第20話

食事を済ませると一緒に浴びたいと言う直斗の願いは却下され、二人別々にシャワーを浴び、買い物のついでに取りに行った自分の部屋着に着替え、直斗は部屋へ戻った。

零が真面目な顔でパソコンと向かい合っている。

直斗は零の顔が見える位置に座り机に腕を乗せ、そこに顔を置くとじっと零を見つめる。

零の眉間に少しづつシワがより顔が赤くなっていく……。


「…ちょっと……やりずらいんだけど……」


「気にしないでやってよ」


「じゃあ……少し違うとこ見ててほしいんだけど……」


「それは無理」


「無理……って……」


零はため息をつくと見つめる直斗を無視してパソコンへ意識を集中する。


───きっとすぐ飽きる…………


しかし……10分経ち…20分経ち……。

30分以上経っても直斗はずっと零を見ている。そしてまた大きなため息をついた。


「……ねえ…飽きない?」


「何に?」


「俺……だけ…見てんの……」


───言ってて恥ずかしくなる……


「なんで?飽きないよ。逆に好きなヤツの顔みてて飽きるヤツなんているの?」


零の顔がまた赤くなり始めた。


「……あの子と遊んだら?」


零がソファーの上の子猫に視線を向けるが素知らぬふりで眠っている。


「……寝てるけど……起こす?」


「…………いや…いいです……」




「じゃあ……零のこと教えてよ」


零は結局諦めてパソコンを閉じ「何か、話をしようか」と提案したのだ。


「俺のこと?」


「そう」


「前に話したじゃない」


そう言って零は困ったように笑った。


「少しだけじゃん。じゃあ……零の好きな物は?食べ物とか…趣味とか…」


「好きな物…………。甘いものは好き…かな。後は……」


「辛いもの?」


「そうだね。時々食べたくなる」


直斗の合いの手に思わず笑ってしまう。


「カレーは?好きなの?」


「カレーは子供の頃から好き。直斗…くんは?カレー好きじゃないの?」


「俺?うーん……。俺、小5から中2までじいちゃん所にいたからさ……。カレー食べる習慣無かったんだよね。それまでは食べてたけど……食べなくなると、別にそれほどね」


そう言って肩を竦めた。


「……おじいさんの所?」


「そう。俺のじいちゃん、日本人じゃないからさ」


「…そうなの?」


──そう言えば…水野先生が言ってた…


「言わなきゃわかんないだろ?」


そう言って直斗は笑うが、高く綺麗な鼻筋も、ハッキリした顔立ちもどこか日本人離れしている。


「じゃあ……その間は日本にいなかったの?」


「……まぁ…そういう事。俺の話はいいよ。今は零の話してるんだろ?俺はあんたのことが知りたいんだよ」


少し不服そうに零を見つめる。


──話したくないのかな……。俺も知りたいんだけどね……。


「趣味は?好きなこと」


「趣味…………」


零は顎に指を当てて俯いた。


──俺の趣味って……なんだ……?


見ている直斗も首を傾げる。


「…………………………」


「無いの?……趣味」


「これと言って……無いかも……」


「映画とか……動画見るとか、カラオケとか、音楽は?」


「あ!音楽はたまに聴く」


「どんなやつ?好きなアーティストとか」


零が首を傾げ、再び黙り込む。


「特に無いかな……。人にすすめられたのを適当に聴く感じで……」


「ふぅん……。他に何か好きな物ないの?」


「そう言われてみれば……あんまり無いかも……」


友達と遊ぶ時はその友達に合わせてなんでもやるが、その代わり『これ』と言ったものが無いことに気付いた。


「映画とか観ないの?」


「誘われれば……観るよ」


「じゃあ、今度観に行こう。俺、映画好きなんだよね。洋画大丈夫?」


「何でも観るよ。うん……今度、行こう」


零が嬉しそうに笑った。

それを見て直斗も微笑んで、初めての約束を交わした。




「じゃあ……俺はソファーで寝るから直斗くんはベット使って……?」


そう言って零が直斗の顔を窺いながら引きつった笑顔を向けた。


「…………あんた……アホだろ?」


直斗がバカにしたように睨む。


──あ……やっぱり…そうなるよね……。


「恋人の家に泊まるのに……誰が別々に寝るんだよ」


「でも!……」


「でもじゃねぇよ。………零が一緒に寝たくないって言うならそうするけど」


「またそういうこと言う……」


──一緒に寝たくない訳……ない……


「嫌なの?」


直斗の瞳が一層鋭くなる。


───これって聞いてるようで……聞いてない…………。


「嫌じゃ……ない…………けどっ」


零が言葉を言い終わらないうちに直斗が零を抱きしめ口を塞ぐ。


「『けど』はいらないから」


怒ったようにそう言うと再び口を塞ぐ。

直斗の熱い舌が零の舌に容赦なく絡み全てを舐め尽くす。


「────ん………ほら……!すぐこういうことするでしょ!」


零が真っ赤な顔で俯き直斗の体を離した。


「だって……キスは良いって言ったじゃん……」


「言ったけどっ……」


直斗が不貞腐れた様な顔で零の顔を覗き込もうとする。

すると零は顔を見られない様に顔を背けた。


「……怒ってるの?」


「………怒って……る……」


「なんで?」


しつこく顔を見ようとする直斗の視線から零がまた逃げる……。


「……一緒に寝たくない?」


直斗の声が少し不安な色を帯びる。


───強引すぎたかな……………。


「そうじゃない!……けど……あんな…キスされれば……俺だって………感じる……から」


───あ…………そういう事か……。我慢してるのは…俺だけじゃねぇんだ……。


直斗が不意に笑顔になると


「ごめん。そっか……」


零を優しく抱き寄せた。


「じゃあ、もう今日はキスしない。……多分……。だから一緒に寝よう?」


零が相変わらず顔を見られない様に俯いたまま、それでも直斗の背中に腕を回し抱きしめる。


「……今、多分て言ったでしょ……」


「あ──バレた?」


「バレるよ」


「わかった。今日はしない!今日は!な」


そう言う直斗に零がやっと顔を向け


「約束したからね」


上目遣いで睨んだ。


───ヤバっ……可愛い…………もうキスしたい…………。


直斗はため息をついて天井に視線を移し


「…約束は守るよ…………」


そしてまた…ため息をついた……。

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