第4話

 次の日の朝。

 私は校門の入口でスマホを触りながら、良太君が通るのを待っていた。

 周りではチュンチュンと、スズメが鳴いていて、爽やかな朝を感じるが、私の心はどうも落ち着かない。


 良太君は電車通勤だから、おそらく時間は大きくズレないはず。

 チラッと駅のある方へと視線を向ける。

 微かではあるが、良太君らしき男の子が歩いているのが目に入る。

 その後ろには学君?


 良く分からないけど、ここでジッと見ていたら怪しまれるし、駅とは反対にあるコンビニの方へ移動するか。


 ※※※


 用事は特ないけど、せっかくコンビニの方へ移動したので店内に入る。

 部活がある生徒かな?


 学校に近いだけあって、中は割と混雑していた。

 私は缶コーヒーを手に取ると、レジに並ぶ。


 良太君、そろそろ着いたかな?

 嫌だな……。

 私は不安をぶつけるかの様に缶コーヒーをギュっと握った。


 でもここで何とかしなきゃ、他の人も被害にあるかもしれない。

 頑張ろう!


 私は買い物を済ませ、コンビニの外に出ると、早足で学校へと向かった。

 ――学校の外の時計では7時35分。

 さっきの男子が良太君と学なら、もう着いているはず。


 私は校内に入ると、二人の下駄箱を探す。

 ――あった。

 まずは良太君の方から――。


 男の子の下駄箱を開けるなんて、どうもドキドキしてしまう。

 誰かに見られていないか不安で、キョロキョロと辺りを見渡してしまった。

 よし、誰も居ないな。


 私はゴクッと唾を飲み込むと、良太君の下駄箱を開ける。

 ――スニーカーがあるって事は、もう校内には居るわね。

 私はソッと、下駄箱を閉めた。


 続いて学の下駄箱を開ける。


「――臭うわね……」


 思わず鼻を摘んでしまう。

 ――こちらもスニーカーがあるって事は居るわね。

 無意識ではあるけどバタンッと勢いよく閉めてしまった。


 優介の下駄箱もこんなに臭うのかしら?

 ――って、何を考えているんだ私……今はそれ所じゃない!

 私は早足で教室へと向かった。

 

 渡り廊下を歩いていると、二階から本を片手に下りてくる良太君を見かける。

 本を持っているって事は図書館に行くのかな?

 ――って事は、教室には学が一人?


 私は慌てて渡り廊下を走り抜け、二階にある教室へと向かう。

 教室の前に着くと、ゆっくりと深呼吸をして、呼吸を整えた。

 いきなり開けちゃ駄目。


 ゆっくり、ゆっくりよ……と、自分に言い聞かせ、ドアの引き手に指を掛ける。

 ゴクッとツバを飲み込み、音を立てない様に徐々にドアを開けていく。

 少し開いた所で、覗き込むと自分の席に座っている学の姿が視えた。


 学がスッと席から立ち上がる。

 ヤバい?

 私はバレない様に、少し後ろに下がった。


 ――学は自分の席の前の良太君の机の横で立ち止まり、良太君の黒色のリュックをジッと見つめる。


 何か盗む気?

 私は証拠を押さえるため、スカートのポケットに手を入れ、スマホを取り出す。

 

 学はやっぱり何か盗む気で、良太君のリュックを机のフックから外し、持ち上げた。

 リュックのチャックをつまみ、ジーッと開けていく。


 私は急いで、写真を撮ろうとスマホの電源を入れた。

 あれ? カメラどこだっけ?

 焦りと不安でテンパって、普段当たり前にやっている事が出来なくなる。


 早くしなきゃ……。

 私はようやくカメラを立ち上げ、スマホを学に向けた。

 シャッター音でバレないかな……緊張で手が震え、ピントが合わない。


 学がリュックに手を入れ、ガサゴソと漁り出す。

 ブレていても、誰だか分かれば大丈夫だよね。

 ――意を決して、画面をタッチしようとした瞬間!


 後ろから誰かの手がヌゥッと出てきて、私からスマホを取り上げる。

 え!?

 慌てて首を後ろに向けると、そこに立っていたのは優介だった。


 え!? 何でここにいるの?

 優介いつも、時間ぎりぎりに来るじゃない。


 優介は唇に人指し指を当てる。

 静かにしろって事ね。


 優介はスッと私の方に手を伸ばし、スッと細くて長い綺麗な指で、ギュッと私の手首を掴むと自分の方へと寄せた。

 

 急に温かい温もりを感じ、思わずドキッとしてしまう。

 え、え、こんな時になにするのよ!


 優介は左手に持っていた私のスマホを右手の掌にポンっと乗せた。

 あぁ……返してくれるためか。びっくりした。


 続いて優介は私の耳元に顔を寄せてくる。

 え、なになに。今度はなにするの!?


 私が動揺していると、優介は「あんまり無茶するなよ」

 と、ひそひそ話をするように耳元で囁いた。


 優介の吐息が耳に当たり、恥ずかしくて体が火照ってしまう。

 きっと今の私は、顔が真っ赤に違いない。


 優介は顔を離すと、階段の方を指差した。

 離れていて欲しいのか、私はコクリと頷き、居た堪れない気持ちもあって、直ぐに教室から離れる。


 優介は私が離れた事を確認すると、引き手を握り、ドアを勢いよく開いた。

 ドンッ! と、ドアがぶつかる音が響く。


「おはよう!」

 と、優介は元気よく挨拶をし、ズカズカと教室の中に入って行く。


 ここからじゃ教室の様子は見えない。

 近づきたい。

 だけど、せっかく優介が庇ってくれたのを無駄には出来ない。


 私はもどかしいけど、その場に立っている事しか出来なかった。


「あれ? 学君。それ、良太のリュックじゃねぇ」


 優介の大きな声が廊下にまで聞こえてくる。

 日頃の優介の声はあそこまで大きくないので、私を安心させるため、聞こえるように大きく言ってくれているのだろう。


「えっと、これは……」


 誰も居ない静まり返った廊下だからか、微かだけど弱弱しい学の声も聞こえてきた。


「返せよ! もしかして、良太君のカードを盗んだのお前か? ちょっとこっち来いよ!」


 教室から出てくる!?

 私は慌てて階段の方へと隠れた。


 二人のカツ……カツ……という足音が聞こえてくる。

 ――どんどん離れている気がするから、階段と逆の方に行った?

 私はゆっくり顔を出し、様子を窺う。


 二人は職員室のある方へと向かって歩いていた。


「ふぅ……」


 ホッと胸を撫で下ろす。

 これで良太君のカードが返って来ると良いけど。


 私は優介が掴んだ右の手首を左手でソッと触る。

 どうしよう……優介の過去に触れちゃった。

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