第62話
「このッ……糞野郎がッ!!」
「!? やめてッ! 姉さんやめてッ!! ――ングッ!?」
怒りに任せて床に倒れる二宮先輩を何度も踏みつける姉さん。そんな姉さんから先輩を守る為に駆け寄り覆いかぶさった事で脇腹に衝撃が走った。
「! あらら。捨て子の久遠だ。やっぱりアンタも居たんだ」
「む、六出さん……」
脇腹の痛みに耐えながら顔を上げればクラスメイトであり、六出梨先輩の実妹である六出桜さんが人を小馬鹿にしたような表情で見下ろしていた。
「俺……に、何をッ……したッ……!?」
「っ――!? これはっ……?」
苦しそうな声にハッとなって二宮先輩に視線を戻すと、そこには九々と同じように見える素肌が全て真っ赤な先輩が。ただこっちは凄く苦しそうにしている。
「あれ分かんないの? あ~らら。高校生の癖に酒の匂いも分からないなんて情けない」
そう言って六出桜さんはテーブル視線を移して何かを探し、テーブルの上に置いてあった1本の酒瓶を手に取るなり先ほど二宮先輩の口元に押し当てた布と一緒に投げ渡す。
「アルコール度数……96%!?」
投げ渡された酒瓶のラベル表記にはアルコール度数96%と明記されていた。
そして一緒に投げられた布はひたひたに濡れている。それも強烈な刺激臭を放って。つまりはこの96%のアルコール染み込ませた布を口元に押し当てられた事で二宮先輩は自力で立つ事さえ出来ない程に酔ってしまったらしい。
ここで僕は気づく。皮膚が赤くなった者がもう一人居る事に。
「ま、まさか九々にもお酒をっ?」
「あぁ飲ませたよ? しかもお姉さん達愛用のちょっとエチチな気分になっちゃうドリンクを混ぜた特性カクテルをね。まぁでも酔ってたせいでお姉さん達と同じ分量の奴を飲ませちゃったんだけど」
座っていた女子高生の先輩の言葉に血の気が引く。お酒を飲ませた上に怪しげな飲み物も一緒に飲ませるなんて……しかもそれを悪びれもせずに言うなんてどう考えてもおかしい。
「お~び~君」
「っ!? ね、姉さん? ――ヒッ」
先ほどの怒りに憤慨していた表情とはうって変わって微笑みを浮かべる姉さん。そんな姉さんはわざわざ僕の目線と合わせる為に片膝を床に着け、その手で僕の頭に手を乗せて左右に動かします。
「ごめんね? 蹴ってごめんね? 凄く痛かったよね? でも……でもねぇ? お姉ちゃんの方が痛かったッ!」
「痛ッ”!?」
髪の毛を乱暴に掴まれそのまま力任せに髪の毛を引っ張って床へと叩き伏せられる。しかもミシミシ、ブチブチと、床へ押し付ける腕の力と髪の毛を掴んだその手にどんどん力が加わります。
「ねぇどうして? どうしてお姉ちゃんに怖い思いをさせた糞野郎を庇うの? どうして私の心配をしてくれないの? ……ねぇどうして? どうして? どうしてどうしてどうして――」
「ねぇ……さッ! ン”ッ”!?」
壊れたラジオの様に「どうして?」を繰り返す姉さん。なんとか言葉を返そうとしても力任せに床に叩き伏せられていて言葉が上手く発せられず、僕は口いっぱいに広がる血の味を噛みしめながら必死に耐える事しか出来なかった。
「やめろッ!」
「!」
二宮先輩の苦しそうな声と共に顔全体にあった圧迫感が弱まる。僕はなんとか顔を動かすと、僕を床へ押し付けている姉さんの腕を先輩が掴んでいた。
「!? やめてっ……」
でも身体に止まった虫を地面に払い落としてそのまま踏み殺した時と似た表情を姉さんが浮かべていて、しかもその手には先ほどの酒瓶が握られている。
「私を愛してくれない糞ッたれが私の身体に……触れてんじゃねぇよッ!?」
「やめっ――」
言葉と共に酒瓶を振り上げられてしまう。そして抵抗できない先輩に振り下ろされてしまう――。
「やめてッ!!」
「「「!?」」」
突然この場にいる誰よりも幼い声が部屋中に響き渡った。
「九々?」
圧迫感と髪を引っ張られる痛みが消える。僕は今の声の主である幼馴染の名前を呼びながら起き上がると、今にも倒れそうになりながらもソファに手を置いて必死に立っている九々がいた。
「やめて……」
「! ングッ!?」
ソファから手を離し、フラフラの千鳥足になりながらゆっくりと僕達の方へ。僕はそんな九々に駆け寄る為に姉さんを押し退けて立ち上がろうとしたけど、脇腹に強い痛みが走って逆に床に手を付いて悶えてしまう。
それでも九々から目を離さない。絶対に離さない。
「やめてっ」
と、繰り返し繰り返しで”やめて”と唱える九々。
そんな九々は姉さんの前に立ち、この場の誰よりも細い腕を精一杯広げた。後ろに居る僕達を守るために――。
「お願いだからもうやめて。これ以上オレの大切な人達に酷い事しないで。――これ以上! 帯々兄ぃを苦しませないでっ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます