第5話 肉まんと絶望
奇遇だが、僕にも彼女にどうしても伝えたいことがあった。
この一致を偶然とみるかには、少しばかり検討の余地があるが。
「今、時間はある? んにゃ! なくても付き合ってもらうよ。君には、いや、『僕たち』にはそうしなくちゃいけないだけの理由があるのだ。わかってくれるよね?」
「ちょうど肉まんを食べるくらいの時間ならあります」
僕はしょうこりもなく引き下がらなかった。
いみじくも僕を名乗るのならば、僕という人間がこういう時にいかに器の小ささを発揮するか、ご理解していただいてもよさそうなものである。
しかし、彼女は如実に嫌な顔をした。
「あのねー」
と彼女は言いつつ、表情を小さい子供を
僕は再び正面からしっかりと彼女の顔を見る形になった。
やや幼さは残るものの美しい二重のカーブを描く目元と桃色の口唇が印象的な、僕の好みに非常に合致した
しかし。
「肉まんのことは忘れなさい!」
笑顔と一緒に飛び出したのは無慈悲な宣告だった。
僕は無言のまま、少し口をとがらせてから自分のすぐ足元で懸命に生きる黄色い小さな花を見つめる。
完全にすねてしまった
微動だにしない僕を見て、彼女は右手で目を覆い、歯噛みして罵倒を飲み込むと、存外明るい声で、
「わかった!! 肉まんの件は、あとで必ず何とかする!! 約束しようじゃないか!!」
などとおっしゃった。
ありがたいお申し出ではある。
だが、僕は口約束をそのまま信用するような度量の深さを持ち合わせていない。
素知らぬ顔で、沈み行く太陽などを眺めながら世界的経済危機などに思いを馳せていると、彼女は腰に手を当てて大きく息をついてから、
「――ちょっと待ってて」
と言い残し、コンビニへと消える。どうやら主張をご理解いただけたようで、僕としても喜ばしい限りである。
彼女が帰ってくるまでに、いそいそと地面に落ちてしまった肉まんを撤去したりしていると、そのうちにガーと自動扉が開く。そこから手に紙包みを持った彼女が現れて僕にぐんぐんと近づき熱々の紙包みを
「ほれ!」
と突き出した。
僕は手を合わせつつ軽く
地獄に設置されているという罪人を煮炊きする釜の、上澄みだけをすくいだしたかのような熱気に、またもあっさりとダメージを負う。
つい先ほどの過ちをまったくトレースするという己の馬鹿さ加減に衝撃を受けたものだが、しかし、今回の衝撃はそれだけではなかった。
鋭い痛みの向こうからやってくる味覚は明らかに僕の予想外で、目を見開き身を固くする。
僕は、口腔と鼻腔と、そして、視覚に入る彼女の満足げな表情から慎重に吟味を重ねた結果、このように判断せねばならなかった。
これは、決して肉まんではない――と。
「どうかしら? 『それ』もなかなか乙なもんでしょ? さーて、それじゃ」
彼女は僕のうつろな瞳を満足げに眺めてから、
「少し、付き合ってもらおうかしら?」
と僕の腕をとり、ウインクしながら言った。
僕はその非常に魅力に富んだウインクを受け止めてから、手にした僕自身の歯形のついた『あんまん』に目を落とし、力なくうなずいたのだった。
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