第7話
次の日の朝。
教室に向かう廊下を歩いていると、前を項垂れて歩く奈緒を見かける。
何か嫌なことでもあったのかな?
触れてみれば分かるけど、とりあえず早足で奈緒に追いつき、横に並ぶ。
「おはよう」
「あ、美穂。おはよう」
声の感じから、そこまで落ち込んでいるようには感じない。
気のせいだったのかな?
私達は黙って歩き続ける。
昨日の事もあるし、何だかチョッピリ気まずい雰囲気だ。
さて、何を話そう。あ、そうだ――。
「昨日は行き成り手首つかんで、ごめんね。痛かった?」
「うぅん、大丈夫。――ねぇ、美穂」
「なに?」
「今日の昼休み、大丈夫?」
「大丈夫だよ」
「そう……じゃあ二人だけで話したい事があるから、食べ終わったら校庭の見える渡り廊下に行こ」
話したいこと? 優介の事かな?
「分かった」
※※※
私達はお昼を食べ終わると、ミナミに用事があると告げ、渡り廊下へと向かう。
渡り廊下の周りには誰も居なかったが、奈緒は何度も辺りを見渡し、気にしているようだった。
「ごめん。話のことなんだけど――」
と、奈緒が私と向かうように話しだす。
「うん」
「あの……美穂に内緒にしていた事があってね。私――」
奈緒は顔を歪め、そう言ったきり口を閉ざしてしまう。
優介の事なら無理はない。
話してくれるまで、ゆっくり待つか。
「私ね。優介君に優しくして貰って、つい気持ちが溢れてしまって、その……美穂に内緒で優介君に告白しちゃったの」
奈緒のその言葉を聞いて、ドキッと心臓が高鳴る。
「――そうだったんだ」
予想をしていたけど、やっぱり動揺は隠せない。
「今まで黙っていてごめん! 気まずくてなかなか切り出せなくて、それで……」
「大丈夫だよ。打ち明けてくれてありがとう」
本当は大丈夫じゃない。早くその先が知りたくて焦ってしまう。
まったく、複雑な気持ちにさせやがって、あいつめ……。
とりあえず優介に怒りをぶつけておく。
「うん。結果だけどね――」
と、奈緒は言って、校庭の方に体を向ける。
え? 私から視線を逸らすって事は――ゴクッと唾を飲み込み、次の言葉を待つ。
「駄目だって……」
奈緒、ごめん。
奈緒の事を想うと心がチクッと痛むけど、内心ホッとしてしまう自分がいる。
でも、何で駄目なんだろ?
私じゃ勝ち目がないくらいに、奈緒はモデルでもなれるぐらいにスラッとしていて、顔もボーイッシュで綺麗なのに……。
――気になるけど聞いたら、傷つくかな?
「今はそんな気分になれないんだって」
もしかして、あの時にみた両親の離婚話が原因かな……。
「あとね――」
と、奈緒は言って、私の方を向く。
真剣な眼差しで私を見つめるが「うぅん、何でもない」
と、直ぐに首を振った。
私に近づき肩をポンッと叩く。
「頑張って」
と、言って、教室の方へと歩いて行ってしまった。
「頑張れって、何を頑張ればいいのよ……」
私はしばらくその場に立ち尽くすしか出来なかった。
※※※
その日の夕方。
授業が終わり、私が帰ろうと自転車置き場を通り掛かると、優介を発見する。
優介は屈んで、自分の自転車のタイヤを見ていた。
まさか――。
私は近づき「どうしたの?」
優介が顔を上げ、私に目を向ける。
「あぁ、これ。やられちまった」
と、優介は言って、自転車のタイヤを指差した。
タイヤはナイフのようなものでパックリ裂かれているので、誰かの仕業なのは確かだ。
やっぱり……きっとあいつだわ。
ジワジワと怒りが込み上げてくる。
「犯人は分かっているんでしょ!? 職員室に行こ!」
なぜか優介は首を振る。
「分かってるけど、めんどくせぇ……こんな事する奴にわざわざ腹を立てて、教えてやる必要なんてない。そのまま時を過ごして痛い目に合えばいいんだ」
一見、大人のように感じる言葉。
だけど何だろ?
いつも優しい優介の言葉と違って、温かみがなく冷酷さを感じる。
――よほど余裕がないのかもしれない。
「それよりさ――」
と、優介がスッと立ち上がり、私の方に体を向ける。
「お前と俺、帰る方向が同じじゃん。2ケツしていかない?」
「はぁ!? なに言ってるの!?」
「駄目?」
「ダーメ! そんな恥ずかしいこと出来ません」
「恥ずかしいかな?」
「恥ずかしいよ」
だって、恋人同士みたいじゃない。
「じゃあさ、俺が漕ぐから美穂は立って俺の肩に掴まれば良いじゃん」
「そのつもりで言っているんだけど、あなた何を想像していたの?」
「え? 恥ずかしいって言うから、後ろから抱き付くやつかと……」
「バッ! そんな事やるわけないでしょ!? まったく……」
こいつ、他の女の子にもそんな事を言っているのかな?
私はそう思いながら、自分の自転車の所へと向かう。
自転車を引っ張り出して来ると、優介の前で止めて、サドルをバンっと叩いた。
「今日だけだからね!」
「やりぃ! ありがとう!」
と、優介は言いながら早速、自転車を跨いだ。
私は後輪の出っ張りに足を掛け、優介の肩に掴まる。
「じゃあ行くぞ? しっかり掴まってろよ!」
「うん!」
自転車がゆっくりと動き出す。
「重ッ!」
「ちょっと! 失礼な!」
「は? 体重がなんて言ってないぞ?」
「言っているみたいなもんでしょ!」
「難しいな……」
「女の子ってそういうものよ」
「そうなのか……肝に銘じておきます」
「よろしい!」
校舎を出て自転車専用道路を走りだすとスピードが乗って来る。
心地よい風が私の髪を
風は心地よいけど、こうやってっ優介の肩に触れていると過去が流れ込んできて落ち着かない気分だった。
「おーい。危ないぞ~」
と、数学教師が車で通り過ぎていく。
「ヤバッ!」
私は慌てて、自転車から飛び降りた。
優介は少し進んだ所でブレーキをかけて自転車を止め、こちらを振り返った。
「優介、歩いて帰ろうか」
「そうだな」
と、優介は答え自転車から降りる。
その間、私は優介に駆け寄り追いついた。
私達は肩を並べて歩き出す。
「私の自転車だから、私が押すよ?」
「あぁ、これぐらい大丈夫だよ」
「そう? ありがとう」
「どう致しまして」
そういえば、こうやって優介と肩を並べて歩くのは久しぶりかもしれない。
そう思うとちょっぴり緊張してしまう。
さて……会話が途切れてしまったが、何を話そうか?
話したい事はある。
でもそれを私の口から切り出すのは、明らかに不自然だ。
うーん……。
「ねぇ、優介」
「なに?」
「せっかくだから近くの公園に寄っていかない?」
「――別に構わないけど」
「じゃあ、レッツゴー」
このまま歩いていたら、家に着いちゃうもんね。
時間を稼がなきゃ。
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