第2話 東の帝国

 なんとか生き延びた僕は、海辺で薬草を採取する。

 運よく手のひらサイズの竜の卵も幾つか見つけた。

 竜の卵とは卵ではなく、海底の鉱石らしい。

 稀に海岸に打ち上げられている。

 鉄などに混ぜて合金を作るらしい。

 見た目はツルツルの卵にしか見えない。

 大きさが疎らで、粒から抱える程までバラつきがある。

 不思議な事に大きさに関係なく、全て卵型で打ち上げられている。

 濃い青紫だろうか、何かの幼虫の芋虫のケツみたいな色だ。

 また魔物に襲われないうちに海岸を離れよう。

「これは貰っていこうかな」

 倒した魔物が腰にしていた剣を貰っていく事にした。

 錆びてもいないし、まだ充分使えるシミターだ。

 

 海岸から離れ、海で獲れた魚を焼いて食事にする。

 腹が膨れる頃には、魔物にやられた傷も血が止まっていた。

 採取した薬草と鉱石を売って、南へ向かおう。

 下を向いたままでも、ギルドで買い取りをして貰えた。

 人のいる場所にいるのは限界だ。

 何もしていないが、逃げるように外へ出る。

 中銀貨(約4万円)一枚と小銀貨(約5千円)二枚。さらに銅貨が数枚あった。

 ハンターとして、やっていけそうな稼ぎだ。

 少しだけ運が良かった気もするけど、なんとかなりそうだ。


 なるべく人に会わないように、街道を避けて南に進む。

 噂だと、最近皇帝陛下が代替わりしたとか、もうすぐ替わるとか。

 軍の力が強い独裁国家だと聞いている。

「怖い人ばっかりだったら、もっと南に逃げよう」

 ぼそっと、独り言を漏らしながら評議国を後にする。

 楽しい思い出もない国だけど、さようなら。

 もう、この国に戻ってくる事はないだろう。

 ひっそりと静かに暮らせる居場所を探しに、ついに僕は旅立つんだ。


 帝国に入って初めの街を見つけた。

 それほど大きくないので、なんとか中に入れるかもしれない。

 入口でギルドのタグを見せると、すんなりと衛兵さんは街へ入れてくれた。


 道行く人々が皆、僕を見て笑っている。

 クスクスとバカにして。

 僕を指差し嗤っている。


 そんな事は無いのに、誰も僕に興味なんかないのに。

 どうしても、そんな妄想が止まらない。

 どうしても人混みが恐い。

 出来る限り道の端を、建物の影を進む。

 逆に怪しく、目立ってしまうのは分かっているが。


 ただ歩いただけで変な汗をかいた。

 呼吸が乱れ、耳鳴りがする。

 心臓が口から飛び出しそうだ。

 それでもなんとかギルドまで辿り着いた。

 中で手配書を確認して、すぐに街を出よう。

「おおっと。ごめんよ」


「ひっ……」

 ギルドの入口で大きな男の人とぶつかりそうになる。

 冒険者だろうか、鉄の鎧を着た戦士のようだ。

 熊のように大きく、怖そうな人だった。

 殴られる! と、小さな悲鳴と共に身を縮める。

 いや、それでは済まないかもしれない。

 まさか……殺される?

「ごめっ、ごめんなさい。ごめんなさい。すみません。殺さないで下さい」

 恐怖に軽くパニックを起こしながらも、自衛の為に頭を下げる。

 必死に謝りながら、何度も何度も頭を下げる。

「あぐぅ……ひぅ、ごっ、ごめ、なさい」

 下げた頭を殴られた。

 ガントレットだろうか、あんな鉄の塊で殴るなんて。

 謝っていたのに、なんて酷い人なのだろう。

 割れた頭から血がドロリと溢れる。

 流れ出る血で、視界が真っ赤に染まっていった。

 頭が割れるように痛い。

 ガンガンと頭の中が鳴っていた。

 それを必死に堪えて、僕は謝り続ける。


「おいおい。大丈夫か? 今、頭ぶつけたろ」

 男の人が何か言っているが、頭を殴られた所為で何も聞こえない。

「何やってんだよ。子供をいじめるなよ」

「アンタは見た目がデカイんだからぁ」

「ひぃっ……」

 不味いぞ。男の人の仲間が来たみたいだ。

 耳鳴りが酷くて、何を言っているのか分からないけれど。

 若い男の人と女の人みたいだ。

 これ以上殴られないように、必死に頭を下げる。

「あぁ~やっぱり棚にぶつけたろう」

「いたそ~、血が滲んでるよぉ?」

 仲間の人の手が、僕の頭に延びて来た。

 髪を掴んで引き摺り回す気だ!

「ひっ、やめ、やめてっ……ご、ごめっ」

 必死に謝りながらも、恐怖に勝てずに駆け出した。

「なんかボソボソ言ってるけど、大丈夫なのか?」


 捕まったら絶対に殺される。

 僕は凶暴なゴロツキから、必死に逃げた。

 ハンターになった僕には、ゴロツキたちも追いつけなかったようだ。

 街を出た所で振り向くと、誰も追って来てはいなかった。

 それでも油断は出来ない。

 早く街を離れよう。

 さらに南へ、森を抜け南へ向かう。


「何も変わらない。狩人になったのに……」

 また逃げてしまった。

 このまま僕は変われないままなのだろうか。


 結局、帝国は治安が良すぎた。

 初日に街中で襲われはしたが、帝国兵の働きは凄まじいほどだった。

 この国では手配魔物がいなかった。

 国民に害がある魔物は、軍が始末しているらしい。

 この国では狩人の仕事が成り立たない。

 労働者ワーカー探索者シーカーしか仕事が無い国だった。

 暮らすには良い国なのだろうか。

 でも僕の居場所は、ここではなさそうだ。

 どうせ街の中では暮らせない。

 夜は森の中や墓地で眠り、さらに南を目指す事にした。

 墓地は静かで落ち着く。

 食事をするには最適な場所だ。

 狩人ではなく墓守になりたいくらいだ。

 会話が出来ないので、どこにも雇って貰えないけれども。

 やはり帝国は無理なようだ。

 南へ、貴族が居ないと聞いた共和国へ行ってみよう。

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