第19話好きということ
「───んっ…………」
直斗の激しいキスに堪えきれず紡木の声が漏れる。
その声に触発されるように直斗が紡木の耳に、首にキスを重ねる。
「ちょっ……ちょっと待って……」
紡木の服のボタンに手をかけている直斗を慌てて止めた。
「……何で……?」
それでも構わずにボタンを外し首筋に舌を這わせる。
「───っあ……本当に……ちょっと待ってって……ンん……」
直斗が不服そうに顔を上げ紡木を見つめる。
「…何で?さっきいいって言ったじゃん」
唇を軽く尖らせ子供のように不貞腐れている。
「そうだけど……今は……って言うか、俺が実習終わるまでは…待ってほしい……」
「…………実習終わるまでって……いつ終わんの?」
「後……2週間」
「はぁ!?マジで言ってんの!?」
「今でさえ……藤井くんが教室にいたら、まともに授業出来る気しないのに……これ以上……したら……俺、絶対無理だから……」
直斗の腕の中で赤い顔で目を伏せている紡木を見てため息をついた。
「………………分かったよ。……我慢する…………」
「ごめんなさい……」
謝る紡木を見て直斗優しく起こしてやる。
「謝る必要ねぇよ。2週間経ったらあんたが泣くまで離さないから」
そう言ってニヤッと笑った。
「けど……キスはいいだろ……?」
そう言うと直斗が優しく抱きしめ、再び静かな部屋の中に舌の絡まる音が響いた……。
「送って行こうか?」
「いいって」
「でも……さ……」
「いいの!」
直斗が頑なに断る。
「どうかと……思うんだよね……。急に泊まるとか……親御さんも心配するだろうし……」
「前も言ったけど、俺が帰ったところで誰もいねぇから!」
直斗が紡木の家に泊まると言って聞かないのだ……。
「あんたが嫌だって言うなら帰るよ」
少し怒った様に紡木を見つめる。
「嫌じゃない!…嫌じゃ……ない……けど」
「ならいいじゃん」
───嫌なわけない……けど…………。
一応俺……教師の卵だし…………。
緊張して……心臓が痛い…………。
「夕飯俺が作ろうか?」
「藤井くんが!?」
「俺、結構料理好きなんだよね。そんな大したもんは作れないけどさ」
そう言って照れたように笑った。
「そうなの!?」
紡木が驚いて目を丸くすると
「え?何で?意外?」
心外だ…とでも言いたげに直斗が眉をひそめた。
「あんたの食べたいモノ作ってやるよ。何食べたい?」
「……カレー……カレーライス食べたい…かも……」
「カレーライス……?」
「そう!店で食べるヤツじゃなくて、普通の家で食べるカレーライス」
紡木が嬉しそうに微笑んだ。
「分かった。じゃあ……まず買い出しな」
紡木の笑顔に嬉しくなって直斗も笑顔になっていた。
行きの車の中は会話が少しぎこちなかったり、直斗が紡木にちょっかいを出したり…正に付き合いたての二人だった……
が…スーパーの中では一悶着も二悶着もあった。
カレーに人参を入れたくないと紡木が主張したことに始まって、肉は何を使うのかでは見事に豚肉と鶏肉に別れた。
ルーはお互い好きなメーカーが合致したものの甘口か辛口かでもめ、最後にはどちらが代金を支払うかでもめた。
「この前、お前が病院代払ったんだから俺が払うって!」
「いいよ!俺のが年上なんだから!藤井くん高校生でしょ!」
「そんなこと言ったらお前だって学生だろ!」
そんなやり取りがしばらく続いた後、結局半分づつ払うことで何とか収まった。
「お前…結構頑固な」
「藤井くんこそ」
運転する紡木を盗み見ると少し口を尖らせて怒っている。
───怒ってるし……可愛い…………
怒っているのを初めて見るのも嬉しくて直斗は思わずニヤついてしまう。
「何笑ってんの」
それに気付いて紡木の顔が一層不機嫌になる。
直斗は笑うと
「あんたの怒った顔が可愛いからだよ」
照れもせずに運転する紡木を見つめた。
「───な!?何言ってんの!?」
紡木の顔がみるみる赤くなった。
「運転中に変なこと言わないでよ」
余計不貞腐れる紡木に直斗は「ごめん、ごめん」と謝って笑った。
家に着いてからは直斗が料理をする姿を紡木が嬉しそうに眺めている。
───誰かが自分の為に食事を作ってくれるなんて何年ぶりだろう……
不意に昔の記憶が蘇ってきた。
──あいつは……俺の為に何かを作るなんて……したこと無かったもんな……。
「あんたの名前って零だったよな?」
突然話を振られて言っている言葉が理解できない。
「え!?」
「下の名前さ、『レイ』で良かったよな?」
「そうだけど……」
「なんか…『あんた』って呼んでるのも変だろ?だから零って呼ぼうと思ってさ」
「……………」
───そんな小さなことにまで心臓がいちいち反応して苦しくなる……。
「だからあんたも……零も…俺の事直斗って呼んでよ。藤井くん…なんて小学生みたいじゃん」
直斗が照れて笑っているのが分かる。
「よし!これで少し煮込んだら出来上がり!」
照れたまま紡木に笑顔を向ける。
使わずしまってあった小さな炊飯器がプスプスとゆげを立てている。
「ありがとう……。すごい楽しみ」
直斗が食事を作ってくれたことにも、照れた笑顔にも嬉しくなり微笑んだ。
部屋に美味しそうなカレーの匂いが立ち込める。
二枚しかない皿を出し、炊きたてのご飯とカレーを盛り付ける。
「……美味しそう…」
零が嬉しそうにカレーを見ている。
結局……零のリクエスト通り、人参の入っていない鶏肉のカレーだ。
辛さは間を取って『中辛』になった。
「急にお腹減ってきちゃった……」
「俺も」
二人で顔を見合わせて笑い、早速食べ始める。
「美味しい……!」
「───辛っっ!」
零が目を丸くして直斗を見つめる。
「俺……ホント辛いもんダメだから……中辛でも辛いわ……」
「そうなの!?……やっぱり甘口にすれば良かったね…」
「いいんだって!零の為に作ったんだから……。それに…零が辛いもん好きなら俺も慣れた方がいいだろ」
そう言うと「辛い、辛い」と言いながら食べ続けた。
零はその言葉の意味が嬉しくて、今まで食べたどのカレーライスより一番美味しく感じた。
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