第3話 胡散臭い平等の共和国

 貴族がいない国。

 平民に選ばれた平民が行うまつりごと

 自由と平等を謳う、胡散臭い国。

 それが東の帝国の南にある共和国だ。

 自由な国なら、僕も受け入れて貰えるのだろうか。


 帝国を抜け、共和国へ入る。

 そこそこな大きさの街を見つけたので向かってみる。

 結構、人が多そうだ。

 近付くだけで、掌が汗でびちゃびちゃになる。

 街の入口には屈強な兵士が立っている。

 近付いたら、あの槍で一突きにされそうだ。

「まだ、売らなくてもいいかな……」

 道中で摘んだ薬草や木の実を売ろうと思っていた。

 でも、すぐにお金が必要な訳でもないし。

 そもそも街に入れないから、金も使わない。

 狩人になったが、未だ手配魔物を倒してはいない。

 だって怖いし。

 街に入るよりは魔物の方がマシだけど。


 人気ひとけのない方へ、人が居ない方へ、人が来ない方へ。

 人を、気配を避けて彷徨う。

 取り敢えず、人の来ない所で一休みしたい。

 いつの間にか深い森の中にいた。

「へぇ~、ここは過ごしやすいかも」

 昼間でも薄暗い、ジメジメした深い森。

 獣道すら見当たらない、人気ひとけのない森。

 もう、いっそ森の中で暮らそうか。

 そんな事を考えながら、あてもなく森をうろつく。

 周囲への警戒が散漫になった処で、近くの茂みが音を立てて揺れる。


 突然、半裸の男が掴みかかって来た。

「ひぃ! ご、ごめっ、ごめっなさっい」

 訳も分からないまま、必死に謝る。

 近い近い。顔が近い。涙が溢れる。

 なんで半裸なんだろう。

 武器も持っていないのに、何故襲い掛かって来るのだろう。

 ボロボロにちぎれた服と、崩れかけた顔。

 良く見るとヒトではないかもしれない。

「あ、あの…人間…ですかぁ?」

 返事もない。

 男の人は一心不乱に、僕に噛みつこうとしている。

 どうやら人間ではないようだ。

 少し落ち着いた。


 腐りかけているような体は、強く触ると崩れていく。

 落ち着いて観察すると、なるほどヒトではなさそうだ。

 人型でも、魔物なら幾らかマシだ。

 殺しても咎められないし。

 海辺での戦利品、腰のシミターを抜く。

 男の人っぽいナニカの首に、シミターをあてる。

 は骨まで脆くなっていた。

 グジュっと刃が沈み、骨ごと首を切り落とした。

 急に力が抜け、動かなくなる人型のナニカ。

 念の為、切り落とした頭も割っておく。


 腐った人を漁るが、何も持っていなかった。

 魔物なのか魔族なのか、人だったモノなのか。

 何も分からないが、他にはいないようだ。

 でも、コレがうろついていたなら、逆に今は安全な気がする。

 森に入る前に作った弁当を出す。

 捕まえた兎を焼いただけの、お手製弁当だ。

 木漏れ日すら届かない、薄暗い森で一人。

 人だったかもしれないが、今は動かない何かの脇で。

 手作り弁当の兎肉を齧ってお昼を済ます。

 もう少し奥へ行ってみようか。


 少し浮かれていた僕は、森の奥で嫌なものを発見してしまう。

 急にひらけた森の中の道に馬車の跡、太いわだちを見つけてしまった。

 何か重い荷物を積んで、何度も往復しているようだ。

 誰もいない静かな森だと思っていたので残念だ。

 何気なく轍を追っていくと、森の中に奇妙な建物を見つけた。

 轍の辿り着く先に建つ、石造りの建物。

 人には会いたくないが、こんな森の奥深く。

 いったい人知れず何をしているのだろう。

 興味が湧いてしまった僕は、気配を消して近付いてみる。

 気配を消すのは得意なんだ。

 普通にしていても、誰にも気付かれない事もあるくらいだ。

「えっ、クロエ居たんだ?」

 そんなセリフを何度聞いた事か。

 もうそれは、毎日の挨拶のようなものだった。


 ……うん。

 気を取り直して、建物に近付く。

 裏に回って開いている窓に近付くと、中から声が聞こえて来た。

 そっと近付き聞き耳を立てる。


「まぁた、実験体が逃げたってよ」

「またかぁ。見つかったのか?」

「まだだってよ。でも、失敗作だって」

「あぁ、じゃあ、すぐに動かなくなるか」

「もう少しな感じなんだけどなぁ」

「所長も手ごたえを感じてるってさ」

 何かの研究所のようだ。

 二人の研究員が、休憩中なのか雑談をしているようだ。

「なぁなぁ、そういえばエジー所長とクララの、聞いたか?」

「二人ができてるとかって噂か? ばからしい。クララが相手にする訳ないだろう」

「でもな、夜に二人で会ってたってよ。どうなんだろうなぁ」

「はっ…くだらない事言ってると、いつ迄経っても帰れないぞ」

「ははっ、そうだなぁ。こんな暗い森の中に閉じ込められてるのもなぁ」


 さっきのは実験体だったのだろうか。

 アレを見る限り、ろくな研究ではなさそうだ。

 せっかく過ごしやすそうな森だったが残念だ。

 面倒事に巻き込まれるのはゴメンだね。

 この国も、落ち着いてゆっくり暮らせそうにはないようだ。

 このまま南へ……いや、皇国はやたらと寒いって聞いたなぁ。

 西へ、王国へ行ってみよう。

 兵隊も少なく、過ごしやすいかもしれない。

 怖い貴族に会わないように、田舎の森の中にでも行ってみよう。

 次は、次こそは暮らしやすい国だといいなぁ。

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