第15話
直斗は誰もいないコートの中にたった一人で何故か床に膝をついたまま動けないでいる。
「藤井!!立て!!」
「直斗ー!!早く立てよ!」
誰もいないベンチからもコートの中からも声だけが聞こえる。
───立たなきゃ……早く立って……
痛みも何も無いのにただ動けない。
手も足もまるで床の一部になってしまっているかのように言う事を聞いてくれず、気持ちだけが焦る。
そのうちに手も足も床に溶けるように吸い込まれていく感覚に囚われ恐怖を感じ始めた。
———ダメだ……立たなきゃ………ダメだ………怖い……誰か……誰か……
そして……耳元でブザーの音が大きく鳴り響いた……。
———助けて………………
────!!…………
目の前に見慣れたリビングの天井が映り一瞬焦ったが、夢を見ていたのだと気付いた。
無理に身体を起こすと身体中汗をびっしょりかいているのに気付いた。手を見ると微かに震え呼吸も浅くなっている。
人の寝息が耳に届き、視線を向けると康平が眠っていのが見え少しホッとして、そこで改めて夢だったんだと自分に言い聞かせることができた。
直斗がスマホを手に取るとまだ8時半にもなっておらずため息をつきながら立ち上がり、水を飲むためにキッチンへ向かった。
夢で早くなった鼓動が未だ落ち着かない……。
それにイラつきながら水道から直接水を飲み、シャワーを浴びる為に浴室へ向かった。
──服……洗って返さなきゃな……。
裸になると洗濯機に放り込み、回してからシャワーを浴び始めた。
イラつきを止めたくて水を捻る。
──冷てっ…………
一瞬水の冷たさに身震いすると、徐々に心地良さに変わっていく。
──今日11時頃来るって言ってたよな…。
浴槽に腰をかけて顔に水を当てた。
時々…あの夢を見る……。
一年前の試合…。
鋭い激痛が走った後、突然立てなくなった。
ずっと痛みを薬で誤魔化し、痺れがあるのを気付かないフリをしていた。
大好きな祖父が教えてくれたバスケであの日……目の前にインターハイが見えていた。
まさか……あんな無様な負け方をするなんて誰も思っていなかった。
──……くだらね……。
直斗は水を止めるとさっさと浴室を出て濡れた身体をタオルで拭きながら、フと鏡を見る。
真っ黒い髪と同じように黒い瞳………。母に全く似ていない……。
———あいつの方がよっぽど白人みたいだよな……
思わず紡木の顔を思い出す。白い肌に色素の薄い明るい茶色の瞳……。
それと…あの笑顔に…吸い込まれる様に……キスをした。
「あれ?直斗……出掛けんの?」
寝ぼけ顔の康平が目を擦りながら起き上がった。
「昨日そう言ったろ」
直斗は着替えを済ますとキッチンへ向かいコーヒーを入れる為に沸かしてあったお湯とインスタントコーヒーをマグカップに注ぎ込んだ。
「コーヒー飲むだろ?」
「砂糖とミルク入れて。動物病院だっけ?」
「そう」
「女だろ?」
「何が……」
「猫預かってんの」
康平がニヤつきながら直斗に視線を向けた。
「うるせぇよ」
「お前がこんな時間から出掛けるとか…おかしいだろ」
「お前が思ってる様なんじゃねぇよ」
「……隠すなよ。お前がただ拾った猫を洗ってやって、こんな早い時間から動物病院まで一緒に行って……着替えて帰って来たってことは……裸になってんだろ?それでやってないとか………ナイナイ」
康平がケラケラと笑いだした。
「……お前……相当失礼……」
直斗が睨みながらコーヒーを手渡した。
「お前の日頃の行い」
康平がニッと笑うと直斗は不貞腐れたように睨みつけながら座った。
「今日、ノブくんとこ行くだろ?」
康平がコーヒーを一口飲んでから思い出したように直斗を見る。
「ああ……そうだな……」
昨日康平との約束をすっぽかしてしまったし……
少し前にノブから『たまには顔を出せ』とラインが来ていたことを思い出した。
ノブが経営するショットバーは今時珍しく未成年でも酒を出してくれて、そのせいで常に若者の溜まり場になっていた。
──莉央の機嫌取りは日曜でいっか……。
その時直斗のスマホからラインの通知音が響いた。
ニヤニヤしながら見ている康平を尻目にラインを開くと
──『起きてますか?そろそろそちらへ向かおうと思います。』
と、紡木からのラインに
──『了解』
直斗は一言だけ返した。
「いやいや……直斗くんのそんな顔なかなかお目にかかれないわぁ」
揶揄う康平を直斗がまた睨みつける。
「何だよそれ……全然普通だし」
直斗の言葉に康平が笑いだした。
「お前!それ本気で言ってんの!?」
「本気も何も普通だっつーの!」
直斗がムキになる。
「鏡見てこい!見てるこっちが恥ずかしくなる様な顔してっからな!──なに!?マジなの!?惚れちゃってる感じ!?」
康平がここぞとばかりに揶揄う。
「———ふざけたこと言ってんなよ!」
直斗が顔を赤くして立ち上がると自分の部屋へ向かった。
「…………やべ……。———あれ……マジじゃん」
そう一人で呟いて康平は頭をポリポリと掻いた…。
直斗は自分の部屋へ行くと、放ったらかしだった財布をポケットに入れた。
『惚れちゃってる感じ!?』
康平の言葉に顔が熱くなっているのが分かり
「アホかっ…。そんな訳あるかよ」
一人の部屋で思わず口をついて出た。
昨日から調子が狂う……。
不意に昨夜の紡木の顔と柔らかい唇の感触が蘇って鼓動が早くなった。
『同性としかキスしたことないから』
紡木の言葉が思い出される。
──あんな言い方するってことは………前に誰かと付き合ってた…ってことだよな……
何人もと……付き合ってたのかな……
いや……もしかしたら今だって……
直斗の胸がギュッと締め付けられる様に痛んだ。
───いやいやいや……違うだろ!
あいつに付き合ってる奴がいようがいまいが俺には関係ないだろ!
直斗がため息をついてベットへ座ると再びスマホが鳴った。
──『着きました』
紡木からのラインを確認すると返さずに部屋を出た。
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