高校受験当日、自宅にて

 二人で町まで繰り出すと、平日だからか人はあまり見られなかった。


「んー、何がいいかな?」


 隣で俺と腕を組んでいる彼女がそう聞いてくる。


「寒いから何か温かいものがいいな」

「温かいもの!さんせい!まだ面接もあるし、風邪ひかないようにしないといけないからね!」

「それなら鍋とかはどう?」

「いいね!今日は鍋パにしよう!」

「じゃあ、材料を買いに行こうか」

「うん!」


 近所のスーパーに着いて中に入ると、正面に丁度図ったように鍋フェアの特設コーナーが作られていた。


「どれにしようか」

「はい!豆乳にしませんか?」

「お、いいね。それじゃあ豆乳鍋にしようか」


 まるで本屋の様に陳列された色々な種類の鍋の元の中から、俺たちは豆乳の鍋の元を取り、次に野菜、お肉、その他鍋の具材をどんどんとかごに入れていく。

 

「ねね!これも買わない?」


 そう言って別のコーナーに行っていた七海が持ってきたのは所謂受験用のお菓子で、普段の名前をもじって受験仕様にしたものだった。彼女はお菓子を顔の前に掲げて、その横から顔をそっと覗かせている。


「いいね、じゃあそれも買おっか」

「うん!」


 そう元気よく返事してから七海はかごにお菓子を放り込んだ。


「京ちゃん喜んでくれるといいなぁ」

「喜んでくれるよ」

「だよねっ!」


 七海はまた俺の横にきて、可愛い笑顔ではにかんで腕を強めに絡めた。

 少し進んだところで、再び七海が俺のもとを離れると、タタッと小走りで進むとスーパーに併設されたケーキ屋の前でその足を止めた。そして少し悩んだ様子を見せると、注文して何かを抱えて帰ってきた。


「あと、これもねっ」


 そう言ってかごに入れたのは京の好物のショートケーキと俺の好物のモンブランだった。


「京ちゃんもお兄ちゃんも良く頑張りました!」


 そう言って、背伸びをして俺の頭を撫でてくれる。


「…ありがとう。だったら、お姉ちゃんにも買ってあげないとだね」

「ふぇ?」

「七海の京の前で色々頑張ってくれたからさ、そんなお姉ちゃんにも必要でしょ?」


 俺もケーキ屋まで行き、七海の好物のフルーツタルトを注文する。店員さんが慣れた手つきでショーケースからケーキを取り出してくれた。ここのケーキ屋は会計はスーパーと一緒なので非常に助かる。

 手に入れたケーキは潰さないようにそっとかごに入れた。


「…あきと。ありがとね」


 俺は返事に七海の頭を少し撫でてからレジに向かって歩き出した。

 

 無事に会計を済まして家に帰る。荷物もしまい、昼飯を食べると、また手持無沙汰になる。


「ふぅ…、この後どうしようか」


 洗い物を終えて、俺は七海に聞く。七海はソファでゴロゴロしている。午前中の様子が嘘のようだ。


「んー、取り敢えず寒いから炬燵いこ?」


 そう言って手を伸ばす七海の手を握り、炬燵の所まで案内する。目的地に着くと、スッと炬燵の中に入って行った。


「ねぇ、京ちゃんが帰って来るまで一緒に寝よ?」

「炬燵で寝ると風邪ひいちゃうよ」

「えー、少しなら大丈夫だよー」

「ご飯も食べた後だし」

「むー…。よし!」


 七海は炬燵から飛び出し、俺の手を引っ張って炬燵の中にまるで捕食するように引き込んでくる。


「うわっ」


 俺は突然のことに抵抗も出来ずに炬燵の中に取り込まれる。


「えへへ…」


 炬燵の中、七海と俺の距離は俺の視界が笑う七海の顔でいっぱいになるほどに近かった。


「ね?一緒にねよ?」


 そう言ってふにゃとした表情で笑いかけてくる。そんな彼女に対抗するすべはなく、


「少しだけだよ」


すぐに許してしまった。


「へへ、やったぁ」


 幸せそうな彼女を前にそれでもいいかと思いながら、俺らは夢の世界へ旅立った。


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