第6話 絶望と証拠
◆
彼女が僕を引っ立てたのは、コンビニから歩いて数分ほどの児童公園であった。
夕暮れ時でもあり、数人の子供たちが、縦横無尽に遊具で遊び回っている。非常にほほえましい光景ではある一方とても話し合いなどに適した雰囲気ではない。
しかし、彼女はそれら諸条件を特に意にも介さなかった。
しっしっと子供を追い払うと、公園内に設置された牛型をしたイスにどっしと腰を下ろした。僕も彼女にうながされるままに馬型のイスに腰を落とした。
バネが仕込まれているため、座る際にゆわんゆわんとイスごと僕の体と心が揺れた。
「まあ、いきなり10年後から来たなんて言われたら、驚くのも信じられないのも無理はないけど。僕だって君なら驚くよ。うん。もちろん、例えなんかじゃなくても僕は本当に君なんだけれどもね」
と彼女は理解と同情から話を切り出してきたが、『僕』と『君』が頻出して一度聞いただけでは内容が頭に入ってこなかった。
僕は、警戒を緩めずに、はあ、と息を吐いた。
それを見て彼女もふうん、とため息めいたものを吐く。
「それ、食べちゃえば?」
彼女は僕の右手のあんまんを処理するよう指示してきた。
しかし、残念ながら話はそう簡単ではない。
と言うのも、僕はあんまんを今までの人生において一度も食したことがない。
何かと間違って購入したこともないのだ。
別にあんまんを毛嫌いしているわけではなく、単にその機会がなかっただけなのだが、ともあれ、こんな状況下で初あんまんを無邪気に頬張れるほど僕は人間ができてはいなかった。
「まあ、いいじゃないですか」
僕があんまんをそっと後ろ手に隠しながらそう言うと、彼女は少し変な顔をした。
「なら、いい、けど、さ」
ぎしり、とバネをきしませて、イスの上で体勢を少し入れ替えた。
「じゃあ、本題に入っちゃうけどいい?」
「その前に」
僕は、左の平手を彼女に向けて制止のポーズを取る。
「なに?」
「あなたは、誰なんですか?」
きょとん、という音が飛び出しそうな表情で彼女は僕を見た。
数瞬後に破顔すると、
「だーかーらー、10年後の君だってっ!」
と、彼女は、アメリカンジョークのオチのセリフを披露する際の芝居っ気とユーモアたっぷりな嘘くさい笑顔で僕にそう言った。
そこまでやられると、さすがの僕でも相手の言葉を否定するのにまったく気が引けないので助かった。
「そんなわけ……ないでしょう?」
僕の言葉を受けて、不思議そうな顔で彼女は僕を見るので不安になるが、いや、こればかりは譲る気はさらさらなかった。
僕の目の前にいるのは、僕と同年代くらいのセーラー服を着込んだ髪の長い女子なのだ。
百歩ばかり譲って時空をさかのぼってやってきたという主張に関しては矛を収めるにしても、そちらばかりはどうしても納得のしようというものがない。
「しかし、本人がそうだと言っているんだし。信じてもらうより他はないでしょうよ?」
彼女は肩をすくめてそう言った。
本人の言葉だけで信じるならば、命とお金と良心がいくらあっても足りない。
世界はそのようにできている。
はずだ。
「10年後からやってきた、と」
「そうなのだよ」
「どうやって過去に来たのですか?」
「さあ?」
首をひねる彼女。予想外の回答に、僕は思わず彼女の顔を見た。
「あたしはね」
彼女は、にっこりと笑ってから腕組みをして胸を張った。
「頭が悪いのよ!!」
「……はあ」
物悲しいセリフも堂々と口にすると、意外と見られるようになるものだな、と思った。
「頭が悪いから、自分が使っている機器の説明なんかできないの。する気もないし。なので! そういう機械を使ってきた! 以上!」
確かに、彼女くらいの年の女子に真っ当な物理的か工学的な説明を求めてそれが得られると思うこと自体が間違いなのかもしれない。
しかし、それにしても、もうひと押しはしなくてはなるまい。
このままではなにがなんだかわからないので一つ押してみることにした。
「10年後からきた僕である、という証拠がほしいですね」
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