第5話 帝王の軍事国家 西の帝国
人口約800万人兵力約3万の西の帝国。
帝王ニクラスを頂点にした軍事国家だ。
今は何処かに攻め込む為、軍隊を首都に集めているらしい。
そんな噂を聞いた。
こっそりと気配を消し、人の話を漏れ聞くのは得意なんだ。
攻め込むと言っても東の王国しか、直接攻め込む事は出来ないけれど。
南は大河に、北は山脈に、どちらも阻まれている。
きっと今頃王国は大騒ぎだろう。
戦争になって、あの森のオークも巻き込んでくれたらいいのに。
そうなったら森に戻るのもいいかもなぁ。
僕は王国も通り抜け、西の帝国に入っていた。
帝国の南方、荒野を一人歩く。
あてもなく、目的もなく、
帝国南部の荒野、石壁に囲まれた街を見つけた。
ちょっと寄ってみようか。
何故かそんな気になって、特に考えもなく街へ向かう。
壁に囲まれてはいるが、特に衛兵が立っている事もない。
何もなく街へ入れた。
戦が近い所為で、衛兵もいないのだろうか。
何か、なんともいえない絡みつくような視線を感じる。
いや、僕なんて見ている人が居る訳がない。
顔を伏せて気配を消し、物陰をこっそりと進む。
そんなクロエを見つめる者が居た。
特に目立つ事もない石造りの二階建て。
その二階の窓の影から、通りを見下ろす目があった。
「へぇ……珍しいものをみたわぁ」
クロエを見つけ、何が気に入ったのか呟いた。
「面白い奴でも居たかい?」
「ペトルが気に入るなんて、どんな奴でしょうねぇ」
部屋には他にも2人の男が居た。
一人は大柄で、いかにもな破落戸。
もう一人は物静かな商人か何かに見える。
しかしその目は、爬虫類を思わせる冷たい光を湛えていた。
どちらも尋常な者ではない。
それならば、そんな二人と共に窓辺に居る者も……
「欲しいわぁ、あの子ぉ」
二階の窓から見かけただけで、クロエを気に入ったようだ。
「どれだよ……アレか? なんて事ない小僧じゃないか」
「気配も何もありませんねぇ。何か秘めているのですか?」
二人の男が立ち上がり、クロエを見下ろす。
ただの少年に、何も感じるところはない。
「ふふ……何も感じないところよぉ。彼なら、気配を完全に殺せるわよぉ」
「あれがねぇ」
「あんな少年が殺しなんて出来ますかねぇ」
二人の男は興味をなくしたようだった。
一人、窓の影からクロエに熱い視線を注いでいた。
「あ、あの…け、毛皮…あの、持って…
ギルドのカウンターで、俯いたまま受付の人に声を掛ける。
道中で狩った、兎など小動物の毛皮を買い取ってもらう為だ。
おどおどして、何を言っているのか分かり難い僕を、睨みつけている事だろう。
蔑むか嘲るかの違いくらいで、誰もが同じような目を向ける。
怖くて顔を上げられない。
息が乱れて、余計に不審者になっていく。
それでも、分かっていてもどうにもならない。
人の視線が恐い。
皆の目を潰して、目玉をくり抜いてまわりたい。
「アンナ。その毛皮を売りたいんじゃないかしらぁ?」
カウンターを塞ぐ僕が邪魔だったのだろう。
僕の後ろから、知らない人がギルドの人に声を掛ける。
「ペトルさん。お知り合いですか?」
「いいえ~、知らないけれどぉ」
「買い取りでよろしいのですか?」
受付のお姉さんはアンナと言うのだろう。
僕に確認してくる。
僕は全てを振り絞るほどの気合で、タグを見せて何度も頷く。
「
アンナさんが毛皮を持って奥に行く。
「ねぇ、アナタ。人が恐いんじゃない?」
後ろにいる人が声を掛けてくる。
ペトルと呼ばれていた人だ。
顔を上げる事も出来ず、俯いたまま小さく頷く。
「分かるわぁ。良いのよぉ。私なら、アナタの居場所を作ってあげられるわぁ」
なんだろう。
この人の声は、あまり怖くない。
勇気を振り絞り、ゆっくりと振り向いた。
黒い革のパンツが目に入る。
見た事のない物で、テカテカツヤツヤと光っている。
ゆっくりと顔を上げていく。
上半身も黒い革の、チョッキのようなものを着ていた。
しかし、それだけだ。
パツパツのパンツとチョッキだけ。
素肌に何かの革だけの……スキンヘッドのおっさんが居た。
でも何故だろう。
不思議と怖くない。
その目には嘲りも蔑みも、怒りすら浮かんではいなかった。
初めて向けられる敵意のない視線だった。
「あ、あの……僕は……」
それでも言葉が出てこない。
今まで、まともに他人と話した事なんてないから。
「お待たせしました」
アンナさんが毛皮の買い取り金を持って来てくれた。
「ご、ごめんなさい。僕……無理です」
僕は確認もせずに受け取って、小走りで外へ出て行く。
「焦らなくていいのよぉ。アタシはペトル。覚えておきなさい」
失礼な態度にも怒らず、ペトルさんは優しく声を掛けてくれた。
その声を背に受け、振り返る事も出来ずにギルドを出る。
頭が混乱して考えがまとまらない。
そのまま街を出てしまった。
あんな人初めてだった。
奇抜な格好もだけど、あんな優しい目と言葉。
あんな人もいるんだ。
あの人なら、こんな僕にも居場所をくれるのだろうか。
そんな事を考えたまま、荒野を彷徨っていた。
油断どころじゃない。
それは当然の結果だ。
帝国の荒野に棲むというワニ。
水場もない荒野の砂を纏い、生き物なら何でも喰らうという。
いつの間にか、そんなワニがすぐそばにいた。
街の近くだった事もあって、ぼんやりし過ぎていた。
跳び掛かってくるワニが、妙にゆっくりと僕の左腕に噛みついた。
ゆっくりと見えているのに、避ける事も出来なかった。
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