第2話

 私、六出梨は過去に2度自殺を図ったことがある。

 1度目は10歳の頃。2度目は1度目の少しあと。


『お前は失敗作だ。死にたいなら死ねばいい』


 これが医者である父親が10歳の私に放った言葉。

 この言葉に私は何を感じたと思う? 悲しい? 戸惑い? 絶望? 憎しみ? ――否、はち切れんばかりの感謝の気持ちと好きでも嫌いでもなかった父親への溢れんばかりの好意だ。

 私はね? 幼稚園のいつ頃か生への頓着が薄くなっていたんだ。そんな折に幼稚園に侵入した気性が荒い大型犬2匹の内、1匹が私の足を噛んで引きずり回した。それはもう新しい玩具に大興奮して振り回す子犬のように。


 犬への恐怖はなかった。初めて見た大量に流れる血にも。痛みも無くてただただ困惑してたのを覚えてる。 

 犬は2分程私を引きずったのち、私の喉に噛みつこうとした所をモップを持ち出した保育士の先生によって助けられた。

 ――凄く、残念な気持ちになったのを覚えてる。50円玉握りしめて駄菓子屋に行ったらお目当ての駄菓子だけが売り切れだった時以上の残念な気持ち。

 この時から私は生きる事への興味がなくなっていったんだと思う。そして数年後に私を母の腹に仕込んだ父親自ら死んで良いと言った。そんな事を言われたらどうなる? 答えは簡単で――、


『いいぃぃいいぃやあぁぁっったああぁぁあぁぁ!!』


 と、私は喉に痛みを発する声量で、頬に激痛が走るほどの満面の笑みで、筋肉が引き攣り悲鳴を上げるほど全身大の字で投身自殺を図った。

 これが1回目の自殺。本来ならこれで私は死ぬはずだった。父親が許し、私はずっと渇望していた死への望みを手にして投身自殺を図ったのだから。


 でも死ななかった。あの場にいた母親が私を助けたからだ。母は父同様に医者だった。それも名医と謳われた医者だった。

 私はそんな母のせいで一命をとりとめた。


 母に聞いた。『どうして助けたの?』と。

 母は言った。『普通の母親でなくなる。子を見殺しにできる母親なんてレッテル張られたくない』と。

 私は言った。『大好き。じゃあ見ていないところでするね』と。


 私は母親の事も特に好きじゃなかった。嫌いでもなかった。そんな母も父同様に私の死を容認している。――好きが溢れた。死ねなかったのは母への気遣いが無かったからだ! と、当時は何故かそう思った。


 母は驚愕した。恐れた。軽蔑した。――我が子に『気持ち悪い』と言って去った。


 2度目の自殺は1週間と4日後に図った。病院と言う事で瓶に入った錠剤を全て飲むドラマで数回見た服毒自殺に、運よく持ち出せたメスでの首切り自殺を人気のない屋上で同時に行った。

 空と街並みが凄く光っていたのを覚えてる。


 ――結果。死ねなかった。

 運悪くサボりに屋上に来たナースが私を見つけてしまったからだ。


 手術室に送られる際、両親を見つけた。

 父は呆れていた。

 母は背を向けていた。

 私は泣いた。もしかして助かるの? どうして助かるのかと。助けようとするのかと。小さいながらも拒絶の言葉を何度も呟いても誰も聞いてはくれなかった。


 手術後、私は精神病棟に入れられて全身を拘束されていた。病院側が提案し、両親がそれを承諾。精神病棟に入っていた頃の記憶はあまり残っていない。ただただ生への憎しみと死への苛立ちとご飯が凄く不味かった事しかない。


 精神病棟から一般病棟に移る頃には死への渇望が萎えていた。バイアグラ的な薬を服用してももうどうしようもない程に萎え朽ちていた。


 ――もう自殺なんてしない。2度も自殺をしたのに勝手に救った。神や仏がいるなら是非問いたいね。人の心は無くとも慈悲はないのかと。


 退院後、父と二人きりの車内で父が言った『まだ自殺するのか?』と。

 私は言った『萎えた。もう自殺じゃなくてお父さんとお母さんに殺されたい。病気に殺されたい。――あぁでも誰かに殺されるのは嫌だなぁ』と。

 両親に殺される姿、病気によって息絶える姿は容易に想像できたし納得も出来た。でも他人が私を殺す光景がどうしても想像できないし、他人が私の亡骸を見下ろしす光景は癪に障るし気持ちが悪かった。


 父は何も言わなかったが、視線だけはミラー越しに私へ向けていた。


 数年後――。

 私には腹違いの兄と姉が居る事を数年越しに認知した。会った事もなく会う予定もなかった見ず知らずの兄と姉。

 

 父は珍しく私に話しかけていつも通りの口調で言った『兄の為に心臓を渡せ』、そして数年後に『姉の為に肺を渡せ』と。


 兄は生まれつき心臓が悪かった。

 姉は生まれつき肺が悪かった。


 私は言った『その兄はどこにいるの?』、『その姉はどこにいるの?』と。

 居場所を聞いた私は、2人とその友人の方々に会いに行った。


 ――2人共、素晴らしいの一言だった。


 私は初めて怒鳴った『どうしてもっと早く言わなかったのッ!』と、兄の時に。姉の時は静かに怒って問い詰めた。


 父は少し照れくさそうにして言った『忘れてた』と。

 そんな父を前にして私も父と同じような心境で言った『親子だね』と。


 そうして何も知らない兄と姉に健康な臓器を提供し、代わりに薬がないと簡単に機能不全に陥ってしまう心臓と肺を受け取った。


 私は嬉しかった。これでいつ死んでもおかしくない身体を手に入れられたから。それに素晴らしい兄と姉の力になれたし、今回の件で父との関係が良い方へ行ったから。


 これが私です。六出梨です。――ロクデナシです。キチガイではありませんので理解できる範囲でご理解を。

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