高校受験当日にて

 それからは瞬く間に時は過ぎていき、俺や七海にはちょっとした休み、そして京にとって大事な受験の当日になった。


「じゃあ行ってくるね」


 京は玄関で緊張している面持ちでそう言った。背中には最後の確認のための参考書や受験票、筆箱などが入っているであろう少し大きめのバックを背負っている。


「忘れ物はないか?」

「うん。しっかり確認したって。もうそれ聞くの3回目ぐらいだよ?おにぃは心配性だねー」


 彼女はそうおどけて見せるも表情からまだ緊張しているのが伺える。


「京ちゃん!」


 朝から京の見送りのために俺の家に来ていた七海が隣から声をかける。七海はそう言うとすぐに京との距離を詰めて、そのまま抱きしめた。その唐突な七海の行動に俺も京も呆気に取られて固まってしまい、京に至っては抱き着いてくる七海にされるがままになっていた。


「ぜっっったい大丈夫だよ!私、京ちゃんがすごく頑張ってたの知ってるから!」


 七海が京を力いっぱい抱きしめてそのおかげからか、こちらから見える京の顔は苦しそうだが少し安心している様だった。


「…うん。ありがとうね、おねぇ」


 京は七海の背中をポンポンとなだめるように叩く。


「あぁ!ごめんね!私、強く抱きしめすぎたよね。苦しくなかった?」

「ううん。全然、大丈夫だよ」


 七海は抱き着いていた体を離すと、うるうるとした目で京の肩を両手で掴んで揺らす。京はそれを苦笑いでなだめている。なんだか本当の姉妹の様だ。


「よーし、じゃあ頑張って来るね!」


 七海が落ち着くのを確認した後、吹っ切れた様子で京はそう言って受験に向かっていった。

 残された俺たちはというと学年末試験が近いこともあり、炬燵に並んで勉強していた。


「京ちゃん、大丈夫だよね?」

「七海は心配性だね。京は大丈夫だよ」

「あきと…」

「ん?」

「教科書逆だよ」


 手元にあった教科書に目を向けると、訳の分からないページを開いていて、七海の言う通り教科書を逆に持っていた。一度咳ばらいをしてから教科書を元の向きに戻してまた勉強に向き合う。横目で七海を見ると消しゴムを持っていてしっかり勉強する様子が伺えた。

 俺も集中しないとなと、教科書をもとのページに戻す。七海は何か書き損じたらしく先ほど持っていた消しゴムで文字を消していた。俺は視線をノートに落として問題を解き始める。少しの机の揺れからまだ消しゴムを動かしているのが分かった。


 しかし、待っても待っても机の揺れが収まらない。一体どうしたのかと七海の方を見ると、どこか上の空でずっと同じ場所で消しゴムをこすり続けていた。


「七海、消しゴム止まってないぞ」

「え?」


 やっと気づいたのかピタッと手を止める。少しムムムッと思案顔をすると、


「あぁ~!もうやめ!」


七海はそう言って後ろに体を倒した。


「やっぱり、気になって集中できないや」


 彼女はこちらに顔を向けてエへへと笑いながらそういうと、不意に立ち上がった。


「ねぇ明人、今から出かけない?てか、行くよ!」

「いいけど、何処に行くの?」

「んー、まずは京ちゃん頑張ったねパーティー用の買い出しでしょ?あとは…頑張ったお兄ちゃんへのご褒美も必要かな?」

「…えっと、取り敢えず出かける準備しよっか」

「はーい」


 少し照れ臭くなって、京ちゃん頑張ったパーティーについては何もツッコむことができなかった。

 しばらくして廊下からパタパタという音が聞こえ、七海が早足でこちらへ向かってきていることを俺に知らせていた。七海は気持ちばかりのノックしてから勢いよくドアを開けた。


「準備できたよ!」

「よし、じゃあ、行こうか」


 俺はそばに準備したショルダーバッグを背負って七海のもとに向かった。

 外に出ると冷たい風が頬を撫でて、空から差し込んでくる眩しい日差しにまだ昼前だったのだと思い出した。


「いやー、やっぱり外は寒いねー」


 腕を擦りながらモコモコの暖かそうな格好の七海が俺の後からドアを出てきた。


「お互い風邪は引かないようにしような」

「だねー」


 ドアの鍵を閉める終えると、彼女はさも当然の様に俺の腕に抱きついてきた。俺もまたそれに合わせて腕を差し出す。


「じゃあまずはパーティー用のご飯を買いにいこー」


 そのまま彼女に引きずられるように町へと繰り出した。

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