこの鳩子さんが可愛過ぎて結婚したい

 窓の外を見るとすでに闇に覆われていて、時折窓辺を雨露が下りていく。

 梅雨の夜らしい、そんな平凡な光景。


 そして、見上げると大好きな姉替わりな女の子の微笑み。

 後頭部にはパジャマ越しにやわらかいふとももの感触。

 「よしよし」なんて言いながら髪の毛をいじってくるのもいつものこと。

 つまるところ、俺は膝枕されているのだ。

 八木鳩子やつぎはとこ

 八木家の一人娘にして、俺のはとこ。

 幼い頃に両親を亡くした俺の姉替わりでもある人だ。

 今は異性としても慕っている。


とおる君、何か考えてる?」


 微笑みながらもじっと俺の瞳を見据えてくる。

 くりくりした鳩子さんの目は本当にきれいだな、なんて思う。


「ちょっと今までのこと思い出してただけだよ」


 ほんと、鳩子さんが居なかったら今の俺は居なかっただろうな。


「やっぱり」

「やっぱり?」

「猫みたいな目してた。気づいてる?とおる君、考え事してるとき、どこかすっごく遠くを見てるみたいで本当に猫みたいなんだよ」


 なんてわかった風な口をたたかれるけどその通りなので言い返せない。


「鳩子さんには隠しごとできないなあ」


 ぽやぽやした雰囲気でのんびりしている鳩子さんの観察眼は鋭い。


「徹君とももう十年近い付き合いになるからね」

「ほんと、ありがとうございます。鳩子さんが居なかったら、こうして呑気に過ごしてられませんでした」


 比喩でもなんでもなく本当の話だ。


◆◆◆◆


 俺は小三の頃、両親を交通事故で失った。

 本当は家族でちょっと遠出するはずだったのだけど、


「いや。僕は一人で留守番してる」


 そう言って聞かなかった僕に困った二人は、


「仕方ないわね」

「まあ、徹も一人遊びが好きな子だしな」


 そう納得して、夫婦二人でどこかしらに出かけて行った。

 それが母さん、父さんと会った最期の機会だった。

 結局、二人は交通事故で即死。

 駄々をこねて家で留守番を決め込んだ俺一人が助かったというわけだ。

 本当に世の中は何が起こるかわからない。


 問題は両親を亡くした俺を誰が引き取るかだった。

 親戚一同が集まって何やら難しい顔をして話していたのを覚えている。

 結局、他の親族は二人以上子どもがいることもあるし、俺が一番懐いていたのがはとこに当たる鳩子さんだったこともあり、俺は八木やつぎ家に引き取られることになった。


 とはいえ、既にものごころついていた年頃だ。

 おじさんたちとはどこか壁を作っていた当時の俺にとって頼れる存在だったのが鳩子さん。


「お母さんたちのこと、つらい?」

「つらいのかな。今でも現実じゃないみたいな気がして、涙が出ないんだ」

「仲良かったもんね」

「どうなのかな。嫌いじゃなかったけど、よくわからないや」

「そっか。複雑な気持ちなんだね」

「複雑……そうなのかも」

「別に無理にすぐ整理しなくてもいいから」

「ありがとう。鳩子姉ちゃん」


 八木家に引き取られてしばらくした頃。

 鳩子さんに膝枕してもらいながらそんなことを話した。

 当時の俺はといえば、あの日、一人遊びを望んだ自分が両親を死なせてしまったような気がして。言葉にできない罪悪感にとらわれていたように思う。

 そんな俺の話を鳩子さんはただ聞いてくれて、それがとても救いだった。


◇◇◇◇


 そんな感謝の気持ちを込めて言った言葉なのだけど、


「敬語」


 何が気に食わないのか、鳩子さんは渋い表情だ。


「え?」

「敬語、使わなくていいって言ったでしょ」

「いやでも、俺も高校生ですし。鳩子姉ちゃんとか言ってた頃じゃないわけで」

「姉代わりとしては、それはちょっと寂しいかな」

「わかりました。いや、わかったよ。鳩子姉さん」

「わかればいいの。わかれば」


 満足そうに頷く鳩子さんにとって、俺は一体どういう存在なんだろうか。

 しとしとと垂れる雨露を眺めながらそんなことを考える。

 こんな風に平気で夜に男の部屋を訪れてパジャマで膝枕なんて。

 恋人しかやらないだろうと思うのに俺たちは未だに恋人同士じゃない。


 本当の姉弟ならきっと思春期にもっと距離を置くものだと聞いたことがある。

 ただ、俺たちの場合は経緯が経緯だ。

 本当の家族よりもよっぽど距離が近くて、お互いに距離を離すつもりもなく。

 気が付けばもう高校生だ。鳩子さんも今は高校三年生。

 受験生で来年は大学生だ。こんな、ちょっと妙な関係だっていつまで続くか。

 

(鳩子さんは、本当にかわいいよな)


 夏用の薄手のパジャマが身体のラインをくっきりと浮かび上がらせていて。

 スレンダーな体型を強調している。

 胸があんまりないとかはささいなこと。

 どこか母性を感じる鳩子さんに俺はいつしか惹かれていた。

 人の言うことをそのまま受け止めてしまうような、ちょっと天然なところも。

 いつもちょっとぼんやりしているところだって可愛らしい。


 膝枕されるひと時だって、俺にとっては嬉しい時間でもある。


(俺、鳩子さんのこと好き過ぎるだろ)


 膝枕されながら、そんなことを考える。


(でも、鳩子さんはどう思ってるんだろう)


 弟?きっと、それもあるだろう。

 でも、男としては?弟のような扱いの異性にこんなことをするだろうか。

 しかも、寝る前にはハグまでしてくるまである。

 冷静に考えると、相当妙な関係だ。


「なあ、鳩子さんは俺のことどう思ってる?」


 気が付いたら疑問は口をついて出ていた。


「どう思うって……大事な家族だし、弟のように思ってるけど?」


 何言ってるんだろう?という感じでそのまま打ち返されてしまった。

 鳩子さんのいいところでもあり、悪いところでもある。

 人の言葉の裏を読まない人なので、言ったことをそのまま受け止めるのだ。


「あ、うん。ありがとう。でも、そういうことじゃなくて……」


 この天然入った姉のような人にどう伝えるべきか。

 そう考えて、この人に遠回しな表現をしてたら永遠に伝わらない。

 そんな当然の真理に思い至った。


「あーもう、鳩子さん相手に婉曲表現が通じると思った俺が馬鹿だった」

「その天然扱い、私はちょっと傷つくんだけど」


 彼女のクラスでも、鳩子さんの天然ぶりはよく話題になるらしい。

 そういうところが可愛いとも鳩子さんのクラスメートは話していたけど。


「だって、どう思ってる?にそのまま返されるとは思わなかったし」

「え?だって、それ以外にどういう意味が?」


 そこで、別の、しかもよくありそうな意図を読み取らないのが鳩子さんだ。

 もういいや。こんな人だから俺も好きになったんだし。

 そんなまっすぐな人には俺もまっすぐに伝えるしかない。


「鳩子さん。俺、鳩子さんのことすっげえ好きなんだけど。もち、女性としてな」


 言った。言ってしまった。

 しかし、膝枕されながらの告白というのもなんとも風情がない。

 なんて冷静に思ってしまう。


「す、すき?徹君が私を?」


 目を大きく見開いて、予想外のことを言われたという顔。

 まあ鳩子さんならそうだろうと思っていたよ。


「そうだって言ってるだろ」

「そ、そうなんだ。私も……好き、かも」


 そして、こんな微妙な返事をかえす辺りがやっぱり彼女だ。

 これ、男として喜んでいいのか?


「かもってなんだよ」


 もやもやする。好きなら好きとはっきり言ってほしい。

 そんなモヤった気持ちを込めて彼女の瞳を見据える。


「だって。好きとか考えたことなかったし……」


 う。少し顔をそむけてる鳩子さん、すっげえ可愛い。

 男の俺が言うのもどうかと思うが胸キュンしてしまいそうだ。


「鳩子さんも高三だろ。コクられたこととかないのか?」


 家族補正があるのは認めるけど、鳩子さんは美人だ。

 しかも、妙なところで男心をくすぐる可愛らしさがある(俺主観)。

 同じ学年の男子が放っておくはずなんてないと思うのだけど。


「ないよ。男の子に遊びに行こうって誘われたことはあるけど」


 その言葉を聞いてオチがわかってしまった。


「なあ、その遊びの誘いになんて返した?」


 彼女のことだからその先まで読めてしまうのだけど。

 これも家族として長く一緒に過ごしてきたからだろうか。


「クラスメイトと一緒に遊びに行くのに二人だと少ないかなと思って……」


 声がどんどん小さくなっていく。


「友達を誘った、だろ?」

「うん。「いいよー。ちょっと他の子にも声かけてみる」って。そしたら、すっごく残念そうな顔をして「いや、また今度でいいよ」とか言われることが多かったんだけど、もしかして……」


 その男子には同情する。

 デートに誘ったつもりが、皆で一緒に遊ぼうというお誘いと勘違いするだなんて。

 

「断言するけど、今まで二人きりで遊びに誘った男子。鳩子さんに気があるやつ多かったと思うぞ」

「う。そういわれると……妙に緊張して誘って来た子が多かったかも」

「そこで気づかなかったの?」

「だって。恋とかそういうのって自分には縁がないって思い込んでたから」

「鳩子さん、フラグクラッシャーだったんだな」

「フラグクラッシャーとか言わないで!でも、否定できないのが悔しい……」


 なんて言いながら、本気で凹み始めてしまった。


「で、話が逸れたけど。好きかもとか俺はすっごいモヤるんだけど」


 膝枕されながらいう台詞ではないかもしれない。

 

「ごめん。本当は……さっきから、今まで膝枕してあげたときのこととか、二人っきりで遊びに行ったときのこととか思い出してて。すっごく恥ずかしくなってる」

「鳩子さんは乙女だなー」

「そりゃー乙女ですよ!。でも、認めないといけないよね。大好きだよ、徹君」


 その瞬間、目を閉じた鳩子さんの顔が急接近してきた……んぐ。

 あれ?これってキス……されてる?


「ぷはぁ。キスって初めてだけど、恥ずかしい……」

「いやその。俺ははっきりした答えが欲しかっただけなんだけど」

「さっき、すっごい不満そうだったでしょ?だから、言葉だけだといやかなって」

「それは……すっごい嬉しかったけど」


 でも、嬉しいけど心臓はバクバクだ。

 考えてみれば夜に二人きり。

 そして、今は恋人同士。


「あ、あれ?でも、考えてみると、膝枕とか……」


 「私、距離感すごくバグってたのかもしれない。」

 とか、

 「友達に「弟君とはどう?」とかよく聞かれてたけど……」

 とか、何やらブツブツとつぶやき始めたかと思うと。


「ごめん、徹君!ちょっと気持ちを整理させて!」


 すくっと立ったかと思えば、ドタンと扉を開けてドタバタと廊下を走ったかと思うと、自室に戻ってしまったのだった。


「え?どういうこと?」


 恋人になれたわけだから、色々話したかったのに。

 何故に逃げる?と思っていたら、


【色々思い返してたら、私、意識せずに徹君にすっごい恥ずかしいことしてたんだなって実感しちゃって。今日は顔を見られないかも。ごめんね、情けない姉で。でも、これからは恋人としてよろしくしてくれると嬉しい】


 きっと、彼女のことだ。さっきの振る舞いで俺をビビらせたと悟ったんだろう。

 凄く弁解めいたラインが送られてきた。

 

【鳩子さんはかわいいなあ。男冥利に尽きるかも】


 そんなメッセージをちょっとにやけながら送ってみたところ。


【やめて!嬉しくてもっと恥ずかしくなっちゃうから!】

【別に教えなくてもいいのに】

【だって。好きな気持ちは正直に伝えたほうがいいでしょ?】


 素直過ぎる返事がかえってきたのだった。

 

(鳩子さん、反則過ぎだろ)


 その後も、メッセージで俺のどんなところがいいだとか。

 明日からどういう風に呼んだらいい?とか。

 早速、色々考え始めている彼女だった。

  

(やっぱり鳩子さんは可愛いなあ)


 そんな色ぼけたことを考えながら。

 夜が更けるまで延々とラインのやり取りをして。

 翌日には寝不足になった俺たちだった。


☆☆☆☆後書き☆☆☆☆

雨+膝枕という謎の思い付きを悪魔合体させた短編です。

距離感が完全にバグっている二人のお話を楽しんでいただけた方は、応援コメントや★レビューなどいただけると嬉しいです。

☆☆☆☆☆☆☆☆

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