もう一冊の赤い日記帳

「それ、僕の兄ちゃんです。」


「兄ちゃん?」


その人は、不思議そうに僕を見つめる。


「今日で、亡くなって51日目です。」


「亡くなったん?」


「はい」


その言葉に、彼女は何も驚かずに桜の花びらをジッと見つめてる。


「ほんまか、若、死んだんやな」


「兄を知っとるんですか?」


「知っとるよ。梅井芽衣子の親友やから」


そう言って、彼女は僕を見つめる。


「ほんなら、これ。梅井さんに、返してもらえますか?って、夏目美なつめめいさんへって書いてるから夏目さんにかな?夏目さんですよね?」


「君は、ようさん喋るね。私は、夏目美であってるよ。梅井芽衣子には、その日記帳は返されへん。ごめんね。役に立たんで」


「そんなん困ります。僕、兄ちゃんに呪い殺されてまう。」


「ハハハ、呪い殺されるっておもろい子やね」


「笑い事やないですよ」


お腹を押さえながら笑う夏目さんは、僕に言った。


「ねぇー。その日記帳、もうひとつあるって知ってた?」


「えっ?そんなん聞いてない」


僕は、ブンブンと首を横にふった。


「若は、何も教えへんかったんやな。若のお墓に連れてってくれへん?」


「いいですよ」


僕と夏目さんは、並んで歩きだす。


「駅前で、タクシー乗って行きましょか?」


僕と夏目さんは、タクシーに乗った。


少し山を上がった場所にある墓地についた。


「若、ほんまに死んだんやな」


墓石の名前を見つめながら、夏目さんが話した。


「あの、日記帳は?」


「それは、芽衣子が若にあげたほんまの気持ちやろ?だから、誰にも返す必要なんてないんよ。」


「でも、兄との約束が守られへん。」


「約束って。それちゃうやろ?」


夏目さんは、墓に手を当てる。


「なぁー。もう、全部話すで。死んだ、若が悪いんやから」


そう言って、墓石を撫でてる。


「最後に兄に会いたかったですか?」


「当たり前やん。私らは、仲良しやったんやで。たくさん、秘密も共用した仲やったんやから」


夏目さんは、手を合わせた。


「ほんなら、行こうか」


「えっ?どこに」


また、タクシーに乗ってさっきの桜並木に戻ってきた。


途中ホームセンターで、夏目さんは小さなスコップを買った。


「えっと…。」


桜の数を数えてる。


「あー。ここやわ」


駅から、三つ目の桜の木の下を掘り出した。


「それは、まずいですよ。逮捕されますよ」


「そやろなー。でも、高校生の私が隠してもうたんやからしゃあないよね」


暫く、掘ってるとガンッて物凄い音がした。


「やっぱり、ここやったわ」


「もしかして、ずっと探してたん?これ?」


「そうやねん。捕まらへんように、4月4日にやってきて掘ってたんやけど。今日は、君がきたから出来んくて。若に預かって、次の年に埋めたんやけど。同じ景色やろ?次の年には、忘れてしもて」


夏目さんは、クスクスと笑っていた。


「それで、毎年朝型に掘りにきてたん?」


「うん。次の年に、やっぱり、若に返すべきやわって思ってん。やけど、同じ桜やろ?印もつけてへんし、なかなか見つからんくて。

5時10分なったら人がやってくんねん。せやから、5時5分には帰ったんよ。」


「4月4日に理由があるんやね?」


お菓子の缶を取り出した。


「あるよ。まだ、言わへんけどね。よかった、無事やったわ。濡れてへん」


フリーザーバックに何重にもいれられ、袋もかなり被せられているそれを丁寧にはずしていく。


色褪せもしていない、真っ赤な日記帳は、12年前とかわらない姿のようだった。


梅井芽衣子さんの日記帳より、一回り小さい鍵付きの日記帳だった。


「これ、これ」


夏目さんは、財布から小さな鍵を出して回す。


カチャ。


鍵が開いた瞬間、夏目さんは、僕に日記帳を差し出した。


「はい、君にあげるわ」


「えっ?」


「私は、もう中身を、知ってる。若と一緒に読んだから…。でも、君は知らんでしょ?」


そう言って、僕の手に握りしめさせた。


「見る勇気ないわ」


僕は、赤い日記帳を夏目さんに返す。


「今は、なくても見たなったら読んだらいいやん。若のほんまの気持ちやから。全部書いてる」


「ほんまの気持ち?」


「うん。若が、素直にならんと隠した気持ち。嘘ついた気持ち。君は、知る権利があると思うよ。」


そう言って、もう一度、赤い日記帳を握りしめさせられた。


「じゃあ、梅井芽衣子の話をそろそろしようか?」


そう言って、夏目さんは僕の目をジッと見つめた。


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