第2話

 体育の授業が終わり、更衣室で白色のセーラー服に紺色のスカートに着替える。

 青いリボンを結ぶと、更衣室から出た。


 窓から太陽の光が差し込む廊下を歩きだす。

 目の前に体育着から着替え終わった優介がのんびりと歩いている。

 丁度良い――。


「優介!」


 私が後ろから呼び止めると、優介は足を止め、こちらに体を向けた。


「よぅ、美穂。さっきは良いドリブルだったな」

「もう! 恥ずかしいから、人前であんな事しないでよ」

「あんな事?」


「ジェスチャー!」

「あぁ……恥ずかしかったのか?」

「うん」

「そっか……」


 優介はシュンッと元気を無くすかのように首を項垂れると、ミディアムウェーブの髪の毛を撫でるように触った。


「じゃあ、やめる」

「え?」

「ん?」

「べ、別に人前じゃなければ、その……良いよ?」


 優介は私の返答を聞いて、ニヤニヤと満足気な笑顔を浮かべる。

 こいつ……わざとだな。


「分かった」

 と、優介は返事をすると、私に背を向け歩きだす。

 数歩歩くと、なぜか立ち止まり、こちらを振り向く。


「美穂、せっかく可愛いんだから、素直にならないと勿体ないぞ」

「な!?」


 優介はそれだけ言い残すと、私に背を向けながら手を振り、教室の方へと歩いて行った。


「なに廊下で痴話喧嘩してるのよ」

 と、奈緒が後ろから話しかけてくる。


 私は振り返ると「痴話喧嘩じゃない! あいつが一方的にからかって来るだけ!」


「どうどう……」


 奈緒は苦笑いを浮かべながら、私をなだめる様に両手を動かす。


「でも傍から見れば、そう見えてもおかしくないよ? 仲良さそうだもん」

「え? そう?」

「うん。――それで、実際どうなの?」

「どうって?」

「またまた……好きかってこと!」

「はぁ!? そんな訳ないじゃない!」


 奈緒は口元に指をあてると、視線を上に向けた。

 

「へぇ……」

 と、言って、口元から指を離すと、視線を私に向ける。


「じゃあ私が狙っちゃおうかな?」

「え?」


 奈緒はなぜか私をみてクスッと笑う。


「ふふ、冗談。私は私より背が高い人にしか興味無いから。まったく、そんな猫がビックリして目を丸くするような驚き方しないの。そりゃ、バレちゃうわよ」


「もう……奈緒までからかわないでよ」

「ごめん、ごめん。でも優介君、ヤンチャ顔している割には、優しいからねぇ……そのうち誰かに取られちゃうわよ」


「大丈夫よ」

「私は忠告したからね」


 奈緒はそう言うと、教室に向かって歩き出す。


「あ、待って」

 と、私は奈緒に近寄って肩を並べて歩き出した。


「ねぇ、奈緒」

「ん?」

「――その……別に奈緒より背が低くても、奈緒のこと分かってくれる人、居ると思うよ」


 奈緒は返事をしないまま黙って歩き続ける。

 ヤバい……傷つけちゃったかな?

 私が心配していると、奈緒が口を開く。


「そうだね。ありがとう」


 良かった……。


「うん!」


 ※※※


 昼休みに入り、私は席の後ろの方で、風で揺れている白いカーテンをジッと見据え、頬杖をかきながらジュースを買いに行ったミナミと奈緒を待っていた。


 お腹すいたなー、まだかな二人。

 教室のドアに視線を向けると、優介とオタクと陰で弄られている良太君が向かい合いながら、楽しそうに笑顔を浮けべ、話しているのが目に入る。


 いつも大人しいから気にしたことなかったけど、良太君ってあんな笑顔が出来るんだね。

 ――きっと分け隔てなく接してくれるあいつが、居心地良いんだろうな。


 私はまた視線をカーテンへと移動する。

 ――高校に入学してから早一年ちょい。

 考えてみたら私、あいつの過去にはまだ触れた事がない。


 まぁ、あいつの性格だ。

 触れた所で私が手助けするほど、辛い過去なんて無いだろうけど。


「美穂ー、お待たせ!」


 ミナミが缶ジュースを2本、片腕に抱え、可愛らしく手を振りながら近づいてくる。


「はい! 美穂の分」

 と、ミナミはオレンジジュースを私の目の前に置くと、向かい側に座った。


「え? どういうこと?」

「美穂と奈緒がパスを繋いでくれたおかげで、私はシュートを決められたから」

「あぁ……気にしなくていいのに」

「いいの! 気持ちだから」


 奈緒が横の席の椅子と机をガガガガ……と、大胆に引き摺り、私の席の横に付ける。

 ドカッと勢いよく座ると、「じゃあ、乾杯でもしましょかね」


「そうだね。じゃあ皆、蓋を開けて」


 私は二人が蓋を開けるのを確認すると、ジュースを二人の前に突き出す。


「かんぱーい」


 私達は缶を突き合わせると、いつものように和やかな雰囲気で会話を始めた。

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