私は触れた人の過去が視える

若葉結実(わかば ゆいみ)

第1話

 誰だって辛い過去が一つや二つはあると思う。

 それは普段、過ごしている時には心の奥底へ閉じ込められ、忘れ去られているけど、何かのきっかけで、蘇ってしまう時がある。


 動く度に軋む音が聞こえる古い体育館。

 そこでバスケットボールを弾ませる音や応援、そして雑談と様々な音が飛び交っている。


「奈緒、パス!」


 奈緒は頷き、バスケットゴール下にあるエンドラインから、私に向かってバスケットボールをパスする。

 パスが通り私は胸元でガシッとボールを受け取った。


 ミナミの方に目線を向け「ミナミ、走って」

「え、でも……」


 ミナミは不安そうに私を見つめ、そう言った。


「大丈夫、私と奈緒で繋ぐから!」

「――分かった」


 ミナミは不安な表情を浮かべながらも、ゴールに向かって走り出す。

 残すところあと一分ぐらいか。


 私はバスケ部じゃないからドリブルは得意じゃないけど、ここはミナミの為にも何とか繋げたい!

 

 私はそう思いながら、ダム……ダム……と、ドリブルを始め、ゆっくりと動きだした。

 クラスメイトの女子が私を止めようと、正面から迫って来る。


「奈緒!」


 私を追い抜く奈緒に向かって声を掛け、グッとボールに力を込めると、奈緒の170㎝以上ある身長を活かす高いパスを出す。


 奈緒はヒョイッとジャンプをすると、落とさずキャッチしてくれた。

 私の方に迫ってきた女子は、ボールにつられて奈緒の方に向かっていく。

 その間に私は全力で走り、奈緒を追い抜いた。


「――奈緒、パス!」

「はーい」


 奈緒は気の抜けた返事と裏腹に、鋭く速いロングパスを私より少し前に繰り出す。

 私は前のめりになりながらも、何とかボールを受け取った。


 敵チームの二人はまだ追いついて来ない。

 もう二人の敵チームの子は、私達の味方のクラスメイトにベッタリくっついているだけ。

 残りは――キュッと体育館シューズを鳴らし、私の前に立ちはだかったこの子のみ。


 私はボールを取られない様に、横向きになり、女子から離れた右足の方で、ゆっくりとドリブルを始めた。

 せっかくここまで繋いだんだ。しくじりたくはない!

 

 私は左に視線を向ける。

 すると敵チームの女の子の体がピクッと私から見て左に傾いた。

 行ける!

 腰を低くして、素早くドリブルをしながら右側に抜け、女の子を置き去りにする。


「ミナミ!」

 と、フリーのミナミに声を掛けると、無事に届く事を願いながらフワッと高めのロングパスを繰り出す。


 ミナミは難なく、ガシッと両手でボールを掴むと、滑らかなドリブルを始めた。

 さすがバスケ部!

 ――でもゴールに近づくにつれて、動きがぎこちなくなる。


 私はメガホンのように両手で口を覆うと「ミナミ、これは試合じゃない。授業だよ! リラックス~!」

 と、叫んだ。


 私の声が届いたのか、ミナミの肩の力が抜けたような気がする。

 ミナミはボールを両手で持つと、1……2……とゴールに向かって足を踏み出し、ポニーテールの髪を揺らしながら、フワッと軽やかにレイアップシュートをした。

 スッとボールがミナミの手から離れ、バックボードの黒い四角の枠へと当たる。

 ボールは吸い込まれるようにリングの中を通り、スパッと気持ち良い音を立てながらネットを揺らした。

 

 ミナミは地面に転がるボールをジッと見つめると、クシャッと嬉しそうな笑顔を浮かべ、恥ずかしいのか、小さくガッツポーズをした。


「ふふ」


 可愛い。

 私は息を整えながら、ゆっくりミナミに近づく。


 本当なら、辛い過去に他人が触れるのは嫌かもしれない。

 だけど――。

 

 ミナミの後ろから、ソッと背中に手を当てる。

 私の脳裏に、ゴール出来た時の喜び溢れるミナミの過去がスッと流れてきた。


 私がその子に触れることで力になれるなら、ソッと背中を押してあげたい。

 私はあの時からそう思っている。


「やったね、ミナミ」

「うん!」


 ミナミはよほど嬉しかったようで、返事の後に鼻から息を漏らした。

 ピピッー……ッと体育教師が鳴らす笛の音が聞こえてくる。


「はい、交代ー。次のチーム入って」


 私達はゾロゾロと、コートの外へと向かう。


「ダラダラ歩くな~」

 と、体育教師が言うと、「疲れてるんだから、仕方ないだろ」

 と、ダルそうに奈緒が呟く。

 思わずクスッと笑ってしまう。


「ホントよね」



 私はコートの外に出ると、ステージに背中を預け、スッと座った。

 ふと隣のコートでバスケをしている男子の方へと視線を向ける。

 すると得点係をしている男の子の隣で、二重の目を細めてニヤニヤとこちらを見ている優介が目に入った。

 

 何、ニヤニヤしているの?

 優介は私が見ている事に気付いたのか、小さく手を振ると、ドリブルとパスのジェスチャーをやりだす。


 何? 馬鹿にしているの?

 ちょっとイライラしていると、優介は最後に親指を立てた。

 あぁー……褒めてくれたのね。


 私が軽くペコリと頭を下げ、構ってあげると、優介は満足そうにニカッと笑う。

 構ってもらって嬉しそうにするなんて、犬かよ――まぁ、可愛いけど。


 ――それにしてもあいつ、よく恥ずかしげもなく、あんなこと出来るわね。

 こっちは恥ずかしくて仕方ない。後で文句を言ってやる。

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