第4話 森と平原と貴族の王国
王国へ入り、静かで人の少ない方へ歩く。
何処までも続く青い空と、彼方で交じり合う緑の平原。
街道を外れて進むと、長閑で住み易そうな国だった。
「この辺りは誰もいないみたいだ。こっそり住み着いても見つからないかなぁ」
でも何も無さ過ぎて落ち着かないかもしれない。
せめて木でも生えていてくれたら違うかも。
そんな事を考えながら、西へ歩くと森が見えてきた。
森の北側には小さな村があるようだが、厄介な魔物が住み着いていなければ、この森の中なら住みやすそうだ。
そこの村にでも入って、情報収集をしたいところではあるけれど。
うん。無理だね。
知らない人と、まともに話せる気がしない。
挙動不審だと衛兵とか呼ばれたら怖いし悲しい。
人と会わないように気配を消して、森の中を見て廻る事にした。
森の中は人がめったに入り込んでこないようだ。
人の痕跡が殆どない。
残っている痕跡も、大分古いものだ。
「これは良い場所を見つけたかな?」
そう思ったところで、森の中のひらけた場所に出た。
焚火の跡と複数の足跡もある。
ここで住み暮らしている人達がいるようだ。
いや、足跡は人のモノではなさそうだ。
亜人だろうか。
人でないなら討てば報奨金も出るかもしれないし、この森にも住めるかもしれない。少しの希望のひかりと共に、森を西へ抜ける。
まぁ、いつもの事だけど。
希望なんてなかった。
森の西側にも小さな村があった。
北側にあった村と同程度の寂れたものだが、こちらには人の気配がない。
火の手もあがっている。
何者かの襲撃を受けたようだ。
村人は皆殺しだろう。
村から出て来る人影に、僕は森の木の影に隠れる。
「亜人……」
さっきの森の広場に棲みついた亜人だ。
その大きな筋肉質の身体を見て、先程の足跡を思い出す。
どの個体も大柄で、2mはありそうだ。
巨大化してムキムキに筋肉のついたゴブリン。
そんな感じの亜人だ。
さらにぞろぞろと、数えきれない程大勢の亜人が村から出て来る。
(30体ほどいますが、クロエは数を数えられません)
中には人の遺体や体の一部を掴んでいる者もいた。
奴等は森へ入っていく。
やはり森に棲んでいるようだ。
初めて見たが、オークって奴だろうか。
まぁ何だろうが、あんなのどうにもならない。
殲滅して住処強奪計画は諦めよう。
どうしたもんかなぁ。
取り敢えず西へ向かって、水場の近くで野宿かなぁ。
オークの群れをやり過ごし油断していたのと、廃墟となった村に何か残っていないか気になり、まだ火も消えない村に入っていく。
「ひっ…」
油断しきっていた。
崩れかけた家に近付いた所で、中から出て来たオークと鉢合わせてしまう。
お互いに油断していて、まったく警戒していなかった。
向こうも生き残りが居た事に驚いたようで、一瞬固まっていた。
慌てて飛び退いて距離をとる。
オークも立ち直り、ニヤリと口元を歪める。
獲物が残っていたとでも考えているのだろうか、笑ったように見えなくもない。
こんなの相手にしたくないけど、このまま殺されたくもない。
選択の余地もなく、腰の剣を抜いて身構えた。
大きな剣のような錆びた鉈を右手に掴んだオークが振りかぶり、力任せに横に鉈を振るう。無造作に振ったように見えても、ソレは僕の首に的確に迫る。
死の恐怖が僕の身体を駆け抜け、弾けるように動き出す。
頭を下げ、前に屈んで飛び込んだ。
髪をかすっていくナタをすり抜ける。
一息に懐へ飛び込み、剣を振り上げる。
この巨体なら、懐へ飛び込めば勝機もある。
横っ腹から喉まで一気に斬り上げる……つもりだった。
「んぐぅっ!」
オークの反応の方が上だった。
膝が僕の顔に突き刺さる。
オークの右膝に、飛び込んだ僕の顔、左の目尻の辺りを蹴り飛ばされる。
短く呻いて僕は無様に、後ろへ転がっていく。
「グフッ、グフフッ」
オークの顔が気味悪く歪む。
嬉しそうにも見えるが、視界が歪んで良く見えない。
頭がくらくらして、膝をついたまま立ち上がれない。
不味い不味い不味い。
鉈を持ったオークの腕が上にあがっていく。
ニヤニヤしながら、ゆっくりと僕に近付いてくる。
早く逃げなきゃ。
アレを振り下ろされたら死んじゃう。
お願いだよ。動いて、僕の身体。動いてよぉ。
何も出来ずに涙が溢れて来る。
目の前に立つオークを見上げる事しか出来ない。
オークは僕の頭に大きな鉈を振り下ろす。
「うっ、わぁ……うわぁあああっ!」
頭を割られる。
その恐怖が限界を超え、悲鳴か雄叫びか、僕は叫んでいた。
ぐにゃぐにゃだった脚が、力強く地を蹴り前に飛び出す。
頭に迫る鉈よりも速く、オークの股を潜る。
「ぐぅぎゃああっ!」
オークの股間を駆け抜けながら、剣を縦に振りぬく。
剣はオークの股間を、急所を切り裂いた。
魂が引きちぎれるような悲鳴があがる。
反転した僕は夢中でオークの背中に跳びついた。
持っていた剣をその首筋に突き刺す。
体重を掛け右の首筋に突き立てた剣が、左の脇腹まで突き抜けた。
「ぐぅぅ……」
低く呻いたオークが、ちから無く倒れる。
「ひっ…はっ、はぁ……ひっ…」
力を絞り尽くし、恐怖と疲労で一気に汗が噴き出る。
呼吸が乱れたまま、オークの肩に足を掛ける。
渾身の力を振り絞り、刺さった剣を引き抜く。
死ぬ気になると、驚く程のちからが出るもんだ。
咄嗟に叫んでしまったし、オークの悲鳴も聞こえた筈だ。
森へ帰ったオーク達が村へ引き返してくるだろう。
一匹相手に死にかけてるのに、あんな数に見つかったら嬲り殺しだ。
目の前の景色が歪みフラフラするし、吐き気もして気持ち悪い。
それでもオークの群れには見つかりたくない。
必死に、転がりながら、村から逃げ出した。
なんとかオークの群れからは逃げられたようだ。
もうやだ。
王国は怖い。
貴族も怖いけれど、あんな亜人が群れでいるような国では暮らせない。
仕方なくさらに西へ。
余り良い噂は聞かないけれど、西の帝国へ行ってみよう。
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