第3話 タケオと彼女
◆
それは、またもや下校途中、相方のバイスと別れてからいつものコンビニでいつもの(または「例の」)肉まんを買い求め、食欲のままにかぶりついてあまりの熱さに口腔内にヤケドを負ってしばし歯形のついた肉まんを手にしたまま途方に暮れていた時に起こった。
もっとも、完全に途方に暮れきっていたため、実際『彼女』がいつ僕の眼前に姿を現したのかさえわからない有様だったのだが。
◆
「ふわあああああっ!」
という奇声が耳元近くで聞こえ、僕は仰天した。それから、何が起きたのかと横を見ると手が届くくらい近くに女子が立っていた。
いや、よく見るとただ立ってはいない。
パーにした両手を突き出し、がに股につま先立ちでぷるぷると震えている。(なぜだ)
まったく突然の出現に僕は激しく動揺した。
自分の認知など全然信用していない僕だが、いくらなんでも至近距離に女子がいることに気が付かないはずがない。
と思う。
しかして彼女はどこから現れたのだろう?
僕がそのような素朴な疑問に気を取られていると、彼女はゆっくりと首を動かし始めた。
そして、彼女は僕を見た。
目が合ってしまった。
「ぬああああああああっ!」
と彼女は僕を見て再び奇声を発した。
まるで珍獣にでも遭遇したかのようなリアクションに対する抗議の声を上げることも忘れ、僕は脳内を駆け巡る
結局、彼女を見つめるだけだった。
彼女はそんな僕に向き合い、何度か深呼吸をし、それからもう一度僕をじっと見つめてから、
「出た!!」
と言った。
出たのはそっちでしょ、と僕は思うが、一方、相対的にはお互いに『出た』のだ、と思い直す。
「出たってことは! 成功した! ままままさか! 成功したのか! やった! マジ! キタ! うそ! やだ! 信じらんない!」
初対面で申し訳ないが、めんどくさそう人だな、と素直に思えた。
ということで、自分の気持ちに素直に従って喜びに打ち震える彼女を置いてそっとその場を離脱する。
そういった種類の方との関わりを避けるというのは平穏な人生を送るための鉄則である。
めんどくさい性格の僕が言うのだから間違いない。
かくして、めんどくさい人間同士が発する斥力を利用して僕はじりじりと後退する。
「ちょっ! どこ行くんだ!」
フェードアウトを察知して彼女は僕を呼び止める。
「いえ、別に」
便利な曖昧ワードを返しながら、僕はそれでも後退を続ける。
「まままっ! 待ちたまえよ! 決して悪い話じゃないんだ!」
これほど、『どうせろくな話じゃないだろうな』感を醸し出すセリフもあるまい。
離脱速度を速める。正体が不明な分だけ
「ですよね」
と、再び便利な日本語を放つ。中身のない会話ならお手の物である。
「さては人の話を聞く気がないなっ!」
「なるほど」
肯定も否定もしない、「あなたの主張は聞こえましたよ」というメッセージを伝える。
「頼む! 聞いてくれ! 僕は」
彼女はそこでなぜか不敵に笑った。
まるで、宣戦布告のように。
「僕は10年先の未来からやってきた『10年後の君』なんだっ!」
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