第61話

「姉さん……なの……?」


 姉の形をした人物を見てたじろいでしまう。僕の目に映っているのは確かに姉である成神瑠々。クリスマスという事でお洒落に一層気を使っていて素直に綺麗だと思える。

 でもたじろいでしまった理由は綺麗だからじゃない。


 ――悍ましかった。言い表せない嫌悪感が溢れて止まらないのです! 選んで着ているその服が、選んでしたその化粧が、その二つを身に纏ってするそのネットリと纏わり付いてくる様な微笑みが気持ち悪いのですッ!!


「? あぁもしかして、偽物の家族生活のせいで忘れちゃった? ――可哀そうに。私だけが帯々君の唯一の家族なのに。私だけが帯々君に残された家族なのに。あんな奴のせいで……」


「っ、あ……」


 椅子から立ち上がった姉さんが僕に近づき、僕はたじろぎながら後ろへ下がってしまう。


「止まれ。帯々に近づくな」


 そんな僕達姉弟の間に僕に二宮先輩が割って入ってくれた――けど、顔色が酷く悪い。目も必死に睨んではいるものの目力はリビングのドア前より弱くなっていた。


「……はぁ」


 それでも姉さんは歩みを止め、溜息を零しながら殺意と憎しみを込めて二宮先輩を睨み返す。


「ねぇなんでいるの? なんで部外者が私達の素敵な我が家にいるの? なんで私を暖かくて優しくて綺麗で安心できて心地よくて身体が熱くなって愛おしさがあって満たしてくれる……そんな愛ある目で私を見れない酷い人間が此処にいるの?」


「ッ!?」


「あぁ――」


 狂気が人の形をしていると思った。

 気づけば僕は二宮先輩の背中に縋り付いていた。そんな僕を守るように二宮先輩は僕の肩を掴んで身体ごと引き寄せる。

 顔色は悪いままだったけど、目力は幾分か戻っていた。


「――今ので分かった。コイツはもう駄目だ。関わっちゃいけない。関われもしない」


「どうゆう意味?」


「意味を教える前に俺からの質問に答えろ。それに答えたらこの家から出ていく」


「――良いよ。なに?」


 二宮先輩の要求を呑む姉さん。そして二宮先輩はさりげなくリビングのドア側に僕を誘導する。


「質問。この家に居る人間は此処にいるので全員か?」


「そうだけど? ――えっ? ガッ――!?」


「全員動くなッ!!」


「「「「「!?」」」」」


「!? せ、先輩……?」


 質問に答えるなり先輩は姉さんに詰め寄る。そして慌てて逃げようとした姉さんの腕を掴むなりそれを背中へと回して乱暴に床へ叩き伏せ、椅子から立ったり立とうとしている女子高生の先輩方に大声を出して牽制。この場に居る全員の動きが静止した事を確認してから再度座るように指示を出す。従わない場合はこのまま腕を折るとも。


「な、なんの真似――ッ!?」


 と、先輩の下で姉さんが苦しそうな声で訴える。二宮先輩は表情一つ変えずにそれに答えた。


「言ったろ? 『コイツは駄目だ。関わっちゃいけない。関われもしない』って。普通の人間が化物と会話できっかよ」


「ッ――化……物……?」


「あぁ化物。または欲望のなれ果て。欲が溢れ出ても追い求める事を止めない、止められない。だから人らしい考え方を捨てて化物みたいな考え方になる。俺達普通の人だと理解できない考え方になる。――それが今のお前だ」


「知ったようっ……なっ――!?」


「生憎とッ!! 普通じゃない人生を歩んできたから知ってる。まぁ追い求める欲望はお前より度し難い加害性欲だったが」


「グッ――!?」


 暴れる姉さんを抑え込む様にその手に力を込め、その時の痛みで姉さんから唸り声が上がった。


「帯々ごめんな? 本当はちゃんと姉弟の会話をさせたかった。でももうお前の姉さんは駄目だ。欲への制御がストッパーごと壊れて朽ちまってる。これじゃあ何を言っても届かない。何を言っても都合の良い解釈しか出来ない」


「……」


 何も言えなかった。だって二宮先輩の言った通りだと思ってしまったから。だから何も言えなかった。


「――っ」


 でもそれじゃあ駄目だと思っている僕も居る。なんか言いたいのにこの場に合った言葉が思いつかなくてもどかしい。


「おい九々は何処だ? あの子を返せ。九々と帯々はお前の欲を満たす為の道具じゃねぇんだよ……。良いか? 九々の居場所以外を言ったらその回数分お前の指の骨を折る」


「!?」


 本気だ。今の脅しを本気だと思わせる為に二宮先輩は姉さんの指を握り絞める。――と、その瞬間姉さんは叫んだ。


「そこ! テレビの前のソファ!!」


「! 帯々!!」


「は、はいっ」


 言われた場所であるテレビの前のソファに駆け寄ると、ソファには悪趣味な服と化粧を施された九々が横たわっていた。見えうる限りの素肌が赤くなって。


「!? 熱い」


 38度以上のインフルエンザに罹った時以上に赤くなった九々の頬を触ると見た目通りに熱く、呼吸も浅くて速い。

 でも当人である九々自身は全然苦しそうじゃない。汗もそんなに掻いてない。それが更に僕の不安を煽りたてた。


「先輩! 九々の様子がおかしいです!? 発熱してて呼吸も浅いです!!」


「!? お前あの子に何をしたッ!」


「――っ! 先輩後ろッ!?」


 先輩の背後に忍び寄る影に声をあげる。――しかし時すでに遅し。


「!? ングッ――!?」


 いつの間にかリビングに入ってきていた見覚えのある同級生――六出桜が二宮先輩の背中に飛び掛かってしまう。そしてその手に持っていた布を二宮先輩の口と鼻に押し当てた。


「先輩!?」


 二宮先輩は飛び掛かってきた彼女を引き剥がそうと勢い良く立ち上がる。が、立ち上がったと同時によろめいて尻餅をついてしまう。


 そして先輩が抵抗出来ない事を確認した彼女は、先輩から離れてすぐ傍に居た姉さんに手を差し伸べた。


「あ、ありがとう桜ちゃん」


「いえいえ……どういたしまして。先輩がプレゼント候補だった九々ちゃんを確保したって連絡が来たので、もしやと思って来てみたんですけど大正解でした。大いに感謝してくださいね? 瑠々先輩」

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