第4話 彼女と肉まん
◆
差し出されたダブルピースを避けながら、僕はそこで初めてしっかりと彼女を見た。
黒髪がさらりと伸び、大きな黒い瞳がくるりと印象的で、ブレザーを年相応に着こなした僕の好みのタイプの女の子であった。
無論、僕と容姿は似ても似つかない。
かわいい女の子に出会えた喜びとそれ以上の不気味さを感じた僕はしばし立ち尽くした。
「いやー、なつかしーなー!」
にやにやしながら僕を上から下まで眺めてから、彼女、こと自称『10年後の僕』は感慨深げにうなずいたものである。
「そう! よくここで肉まん買って食べたよ! ちっちゃいくせにとってもアッツアツで。なんであんなにおいしかったんだろう? 僕が思うに中のあんに」
と言いながら彼女は僕の肉まんを素手で取り上げる。
が。
「だあっちゃあっ!」
すぐに肉まんは宙を舞う運命に見舞われた。
「……あんなに熱かったっけ?」
親指をしゃぶりながら真面目な顔で僕に聞く彼女。その少し向こうで、物理法則により地面と正面衝突を遂げる僕の肉まん。
食べ物を粗末にしてはいけないという僕の母方の祖母の教えは10年後までは継承されないらしい。
「いやいや、実際たかが10年ぽっち、それほど土地も人も変わった印象もなかったけど、ぽんと戻ればいろんな変化に気付いてびっくりだね。懐かしいよ。この店だってまだあるはずなのになんでこんなに懐かしいんだろう? 不思議だねっ!」
「あの」
「何ぞや?」
ご機嫌そうな彼女に、僕は恐る恐る声をかける。
「あなたが今台無しにした肉まんの件なんですけど」
「それよりもですな」
彼女は明確に僕の責任追及の出鼻を
「君、というか、僕、今は何年の何月何日なのかな?」
えーと、と僕は前方上空をやや眺めてから、
「202×年6月15日です」
と答えた。それを聞くと、彼女は
「んん!」
と眉にしわを寄せた。
「予定とちょっとズレたか……。だがま、許容範囲内かな」
などと言いながら、あごに手をあてて座標がどうだなどとひとり言を始める。
いや、本来的には、ここで僕はしっかと問い質すべきであろうことはわかっている。
すなわち、
「10年後から来ただって? 貴女の正体は一体なんなのだッ!」
と。
しかし、僕はそういったことをしっかと問い質せるような、一種欧米人的な決断力行動力などを一切合切母親の腹の中に忘れてきたようなそんなダメな人間なのだ。
疑問点はそのまま、問題点は先送り、責任は回避したうえで、自己満足とともに生きる人間なのだ。
ゆえに、僕はそれらよりも喫緊の問題にとりかかる。
すなわち、落ちた肉まんの補償問題である。
「それで僕の肉まんの件なんですけども」
としつこく切り出してみると、思考を中断された彼女は心底うんざりした顔をした。
「何よう、さっきから肉まん肉まんって」
「あなたが落とした肉まんです」
「ああ」
と彼女は、後方にてその短い生涯を終えたばかりの元食べ物を振り返った。
「僕にとっては大切な問題なんです」
「忘れましょう」
ええっ。
「そんなことよりもですな」
あくまで彼女は強硬であった。強硬で、かつマイペースであった。
なるほど、確かにほんの少しだけではあるが、自分らしいところもあるようではないか、と僕は思った。僕の肉まん補償問題をうやむやにするだけのスキルは持ち合わせているようだ。
「君にはいろいろと伝えなくちゃいけないことがあるのよ。そのために、僕はわざわざここまでやってきたんだから」
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