第3話

 次の日の朝。

 私はいつものように教室のドアを開ける。

 中に入ると、数人のクラスメイトが良太君を見ながら、ヒソヒソ話をしていた。

 いつも明るい優介が暗い顔をして、良太君の肩に手を当てている。


 何、この重い空気……何かあったのかな?

 とりあえず私は自分の席に向かう。

 肩に掛けてあった合皮の黒いバッグを下ろし、机の上に置いた。


「えっと……」


 ミナミと奈緒は?

 教室を見渡すと、窓際に二人を発見する。

 私は二人のもとへと向かった。


「ミナミ、奈緒。おはよー」

「おはよう」


 二人が挨拶を返してくれる。


「何かあったの?」

 と、私が小声で二人に聞くと、ミナミが口を開く。


「なんかね。良太君が持ってきた人気漫画のカードゲームのセットが盗まれたらしいの」

「まじで?」

「うん」


 奈緒が腕を組み「でもまぁ、持ってくる方も悪いだろ」


「まぁ、確かにね……」


 私は良太君の方に視線を向ける。

 良太君は涙を拭いているのか、黒縁メガネを上にズラして目を擦っていた。

 

 盗まれたのがショックなのは分かるけど、そのぐらいの事は予想出来た筈。

 何であんなに落ち込んでいるのだろう?

 私はちょっと気になり、良太君に近づいた。


「おはよう」

「あ、美穂。おはよう」


 私が挨拶すると優介は暗い声だが、返してくれた。

 私はソッと良太君の肩に右手を置く。


「良太君、大丈夫?」


 良太君は黙って頷く。

 良太君に触れることにより、私の脳裏に過去が断片的に流れてくる。

 ――そういうこと。


 つまり家族から誕生日に貰った大事なカードゲームを、大事な友達である優介に見せたくて、ついつい持ってきてしまったのね。


 確かに持ってくるのは良くないけど、盗む奴が一番悪い!

 沸々と怒りが込み上げてくる。

 

 私は良太君から手を離すと、ミナミ達の所へ向った。


「ねぇ、二人が来たのはいつ?」

「え? 8時15分頃だけど。まさか関わるつもり? だったら止めときなよ」

「私も奈緒に賛成」

「大丈夫。私も被害に遭うかもしれないでしょ? だから目星を付けたいだけ」


 ミナミが胸元でパンッと両手を合わせる。


「あぁ、そういうこと。私は8時ちょい過ぎだよ」

「ありがとう。ミナミが来た時には誰が居たの?」

「えっと……」


 ミナミは人指し指を顎にあて、視線を上に向ける。

 そして思い出したクラスメイトの名前を順々に上げていった。


「分かった。ありがとう」

「どう致しまして」


 さて……良太君を抜くと9人と分かった。

 カードゲームだから、男子かな?

 そう考えると7人。

 触れられそうな人から順に探してみるか。


 ※※※


 一人目。

 私の横の席に座っている割と社交的な男の子。

 この子なら消しゴムを落としたら拾ってくれるはず。


 私は使い掛けの丸くなった消しゴムを手に取り、真っ白なノートの上で消すふりをすると、机に消しゴムを置いた。


 ノートに広がった白い消しカスを払うと同時に、置いた消しゴムを指で弾く。

 消しゴムはコロコロと机を転がり、下へと落ちて、隣の席の方へと転がっていった。

 よし、上手いこといった。


 隣の席の男の子が体を傾ける。

 私も合わせて体を傾けた。

 拾ってくれた瞬間、私は男の子の手の甲に手を被せる。

 ――白か。


「あ、ごめん」

「いや、大丈夫」


 男の子は照れ臭かったのか、私の消しゴムを掴むと直ぐに手を引っ込めた。

 体を起こすと、「はい」

 と、差し出してくれる。


 私は消しゴムを受け取り「ありがとう」

 男の子はコクリと頷くと、直ぐに黒板の方へと体を向けた。


 あ~……恥ずかしい。

 わざとだから、こんなにも意識をしてしまうのだろうか?

 あと何人、こんな恥ずかしいことをしなきゃいけないの。

 

 ※※※

 

 二人目。

 休み時間に入り、トイレに向かう男の子の後を追いかける。

 私はソッと後ろから近づき、手を伸ばした。


 あ~……ヤバいッ!

 なんか手を繋ぎにいくみたいでヤバいんですけど!

 私はドキドキしながらも、男の子の手の甲に私の手の甲をコツンッと当てた。


「あ、ごめん」

 と、謝って、返事も聞かずに走り去る。


 無理、無理、無理。

 気の無い男子でさえこんななのに、余程の事がない限り、好きな人となんて出来ないよ!

 

「はぁ……」

 

 窓に手を当て、深呼吸をする。

 あいつの過去には触れた事がないというのは半分嘘だ。

 本当はあいつに触れるのが恥ずかしくて、触れることが出来ていないが正解。


 私は窓から手を離し、窓ガラスに映る自分をジッと見つめる――。

 いつかはあいつに触れられる日が来るのかな……そう思っていると、授業が始まるチャイムが聞こえてくる。


「ヤバッ」


 私は慌てて教室へと向かった。

 さっきの子も白だった。

 次はどうやって触れようかな。


 ※※※


 三人目。

 ターゲットは良太君の後ろの席に座っている男の子。

 丁度、教室の入口にミナミが居る。

 ミナミに用事があるふりをして、後ろを通って肩に触れてみよう。


「ミーナミ」

 と、私が声を掛けながら男の子の後ろを通ると、急に男の子が後ろに体を傾けてくる。

 ムニュ……あッ!

 男の子の後頭部が私の胸へと当たる。


「あ、ごめん」

「大丈夫!」

 と、私は答えるが恥ずかしくて、急いで教室を飛び出した。


 全然、大丈夫じゃない!

 あ~……もう! 謝らないでよ!

 当たったって分かって、余計恥ずかしくなるじゃん!


「お、美穂じゃんか」

 と、優介が向かい側から歩いてきて、私の前で立ち止まる。

 

 私が足を止めると、優介はニヤニヤしながら「顔を赤くしてどうしたんだ? あ、もしかして告白されたのか?」


「――うるさい! 黙ってて!」


 私は怒りをぶつけるかの様にそう言うと、優介を避けて歩き出す。

 あー……最悪。

 何で会いたくない時に、現れるかな! 

 まったく……踏んだり蹴ったりね!

 ――でも、収穫はあった。


 犯人は意外にも茶髪でもない。ヤンチャな行動をする子でもない。

 目つきは鋭く怖いが、それ以外は目立った印象は無い、いたって普通の男の子だった。


 時おり人を見下す様な会話が聞こえてきたりするから、本性はそういう奴だったのかもしれない。


 ※※※

 

 気持ちを落ち着けてから教室に戻り、自分の席に戻ると、「美穂ー」

 と、奈緒が私の席に近づき、声を掛けてきた。


「結局、良太のやつ先生には言わなかったみたいだぞ」

「そうみたいね」

「まったく、誰だよ。そんな幼稚なことするやつ」

「ホントよね」


 私は犯人を知っている。

 教えてあげたいけど、ここでその名前を出した所で、信じて貰えないかもしれない。


「このクラスの奴かな? だったら怖くない?」


 せめてこのクラスだと伝えておきたい。


「多分、そうじゃないかな? だって、良太君がカードを持ってくることを知っていたんだよ」


「あぁ、なるほど」

 と、奈緒は言いながら、空いている私の席の前で、向かい合うように座った。


「意外に学だったりして」


 当たり。

 奈緒はこういう所が鋭い。

 学は昨日の昼休みの時に、優介と話す良太君の会話を聞いていたのだ。


「良太君の後ろの席だし、それも有り得るかもね」


 私がそう答えた瞬間、始業のチャイムが鳴る。


「ヤバっ!」


 奈緒は慌てて席を立ち上がり「あだっ!」

 と、私の机に太ももをぶつける。


「痛いな……」

「もう、気を付けなよ」


 奈緒はぶつけた太ももを擦りながら席に戻って行った。

 さてと……犯人は分かった。

 後はどうやって犯人を大人に伝えて、取り戻すかね。


 私はそう思いながら、机の中から国語の教科書を取り出した。

 女の教師がガラガラガラ……と、教室のドアを開け、入って来る。

 教壇に立つと「はーい、授業を始めるわよ」


 断片的に視えた過去の記憶では、学は『すげぇー……まだ持ってるかな?』

 と、言っていた。


 もしかしたら学は、味をしめてもう一度、狙うかもしれない。

 良太君は家の都合でいつも学校に来るのが早くて、7時30頃には来ていると優介が言っていた。

 明日、7時20分ぐらいに来てみるか。

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