梅井芽衣子

夏目さんは、桜の木を撫でながら僕に話し出す。


「私と芽衣子が、若竹コンビに出会ったのは、高校一年生のこの桜並木だった。話したきっかけは、GWに私のバイトしているファーストフード店にやってきたのが始まり。喜左衛門きざえもんに、一目惚れした私が声をかけた。」


「きざさんですか?」


「今は、別れてしもたけど。高校三年間は、きざは私の全てやったよ。」


そう言って、夏目さんは笑った。


「高校一年の夏休みに事件は、おきた。芽衣子が、中学の終わりから義理父に性的虐待を繰り返された結果妊娠した。」


僕は、固まってしまった。


「芽衣子は、文通友達やった、はち君に夏休み会う約束をしてたのに、会われへんと泣きじゃくった。みかねた、若がどうにかしたると約束した。あの頃、若は、まだ身長が低かったやろ?」


「そうですね。」


兄は、高2の夏休みが終わり一気に身長が170センチを越えたのだった。


「若は、芽衣子のかわりに女装して八に会いに行く約束をした。まだ、165センチだった若の身長は女の子でも充分とおったから。化粧したら、充分女の子やったしね」



そう言って夏目さんは、当時のプリクラを僕に見せる。


「これが、若」


「これが、兄ちゃんなん?」


「可愛いやろ?」


「はい」


お化粧をされて、ウィッグをつけ、サクラ色のワンピースを着ている兄は、とても男には見えなかった。


夏目さんは、プリクラを見つめながら話し出す。


「夏休み、私と竹ときざと若はバイトをして芽衣子の中絶費用を稼いだ。お金がたまって、いざ出来るってなったら未成年じゃ同意できへん事を知った。」


夏目さんは、悲しそうに目を伏せる。


「色々、声かけて。協力してくれたんが、梅のうめのしんの大将やった。当時、竹のバイト先の店長やった人。これで、やっと終わる。そう思ったのに」


そう言って、夏目さんは涙を流す。

カールのかかった長い睫を涙が濡らす。


「中絶出来る期間があるって知らへんかった。」


夏目さんは、梅井芽衣子さんの写真を取り出した。


「何もかも遅かってん。4月4日は、芽衣子の誕生日やった。朝の4時30分にスマホが鳴った。Limeの前に、グループで話ができるアプリがあった。それに、私、若、竹、きざにかかってきたんよ。」


そう言って、夏目さんは涙をハンカチで押さえる。


「嫌な予感がして、みんな電話に出た。「お誕生日おめでとう、芽衣子。」昼に誕生日を祝うと約束していたみんなは、芽衣子におめでとうと口にした。今でも、あの日に芽衣子が言った言葉は、一語一句覚えとるよ。」


そう言って、橋の上から下を覗き込む。


あの日の芽衣子さんとの事を、一語一句、夏目さんは話す。


僕はまるで、その場所で聞いているように夏目さんの話に釘付けになる。


「4時44分に、歴史的瞬間をみんなに聞かせてあげる。めい、ずっと友達で居てくれてありがとう。若、いつか八に会ってほんまの事を話して欲しい。若の住所にプレゼント送ったから。竹、いっぱい心配と協力してくれてありがとう。きざ、これからもうちのかわりに美を頼むね。」


「今、どこなん?」


「何言うてんねん」


「芽衣子、まだ方法あるやろ?」


「また、みんなで答えさがそや」


そう言った私達の言葉を芽衣子は、聞かなかった。


「ランラーララ、ラララララララ」


「芽衣子、どこや?」


「俺が、傍におるから」


「芽衣子、今から行く」


「ちゃんと聞いてるか?」


4時43分。


「ねぇー、若。本当はね、ずっーと好きやったんよ。出会った頃からずっと。」


「俺も好きやで、芽衣子」


「それは、おかしいわ。若が好きなんは、八やろ?幼稚園の時からずっと…。」


「何、ゆうてんねん。」


「さくら組のお姫様は、私やなくて、才等八角さいとうはっかくやったんよ。若、知らんかったやろ?バイバイ、みんな。愛してるよ。みんなに手紙残してるから、読んでな」


4時44分ー


バシャンと水の音とともに、通話が切れた。



夏目さんは、僕を見つめる。


「幼稚園で、眠りの姫の美女を演じたのは、才等八角やった。これが、芽衣子」


「顔が似てますね」


「腹違いの兄妹やったらしいよ。父親の浮気相手が、八の母親やったらしい。私宛の手紙に書かれてた。」


「兄は、芽衣子さんだと思ったんですね」


「そう、若の初恋の人」


そう言って、夏目さんは写真を見つめている。



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