第8話
私達は公園に着くと、白いペンキの剥げかかったベンチに腰を掛ける。
子供達はもう家に帰って行ったのか、私達以外に誰も居なかった。
肩を並べ、夕焼け色に染まるブランコやジャングルジムを眺めながら、何をする訳でもなく、二人でボーっと正面を見据える。
春になって暖かくなってきたから良いけど、これが冬だったら最悪ね。
さて……こうしていたって何も始まらないし、とりあえず当たり障りない所から。
「ねぇ、優介」
「なに?」
「最近どう?」
「――どうって?」
「その……悩み事とかない?」
ちょっとダイレクト過ぎたかな?
私は反応が気になって優介の方に顔を向ける。
「別に……そんなもん俺にある訳ないだろ?」
と、優介は私の方に顔を向けず答える。
その横顔は無表情で、何を考えているのか分からない。
だけど私は無理して言っていると知っている。
「そんな事を聞くために公園に寄ったのか? もう帰ろうぜ」
それ以上、聞いて欲しくない。
そんな意志の表れか優介はそう言って、スタスタと私を置いて歩き出す。
「ちょっと待って優介!」
と、立ち上がり声をかけるが、止まってくれる気配がない。
私は駆け寄り「正直に言うから!」
優介の足がピタッと止まる。
私はその間に優介に追いつき、背後で止まった。
「正直って?」
と、優介は私に背を向けたまま質問をした。
――奈緒、ごめん!
「実は奈緒の事を聞いたの。その時に優介がそんな気分になれないって言っていたと聞いて、心配になって、それで……」
「美穂には関係ない事だよ」
優介はボソッと低い声でそう言うと、また歩き出す。
確かに家庭の事情は私には関係ないかもしれない。
だけど……それで優介が傷ついて、優介らしくなくなるのは嫌だ!
だって私は――。
「優介!」
呼びとめても優介は止まろうとはしない。
「もう! 何で止まらないのよ!!」
ギュッと両手を握り、優介を追いかける。
そして――。
広くて逞しい背中にぶつかるように触れると、両手でガシッと抱き締めた。
ようやく優介が足を止めてくれる。
温かい優介のぬくもりと共に、過去が私の脳裏に流れてくる。
両親が離婚を決めたこと……。
両親が離婚を話し合っているのを目撃してしまったこと……。
両親が段々とお互いに干渉しなくなっていったこと……。
そして――優しい優介はそれを自分のせいだと幼い頃から思っていて、必死で甘えたい気持ちを我慢してきたこと……。
優介……あなた、こんなにも悲しい過去を抱え、無理していたんだね。
私、勘違いをしていた。
ごめん……もっと早く触れてあげられれば良かった。
「優介、無理しないで……私に関係無くても良い。辛いことがあるなら、何でも話して。私、優介の力になりたいの」
優介は迷っているのか、そのまま黙り込む。
私は優介が話してくれるまで待つことにする。
「あのさ――」
「なに?」
「そういうの止めた方がいいよ」
「え……」
ようやく口を開いた優介の言葉が、私の胸に突き刺さる。
やめた方がいい? お節介だった?
「こんな風に優しくされたら――勘違いしちゃうからさ」
「あ……」
そういうこと……ひとまず胸を撫で下ろす。
私は優介の体から手を離すと、背中にポンっと額と両手をつけ、ソッと目を閉じた。
「勘違いしたっていいよ」
「俺は……」
優介の体が小刻みに震えだす。
きっと涙を必死で堪えているのかもしれない。
「俺は……周りに優しくしたり、お前を弄ることでしか愛情を確かめられない、どうしようない奴だぞ?」
いまの一言で何となく分かった……両親の事もあって、優介は愛に飢えていたのね。
「大丈夫だよ。誰にだって似たような所はあると思う。それが決して悪いだなんて、私は思わない。だってあなたの優しさで救われた子をたくさん見てきたし、私は構って貰えてとても、嬉しかった」
「奈緒みたいに美人でもない。ミナミみたいに可愛い訳でも無い。何の取り柄もない私なのに、ちゃんと私を見てくれている人が居るんだって、感じるだけで安心できたの」
そう……奈緒みたいに何か特別な事が優介とあった訳ではない。
日々を過ごす中、ほんの些細なやり取りだけで心が揺れ動いて、惹かれていった。
どうしよう……気持ちが溢れてくる。
いま気持ちを伝えるのは卑怯かもしれない。
場違いかもしれない。
でも――。
「優介……大好きだよ」
言ってしまった……。
優介は黙って制服の袖で目を擦り「あのさ――」
「なに?」
「正面を向いて答えたい」
「あ、ごめん!」
と、私は慌てて、優介から離れる。
優介は振り向き、私の顔をジッと見つめる。
さっきは背中だったから良かったけど、正面を向かれるとドキドキしてしまう。
「ありがとう」
と、優介が御礼を言ってくれるが私は照れ臭くて、俯きながら「どう致しまして」
その瞬間――。
優介は私に近づき、ソッと私の体を包み込む。
急な出来事にちょっぴりビックリしたけど、そのまま身を委ねた。
「俺も美穂の事が大好きだよ」
「――うん、ありがとう」
辺りはすっかり暗くなり、公園の外灯が灯る。
そこに少し強めの風が吹き、桜吹雪を舞わせた。
チラチラと舞散る桜を見つめていると、優介の過去が今この瞬間に塗りかえられていくのが視える。
自分の告白シーンを見るのは、かなり恥ずかしかったけど、こうやって辛い過去が塗り替えらるのを視ると何とも言えぬ高揚感に包まれる。
私はソッと目を閉じこう思う。
これからも私が触れることで力になれるなら、ソッと背中を押してあげたいと……。
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